幕間4
世界を救うということがどういうことか、私は知っている。残念ながら。
残念? ええ、残念。
世界を救うというのは、虚しい行為なのだから。
救う価値があったのかと、今でも思う。
再び、世界が危機に瀕しているいま。
私の名はダリナ。
本当の名前は屋村恵。
ここではない遠い世界の日本という国で生まれて死んでこちらに来た娘。
娘だったのは四十年も前のことだけれども。
ただの小娘だった私は界渡りによって聖女の力を得てしまった。
異界から召喚された人間は特殊な力を与えられる。異なる世界を行き来するときに発生したエネルギーを渡った人間は溜め込んでしまい、そうなるらしい。
ずっと後になって知ったが、すべての人間がそうなるわけではないようだ。そもそも召喚されて人の形を保っている方が稀だという。
つまりは召喚術は人体実験なのだ。しかも対象者を術者は選べない。無作為に選択されてしまう。
奇跡というにはあまりに禍々しい。
禁術とされるだけある。
その禁じられた術が再び使われた。
私がそれを知ったのは全てが終ってからだった。
私は確かにあのとき世界を救ったが、私自身が得たものは多くなかった。
愛した人は私を捨て、教会は私を修道院に放り込んだ。それでも自分の立場への不満はなかった。勿論貴族と教会上層部への憎悪は燃え上がっていたが。
私に界渡りが行われたことを教えたのはエルフの大賢者だった。彼は小さな少女を伴っていた。
「あなた様でも止めることは出来なかったのですか」
「ぼくの弟子がいるから大丈夫かなーと油断しちゃってたんだよね。あの子なんだかんだでまだ青いから、無理だったよ、なはは」
エルフは人間よりも老いるのが遅く長寿だが、この方はその中でも特に長生きだ。千年生きていると言われている。見た目は二十代の若者にしか見えないのに。
彼には沢山の弟子がいるが、今言っているのはいずれ勇者一行加わる魔術師グレンのことだ。
「笑い事ではないかと思いますが」
「そうなんだよねー。でも、成るようにしかならなかったよ」
相変わらず軽い調子の美しいエルフに目眩がしそうになった。
長い時を生き、様々の国や民族、種族の盛衰を見てきたというのに、言動からはそれを感じられない。
賢者であり、歴戦の戦士でもある彼は伝説に等しい存在であるはずなのだか。
「彼女が『来訪者』ですか?」
私は大賢者の裾を掴んだ少女に向き合う。
よほど酷い目にあったのか、少女はボロ布同然の服しか着ておらず、顔も手足も汚れていた。
「いいや、違うよ」
「え? 彼女が『勇者』ではないのですか?」
「彼女は『勇者』だ。ぼくがこれから鍛える。でも彼女は君の同郷ではないよ」
「きちんと説明してくださいませんか?」
「『勇者』の『来訪者』を召喚して、彼の力を彼女に移されたんだ」
私は言葉を失った。
なんだ、それは。そんなことが。
「宮廷魔術師たちは一体何を考えているのですか。それがどれだけ危険なことかわかっていないのですか」
「うちの弟子よりさらにアホだから全くわかってないよ〜 しかもほんとは勇者にしたかったの王太子だからね〜」
「……王室自体がアホでしたか」
「王太子の後ろ盾弱いからね〜 『勇者』として功績を残させたかったんだって」
「……あの方々は代が変わってもお変わりないようで」
「ほんとだよね〜」
この事態にも、この大賢者のお気楽な様子にも頭痛がする。しかしそれを気にしている場合ではない。
「それで、私のところにいらした用件はなんですか?」
「この子の顔見せとあと頼み事を一つ」
「普通に紹介してください」
私は溜め息を付いてから、少女の目線に合わせて屈む。腰がキツいが今は無視する。
私は彼女に微笑みかける。彼女はさきほどから表情が変わらなかった。
「はじめまして『勇者』様。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私のは名はダリナ。ノースウッズ修道院の院長をしております」
少女は私をしばらくじっと見てから口を開いた。
「アシュリー。勇者って名前じゃない」
「失礼しました、アシュリー様」
「なんで様付けるの」
「私がそうしたいと思うからです。お嫌でしたらやめますわ」
