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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十五章 道しるべ

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決意

サダミチ・ナベシマ。

彼の第一印象は、どこにでもいそうな男というものだった。

特に肉体的に目立つ要素はなく、いたって平均的で、顔だって美男子ではない。

だから、そう感じたのだろう。

しかしだ。

その第一印象は直ぐに書き換えられた。

浮かべる笑顔は温かい。

それだけのようにしか見えない。

だが、気付く。

それは裏を返せば、その笑顔の下にある感情が読めないという事だ。

こういった会談では、ともかく相手の腹の内を探り合う。

その為、皆仮面をかぶる。

その仮面の多くは、笑顔だ。

それは人の警戒を解く。

だからだ。

だが、それは相手も同じ。

だからこそ、人によっては、外交官には愛国心の強い詐欺師が望ましいとさえ言うほどだ。

そして、目の前にいる男。

笑顔という仮面の下が全く見えない。

勿論、こういった交渉事は得意ではないし、場数も踏んでいない。

しかし、それでもわかるのだ。

普段なら笑顔の下に何かあると。

だが、この男、サダミチ・ナベシマという男は、今までとは違う。

別物だ。

笑顔の仮面の下に、別の感情が見えてこない。

まるで、その笑顔が本物だと言わんばかりに……。

とんでもない、化け物だ。

ガルディオラ提督の頼みではあるが、相手がこんな化け物だとは思わなかった。

ごくりと唾を飲み込む。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。

ここで逃げ出すことは出来ないのだから……。



「ようこそ。こちらへどうぞ」

そう言って、部屋の奥にあるソファを薦められる。

それを受け、ノルンナ大尉がソファに座ると、向かいの席に鍋島長官も座った。

すぐに秘書官らしき女性がテーブルの上に紅茶を用意する。

ご丁寧にも何種類ものクッキーが用意されており、とても秘密会談とは思えない雰囲気だ。

唯一秘密会談っぽいのは、部屋に窓がない事と、ドアの脇に護衛と思われる士官が立っていることぐらいだろう。

この雰囲気と状況を一言で説明するなら、お茶会といった感じだろうか。

ノルンナ大尉は、この状況と雰囲気、そして笑顔を浮かべる鍋島長官に完全に圧倒されていた。

恐らく彼の心の中では、『話と違うぞ、これは』とでも叫びたい心境なのだろう。

そんな様子に、鍋島長官は心の中で苦笑する。

まぁ、わかりますよ。

確かに秘密会談って感じじゃないよね。

でも、うちのやり方はこうなので、慣れてください。

心の中でそう言っておく。

もちろん、伝わってはいないが、気休めというか、本人だけが満足する言い訳でしかないのだが。

もっとも、これでは進まないと思ったのか、鍋島長官が口を開いた。

営業の最初の一歩は、何気ない共通の話題からである。

人は、共通点を見つけることで少しずつ打ち解けていく。

だから最初に天気や体調のことを話すのだ。

「昨日はよくお休みになれましたか?」

そう聞かれ、ノルンナ大尉は慌てて答える。

「ええ。お陰様で。久方ぶりによく眠れましたよ」

その表情からは、嘘は感じられない。

かなり正直な人という事だろう。

ある意味、交渉事にはますます向いていないと思う。

だが、そんな人物だからこそ、素直に交渉できるともいえるし、それだけ相手が誠実に向き合おうとしているともいえた。

だから、鍋島長官としては、マイナスよりもむしろプラスという印象を受ける。

「食事の方はどうでしたか?」

昨日の夕方、彼らが港に到着した際、こちらから食事を届けていた。

かなり驚かれたが、『敵対しているとはいえ、貴方たちは使者であり、お客様だ。これぐらいのおもてなしはしますよ。ですから、心配なく召し上がってください』と伝えると、『では、ありがたく頂きます』と受け入れてくれていた。

そのことを振ったのだが、かなりいい食いつきが返ってきた。

「フソウ連合の食事は美味しいとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。それに、新鮮な野菜は本当にありがたかったですよ」

