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階段から転落して思い出しました!89歳まで生きた私、今度の人生は異世界で半島領の次女です  作者:


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春を待つ者たち

隊長は珍しく、セリアの元を訪れていた。


「……珍しいわね。あなたが直接来るなんて」


「まあ、今のところ隠すことでもないんでね。本部から文が届きまして」


そう言って、隊長は一通の文を差し出す。

だがセリアは――受け取ったそれを、まだ開かない。


「やっぱり……始まりそうなのね」


その一言に、隊長は一瞬、目を見開いた。


おいおい……機構内でも、あの暗号を完全に理解してるのはごく一部のはずだぞ?

内心の動揺を隠しつつ、黙って様子を見る。


セリアは念の為、といった仕草で文を開き、中身に目を通した。


「なるほどね……」


視線が静かに紙の上をなぞる。


「……ほとんどを、現金化したのね」


「はい。しかも、表で堂々と、です」


隊長が頷く。


「商人たちは、落ちぶれた貴族が財産整理してると嘲笑っていますが……我々は、反乱のための軍資金と見ています」


「でしょうね」


セリアは即答した。


「堂々としすぎている。だからこそ――手が出せない」


「はい。表向きは“王都復旧のための資金整理”ですからね。こちらから仕掛ける理由が作れない」


隊長は小さく息を吐く。


「始まってしまえば、止められるんですが……始まる前は、どうにも」


「ええ」


セリアは窓の外に目を向けた。

そこには、まだ雪の残る庭と、鈍色の空。


「……春、ね」


その言葉には、季節以上の意味が込められていた。


「雪が溶ければ、地面が見える。地面が見えれば、人は――歩き出す」


セリアは静かに続ける。


「動き出す者は、もう決めている。あとは、“いつ”かだけ」


隊長はその横顔を見て、無言で頷いた。


春は、希望を運ぶ季節だ。

だが同時に――

血と火を呼び込む季節でもある。


その兆しは、もう十分すぎるほど揃っていた。


セリアは、その日のうちに動いた。


迷いはない。相談も、ためらいも無かった。


関係部署へ、次々と指示が飛ぶ。


――軍需物資、増産。


これまでの体制は、言ってしまえば綱渡りだった。

必要最低限を、必要な分だけ。

無駄を出さず、倉庫を圧迫しない、ぎりぎりの運用。


だが、それは「平時」の考え方だ。


「今は冬よ」


セリアは淡々と告げる。


「今年の冬は、祭りや催しが増えたとはいえ、でも――」


視線が、帳簿の数字を正確に捉える。


「人手には、まだ余裕がある」


農作業は止まり、建築も最小限。

港も雪で動きが鈍る。

だが、工房と工場は違う。


暖を取れる環境さえあれば、手は動く。


「この時期に増産しない理由は、ないわ」


むしろ――この時期だからこそ、だ。


春になれば、人も物も、外へ流れる。

今の静けさは、嵐の前の溜めだ。


セリアは一通り指示を出し終えると、短く息を吐いた。


「……間に合わせるんじゃない」


小さく、しかしはっきりと呟く。


「余らせるの」


余るほど備える。

それが、戦を知る者の判断だった。


雪の下で、芽はもう準備を終えている。

春が来れば――一斉に、顔を出す。


その時に備え、

セリアは静かに、しかし確実に歯車を回し続けていた。

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