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【完結】神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~   作者: 川原 源明
第5章 火の大精霊を求めて

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第47話 オーク実験

 アクアとまん丸が戻ってきた。


『すいません、お待たせしました』


「アクアもまん丸も、任せっきりでごめんね」


『いえいえ、大丈夫ですよ』


『ボクも大丈夫だよ~』


 二人とも元気そうで安心した。特にまん丸は、ふわふわとした様子そのままに、どこか満足げだった。


『まん丸、さっき言ったやつをここにお願い』


『はーい。ラミナ、ちょっと下がっててくれる~?』


「ん?」


 何をするんだろう? わからないまま、とりあえず丘の頂上付近から少し距離を取る。


『いくよ~!』


「何するの?」


 問いかけに答えたのはグレンだった。


『解体用の小屋を出すらしいぞ』


「あっ、そうなの?」


『このあたり、キラベルウルフが出るからな。安全に作業するためやで』


「なるほど……」


 本当に精霊たちは便利だ。まん丸がくるくると空中を旋回し始めたかと思うと、地面がもこもこと不気味にうねり始める。地中から魔物でも飛び出してきそうな動きに、思わず身構えてしまう。


 だが次の瞬間――


 一瞬で塀付きの、立派な二階建ての建物が姿を現した。まるで地面から生えてきたかのように。


『まん丸、一階だけでよかったんですよ……』


『え? そうなの~?』


『まぁ、まん丸らしいな。……さ、入ろうぜ』


 グレンが軽く笑いながら入口へと歩いていく。私も後に続いた。


 中に入ると、その広さに思わず声が漏れた。


「……広っ。アカデミーの教室くらいあるかも」


『広くて困ることはないだろ?』


 グレンの言葉に頷きつつ周囲を見渡していると、アクアとまん丸が氷漬けのオーク三体を運んできた。


『まん丸、こっちに寝かせるための台、お願い』


『はーい』


 まん丸がまた軽やかに空をくるりと回ると、床からせり上がるように三台の台座が現れる。もはや魔法というより工事現場の早業だった。


 ……それにしても、アクアがまん丸にあれこれ指示を出してる感じ、なんだか関係性が気になる。


(……アクアって、まん丸の上司みたいな立場なのかな)


 そんな風に見えてきて、少し笑ってしまった。


『ラミナ、残りの二体はマジックバッグに入れちゃってください』


「えっ……入るの? これ、バッグの口より全然大きいけど……」


 どう考えてもサイズが合わない。でも、そういえばミアンのバッグも、入る時は大きさ無視だったような……。


『大丈夫や。バッグの入口の大きさとか関係あらへんよ』


 ミントの補足で、私の考えていたことが見透かされたみたいだった。


「そっか……」


 少し不安だったけど、意を決してオークの死体に触れる。すると――ぼんやりと淡い光に包まれたかと思った瞬間、すっと消えた。


『大丈夫や。ちゃんと入っとるで』


「……え、入ったの? ってことは、触れた時点で転送される感じなんだ……」


 なんだか不思議な感覚だった。念のため、もう一体のオークの死体にも触れて、同じようにバッグに収納する。


『それでは、始めましょう』


「うん」


『まずは、オークの首の下からおへそにかけて切開してください』


「はい」


 私はマジックバッグに手を差し入れ、解体用ナイフをイメージしながら取り出した。


 オークを前にして少し悩む。横からだと作業しづらそうだ。そう思って、私は台の上に上がり、オークのお腹にまたがるような体勢を取った。


『子どものオークの方が扱いやすかったかもしれませんね』


「大丈夫、今回はこれでやってみる」


『わかりました。臓器を傷つけないよう、慎重にお願いします』


 アクアの指示に従い、私はナイフで首元からおへそまで、ゆっくりと慎重に切り開いた。


 両手で切断面を押さえながら左右に広げてみるが――これでは開いた状態を維持できない。手を離せば、すぐに閉じてしまいそうだ。


「アクア……このままじゃ、作業ができないよ……」


『そうですね。まん丸、お願いできますか?』


『うん~。ベッドの両端に引っかける仕組みにしようか~』


 まん丸が手を前に出すと、その手のひらからふわっと小さな球体が浮かび上がり、それがするするとワイヤー状に伸びていく。やがて両端にフックのついた、細くてしなやかな器具が出来上がった。


