不必要とされた登録
「あー。それはな」
機構隊長は、棚に戻そうとしていた手を止め、少しだけ言い淀んだ。
「登録はされてる。ちゃんと正式にな。だが――」
「だが?」
「今まで、一度も使用された事が無い」
メイヤは目を瞬いた。
「一度も?」
「そうさ」
隊長は肩をすくめる。
「機構内じゃ“不必要な物”って呼ばれてる」
「……」
メイヤは資料の束に、そっと触れた。
「折角、登録まで出来たのに……悲しいわね」
ぽつりと漏れた言葉に、隊長は少しだけ目を逸らす。
「まあ、そう言われりゃそうだがな」
しばしの沈黙。
その間に、メイヤは資料を一枚めくり、また一枚と目を走らせていく。
「ねえ」
「ん?」
「これ、借りてってもいい?」
隊長は一瞬、言葉に詰まった。
「あー……本来は、ダメだ」
間を置き、
「……が」
メイヤの顔を見る。
真剣でもなく、悪戯でもなく、ただ“面白そうだから”という、いつもの顔だ。
「ちゃんと返すなら……まあ、いいだろ」
「ありがとう!」
即座に笑顔になり、資料を抱えるメイヤ。
隊長はため息を一つ吐いた。
「正直な話な」
「うん?」
「俺も中身は大体把握してる」
資料を指で軽く叩く。
「数十年近く、誰にも見られなかった代物だ。ど偉い秘密が書いてあるわけでも無い」
「へぇ」
「使い道が無いから、使われなかった。それだけだ」
そう言い切って、肩をすくめる。
「だから大丈夫だろ」
メイヤはその言葉を聞きながら、資料を胸に抱え直した。
「――そっか」
小さく、しかし妙に意味深な声。
「じゃあ、今まで“使う時”が来なかっただけ、かもね」
「……は?」
隊長が聞き返した時には、もう遅かった。
「ちゃんと返すから!」
そう言い残し、メイヤは軽い足取りで支店を後にする。
扉が閉まった後。
機構隊長は、なぜか胸の奥に残った違和感に眉をひそめた。
……なんでだ?
ただの古い資料。必要とされ、忘れられた設計。
――なのに。
「嫌な予感がするのは、何でだ?」
雪の降る領都の空の下、“使われなかった登録”は、静かに持ち出された。
春が来る前に。
メイヤはそのまま、自室へと引き上げた。
「さてさて……」
机の上に資料を置き、椅子に腰を下ろす。
「早速、ゆっくり見てみますか」
表紙は無い。束ねられた紙は黄ばみ、端は少し毛羽立っている。
「……確かに古いわね」
指先で紙を撫でる。
「って事は、相当前に登録されたって事か」
めくる度に、かすかな紙の音がする。
「本……じゃないけど」
内容は文章と簡素な図。
技術書とも報告書とも違う、妙な構成。
「読む分には問題ないわよね!」
軽く言って、次の頁へ。
ふと、別の考えが頭をよぎる。
「そう言えば……」
この世界には、すでに凸版印刷に近い技術がある。
機構が管理している書類の量を考えれば、当然だ。
「本屋、開くのもアリかも」
ぽつりと呟く。
「王都から取り寄せて、領都に流すだけでも人は集まるし」
冬場でも出来る仕事。
雪で動きが鈍る今だからこそ、悪くない。
「ロウガさんに頼めば、輸送も何とかなるわよね」
港もある。蒸気船もある。
「うん、今度相談してみよう」
そう決めてから、再び資料へと視線を戻す。
一枚、また一枚。
軽い気持ちで読み始めたはずなのに――
「……あれ?」
指が止まる。
「これ……」
何気なく見ていたはずの一文が、妙に引っ掛かった。
「不必要、って判断された理由……」
メイヤは、無意識に背筋を伸ばしていた。
ただの古い資料。使われなかった設計。
でも――
その続きを読む指先に、少しだけ力が入る。
窓の外では、雪が静かに降り続けていた。