そう言って、ノルンナ大尉は苦笑しつつ話を続ける。

「兵によっては泣きながら食ってましたから」

「それは良かった。用意した甲斐がありますよ」

そう鍋島長官が答えると、二人は自然と笑っていた。

さっきまでの少し落ち着かない雰囲気はもうない。

確かに完全ではないものの、お互いに腹を割って話せそうな雰囲気になっている。

その様子を見つつ、東郷大尉は内心、さすがは長官と感じていた。

相変わらず心を攻めるのがうまいと。



しばらく、二人は楽しげに食事や航海について話をする。

これは、互いに相手がどんな人間なのかを知るための時間といったところだろうか。

そして、自然と笑いが続くようになり、お互いに落ち着いた頃を見計らって鍋島長官が切り出す。

「それで、今回はフソウ連合にどういった御用でしょうか?」

その言葉に、笑っていたノルンナ大尉の表情が引き締まる。

「まずはこれを……」

そう言って懐から、防水加工された封筒を取り出す。

厳重に封がされており、開けられた形跡はない。

護衛の士官がそれを受け取り、安全を確認してから封を開ける。

暗殺の可能性があるからである。

そして、中から取り出した用紙の安全を確認し、鍋島長官に手渡す。

その様子に、ノルンナ大尉は苦笑する。

打ち解けたとはいえ、流石に警戒はされている。

まぁ、当たり前か。

戦争中だからな。

そんな思考が頭をよぎったのだ。

そして、鍋島長官が手紙を読んでいる間、ノルンナ大尉はその様子を見つめながら思い出す。

この任務を言い渡された、あの時の事を……。



「急に呼び出してすまんな」

ガルディオラ提督の執務室に着くと、まずそう言ってねぎられる。

相変わらず、自分の事より相手の事を考える提督らしい第一声だ。

苦笑して言い返す。

「提督こそ休まれていますか?」

その言葉に、ガルディオラ提督は困ったような表情で笑った。

「そんなにひどいか?」

「ええ。かなり……」

ますますガルディオラ提督の顔が苦笑に歪む。

「そうか。だが、これからはもっと酷くなるかもしれん」

「何かあったのですか?」

「ああ。総統からな、海軍の最高司令官として軍の立て直しを命じられた」

その言葉に、ノルンナ大尉は呆れ返る。

あれ程都合よく使い、その後は放置していたのに、今更かという気持ちがあふれ出てしまったからだ。

その表情を見てわかったのだろう。

ガルディオラ提督はますます苦笑する。

いや、苦笑するしかないといったところなのかもしれない。

「断られないのですか?」

「断りたいさ。だが、そうも言ってられん」

その言葉だけでわかった。

この人は、部下達を守るために引き受けたのだと。

勿論、それだけではないだろう。

だが、いくつもある理由のうち、部下達を守るという思いが間違いなく含まれている。

断れば、間違いなく提督は降格か、任を解かれる。

そうなれば、我々はより酷い状況に追い詰められるだろう。

つまり、この人は、そういう人だという事だ。

もっとも、だからこそ、我々は過酷な任務も遂行できる。

この人ならばと……。

恐らく、潜水艦隊の者達の多くは同じ思いで、この過酷な任務を遂行しているはずだ。

それだけの絆が、我々にはあると思っている。

そんな事を思考しつつ聞く。

「と、いうと?」

その問いに、ガルディオラ提督はため息を吐き出して口を開く。

「連盟海軍の現状が悪すぎる」

ノルンナ大尉は、ごくりと口の中にたまった唾を飲み込む。

本当は違うはずなのに、何故かその音がとてつもなく部屋に響いたような気がした。

そして、ガルディオラ提督は現状の連盟海軍の戦力について話していく。

酷いとは聞いていた。

だから最初こそ普通に聞いていたものの、途中からノルンナ大尉はそれでも言葉を失うしかなかった。

このままだとどうやっても勝てない。

その結論に行き着いてしまったのだ。

「提督……」

思わず出た言葉。

それに答えるガルディオラ提督の表情は、とてつもなく硬い。

「それが現状だ。そして、私はこう考えているんだ。現状を打破するには『勝つのではなく、いかにして負けるべきではなのか』とね」

その言葉に、ノルンナ大尉は言葉を失う。

普通なら、まず考えない。

どうやって勝つかという事ばかり考えてしまうだろう。

だが、提督は違っていた。

そして、その思考に辿り着いた理由がわかってしまった。

提督は、祖国を愛しているのだ。

そして、軍は国民を守るために存在するのだと。

その思いがあったからこそ、『いかにして負けるか』という考えに辿り着いたのだ。

ふう……。

ノルンナ大尉は深く息を吐き出す。

沈黙が辺りを包み込む。

その沈黙は、ほんの数秒のものだ。

だが、とてつもなく長い時間に感じられる。

言わなければ……。

ノルンナ大尉はそう覚悟を決める。

