数の意味
「……いやいや」
倉庫の中で、部下が頭を抱えた。
「あねさん!荷物を全部確認したら、クロスボウが三百。矢も……これ、量がおかしいですぜ」
木箱の列を指さしながら、半ば呆然と続ける。
「うちの船員分は、もう十分ありますよね?
これ、密輸って言うにも多すぎませんか?」
アステリアは腕を組んだまま、箱から箱へと視線を流した。
「……三百、か」
「あの姉御の事だ。何か意味がある筈だとは思いますが……近衛隊向け、って訳でも無さそうですし」
首を傾げる。
「近衛隊には、ちゃんと正式に武器と一緒に運びましたよね?」
「ええ。別口で、帳簿も通してな」
「ですよねぇ……」
一瞬の沈黙。
「……となると、ですよ」
部下は声を潜めた。
「まさか……市民、ですか?」
アステリアの視線が、ぴたりと止まる。
「剣や槍よりは、確かに扱いやすいですけど……
流石に、これだけの数を渡すってなると――」
「“兵”じゃない前提の数だな」
ぽつりと、アステリアが言った。
部下は、はっと息を飲む。
「……姉御?」
「心配するな。まだ“配る”とも、“使う”とも決まってない」
そう言いながら、箱の縁に手を置く。
「ただな」
軽く叩く。
「必要になる可能性を、誰かが真面目に考えたって事だ」
部下は、ゆっくりと倉庫を見渡した。
整然と並ぶ木箱。
その一つ一つが、同じ形をしている。
「……数、三百」
その数字の重さが、じわりと胸に広がっていった。
「姉御」
「何だ」
「……本当に、始まるんですかね」
アステリアは答えなかった。
代わりに、倉庫の扉の向こう――
王都の街がある方角を、一瞬だけ見た。
「始まらせない為の準備かもしれん」
そう言って、踵を返す。
「……だが、その“つもり”の奴が居るのは、確かだな」
木箱の影が、少し長く伸びていた。
翌日。
「――あねさん!」
倉庫の奥から、慌てた声が飛んできた。
「んー?今度は何よ」
帳簿を見ていたアステリアが、顔だけ向ける。
「また……例の物が届いてます!しかも、前と同じだけじゃなくて……見た事ないのも!」
「……は?」
アステリアは溜息混じりに立ち上がり、倉庫へ向かう。
並んだ木箱。
昨日より、明らかに増えている。
「……またクロスボウ?」
箱を一つ開け、眉がぴくりと動く。
「しかも数、同じ……」
さらに隣の箱。
「……それで、これは……?」
丸みのある金属製の物体。
手のひらサイズで、上に小さな突起。
「確か……」
部下が記憶を探るように言う。
「“手投げ……なんとか”って呼ばれてたやつじゃ?」
「……手投げ」
アステリアの口調が、微妙に低くなる。
その時、別の箱の上に、ひらりと紙切れが落ちているのに気づいた。
「……手紙?」
拾い上げて、目を通す。
アステリアちゃんへ!
説明書もよく読んでね!
かなり強力だから、気をつけてチュ!
「…………」
倉庫の空気が、一瞬で凍った。
「……あねさん?」
「……姉御」
名前だけ、低く呟く。
部下は乾いた笑いを浮かべた。
「えーっと……“気をつけて”って事は、使う前提ですよね……?」
「前提じゃないなら、こんな物は送らん」
アステリアは紙を畳み、懐にしまう。
「しかも説明書付き……」
「優しいですね……?」
「悪意が無いのが、一番厄介だ」
アステリアは、木箱を見回した。
クロスボウ。矢。そして、手投げの“何か”。
「……昨日の三百が、“備え”なら」
一歩、奥へ。
「今日のこれは――“段階が上がった”って事だ」
部下は、喉を鳴らした。
「姉御……これ、どこまで増えると思います?」
アステリアは即答しなかった。
代わりに、倉庫の天井を見上げる。
「……止まらなきゃいいがな」
そう言って、静かに言い足した。
「説明書、全員に配れ。読まずに触ったら、ぶっ飛ぶぞ」
「りょ、了解です!」
倉庫の外では、王都の朝がいつも通りに始まっていた。
――その平穏の裏で、また一つ、“準備”が積み上がっていた。




