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出涸らし勇者とエルフのお嬢さん

 ぶちぶちと素手で草を毟る。

 あー、全然綺麗にならない。

 それはそうだ。ここは森の真ん中。草なんて無い方がおかしい。


 俺、藍川玲央ことレオは一人森の中で、その辺の草を毟っていた。


 俺たちは魔王城を目指しているはずだった。


 いや、今も目指している。


 一応、ここは旧魔王城に程近い森らしい。

 クリスを脱獄させたのち、俺たちは王都を出て、北方に向かった。


 この大陸には人間と魔族、あとはドワーフやエルフなどの種族が住んでいるが、魔族だけが荒れ果てた北の地に追いやられていた。

 魔王軍の侵攻は領土拡大のためだったという。


 そういうわけで、人間やドワーフが歓迎されない大地を、野宿しながら最果てを目指して旅してきた。

 元勇者一行の魔術師グレン、戦士ドリュー、僧侶クリス、出涸らし勇者の俺の四人で。

 現在魔王の手先になっている勇者アシュリーの力はもともと俺に宿っていたものらしい。それが彼女に全部移され、今はただの出涸らし。それが俺。


 そして今、俺は即席野営地で留守番をしていた。


 グレンとクリスは魔王城を偵察するために出掛けており、ドリューは今日の夕飯のために食べられる魔物を狩りに行っている。斥候組に付いて行くのは足手纏いだし、狩猟は言わずもがなだ。俺は勇者の力がかつてあっただけの一般人だからな。


 そんな一般人を一人、魔族の本拠地の只中に置いていくのはどうかと思うが、グレンが結界を張っていったので安心だ。

 グレン本人曰く、今の王都の結界並だから、お前は昼寝でもしてろ、とのことだ。

 そこまで暢気ではない。

 しかし、することもない。

 とりあえず誰か早く帰ってこないかと、草をぶちぶち抜いていた。


 そのとき、がさり、と藪の向こうから音がした。

 俺は誰かが戻ってきたものと思い、呑気に振り返って、絶句した。

 見知らぬ美少女が突然現れた。

 絹糸みたいな長い金髪に、宝石みたいな青い瞳、小枝みたいな細い手足、そして人形じゃないかと疑うほど整った顔。

 現代日本むこうでもこっちでも見たことないほどの美人だった。

 美少女は虚を突かれたような顔をしてから、しゃがんでいる俺を見下ろして、顔を顰めた。顰めても整った綺麗な顔のままだった。


 俺、なにかまずいことした!?


「ええと……」


 俺が口を開くと、美少女は眉をぴくりと上げたが、何も喋らなかった。


「こ、こんにちは〜 あはは」


 我ながらバカみたいなリアクションだった。

 美少女はさらに眉を顰めて、言った。


「何をしているの、人間?」


 わあ声もかわいい。

 あとグレン、あの野郎適当な仕事しやがって。

 


**********


「取って食ったりしないわよ」


 ビビりまくる俺を見下ろしながら美少女は言った。


「そ、それはどうも……」


 別に俺は次元違いの美女にビビっているわけでない。そんな場所に平然といる、ということは。


「と、とりあえず見なかったことにしてもらえ……ます?」

「無理」

「ですよね……」


 人間であるはずはない。

 というか、多分エルフだ。耳が尖っていて長い。アニメやゲームでよく見るやつだ。もちろんこちらでも実際に遭遇したことはある。はー、美形だなーと思って通り過ぎただけだったが。


 エルフは、魔族ではなかった。確か。

 でも魔族に味方するエルフもいるとか聞いた。ダークエルフ的な。


「わたしの耳じろじろ見るのやめてくれない?」

「す、すみませんっ!」


 駄目だ、俺は年下の女の子は苦手なんだよ! 美少女とかそれ以前に!

 女性全般苦手では?という思いが一瞬過ぎったが、無視した。


 推定エルフの女子は腕を組んで、言った。


「わたしの話し相手になりなさい。そうしたらあなたのことは黙っていてあげる」




**********



 彼女はエイヴァと名乗った。俺もレオと名乗った。

 素直に本名言うのは不味かったかなと思うがこっちではありふれた名前なので平気だろう、多分。


「わたしの好きな人ってひどい奴なの」


 なら好きになるのやめるのがいいんじゃないですかね。

 とは思ったが、それは言ってはいけない発言だと本能で察して黙っていた。


「無神経だし、自分勝手だし、すぐ手が出るし。あ、暴力ね。わたし相手じゃないけど」

「は、はあ……」


 俺たち二人は並んで地面に座っていた。何これ。

 エルフ女子の恋バナ(?)を聞かされていた。


「わたしはあいつの……まあ上司みたいなものなのにぜっんぜん言う事聞かないし」


 オフィスラブなのかよ。俺より若いのに部下持ちなんだ、この子。

 このグイグイくる感じが俺の後輩を思い出させる。新人だけどめっちゃ気が強くて、仕事も俺よりできた。


 先輩もこんなところさっさと辞めたほうがいいです。

 死んじゃうまえに。


 後輩はそう言って、うちよりいい会社の内定を貰って一年目のうちに、さっさと辞めていった。

 



