ピリッとする箱の向こう側
「――というわけよ」
メイヤは、机の上に置かれた数枚の資料を指で軽く叩いた。
「こんなの、私も正直……忘れかけてたな」
向かいで、リュミエルが肩をすくめる。
「エレキッテル、だろ?」
「ええ」
メイヤは頷く。
「まだ推測の段階だけど……あの“ピリッ”と来る感触。あれに、強く興味があるの」
「ほう?」
「今、ここで」
メイヤは資料の一枚をめくる。
「同じ仕組みの箱と、それを“大きくした物”を作らせてるわ」
「……で?」
リュミエルが身を乗り出す。
「それを、どう使う気だ?」
「例えば」
メイヤは淡々と言った。
「その“ピリッ”が、永遠に続いたら?」
「……」
「あるいは、最も“ビリビリ”来る瞬間があるとしたら?」
リュミエルの目が、ゆっくりと見開かれる。
「そこには必ず理由があると思うの」
「つまり?」
「それを、調べたい」
一瞬の沈黙。
「ほぉ〜……」
リュミエルは、楽しそうに口角を上げた。
「何かに、使えるって訳か?」
「ええ。きっとね」
メイヤは立ち上がり、懐から小さな札を取り出した。
「それと――」
それを、机の上に置く。
「これ、手形よ」
「……?」
「立入禁止区域。これがあれば、入れるわ」
空気が、わずかに変わる。
「解ってると思うけど」
メイヤの声が低くなる。
「情報が漏れたら……」
一拍。
「命が無いか、良くて全てを失う」
リュミエルは、真面目な顔で頷いた。
「解ってる」
「ならいいわ」
メイヤは続ける。
「貴女専用の実験棟と、居住出来る建物も今建設中よ」
「……は?」
「生活出来る様に、お手伝いさんと助手も数名ずつ付ける」
「……まじか?」
「まじ」
即答だった。
「予算も付けるわ」
リュミエルの目が、きらりと光る。
「……って事は?」
「使いすぎ注意」
「だよなぁ」
肩を落とす。
「予算が付くって事は……結果も求められる、か」
「当然ね」
メイヤは小さく笑った。
「でも、建物の完成までは少し時間があるわ」
「その間は?」
「領地を見て回っていい」
「……なるほど」
リュミエルは立ち上がった。
「面白い」
「でしょ?」
メイヤも微笑む。
こうして。“不必要”とされた小さな箱は、この領地で――
新しい可能性の火種として、再び動き出した。
リュミエルは、手にした資料を胸に抱えながら、静かに歩いていた。
……本当は、単純な話なんだ。あの箱。
ハンドルを回し、鉄線に触れると「ピリッ」と来る感触。
あれは――静電気を、溜めて、放出しているだけ。そう言ってしまえば、それまでだ。
だが。
それを“そうだ”と理解出来ないと、必ず途中で躓く。
表だけを真似しても意味が無い。
仕組みの奥、力の流れ、溜まり、逃げ場。
最初の一歩は、絶対に短縮出来ない。
いきなり結果だけ欲しがる者ほど、失敗する。
途中をすっ飛ばせば、必ず勘違いが生まれる。
……間違いなく。だからこそ。
私は、全部は教えない。一歩、また一歩。
途中、途中で私が解る範囲でヒントを出す。
自分で気付き、試し、失敗して、理解する。
それが出来れば――この領地に、この技術は根付く。
一過性の奇術ではなく。見せ物でもなく。“当たり前”になる。
リュミエルは、小さく笑った。
いいじゃない。時間は掛かる。回り道にもなる。でも、その方が……ずっと面白い。
そう思いながら、彼女は新しく建つ実験棟の方角を見た。
ここから始まるのは、“ピリッ”とする箱の、その先の世界だった。




