巻き込まれた客人
「はぁ〜……何でこうなった……」
アステリアは、重厚な王城の廊下を歩きながら、心底そう思っていた。
先導する従者の足取りは静かで、逃げ場は無い。
案内されたのは、客人用とは思えないほど広い部屋だった。
「こちらが、今宵お使いいただく客人室でございます」
「……ああ、どうも」
扉が閉まる。
コンコン。
「どーぞ」
入ってきたのは、数名の侍女だった。
「アステリア様。お時間があるとの事で、王妃様より――
湯浴みと、身体を解して差し上げるようにと」
「え? え? いやいやいや、湯浴みくらい一人で――」
「こちらへどうぞ」
有無を言わせぬ連携。
気が付けば、湯気の立つ浴室。
そして――
「では、失礼いたします」
「ちょ、待っ……!」
結果。
「……はぁ〜……」
完全に身を委ねたアステリアは、湯の中で溶けかけていた。
「……これは……これはこれで……気持ちいいなぁ……」
一瞬後。
「……おい」
自分で自分にツッコミを入れる。
その後も、肩、背、脚と、丁寧に解され――
「……くそ……」
完全に抵抗する気力は、もう残っていなかった。
そして。
「こちらへどうぞ。お着替えでございます」
「……ああ、はい」
用意されていたのは、落ち着いた色合いのドレス。
派手ではないが、線が綺麗で、動きやすそうな一着だった。
「……なんで俺がドレスなんだ……」
着せ替え人形のように整えられ、鏡の前に立たされる。
「……別人だな」
自分で言って、少しだけ苦笑した。
王の間。
そこには、王と王妃、そしてエドランがいた。
形式張った場ではなく、あくまで“身内の場”。
アステリアが入室した瞬間――
エドランは、言葉を失った。
「……」
何か言いたげに口を開きかけ、閉じる。
王はそれを見て、楽しそうに笑った。
「ほう。中々、似合うじゃないか」
「……やめてくれ」
王妃は、柔らかく微笑む。
「マッサージはいかがでした?」
「……ええ、まあ……効きすぎるくらいに」
「それは良かったわ」
エドランは、視線を逸らしながら、咳払いを一つ。
「……落ち着いたら、食事にしよう」
アステリアは小さく息を吐いた。
……武器の相談に来ただけなんだがな……
けれど、この夜はまだ始まったばかり。
王城の灯は、静かに――
そして確実に、彼女を逃がさない。
王妃様とアステリアの会話は、自然と「女子トーク」から始まった。
「王城って、意外と肩が凝るのよ」
「分かります。広すぎて移動だけで疲れますよね」
「でしょう?それに周りが勝手に気を遣うのも困りもの」
「……それ、分かりすぎます」
二人で顔を見合わせ、くすりと笑う。
そこから話題は、領地の話、仕事の愚痴、部下の扱いの難しさへと移り、夕食会は終始、和やかで楽しげな空気に包まれていた。
やがて王妃は、満足したようにナプキンを置く。
「ふふ。今日は楽しかったわ」
「こちらこそ」
「この後は、皆様でどうぞ。私は先に失礼するわね」
そう言って席を立ち、軽くウインクを一つ残して去っていった。
残されたのは、王、エドラン、そしてアステリア。
少しだけ空気が変わる。
王は杯を手に取り、改めて口を開いた。
「……今日は、ありがとう。物資の件、心から感謝する」
「いえ。必要な場所に届いただけです」
「それがどれだけ助けになるか、分かっていても言葉にしたくてな」
静かに杯が重なる。
今後の情勢、動きそうな者達、王都の空気――
直接的な言葉は避けつつも、互いに“察しながら”話は進んでいった。
やがて、王は軽く手を振る。
「さて。きな臭い話はここまでだ」
合図のように酒が注がれる。
「今日は、ただの夕食だ。愚痴でも自慢でも、何でもいい」
その言葉に、アステリアは肩の力を抜いた。
「……じゃあ言わせてもらいますけど」
「おう」
「姉御がですね、最近ほんと容赦なくて――」
「ははは!」
王も苦笑しながら頷く。
「分かる。あの方は、一度決めたら止まらん」
酒が進むにつれ、愚痴は笑いに変わり、
立場も肩書も、一時だけ忘れられていく。
王城の夜は、静かで。
そして――
嵐の前とは思えないほど、穏やかに更けていった。




