点と点のあいだ
メイヤは、自室の机に広げた書面をじっと見つめていた。
機構に登録されていた、例の「不要物」一覧。その中でも、あの猫族の奇術師――リュミエル・フェーンが残した記録だ。
「……本当に、変な人ね」
そう呟きながらも、指は止まらない。
まずは落下傘。
登録時の実験内容が、やけに詳細だ。
布の種類、縫製方法、想定風速。
そして――重石十キロを付けて投下。
「自分で飛ぶ前に、重石……」
常識的に考えれば、理論検証で終わらせるか、小動物程度で済ませる。
それを、実際に重量をかけて試す。
「しかも、生きてる」
理論値だけで傘の大きさを割り出し、恐らく修正も一度きり。
失敗すれば、怪我では済まない。
「無茶、というより……覚悟ね」
次に目を通したのは、紙飛行機。
折り方、重心、投げる角度。
こちらは落下傘ほど危険ではないが、異様に試行回数が多い。
「空に、随分と興味があるのね」
商売にはならない。機構としても評価しづらい。
だから、不要。
「でも」
メイヤは、エレキッテルの項目へと視線を移す。
箱に付いたハンドル。回すと、内部で何かが溜まり、金属線に触れるとピリッと来る。
「理屈は、まだ分かってない」
恐らく本人も、完全には理解していない。
それでも、現象を切り取って残している。
さらに、真空瓶の記述。
瓶の中の空気を抜き、蓋を開けると「ポン」と音が鳴る。目的不明、用途なし。
「……点は、全部ある」
一つ一つは、意味がない。
だから評価されない。
だが――
「繋げば、線になる」
電気という概念は、この世界にはまだない。
光を安定して生む方法も、知られていない。
けれど。
「最初の一歩は、確実に踏み出してる」
静電気を溜める。放出する。
真空という状態を作る。
どれも、途中で止まっているだけだ。
「環境が無かったのね」
資金も、人手も、理解者も。
そして、何より――時間。
メイヤは書面を閉じ、椅子の背にもたれた。
「奇術師、か」
自分をそう名乗る理由も、分からなくはない。
人に見せる形でしか、生きられなかったのだろう。
「でも……」
小さく、確信を込めて言う。
「これは発明家よ」
しかも、危なっかしくて、放っておけば自滅するタイプ。けれど、条件さえ整えば――
「化ける」
点と点は、もう揃っている。
足りないのは、それを線にする場所だけ。
メイヤは、机の端に置かれた実験棟の設計図へと視線を移した。
「……拾ったのは、私だもの」
どう育つかは、これから次第。
そう結論付けると、メイヤは次の書類へと手を伸ばした。
「ミュネ。あの変人さんは?」
書面から顔を上げ、メイヤが問いかける。
「はぁ……」
ミュネは少し疲れたように息を吐いた。
「私にも色々と聞かれましたよ。特に……あの蒸気機関ってやつを、やたらと熱心に」
「ああ……」
即座に察するメイヤ。
「恐らく、タルトさんの所ですね。『何で動く』『何で止まる』『力はどこから来る』って、止まらなくて」
「でしょうね」
メイヤは小さく笑った。
「まず船で、次に蒸気機関車。順番としては、実に素直」
水に浮かぶもの。陸を走るもの。
どちらも、人の力ではない何かで動いている。
「あの変人さんの事ですから」
ミュネが肩をすくめる。
「根掘り葉掘り聞いているはずですし……理解するのも、恐らく早いかと」
「ええ」
メイヤは窓の外――港の方角へ視線を向けた。
「理屈が分からなくても、現象を掴むのが上手なタイプだもの」
エレキッテルも、落下傘も。全てそうだった。
「さて……」
机に肘をつき、指を組む。
「どんな反応をするかしら?」
驚くか。興奮するか。
それとも、もう次の実験を考え始めているか。
「……どれでも、面白いわね」
そう呟いたメイヤの口元には、期待を隠しきれない微笑みが浮かんでいた。