「……好きにしたら」
「そうしますわ。私のことは好きにお呼びください」
「よっし、終わったね! じゃあ僕の頼み事聞いてよダリナちゃん」
大賢者のその発言に私とアシュリー様は顔を顰めた。
私はその無理矢理な話題の転換と呼び名についての反応だが、アシュリー様の方もいい気持ちはしなかったらしい。
「その呼び方やめてくださいませんこと?」
「え〜 やだー」
「……もういいです、それで。それで私に押し付けようとしている厄介事について仔細詳しく教えてくださいませんこと?」
「えー、なんで最初から厄介事って決め付けるのー?」
「あなた様が私のところを訪ねてきて、厄介事押し付けなかったことが無かったとでも?」
「うん、無いね! いやあ、話が早くて助かるよ!」
受ける、とは一切言っていないのだが。
だが、受けざるえないだろう。
この方は腐っても大賢者と称される方。自分勝手で奔放だが、世界の行く末を案じていることは確かなのだから。
…………多分。
「ダリナちゃんには出涸らしになっちゃった『来訪者』くんを助けて欲しいんだ」
「……私に残っている力はほとんどありませんよ。ご存知でしょうが」
私はかつて世界を救ったときに、界渡りで得た力のほとんどを失った。
「大丈夫! 『来訪者』くん自身の力を使うから」
「……なら尚更私の力は不要ではないですか?」
「いまの『来訪者』くん死にかけてるから自分の意志で力使えないんだよ〜」
「なんですって」
「こちらとあちらを繋ぐ『門』の鍵を彼の力で開けて、彼をあちらに帰して欲しいんだ」
私は言葉を失った。
帰す、あちらへ。
私が失った故郷に。
「…………なぜその話をいま私にするのですか」
「ダリナちゃんには教えても意味の無いの話だからね。今回の『来訪者』くんのスキル『解錠』があるからこそ出来るんだ。僕だってそんな何でもありの魔術でもない、恩寵としか言えないもの、初めてお目に掛かったよ」
「…………私も帰りたいと言い出したらどうするんです」
その言葉にエルフの大賢者は目を丸くした。
「どうして思ってもいないことを口にするんだい? 君が帰りたいはずないだろう?」
屋村恵としての人生は恵まれたものではなかった。
家族はまだ生きているかわからないし、別に会いたい家族でもない。友人は、私のことなどとっくに忘れているだろう。恋人は……いなかった。いても今更なんだというのか。
こちらにだって大切な人はいない。
でも。
「預かっている修道院を放ってはおけませんからね……」
苦いものを感じながら私は言った。
王都の駆け込みどころ、爪弾き者の詰め所。
私は救われなかったが、せめて手の届く範囲で救えるものは救いたかった。
救いかどうかを決めるのは彼ら自身で、ただの私の自己満足ではあるのだが。
大賢者は満足そうに笑って頷いた。
結構腹が立つ。
「それじゃあこれから手順を説明するのでよく聞いておくれ」
「……わかりました。彼を帰還させられれば命は助けられるのですね」
「うん。搾り取れるだけ搾り取られたからね。あ、あと一つ術を仕込んどいて」
「はあ」
回復促進の術だろうか。私は特に疑問に思うことなく了承した。
「十年後に再び彼をこちらに召喚する術式だ」
「は!?!!」
「十年後に再び彼が必要になる。十年間は彼にたっぷり休んで英気を養って貰おう」
「なぜですか!? それよりもそんなことが可能なのですか!?」
大賢者はにやりと笑った。
「世界最強の天才魔術師である僕が編み出した最高傑作の術式さ」
「………あなたいつもそれ言ってません?」
「天才だから常に最高を更新しているだけだよ!!」
私は彼らと別れ、同胞である少年の元へ急いだ。
大賢者の隣でずっと静かにけれど暇そうに聞いていたアシュリー様は別れ際私に手を振ってくれた。
私は何となく彼女とはもう二度と会えない気がした。
彼女は確実に魔王を倒し、世界を救うだろう。それには確信があった。あの大賢者が手ずから彼女を鍛えるというし。私と同様、世界を救ってもしあわせになることは難しいだろう。
彼女が役割を終えた時、もし私に出来ることがあれば、何でもしよう。それが先達のすべきこと、したいことだから。
だから、いまは私は私のすべきことをしよう。




