第48話 感覚共有
夕暮れが迫る静かな時間。精霊たちとの濃密な訓練と会話を経て、小さな疑問がふと胸に芽生えた。
「感覚共有って何?」
まん丸の口から自然に出たその言葉が、引っかかっていたのだ。意味が分からないままにしておくのも落ち着かなくて、私は改めて、四人の精霊たちに問いかけた。
『なんだ、説明聞いたこと無いのか?』
最初に反応したのはグレンだった。肩をすくめるような口調で、少しだけ驚いたようにも聞こえる。
『ボクはてっきり、アクアかミントが教えてると思ってた~』
まん丸がアクアのほうを見る。
『私は……ミントが説明したと……』
今度はアクアが、視線を横へ向ける。
『うちのせい!?』
焦ったように返すミント。その様子が少し可笑しくて、私は思わず小さく笑ってしまった。
けれど、疑問はまだ解決していない。
「で、結局……感覚共有って、どういうことなの?」
真っ直ぐに聞き返すと、ミントが口を開いた。
『あんな、うちらが見てることや聞いてることを、ラミナにも“そのまま”見せたり聞かせたりできるんや』
「……え、そんなことできるの?」
まるで信じがたい話だった。精霊たちと会話ができるだけでも十分不思議なのに、今度は視覚や聴覚まで共有できるって……。
「どゆこと?」
私が眉をひそめると、ミントが優しく言った。
『ちょっと、目を閉じてみ』
その言葉に従い、静かにまぶたを閉じる。すると、次の瞬間――。
まぶたの裏に、懐かしい風景が浮かび上がった。
赤く染まった空。黄金色に揺れる麦畑。
そして、その奥には見覚えのある木の家。
「……ルヴァ村の家……?」
思わず呟く。夕暮れに包まれたその光景は、私の育った村――ルヴァ村に違いなかった。
『せや。うちらは、子どもたちが居る場所の情報を知ることができるって、前に話したやろ?』
「うん……。ってことは、今見えてるのって、村にいる精霊さんが見てる風景?」
『そういうことや。そしてな――』
ミントの声と共に、視界が一転する。
今度は、小屋の中の景色。目の前には、私自身の姿。
「これって……ミントが今見てる景色?」
『せや。これはうちの目線やな。こうして、うちらは自分の見てるものを、見せることができるんや』
どこか得意げな声に、私はただただ感心するしかなかった。
――こんなことまでできるなんて。
改めて、精霊という存在の奥深さを思い知らされる。
『ちなみに、音も感覚も、全部共有できるんやで』
ミントがさらりと付け加える。
「……それ、便利すぎない?」
『せやろ? 』
「うん……ありがとう、教えてくれて」
なんというか、便利すぎる機能だった。
「えっと、それは分かったんだけど……さっきの明かりの話と、どう繋がるの?」
私はまん丸の発言を思い返しながら問いかけた。
『気づかんかったん?』
「えっ?」
『一回、目ぇ開けてみ?』
言われた通り、私はそっと目を開いた。
「ん?」
ぱちぱちと瞬きをして周囲を見渡す。でも、何が変わったのか最初はわからなかった。
『周り、よう見てみ。明るいか?』
「……え?」
その言葉で気がついた。さっきまで夕焼けが差していたのに、今はもう太陽は完全に沈んでいる。なのに――部屋の中ははっきりと見えていた。
私は反射的に視線を落とす。解体作業のときに手元を照らしていた火の精霊たちは、いつの間にか姿を消していたのに。
「……もしかして、真っ暗なのに見えてる?」
『そう言う事だ、俺らには影とか関係なく、見たいように見えるから、影無くはっきり見たいと思えば見えるんだよ』
「あー……なるほど」
まん丸が「感覚共有すればよかった」と言った意味が、ようやく腑に落ちた。
「感覚共有って、思ってたよりすごく使えるんだね……」
『せやろ? うちら、しょっちゅう使っとるで』
「そんなに?」
『ラミナがご飯食べてるとき~』
まん丸がにこにことしながら言った瞬間、私は妙に納得してしまった。たしかに、食事中にミントやアクアがどこか幸せそうな顔をしていたことが何度もある。あれって、私の味覚や感覚を共有していたから――?
