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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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備えは静かに広がる

近衛隊本部。


壁に掛けられた地図には、赤い印が幾つも打たれていた。

――西地区。不審火の発生地点。


「火事そのものは問題じゃない」


エドランが腕を組み、低く言った。


「こちらの注意を引き、巡回と兵を分散させる為の“合図”だろう」


「同感だ」


近衛隊長は頷く。


「放火は派手だ。だが、派手過ぎる。本命が別にあると見ていい」


机の上に、巡回計画と部隊配置図が並べられる。


「だからこそ、単純に兵を増やさない」


「動かす場所を、読ませない為だな」


二人は、既に同じ結論に辿り着いていた。

対応は、即座に決まった。


・近衛とエドラン軍の情報共有

・巡回時間の不規則化

・西地区への注意喚起


だが――

最も異例だったのは、次の判断だった。


「住民に知らせる」


「……早いな」


「だが、隠しても意味は無い」


近衛隊長は静かに言った。


「前回の反乱で、皆、学んでいる」


西地区。最初、住人達は戸惑った。


「近衛が来て“気をつけろ”だなんて」


「何が起きるって言うんだ?」


だが、説明は簡潔だった。


「不審火が続いている」


「意図的な可能性が高い」


「夜間、特に注意して欲しい」


――それだけ。


騒ぎ立てず、命令もせず。それが、逆に重く響いた。


「……また、あの時みたいになるのか?」


誰かが呟く。


前回の反乱。逃げ遅れた者。守れなかった家。記憶は、まだ消えていなかった。


「だったら、黙ってる訳にはいかないな」


「そうだな」


その日の内に、地区ごとに人が集まり始める。


「俺は夜回りやる」


「倉庫は俺が見る」


「鐘の合図、決めとこう」


自然と役割が決まっていく。


剣も槍も持たない者が多い。

それでも、灯りと目と声があった。


近衛は、それを止めなかった。


むしろ――


「連絡係を付けよう」


「合図の方法を共有しよう」


共に守る形を選んだ。



夜。


西地区の灯りは、以前より多かった。

小さな灯り。人の気配。

闇に溶ける隙を、町そのものが減らしていた。


「……これは」


屋根の上から様子を見た近衛兵が、静かに呟く。


「簡単には、崩せないな」


不審火は、確かに“きっかけ”に過ぎなかった。だが、そのきっかけは――

町を、受け身から目覚めさせた。


敵は、まだ姿を見せない。けれど。


守る側は、確実に増えていた。


そしてそれが、次の動きを、より苛立たせる事になる。


――誰も、まだその事を口にはしないまま。


西側。

古い屋敷の地下室。


燭台の火が揺れ、湿った空気が重く垂れ込めていた。


「……おかしい」


低い声が、沈黙を裂く。


「火は回った。噂も立った。

 それなのに――近衛は、崩れていない」


地図の上。

本来なら“警戒が薄くなるはずの地点”に、印が増えていた。


「兵を割かせる算段だった筈だ」


「近衛とエドラン軍が動く。そこまでは読んでいた」


別の男が、歯噛みするように続ける。


「だが……町だ。住民が動いている」


一瞬、場が静まった。


「……自衛団、だと?」


「夜回り、見張り、合図の共有。まるで――」


「まるで、軍の下部組織だな」


吐き捨てるような声。


「馬鹿な。市民は恐れ、引きこもるものだ」


「前回は、そうだった」


だが、今回は違った。


「近衛が“守る”と見せたからだ」


「いや……」


別の男が、ゆっくりと首を振る。


「近衛が守る、ではない。守らせたんだ。町自身に」


その言葉に、空気が更に重くなる。



「計算が狂ったな」


伝統貴族の一人が、苛立ちを隠さずに言う。


「火事は恐怖を煽る為のものだ。

 だが今は、警戒心と連帯を生んでいる」


「市民が“見ている”限り、こちらは動きにくい」


「紛れ込めない。夜も、闇も、以前ほど使えん」


机を叩く音。


「……誰が、こんな事を」


答えは、誰の口からも出なかった。

だが、全員が同じ名を思い浮かべていた。



「女領主か」


「あるいは、その周囲だ」


「近衛に、こういう動きをさせる人間は限られる」


沈黙。そして、焦り。


「……次の手を急ぐ」


「時間を掛けるほど、不利になる」


「だが、派手に動けば――」


「分かっている!」


怒鳴り声が響く。


「だからこそ、別の形で揺さぶる」


火でも、兵でもない。


もっと――人の心に近い所を。


地下室の燭台が、ふっと揺れた。


「市民が動くなら」


「市民を――疑わせる」


その言葉は、小さく、だが確かに告げられた。不審火は失敗だった。だが、失敗は次を生む。


西側は、まだ折れていない。


ただ――

想定よりも、追い詰められているだけだった。

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