春を待つ者たち
隊長は珍しく、セリアの元を訪れていた。
「……珍しいわね。あなたが直接来るなんて」
「まあ、今のところ隠すことでもないんでね。本部から文が届きまして」
そう言って、隊長は一通の文を差し出す。
だがセリアは――受け取ったそれを、まだ開かない。
「やっぱり……始まりそうなのね」
その一言に、隊長は一瞬、目を見開いた。
おいおい……機構内でも、あの暗号を完全に理解してるのはごく一部のはずだぞ?
内心の動揺を隠しつつ、黙って様子を見る。
セリアは念の為、といった仕草で文を開き、中身に目を通した。
「なるほどね……」
視線が静かに紙の上をなぞる。
「……ほとんどを、現金化したのね」
「はい。しかも、表で堂々と、です」
隊長が頷く。
「商人たちは、落ちぶれた貴族が財産整理してると嘲笑っていますが……我々は、反乱のための軍資金と見ています」
「でしょうね」
セリアは即答した。
「堂々としすぎている。だからこそ――手が出せない」
「はい。表向きは“王都復旧のための資金整理”ですからね。こちらから仕掛ける理由が作れない」
隊長は小さく息を吐く。
「始まってしまえば、止められるんですが……始まる前は、どうにも」
「ええ」
セリアは窓の外に目を向けた。
そこには、まだ雪の残る庭と、鈍色の空。
「……春、ね」
その言葉には、季節以上の意味が込められていた。
「雪が溶ければ、地面が見える。地面が見えれば、人は――歩き出す」
セリアは静かに続ける。
「動き出す者は、もう決めている。あとは、“いつ”かだけ」
隊長はその横顔を見て、無言で頷いた。
春は、希望を運ぶ季節だ。
だが同時に――
血と火を呼び込む季節でもある。
その兆しは、もう十分すぎるほど揃っていた。
セリアは、その日のうちに動いた。
迷いはない。相談も、ためらいも無かった。
関係部署へ、次々と指示が飛ぶ。
――軍需物資、増産。
これまでの体制は、言ってしまえば綱渡りだった。
必要最低限を、必要な分だけ。
無駄を出さず、倉庫を圧迫しない、ぎりぎりの運用。
だが、それは「平時」の考え方だ。
「今は冬よ」
セリアは淡々と告げる。
「今年の冬は、祭りや催しが増えたとはいえ、でも――」
視線が、帳簿の数字を正確に捉える。
「人手には、まだ余裕がある」
農作業は止まり、建築も最小限。
港も雪で動きが鈍る。
だが、工房と工場は違う。
暖を取れる環境さえあれば、手は動く。
「この時期に増産しない理由は、ないわ」
むしろ――この時期だからこそ、だ。
春になれば、人も物も、外へ流れる。
今の静けさは、嵐の前の溜めだ。
セリアは一通り指示を出し終えると、短く息を吐いた。
「……間に合わせるんじゃない」
小さく、しかしはっきりと呟く。
「余らせるの」
余るほど備える。
それが、戦を知る者の判断だった。
雪の下で、芽はもう準備を終えている。
春が来れば――一斉に、顔を出す。
その時に備え、
セリアは静かに、しかし確実に歯車を回し続けていた。