「……私が感じてることも、わかるんだ?」
『もちろん~、ぼく等はご飯食べないからね~ラミナが美味しいものを食べている時は幸せなんだ~』
まん丸の言葉に、私はふっと笑みを漏らした。まん丸らしい、素直で温かい答えだった。
『オークの焼き肉やろ~?』
「そうだね、ご飯にしようか~」
『かまどと石板用意するから、カバンから薪をだして~』
「わかった。ありがと、まん丸」
まん丸は先ほど使っていた台をくるりと変形させ、素早くかまどと平たい焼き石板へと作り替えた。
私はマジックバッグの中から薪を数本取り出し、かまどの内部に放り込む。
「グレン、お願い」
『おうよ、任せとけ!』
グレンがぱっと手をかざすと、小さな火球が飛び出し、薪に命を吹き込むように炎を灯した。
「……火起こしの心配ないね」
『だろ? 俺、便利やろ?』
「うん、そうだね」
思わず苦笑しながら適当に返した。グレンのアピールがどこか子どもっぽくて、少し和んだ。
『オークの肉、もうちょっと食べやすく切り分けましょうか』
アクアが視線を向けた先には、まだ塊のままのブロック肉があった。
「まん丸、台をもうひとつお願いしてもいい?」
『はーい』
いつものように軽快な声で返事をすると、まん丸はすぐに新しい作業台を作り出してくれる。
「ありがとう」
『いえいえ~』
「アクア、台を綺麗にしてもらえる?」
『はい』
アクアの身体がふわっと淡く光る。魔法の発動だ。すぐに台の表面がぴかぴかになった。
「ありがとう」
『どういたしまして』
私はマジックバッグから岩塩を取り出すと、ブロック肉をナイフで薄くスライスしながら、一枚一枚に軽く振りかけていった。
「……これでいいかな?」
『せやなぁ。ちょうどええ厚さや』
ミントの言葉にうなずきつつ、私はスライスした肉を一枚ずつ鉄板の上に並べていく。じゅうっ、と音を立てて焼け始めると、香ばしい匂いが一気に広がった。
『ええ匂いやねぇ』
『ですね。脂の乗りもいいですし、焼き加減も大事です』
『早く食べたい~』
『だな。焼けた順にいこうぜ』
私と四人の精霊たちは、自然と鉄板を囲むように腰を下ろした。
岩塩を軽くふりかけ、私はカバンから取り出したフォークで一枚の肉をつまんで口に運ぶ。
「……おいひぃ~っ」
口の中に、ジューシーな旨味がじゅわっと広がった。歯ごたえはしっかりしているのに、脂の甘さがとても優しい。
『やっぱ取れたて最高だな!』
「お肉って“取れたて”って言うのかな……」と思いながらも、うなずいてしまった。
『だね~。おいしいよ~』
『パクッと食べたら、肉の旨味がじゅわーって染み出て、最高やわ~。これ、ほんまに絶品やで!』
ミントがまさかの食レポ風に語り出し、私は思わず笑いそうになる。
『美味しいですね。少しだけスパイスを加えても、風味が引き立ちそうです』
その後も、焼きあがった肉を一枚一枚味わいながら、五人で穏やかな食事の時間を楽しんだ。
――食後。
片付けを手分けして済ませたあと、私はまん丸に頼んで簡易ベッドを作ってもらった。
『おっけ~』
「ありがと、まん丸」
ベッドの上に敷いた布団に体を預けると、じんわりと今日の疲れが広がっていく。あたたかくて、どこか安心できる夜の気配に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じた。
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