老獪なる警鐘
数日前――
王都でも、同じ匂いを嗅ぎ取っていた者が一人居た。
「……はぁ〜」
深く、心底うんざりした溜息。
「まったく、あの無能貴族共。ここに来て、さらに無能を曝け出す気なのね……」
机に広げられた帳簿と報告書を、苛立たしげに指で弾く。
「ちょいと、貴女。この文をフェルナード領支店へ。必ず、確実によ」
即座に返る返事を聞き流しながら、独り言が続く。
「全く……このクソ寒い中、馬鹿王に会いに行かなきゃならないなんて」
立ち上がり、外套を羽織る。
「エドランにも同席して貰わないとね。
……ほんと、余計な仕事ばかり増やしやがって」
――そして。
「待っていたぞ」
王城の一室。重々しい声が迎えた。
世界商品登録機構総責任者
アグライア=ホルンベルグ。
「ざわざわ……」
「はっ。ババアが来たくらいで、城中ざわつきやがって……」
周囲の視線を気にも留めず、アグライアは一歩踏み出す。
「……これは本当なのか?」
差し出された書類を、王は無言で受け取る。
「金は嘘をつかないわ」
淡々と、だが断定的に告げる。
「資産の大半を現金化してる。何か起こす気よ。間違いない」
王は眉をひそめる。
「解った……だが、信じられんな……」
「信じる信じないの話じゃないわ」
アグライアは鼻で笑った。
「それより――」
視線を横に流す。
「近衛隊長が、まさか戻って来ていたとはね」
「ああ。やっと武器を渡してくれてな。
今は再編成と練度の立て直しだ」
「なら、まだマシかしら」
一拍置いて、静かに。
「……やるわね。セリアは」
王都と領都。
距離はあれど、同じ結論に辿り着いている。
春は、ただ暖かさを運ぶだけではない。
火種もまた、雪解けと共に姿を現す。
老獪な者たちは、既に動き始めていた。
王はそのまま、短く、だが重い指示を出した。余計な言葉は無い。
戦う準備を整えろ――ただそれだけだ。
城内の空気が、目に見えず引き締まる。
エドランは持ち場へ戻ると、即座に動いた。
命令系統の再確認。
各部隊の連絡経路、伝達速度、代替指揮の有無。
そして何より――補給。
装備、糧食。
「足りているか」ではなく、「途切れないか」。
最悪を想定し、数字を叩き直す。
一方、近衛隊長は訓練場に立っていた。
掛け声が響く。
剣が打ち合い、盾がぶつかる。
緩みは一切許さない。
量より質。
一人一人の動き、反応、判断。
戦場で生き残れるかどうか――その一点だけを基準に、練度を引き上げていく。
王都は、まだ静かだ。
だがその静けさは、嵐の前のものだった。
誰も口には出さない。
それでも全員が理解している。
始まるかもしれない。
だからこそ――
各々が、各々の持ち場で、黙々と備えを進めた。
戦いに備えるという、ただ一つの目的のために。