そして、口を開いた。

顔の筋肉が強張っている。

それは、彼の決意の表れでもあった。

「それで、私はどうすればよろしいでしょうか?」

その言葉には、強い思いが籠っている。

この人についていく。

そして、祖国を思う気持ちが。

「すまんな」

ガルディオラ提督はそう言うと、封筒を取り出す。

「これを持って、フソウ連合とコンタクトを取ってくれ」

予想外の言葉に、ノルンナ大尉は聞き返していた。

「フソウ連合ですか?」

「ああ。フソウ連合だ」

「しかし、フソウ連合は敵国ではありませんか」

「ああ。その通りだ。だが、まだ話が通じる相手ではある」

そう言われ、ノルンナ大尉は納得する。

確かにその通りだ。

派遣艦隊とは戦ったし、共和国や王国を支援している。

しかしだ。

言い方は悪いが、それだけだ。

今までなら、合衆国が最も適していたはずだが、確かに最近の合衆国の立ち位置と対応では、講和の仲介は望めないだろう。

そうなると……。

ノルンナ大尉は頷くしかない。

他に選択肢がないのだ。

「おっしゃる通りです」

「そうか、わかってくれるか」

「はい。ですが、当事国ではないとはいえ、敵国には違いありません。そんな敵国を講和の仲裁にというのは……」

そう言いかけて止める。

それは、ガルディオラ提督もよくわかっている。

そして、自分もわかったではないか。

他に選択肢はないと。

だから、いいかけた言葉を飲み込み、別の言葉を口にする。

「しかし、普通の条件では、いくらフソウ連合といえど難しいかと」

「わかっている。わかっているさ」

自分に言い聞かせるように、ガルディオラ提督はそう言うと言葉を続ける。

「まずは、王国、共和国との艦隊決戦で、引き分けるか、勝つ。そして時間を稼ぎ、連盟への侵攻は損失が大きいと感じさせる必要がある」

それだけでも、今の戦力と現状では難題と言えた。

だが、その後に爆弾が落とされる。

「そして、その時点で講和を結ぶ代わりに、連盟は全植民地を放棄し、各国に譲渡する。もちろん、艦船を除き、植民地に残されている資産も含めてだ」

今まで連盟は、商人の国として動いてきた。

その基盤には、植民地が必要だ。

たが、それを捨てるという事は、自殺行為に等しい。

「しかし……、それは……」

そう言いかけるノルンナ大尉。

だが、それ以上の爆弾が落とされる。

「そして、今回の戦争責任はトラッヒ総統に取ってもらう」

要は、今回の戦いの責任をトラッヒ総統に押し付けるという事だ。

確かに、間違いではない。

トラッヒが戦争を推し進めているのは、間違いない事実だ。

しかし、それで済むだろうか。

それに、もう一つ問題がある。

「総統がこの条件を飲むとは思えません」

「ああ。その通りだ。だが、退場してもらわねばならん。祖国の為にも」

その言葉には、強い意志が込められている。

そこには、まるで修羅のような荒々しさと、決して捻じ曲げられない強い意志があった。

だから、わかってしまった。

この人の覚悟が。

確かに祖国は、経済的にも社会的にも混迷するだろう。

だが、多くの国民が死に、国が崩壊寸前まで追い詰められるよりは遥かにマシだ。

それに、ここまで来れば、もう普通のやり方ではどうにもならない。

だから、返す返事は一つだ。

それが修羅の道だとしても。

「わかりました。その重荷、私にも背負わせていただきます」

それ以外の言葉は必要なかった。

「すまんな」

短くそう言った後、ガルディオラ提督は笑った。

そして、頭を下げる。

「ありがとう……」

その態度に、ノルンナ大尉は思う。

この人は、全てを背負うつもりなのだと。

国の混乱を、戦争の敗北を、国民の不満を。

戦いが終わった後の、全ての負の感情をも。

たった一つの願い。

祖国を守りたいという願いの為に。

そして、その為に全てを捨て去ろうとしていると。

そこまで思い出した時だった。

全てを読み終えたのだろう。

鍋島長官が深いため息を吐き出した。

その表情は強張っている。

さっきまでの笑顔はない。

恐らく、手紙の内容はガルディオラ提督との会話と同じ内容のはずだ。

確かに、そういう表情になってしまうだろうな。

提督の決意に感化されて……。

この人も巻き込まれたなと思い、ノルンナ大尉は内心苦笑する。

だが、それほどの熱意が提督にはあった。

それだけは間違いない。

ノルンナ大尉は、そう確信していた。




いつも読んでいただきありがとうございます。

今回の話はどうだったでしょうか。

楽しんでいただけば幸いです。

なお、いつものを。

よければ、感想、いいね等の反応などをよろしくお願いいたします。

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