第85話 アクアとヴィッシュとイリーナ
寮に戻り軽く寝て起きたら、お昼前の時間になっていた。
辺りを見渡すと、クゥの姿が見えなかった。
「あれ? クゥは?」
『帝都散策してるで』
「ぇ?」
『おまけに買い歩きして人としての生活を堪能していますよ』
あまり興味なさそうだったけど、堪能しているなら良いのかな?
「あっ、そうなの?」
ベッドから起き、身支度を整えてから錬金科の職員室に向かった。
週末なので居ないかもしれないけど、一度手術を見てもらいたいと思っていた。
錬金科の職員室に行くと、イリーナとヴィッシュの二人とも居た。
「おや、ラミナ君。どうしたんですか?」
ヴィッシュは私を見るなり、不思議そうな表情を見せた。
それもそうだろう。今日は週末でお休みだ。
「この後、時間ありますか?」
「私は大丈夫ですけど……」
「私も大丈夫ですよ。何かあったんですか?」
ならば、とクゥから貰った魔方陣が書かれたカードを取り出した。
「これに魔素を流してもらっても良いですか?」
「ラミナ君、それはどこかのダンジョンに行くカードですね?」
私が取り出したカードを見て、すぐに理解したのはヴィッシュだった。
「はい、なぜ知っているんですか?」
私がそう尋ねると、ヴィッシュは一度学科長室に入り、すぐ戻ってきた。
「これと同じような感じでしたからね」
ヴィッシュが見せてくれたのは、私の持っているカードと似たようなものだった。
魔方陣の中にある文字が、所々違う気がする。
『センターリタの薬草園に飛ぶ奴やな』
そうなると、先祖が関わっているのが分かった。
「はい、地下都市ダンジョンの一角に飛ぶカードです」
「ふむ、もしかして先日話していた手術の手法を見せてくれるのですか?」
先祖との関わりのあるヴィッシュは察しが良い。
「はい」
「そうでしたか。それでは行きましょう!」
なんか、警戒されていたと思ったけど、一転してワクワクしているようなヴィッシュが目の前に居た。
「良いんですか? ラミナさん、何か持って行く物とかありますか?」
そうだ、手袋。
「あ、ヌルヌルベトベトとかになるので、手袋がほしいんですけど」
「それなら配合とかに使う手袋でいいですかね?」
「そうですね。それでいいと思いますよ」
ヴィッシュがイリーナの問いに答えると、イリーナが少し離れたところから手袋の入ったケースを持ってきた。
「ラミナさんに渡しておきますね」
「この手袋って何で出来ているんですか?」
「スクッテラの木の樹液ですね。ラミナ君の鞄の中にも入っていると思いますよ」
「あっ、そうなんだ」
手袋として入っているのかな? それとも、樹液が入っているのかな? どちらにしても今度鞄の中を確認しよう。
「ラミナさん、他に必要な物はありませんか?」
多分大丈夫かな?
「大丈夫だと思います」
「そう、それじゃあ行きましょうか」
学科長室に移動してから、イリーナ、ヴィッシュの順でカードに魔素を流し、職員室から姿を消した。
そして最後に私が魔素を流して、ダンジョン内の部屋に移動した。
私がダンジョン内に飛ぶと、二人は辺りを見渡していた。
「センターリタの薬草園には何度か行きましたけど、ここは普通にダンジョンの部屋って感じですね」
「そうですね。やることを考えれば屋外である必要はありませんからね」
「それもそうですね」
ということは、センターリタの薬草園はミスリルゴーレムと戦った場所のように、屋外になっているということだろうか?
