第83話 実験本番
私からすればここからが本番だ。
前回のオーク実験のことを思い出しながら、作業工程を何度も繰り返しイメージした。
まずはグレンとの視覚の共有。これで患部の影を排除する。
そして、自分の感覚を頼りに、分身の胸骨の下からおへその部分までをゆっくりと切り開いた。
私が切ると同時に、グレンが傷口を焼いていく。
焦げたような匂いが辺りに漂い始めた。
出血もほとんど見られず、問題なさそうだ。
『他の臓器に傷は付いていないようですね』
前回と違って、今回は生きているためか、他の臓器が動いている。
開腹状態を維持するため、前回と同様に台のサイドと開いた切断面をフックで引っかけた。
『魔石化している部分は見てすぐに分かるくらい変色していますが、今回は右肺の外側の膜を切り取りましょう』
前回切り取った箇所を思い出しながらイメージを膨らませる。
「まん丸、刃の部分と背までの幅がないナイフがほしい。あと、患部を掴む道具も」
『ほ~い』
この時気づいた。手がけっこうヌルヌルしている。
「アクア、手がヌルヌルするんだけど」
『そうですね、滑りにくい手袋が必要になりそうです』
「うん」
手が滑ってナイフを落とし、他の部位を傷つけたら洒落にならない。
『とりあえず今はこのままでいきましょう』
「うん」
私がアクアと話している間に、まん丸が二つの器具を作ってくれていた。
『はいこれ~』
「ありがとう~」
左手にピンセット、右手に小さなナイフを持ち、再び分身の横に立った。
分身の右肺、私から見たら左側。間違えないようにピンセットで想定した患部を掴み、ナイフで慎重に切り取った。
切り取った部位とピンセットを近くのトレイの上に置いた。
『ここからですね。ヒールポーションを使ってみましょうか』
「うん」
『は~い』
隣にいたまん丸が、蓋を開けたヒールポーションを手に持っていた。
私はナイフをまん丸に渡し、代わりにヒールポーションを受け取った。
切り取った箇所に少しヒールポーションを垂らすと、ゆっくりとだが傷口が塞がっていく。
『切り取った部位が再生していますね。そのままかけ続けてください』
「うん」
アクアの指示通りにヒールポーションをかけ続けると、切り取った部位が少しずつ再生し、完全に傷口が塞がった。
『ヒールポーション2本ですか。本番ではハイヒールポーションの方が良いかもしれませんね』
「そうだね」
少しでも手間を減らすため、改善できる点はどんどん改善していく。
「切り取った時点でアクアヒールとかだとどうなるのかな?」
『やってみますか?』
「うん」
再生した部位を再び切り取った。
『では、やってみますね』
アクアが淡く光ると、患部の再生よりも先に開腹部分の傷が塞がり始めた。
開腹状態を固定していたため完全に塞がることはなかったが、切り取った右肺の部分はしっかりと塞がっていた。
「ぇっ……今、肺が先に再生したと思ったんだけど」
『やはりそうなりますか』
「どういうこと?」
『魔法だと細かい部位指定ができないんです。人という個体に対しての回復になるんです』
「じゃあ、肺だけっていうのはできないってこと?」
『えぇ。なので最後に使うのが良いでしょうね』
魔法にも不便な面があるんだな。
「そっか」
アクアヒールで肺の部分が塞がったので、あとは腹部を閉じるだけになった。
『ちょっと待ってくださいね。クリーンを唱えて血栓や異物を出しちゃいましょう』
その言葉を聞いた瞬間、直感的に「ダメだ」と感じた。
「アクア! 待って! 今クリーン唱えたら、カブリト成分もなくならない!?」
さっきの部位指定ができないという話を踏まえると、体内の異物すべてが消えてしまうことになる。
『そうでしたね、失念していました』
「じゃあ、お腹を閉じてからこの前みたいに穴の開いた針でかな?」
『そうなりますね』
開腹状態を維持するためのフックを外し、自らアクアヒールを唱えてお腹の傷口を塞いだ。
「まん丸、穴の開いた針をお願い」
『は~い』
まん丸は、必要になると察していたのか、すぐに針を手渡してくれた。
『今回は血中の異物も排除するので、血管も貫いてください』
「わかった」
おへその上部分に針を刺した。
針の抵抗がなくなったのでアクアの方を見ると、彼女は軽く頷き淡く光り始めた。
そして次の瞬間、自発呼吸が戻り、エリシュの筒を差し込んだままだったため、分身が嗚咽し始めた。
『エリシュを』
空間精霊の少女の手にあった筒の先端が、渦を解くように滑らかに動き出し、波が引くような静けさで分身の体から抜けていった。
「これで終わりかな、大丈夫かな?」
『えぇ、今のところ問題は無いようですね』
2回目の実験で、上々の結果が得られた。
その後、休憩を挟みながらも本番でもたつかないよう、何度も練習を重ねた。
ざっと50回以上は練習しただろうか。
「この子、どうすればいいかな?」
分身を見て誰かに尋ねた。
「もとにもどすだけよ」
空間精霊がそう言うと、分身の身体は光の粒子となってダンジョンに吸収されていった。
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