「これをどう使えば……?」


『L字になってる方を切開したお腹に、C字の方をベッドの縁に引っかけて~』


 言われた通りに四本のワイヤーをそれぞれ引っかけると、切開した腹部がきれいに開いた状態で固定された。


『はい、これで準備は整いました。では、これまでに教えたことを思い出しながら、各臓器の名称と働きを確認していきましょう』


 アクアのサポートのもと、私はひとつひとつ臓器の名前と役割を復唱していった。これまで口頭で習っていたものを、実物を前にして確認することで、頭への入り方がまるで違う。


『大丈夫そうですね』


「うん。……ふと思ったんだけどさ、肺って、生きてるときは膨らんだりしぼんだりするんだよね?」


『その通りです』


「ミアンの患部って、肺だったよね?」


『そうです。位置としては、だいたいこのあたりになります』


 そう言いながらアクアは、右の肺の左下あたりを指さした。


「……ねぇ、そこを切り取ったら、呼吸できなくならない?」


『現在、症状が出ているのは肺の外側――つまり“胸膜”の部分ですので、そこだけなら切除しても問題ありません。ただ、病状が進行すれば、内部まで魔石化が及ぶ可能性はありますね』


 つまり、今ならまだ間に合うということだ。進行する前に手を打たなければならない。


『中までやられたら呼吸ができへんようになって、命に関わるで』


 ミントの補足に、私は思わず息をのんだ。肺に傷が入れば、空気が漏れて呼吸そのものができなくなる。


 ――万が一、そうなったらどうすればいいのだろう?


