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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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灯の下に落ちる影

西地区。

春の風は暖かいはずなのに、夜の町には妙な冷たさが残っていた。


「……今日の当番、誰だ?」


自衛団の詰所で、若い男が帳面を覗き込む。


「昨日は俺とマルコだろ?」


「いや、マルコは“来てなかった”って聞いたぞ?」


一瞬の沈黙。


「……来てなかった?」


「でも、見回りの印は付いてる」


帳面には、確かに印があった。

だが、本人の顔はその場にない。


「誰が付けたんだ?」


「さあ……」


誰かが、喉を鳴らした。


「……近衛が、代わりに?」


「いや、近衛は別ルートの筈だ」


小さな違和感。

だが、その場では「気のせい」として流された。この時は、まだ。



翌日。


「なあ、聞いたか?」


市場の片隅。

荷を下ろしながら、商人が声を潜める。


「自衛団の中に、怪しい奴がいるって話」


「怪しい?」


「見回りの時間に、妙な場所に居たとか」


「それ、本当か?」


「さあな。でも“誰かが言ってた”」


“誰か”。


その言葉だけが、曖昧に残った。



その夜。


「……最近、報告が増えてる」


近衛の詰所で、部下が眉をひそめる。


「火事じゃない。“口論”と“揉め事”です」


「自衛団同士?」


「はい。それと――住民同士も」


大きな問題ではない。

剣も、血も、まだ出ていない。


だが。


「皆、同じ事を言います」


「『あいつが怪しい』と」


「理由は?」


「……曖昧です。“見た気がする”“聞いた気がする”“噂で”」


隊長は、机に指を置いた。


「噂か……」


嫌な手触りだった。

同じ頃。西側のとある家屋。


「順調だ」


低い声が、満足そうに言う。


「火は要らない。刃も要らない」


「人は、疑い始めれば勝手に壊れる」


別の男が、静かに笑った。


「見張りは互いを見る。自衛団は互いを疑う」


「近衛は“守る為”に入るが――」


「その存在自体が、疑念を増やす」


完璧な計画ではない。


だが、止めにくい策だった。



翌朝。


自衛団の詰所で、険悪な声が上がる。


「だから言っただろ!昨日、お前遅れたじゃないか!」


「遅れてねえ!誰がそんな事言った!」


「皆、そう言ってる!」


「“皆”って誰だよ!」


空気が、張り詰める。


剣は抜かれない。だが、視線が刺さる。

その様子を、遠くから近衛が見ていた。


「……これは」


隊長が、低く呟く。


「火より厄介だな」


疑いは、音もなく広がる。

春の灯りの下で、町に――影が落ち始めていた。


近衛隊長は、迷わなかった。


「各自衛団に――指揮者を一名。補佐を一名、即時指名しろ」


詰所に集められた近衛と各地区の代表に、短く、はっきり告げる。


「情報は、必ずその二名を経由する。個別判断、噂話、又聞きは一切認めない」


ざわ、と小さな動揺。だが、隊長は続けた。


「大元の情報は、近衛隊から出す。不審な動き、異変、報告は全てここへ集約する!近衛が隠している、などという憶測は不要だ!隠すなら、最初から自衛団など作らない」


その言葉に、場は静まった。

御触れは、その日の内に西地区全域へ回された。


翌日から、町の空気が変わり始める。


「それ、指揮者に確認した?」


「補佐の判断は?」


「近衛からの正式な話は?」


噂は、途中で止まるようになった。


疑いは消えない。

だが、広がらなくなった。

それだけで、町は息を取り戻し始める。


夜。


詰所で一人、近衛隊長は報告書に目を通していた。


「……効いているな」


派手な成果ではない。

だが、確実に、流れは止まった。


ふと、脳裏をよぎる。


――あの領地。

――あの子供。


「……情報が、勝敗を左右する」


あの時、何度も見せられた。


剣より早く、火より広く、人の心を動かすもの。


「もし俺が、あの領地に行かなかったら……」


この程度の噂話など、「くだらん」と切り捨てていただろう。


だが今は、違う。


「噂は、刃より厄介だ」


ペンを置き、静かに息を吐く。


「……まだ、始まったばかりだな」


春の夜は、穏やかだった。


けれど――

その穏やかさを守る為の戦いは、

すでに始まっていた。

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