載せないという発想
工房の片隅。
組み上げられた一人乗りの蒸気駆動車を前に、一人の学術員が腕を組んで唸っていた。
……動く。確かに動く。だが――
そこへ、油で汚れた手を拭きながらリュミエルが近づく。
「どうした?難しい顔して」
「リュミエルさん」
学術員は、遠慮がちに口を開いた。
「この乗り物、一人乗りですよね」
「まあな。今のところは」
「……荷物、積めませんよね?」
「まだ、な」
リュミエルは肩をすくめる。
「だから試作だ。欲張る段階じゃない」
学術員は一度、設計図と車体を見比べてから言った。
「――なら、逆に」
「ん?」
「載せない、って発想はありませんか?」
リュミエルの眉が、ぴくりと動く。
「と言うと?」
学術員は少し身振りを交えて説明を始めた。
「今、別の現場で蒸気機関を使ってクレーンを動かしてますよね?」
「ああ。引き上げ用にな。領内を探索してる時見た!便利だな?」
「でも、あれ自体の移動は、馬に引いてもらってます」
「……そうだな」
「だったら」
学術員は、蒸気車の図面の横に、簡単な線を描いた。
「この一人乗りの動力部と、クレーンを一体化させるんです」
「ほう?」
「クレーンを使う時は、その場から動きません。だから移動と牽引を切り替えればいい」
リュミエルの目が、少しずつ輝き始める。
「切替用の歯車を付けて……」
「はい。移動する時は車輪を、引っ張る時はクレーン側を」
「……!」
リュミエルは、思わず笑った。
「なるほどな……!」
学術員も少し調子に乗る。
「そもそもクレーンって、そんなに長距離は動きませんし。ちょっと位置を変える程度です」
「確かに……」
リュミエルは、蒸気車をもう一度見回した。
「一人で動かせるクレーン、か」
「馬も要りません」
「……いいな、それ」
そして、拳を軽く打ち合わせる。
「よし!」
「え?」
「早速、改造してみるか!」
学術員は一瞬ぽかんとした後、慌てて頷いた。
「は、はい!」
工房の奥で、再び工具の音が鳴り始める。
一人乗りだった筈の試作品は知らぬ間に――
“使える道具”への道を、確実に進み始めていた。
工房から届いた報告を聞き、メイヤは執務机に肘をついて、低く唸った。
「……上手く、化学反応したわね」
一人は突き抜けた発想力。
もう一人は、現場を知る実務脳。
どちらか一方だけなら、ただの変人か、ただの技術者で終わっていた。
だが二人が噛み合った瞬間、歯車は一気に回り始める。
「これ……色々と加速するかもしれないわね」
メイヤは小さく笑った。
「本当は、エレキッテルを最優先で進めたいところだけど……」
視線を窓の外へ向ける。
「あの子、押し付けたら壊れるタイプね」
強制すれば、反発する。
管理すれば、逃げる。
自由にしておけば、勝手に深掘りする。
「今は……放っておきましょう」
その判断が正しいかどうかは、もう少し先にならないと分からない。
一方。
工房の隅で、例の馬無し移動馬車を見たパナーは、内心で盛大に頭を抱えていた。
……ヤベー!正確には、メイヤ様だけでも十分ヤベーのに!
視線を、設計図に向かって狂った速度で線を引くリュミエルへ移す。
もっとヤベーのが来た!
メイヤは――思いついても、必ず誰かに作らせる。
だからこそ、止める余地がある。調整する時間がある。最悪、私が間に入れる。
でも、あの変人……
パナーは喉を鳴らした。
自分で作れてしまう
指示も要らない。許可も待たない。
危険かどうかを考える前に、まず形にする。
しかも、勝手に動く……!
気付いた時には完成していて、後から「出来たぞ!」と報告が来るタイプ。
介入出来ねー……!
パナーは深く息を吐いた。
これは……監視対象が一人増えたな。
馬の無い馬車は、まだ本気では走り出していない。そもそも馬車?って呼んで良いのか?
だが、発想そのものは既に暴走を始めていた。
誰にも止められないまま――
次の「当たり前」を壊す方向へ。