『ねね~、左の肺だけで生きていくって、できると思う~?』


 まん丸が、ぽつりと不思議な提案を口にした。


「……どういう意味?」


『たとえばなんだけどね、気道から右の肺に繋がる部分、あるでしょ~?』


 まん丸はそう言うと、オークの右肺の付け根――気管支の分岐部分に移動して指をさした。


「うん」


『ここをクリップみたいなもので閉じて、左の肺だけで生命活動ができるようにしたらどうかな~?』


 なるほど。右肺からの空気の流れを遮断すれば、左肺だけで呼吸を行うことも可能かもしれない。


『そうなると、首元からの処置が必要になりますね』


『だめかな~?』


『いえ、ひとつの選択肢としては有効です。ただ、ミアンの負担が大きくなりそうであれば、他の方法も検討すべきかと』


『そっか~。それなら、右肺の患部まわりだけを圧迫して、空気が漏れないようにするとか~』


 私が考えるより先に、まん丸が次々と案を出してくれる。その発想力と柔軟さには、本当に助けられてばかりだ。


『うん、その方法なら体への負担も抑えられそうですね』


『あとは~……あとは~……』


「……まだあるの?」


『うん~。例えばだけど、口から左肺に直接繋がる管を通す方法とか~』


『なるほど。それでしたら右肺には余計なダメージを与えずに済みそうですね』


『でしょ~?』


 ――個人的には、管を通す方法がいいかもしれない。体への負担も少なそうだし、術後の呼吸補助にもなる気がする。


「……その管って、まん丸が作るの?」


『ん~……それはボクよりも、ミントの方が向いてると思う~』


『うちかいな!?』


 急に名前を出されたミントは、少し大きな声を上げて驚いていた。


『ボクが作るとどうしても硬い物になっちゃうからね~。柔軟性を求めるなら、ミントの方が向いてると思うよ~』


『せやけど……』


 ミントは困ったような表情を浮かべていた。頼まれるのは慣れていても、こういう精密な作業には不安があるのかもしれない。


『……管の方は、ミントとまん丸に任せて、次に進みましょうか』


『えぇ~……』


 ミントは最後まで不満そうだったが、無理やり押しつけられているわけではない。大丈夫、きっとちゃんとやってくれる。


 ……多分。


「うん。私は、何をすればいいかな?」


『そうですね。感覚を掴むためにも、さきほど私が指した部分を実際に切除してみましょう』


「わかった」


 私は右肺の一部を切り取るため、ナイフを手に慎重に手を伸ばした。


 ――けれど、そこで気づく。


「……暗い。手元が、よく見えない……!」


 思った以上に中は影が多く、下手に切ろうとすれば自分の指を傷つけてしまいそうで怖かった。


「アクア……暗くてやりにくい……」


『じゃあ、俺が明かり役をやろう』


 グレンが進み出てくれる。けれど、いつもの精霊の淡い光では、手術のような細かい作業には心もとない。


「……手元を、できるだけ明るくしてくれる?」


『ああ』


 グレンは静かに私の手元へと移動し、患部を照らし出してくれた。けれど――


「ん……できれば、影を消してほしいんだけど……」


『影を……消す?』


「うん。今の位置だと、私の手の影が落ちちゃって……」


『なるほどな。光源を複数用意すればいいってことか』


「……かな?」


『分かった。ち~っと魔素、もらうぞ』


「うん、いいよ」


 何をするのかと首をかしげていると、グレンが私の手にそっと触れてきた。すると、体の中からごっそりと魔素が流れていくのが分かる。


 視線を向けると、グレンの身体が、もやのように揺らめきながら分裂していった。


 二体……三体……いや、止まる気配もなく、その数はどんどん増えていく。


 最終的に――十体ものグレンが、私の手元に現れていた。


 左右、斜め上、そして真正面からも光が注がれ、手元の影が徐々に薄れていく。


 ――これなら、切れる。


「分身……なの?」


『いや、ただの中位精霊たちだ。俺の分身ってわけじゃねぇよ』


「それにしても……こんなに一度に生み出せるんだね」


『お前の魔素が多いおかげだ。できる限り増やしてみた』


「……ありがとう」


 十体の火の精霊たちが手元を囲むようにして浮かび上がると、その場はまるで昼間のように明るくなった。影という影がほとんど消え、患部の細部まではっきり見える。


『これでいけるか?』


「うん。すごく見やすい、ありがとう」


 私はオークの肺をそっと指先でつまみ、解体用ナイフをゆっくりと入れた。プニプニとした感触が指先に伝わってくる。


 慎重に――一部だけを切り取っていく。


『……大丈夫そうですか?』


「うん。問題なく切れた。これ……死体だから、ポーションとか意味ないよね?」


『ええ、そうですね。死んでしまった相手には、ポーションもヒールも効果はありません』


「そっか。……それは、また別の機会に考えないとね」


『そうですね。では、今回はここまでにしましょう。時間もちょうどいいですし、オークを解体して今日は終わりにしましょうか』


「うん、分かった」


 そこから私たちはオークの解体作業に取りかかったが……正直、思っていたよりもずっと大変だった。大人のオークは大きくて筋肉も分厚く、力もいるし、構造も複雑だった。


 なんとか解体を終え、残った部位の整理や片づけをしていると――


『ねぇねぇ~』


 まん丸が、軽い調子で声をかけてきた。何か思いついたような口ぶりだ。


『ん? どうした?』


 グレンが応じると、まん丸はぽんと手を打って言った。


『さっきの明かりのとこ、感覚共有すればよかったんじゃない~?』


『『『あっ』』』


 アクア、ミント、そしてグレンの三人が、同時に間抜けな声を上げた。


「え、なに? 感覚共有って……なに?」


 私は思わず問い返していた。


「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、


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