「どうやって分身を出してもらえばいいんだろう?」
『ここで言ったことはクゥに伝わるので、言えば良いと思いますよ』
「そっか。クゥ、さっきと同じ分身をお願い~」
私がそう言うと、台の上に横たわった私の分身が現れた。
「うわっ」
ヴィッシュはそこまで驚いていなかったが、イリーナのほうはすごくびっくりしていた。
「クゥという名がここの主って認識で良いのかな?」
ヴィッシュが私に尋ねた。
「はい、そうです」
「そうでしたか。そうなるとダンジョンの魔物と同様、作られた分身ってことですか」
ヴィッシュはそう言うと、台の上に横たわっている分身を見ていた。
「これ、ラミナさんですよね……」
「はい、私の分身で練習します」
「なるほど。それなら罪悪感も感じにくいといったところでしょうか」
単にクゥが見たことのある人の方が良いかなと思っただけだ。
「心なしか、少し風がありますね」
「そうですか?」
イリーナには風があるように感じたようだが、ヴィッシュには感じ取れていないようだった。もちろん私も風があるようには感じなかった。
『イリーナは敏感やな』
「どういうこと?」
『ダンジョンコアのある階層と同じやねんで。あっことはちゃうけど魔素の流れがあんねんで』
「魔素の流れがあるって言っています」
「へぇ、そうなんだ」
「ラミナ君、始めましょうか」
「はい」
まん丸の身体になる岩石を床に出した。
岩石を出すと、まん丸が飛び込むようにしてそれに包まれ、表面が硬質に変化していく。まるで生きた石像のようだった。
「なるほど、まん丸君が実体を持ってサポートするのですね」
「はい」
そして、道具を置く台を出し、手術用のナイフやピンセット、ハイヒールポーション等の道具を並べていく。
「このナイフ、刃の部分すごく小さいですね」
ヴィッシュがナイフを手に取りながら言った。
「体内の狭い空間で使う用ってことですかね」
「そうです。他の部位を傷つけないようにです」
察しの良いヴィッシュは、あまり説明する必要がなさそうだった。
「なるほど。相手の身体次第では、複数のナイフが必要になるってことですね」
「複数ですか?」
「えぇ、今私の中で考えるだけで、開腹用と中の部位を切除する時用が必要になりますね。他に使う場所によって使い分けられるのが理想ですかね。今回はラミナ君自身なのでこの1本でも十分なのでしょうね」
イリーナの疑問に対して答えるヴィッシュ。
「あぁ、なるほど。ふくよかな方だったり、大人の方の開腹のときは、もう少し刃の長さのあるナイフの方が良いと」
「えぇ。切り取る等の作業する部位次第でも、刃の長さや形状を変えるのがベストでしょうね」
そこまでは考えてなかった。
『ここからは私が実体化して説明しますので、ラミナは作業に集中してくださいね』
「あ、うん。お願い」
アクアが今のサイズのまま可視化するのかと思ったが、青白い光をまといながらスッと身体が大きくなり、ヴィッシュと同じくらいの背丈になっていた。
その動きは滑らかで、魔素が揺らめくような淡い光を帯びていた。
「おや、その姿を見るのは久しぶりですね」
「そうですね。イリーナさん、初めまして。アクアです」
「わ~美人さんですね~。見た感じローレライを模しているんですか?」
イリーナは目を輝かせてアクアを見つめていた。
「ありがとうございます。フフフ、模しているというのは正しくないですよ。私自身が元々ローレライだったんです」
「ぇ……、魔物だったんですか?」
「えぇ」
「魔物でも精霊になれるんですか?」
「一般的な精霊だと分かりませんが、大精霊ならなれるみたいですよ」
「ぇ……、大精霊……?」
イリーナが、驚いたようで言葉を失っていた。
「イリーナ君、ラミナ君が契約している子達は皆大精霊だと思いますよ」
「ぇ……」
今度は私の方を見て、驚いていた。
「ラミナには手術の方に集中してもらいますので、お二人の質問に関しては私が答えますね」
「えぇ、お願いしますね」
「よろしくお願いします」
アクアと二人の挨拶が終わり、いよいよ二人の前では初めての練習だ。
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