雪の笑顔、その裏で
雪まつりは、想像以上の成功だった。
冬でも人が集まり、食べ、笑い、金が動く。
屋台も、宿も、職人も――皆が潤っている。
セリアは領都の通りを歩きながら、雪像と灯りに囲まれた人々の顔を見ていた。
子供は走り、大人は酒を飲み、旅人は写真代わりに絵を描いている。
「……いいわね」
思わず、そんな言葉が零れる。
耐えるだけの冬ではない。
楽しむ冬。
この領地に、それを根付かせられた事が、素直に嬉しかった。
だが。
「だからこそ、ね」
セリアは踵を返す。
浮かれてはいけない。
平和を守る為に、やるべき事をやらなければ、次は無い。
向かった先は――ロットの工場だった。
「ロットさーん!」
「ひぃぇぇーーー!!」
工場内に、情けない悲鳴が響く。
「何よ!化け物でも出たみたいな声出して!」
ロットは顔を引きつらせ、工具を落としかけていた。
「……い、いや、その……」
「もう出来てるんでしょ?」
セリアは、にこりともせずに言った。
「近衛用の軍用クロスボウ」
「……っ!?」
一瞬、誤魔化そうとしたロットだったが、諦めたように肩を落とす。
「……まあ、出来とる。試作品含めて、数は揃っとるわ」
「それを、今すぐ王都の近衛へ回して」
「!?」
ロットの表情が変わった。
「まさか……また始まるのか?」
「まだ、断言は出来ないわ」
セリアは工場の奥、整然と並ぶ武具を見渡す。
「でもね、“何も起きない”に賭けるには、空気が悪すぎる」
「……そうか」
ロットは、しばらく黙り込んだ後、低く言った。
「正直な話な。何も無ければ、このまま眠らせておこうと思っとった」
「そうよね」
「だが……」
ロットは、決意したように頷く。
「必要なら、全部持って行け。矢も、部品も、予備もだ」
セリアは、少しだけ表情を緩めた。
「ありがとう!近衛隊長には、私から話すわ」
「解った」
ロットは深く息を吐く。
「……雪まつりで浮かれとる領都を見てると、嫌な役回りだな」
「ええ」
セリアは工場の出口で立ち止まり、振り返った。
「でもね」
「笑ってる時に備えるのが、一番いいのよ。泣いてからじゃ、遅いもの」
ロットは苦笑した。
「奥様らしいな」
工場の扉が閉まる。
外では、雪が静かに降り続いている。
人々はまだ、平和を疑っていない。
だがその裏で――
弦は張られ、矢は整えられ、次に備える音だけが、確かに鳴り始めていた。
セリアは、何の前触れもなく近衛隊詰所を訪れた。
「こんにちは」
扉を開けた瞬間、詰所の空気が一段引き締まる。
「……奥様?」
机から立ち上がった近衛隊長は、少しだけ驚いた顔をした。
「如何なされました?」
セリアは軽く手を振る。
「この前の“観光”、どうだった?」
「えっ!? い、いや……その……」
一瞬、視線が泳ぐ。
「…………」
セリアは、にやりともせず、舌打ちした。
「チッぃ!」
「!?」
「まあ、いいわ」
一拍置いて、声音が変わる。
「本題よ。近衛用の軍用クロスボウ――全て完成したわ」
近衛隊長の表情が、完全に切り替わった。
「……本当ですか」
「ええ。直ちに、ここに居る貴方を含めて王都へ戻りなさい」
「!?」
「到着後は、王の指示に従って」
詰所に、重たい沈黙が落ちる。
「……まさか」
近衛隊長は、低く問いかけた。
「また、何か起きるのですか?」
セリアは、即答しなかった。
「まだ、断定は出来ないわ」
そう前置きしてから、続ける。
「でもね。起きてから準備するのは、愚かよ」
「……」
「王都に居る近衛の、クロスボウの練度を上げて来なさい。“何も起きなかった”なら、それでいい」
近衛隊長は、深く息を吸い、背筋を伸ばした。
「……了解しました」
「速やかに移動を開始します」
セリアは満足そうに頷く。
「頼んだわ」
扉を閉める直前、ふと思い出したように振り返る。
「あ、それと」
「?」
「観光の続きは――生き残ってからにしなさい」
近衛隊長は、苦笑とも覚悟ともつかない表情で応えた。
「……承知しました」
扉が閉まる。廊下を歩きながら、セリアは小さく息を吐いた。
「さて」
「向こうが動く前に、こちらは“備えた”わよ」
雪はまだ降っている。
だが王都では今、静かに弦が張られ始めていた。




