忘れられた奇術師
「……この二つを、作った人の名前は?」
メイヤの問いに、パナーは一瞬だけ視線を泳がせた。
「ええと……」
ミュネが書類を受け取り、確認する。
「同一人物ですね」
「やっぱり?」
「ええ。登録番号も筆跡も一致しています」
メイヤは、思わず息を吐いた。
「二つとも、同じ人……」
視線を落とし、開発者欄を見る。
「……猫族?」
「はい。年齢は当時で十代後半。現在なら三十代前半でしょうか?」
「女性……」
メイヤは小さく笑った。
「しかも、職業……」
読み上げる。
「“奇術師”?」
「ええ。興行登録上はそうなっています」
「マジシャン、みたいなものかしら?」
パナーは肩をすくめた。
「世間的には、そうでしょうね。痺れる、音が鳴る。そういう“見世物”を得意としていたようです」
メイヤは、書類をそっと机に置いた。
……この人、多分“電気”って概念を知らない。メイヤの目が、僅かに光る。
「ここまで来てる」
静電気、回転装置、真空ガラス。
単体では意味を成さず、だから“不要”と切り捨てられた発明。
「でも、これ……」
指先で二枚の紙を並べる。
「発展させたら、とんでもない事になるわ」
ミュネが控えめに声をかけた。
「……メイヤ様?」
「ミュネ。パナーさんを呼び出して」
「かしこまりました」
しばらくして、慌てた様子のパナーが入ってくる。
「どうしました? メイヤ様」
メイヤは答えず、二枚の書類を差し出した。
「これ、見て」
「……なっ!?」
パナーの目が見開かれる。
「これは機構の登録資料……どうしてここに?」
「ちゃんと機構隊長に許可は取ってるわ」
さらりと言ってのける。
「それより」
メイヤは身を乗り出した。
「この二枚を開発した人、探せる?」
「……探せますが?」
「じゃあ、その人を、この領地に呼びたいの」
パナーは固まった。
「……は?」
「お給料も出す。研究環境も用意する」
「い、いや……」
困惑が露骨に顔に出る。
「これは“不要”と判断された開発ですよ?」
「だからよ」
メイヤは即答した。
「不要なのは“今の機構”にとって、でしょ?」
言葉に、迷いはなかった。
「この人は、先に行きすぎただけ」
「……」
「条件は相手次第。話を聞いてから決める」
少しだけ笑う。
「優遇はするわよ? ちゃんと」
パナーは、深く息を吐いた。
「……はぁ……」
頭を掻く。
「分かりました。交渉してみましょう」
「お願い」
メイヤは、静かに頷いた。
機構が見捨てた才能を、拾い上げる。
それが何を呼び込むか――
この時、まだ誰も知らなかった。
パナーは、書類を抱えたまま機構支店へ向かっていた。
……しかし。頭の中で、何度も同じ疑問が巡る。
この“不必要な開発”をした人物を、わざわざ呼び寄せる?しかも、高待遇で?
歩きながら、雪を踏みしめる音だけが響く。
確かに登録はされている。だが、機構内では何十年も触れられなかった資料だ。
奇術師。猫族。
見世物師まがいの発明家。
普通なら、話題にもならない。
それを――
……メイヤ様は、拾う。
「一体、何をする気なんだか……」
小さく呟き、首を振る。まあ、考え過ぎか?
登録から既に数十年。
今さら世界を揺るがすような物が、眠っているとも思えない。
……思えない、けど?
ふと、あの二枚の書類が頭をよぎる。
静電。真空。
意味の分からない仕組み。
でも……あの目だった。メイヤが紙を見つめていた時の、あの確信に満ちた目。
“これは違う”って、顔。
パナーは、無意識に足を早めていた。
「……まあいい」
仕事だ。探して、呼ぶ。それだけ。
だが胸の奥に、言いようのない予感が残る。
もしかすると……
これは、“不必要な開発者”を呼ぶ話じゃない。“時代に置き去りにされた何か”を、掘り起こす話なのかもしれない?
雪は静かに降り続けていた。
その下で、また一つ――
世界の歯車が、わずかに音を立てて動き始めていた。