「わたしに相談もしないし。……まあ、そもそも誰にも相談しない奴なんだけど」

「それは……だめっすね……」

「そうでしょう!! 本当にあいつなんなの!?」

「は、はあ……」


 あのバカ、と言ったあと、エイヴァは黙り込んだ。

 俺はただぼんやりと彼女の次の言葉を待った。

 が、沈黙が続いた。

 話していない時に彼女の顔をじろじろ見るのはよくないかと、明後日の方向を見ていたが、そろそろと横目で彼女を見る。

 俺はぎょっとする。

 彼女は声も上げずに泣いていた。


 声を掛けようとして、なんと声を掛ければいいかわからず、俺は開きかけた口を閉じた。


 後輩も一度だけ俺の前で泣いた。


 そのときも俺は何も声を掛けられず、何も出来なかった。



「……逃げちゃってもいいんじゃないんですかね……」


 エイヴァは涙を拭いもせず、俺を見た。怒った顔をしていた。


「どういう意味?」

「ええと…………」



 転職した後輩が自殺したと聞かされたのは、彼女が辞めてから約一年経ってからだった。

 会社の飲み会で、笑い話として。

 俺は笑えなかったし、周りの人間も一人二人くらいは凍り付いていた。


 転職先で順調に実績を重ねていったが、ある日突然電車に飛び込んだらしい。


 彼女は逃げられなかった。

 俺の勝手な憶測で、妄想かもしれない。

 でも彼女はとっくに限界だったのではないかと思う。


 もっと、もっと力いっぱい逃げるべきだったんだ。



「いま急いで結論出して、行動しなくても……いいんじゃないかなって……」

「はあ?」

「そ、その、好きな人のこと一旦考えることやめてもいいんじゃないかなって……」

「……考えたくて考えてるんじゃない」

「そ、それはそうですよね…… でも、あの、なんか、頑張って保留にするというか……」

「意味がわからないんだけど」

「部下なら疎遠になる……とかないんですよね。なら、先送りしてもいいんじゃないかなって……」


 エイヴァの涙はいつの間にか止まり、代わりに胡散臭いなこの男みたいな表情になっていた。


「そ、そのエイヴァさん頑張ってるみたいなんで、ちょっと頑張ることやめても……いいんじゃないかなって!」



 後輩は頑張りすぎたんだ。俺と違って頑張れるだけの力があったからだとも思うけど。上司たちとついでに俺も二、三発殴って後先考えず逃げ出すくらいでよかったんだ。いや、よくないかもしれないけど。

 傷付きすぎたんだ。ある日突然永遠に立ち止まってしまうほど。


 エイヴァは、きょとんとした顔をした。子どもみたいな無防備な表情だった。


 ここまで言って、俺は恥ずかしくなった。

 身勝手に後輩と彼女を都合良く重ねてしまったことに。何か悟った奴みたいな発言をしてしまったことに。


 エイヴァは自分の目元を拭ってから、笑った。呆れたような、嬉しそうなような、不思議な表情だった。


「あなた変な人間ね」

「い、いや、普通ですけど……」


 というより俺の周りの奴らの方がよっぽど変だし。



「そっかあ、わたし頑張っていたんだ」


 静かに彼女は言った。彼女は俺を見ていたが、俺を通り越して、どこか遠いところを見ているようだった。


「頑張ってる人に限って全然頑張ってないって思ってる……らしいですよ」


 俺自身のことも思い出しながら、そう言った。


「……そうかも。うん、そうみたい」

「そうっすよ」


 無責任なことを言っている自覚はあったが、俺はそう言うべきだと思った。


 俺たち二人はしばらく黙って並んで座っていた。

 はー、俺何やってんだろ。

 まあ、いいか。


「そういえばあなたって……」


 エイヴァが話し掛けてきたのと、音と衝撃が襲ったのはほぼ同じタイミングだった。


 大地が揺れた。

 ドン、ドンと特大の太鼓が打ち鳴らされるようなあり得ない音がした。


「地震?!!」


 いや、違う。揺れているのは俺たちだけだ。

 訂正、俺だけだった。


 エイヴァが己の周りだけ結界みたいなものを張っているのが目の端に見えた。

 俺は立っていられず、地面に這いつくばった。


 おい、なんだこれ。


「やめて! アシュリー!!」


 エイヴァの叫びに俺は固まった。


「はい……?」


 そうして間抜けな声を上げるしかなかった。


 ドォンと一際凄まじい音がした途端、揺れが収まった。


 そして、上から何かが降ってきた。


 それはエイヴァの隣に着地すると、丸めていた身体を伸ばし、立ち上がる。

 銀色の長い髪を獣のように振りかぶると、ひたり、と俺を見つめた。


 狼のような美しく、恐ろしい瞳だった。


 俺は勇者アシュリーを初めてこの目で見た。

 世界を救って、それから人間を裏切って魔王に味方した。



「レオー!!」

「レオさん!!!」


 そのとき、グレンとドリュー、それからクリスが走ってやって来た。

 そして、アシュリーと、隣のエイヴァを見て、全員息を呑んだ。

 それをアシュリーは一瞥だけくれると、興味なさそうに視線を外した。クリスが口を開きかけたが、結局何も言わなかった。


 沈黙を破ったのはグレンだった。


「おいおい、アシュ坊はともかく、なんでそこにソイツがいるんだよ」


 その言葉にエイヴァがムッとした顔をする。彼女の結界はとうに消えていた。


「随分な言いようね、人間の魔術師」


 グレンとエイヴァが睨み合う中、ドリューが俺のもとに来た。


「レオ、怪我はないですか?」

「う、うん……」

「よかった……」

「あ、あのさ、エイヴァのこと……みんな知ってるの……?」


 色々話についていけないし、この状況なに?!って感じではあるが、とりあえず俺は思ったことを口にした。



「当代の魔王ですよ」


 ドリューの代わりにクリスが答えた。


「私たちもさきほど知ったばかりですが」


 思わずエイヴァを凝視する俺を、彼女は不愉快そうに見つめ返した。

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