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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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静かな増産

セリアの指示のもと、工房と工場は一気に忙しさを取り戻した。


「仕事が増えたぞ!」


「冬場でこれだけ動くのは珍しいな!」


作業員たちは素直に喜んでいた。

冬は仕事が減る季節だ。

収入が安定するだけで、空気は明るくなる。


だが――


責任者の立場にいる者たちは違った。


ロット。

タルト。

そして、お抱え商人のロウガ。


彼らは、書類の内容を一目見た瞬間に理解していた。


――軍需物資、増産。


種類も量も、はっきりと“平時”の規模ではない。


……また始まるのか?


誰も口には出さない。出せる空気でもない。


だが、作業内容を見れば分かる。

矢、装備、部材、金属加工品、補給用資材。

「商売用」ではない。

完全に「軍用」のラインナップだった。


作業員の中にも、薄々気づいている者はいた。


「これ、全部軍のやつだよな……」


「……言うな」


そんな小声が、工房の隅で交わされる。


だが、誰も踏み込まない。

誰も疑問を口にしない。


仕事がある。賃金が出る。

それが何よりの現実だった。


一方、その頃のメイヤはというと――


「冬場にこれだけ仕事があれば、みんな困らないよね〜」


本当にそれだけを思っていた。


既にこの頃になると、領内の各部署は完全に組織化され、分業化されていた。


情報。

生産。

研究。

輸送。

軍事。

機構。

影。

港湾。

建造。


すべてが“仕組み”として動いている。


メイヤは、もはや全てを把握しなくてもよかった。


見るのは「結果」だけ。数字と流れと空気。


そして今、見えているのは――


仕事が回っている

経済が止まっていない

人が動いている


それだけだった。


同じ光景を見ていながら、


セリアは「備え」を見ていた。

現場の責任者たちは「兆し」を見ていた。

作業員たちは「仕事」を見ていた。

メイヤは「仕組み」を見ていた。


同じ増産。

同じ動き。

同じ現実。


だが、意味は全員違っていた。


雪は静かに降り続ける。

街は穏やかだ。工場は賑やかだ。

領都は、平和そのものだ。


――それでも。


歯車は、確実に戦の形へと噛み合い始めていた。


音を立てずに。騒がずに。

誰にも気づかれないまま。


静かに、静かに。



その夜。


セリアは、執務室にアステリアを呼び出していた。


「如何した、姉御?」


軽い口調とは裏腹に、呼び出しの時点で只事ではないと察している。


セリアは書類から目を上げ、短く告げた。


「春が明ける頃、人騒動があると思うわよ」


一瞬、アステリアの表情が引き締まる。


「……大きいか?」


「分からない。でも、無視できる規模じゃない」


セリアは続けた。


「貴女が管理してる倉庫。あそこに、軍事物資の備蓄を始めなさい」


沈黙。


そして、低い声。


「……解った。確実か?」


問いに対し、セリアは首を振る。


「確証は無い」


一拍置いて、静かに続ける。


「でもね――“ある側”で動いた方がいい」


それで十分だった。

アステリアは小さく息を吐き、頷く。


「じゃあ準備は進めるよ、姉御」


「お願い」


それだけで話は終わった。


具体的な敵も。日時も。命令書も無い。


だが、二人とも理解している。


今は“音を立てずに積む時期”だという事を。


アステリアは部屋を出ると、すぐに頭の中で倉庫の配置と動線を組み替え始めていた。


数じゃないな……質と回転だ。

雪の下で、芽は既に伸びている。


誰にも見えない場所で。

誰にも知られない準備が、また一つ進んだ。

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