接触
「まもなくアルンカス王国領海だ。各自警戒を密にしろ。それと白旗と使者の旗は、目立つようにしておけよ。間違って撃たれたらシャレにならん。連盟の未来がかかっているからな」
いつになく緊張しているリットーラ・バッファ・ノルンナ大尉の様子に、乗組員達も緊張した面持ちだ。
それに詳しい事は聞いていないものの、誰もが今回の作戦がとんでもないものだという事だけはわかっていた。
元々鼠輸送用に急遽設計変更された輸送潜水艦NN-50型の新造艦NN-501があてがわれ、普段の作戦海域ではないアルンカス王国領海に入ろうとするのだ。
なんとなくだが、わかってしまう。
そして、領海に入ろうとした時であった。
一人の見張りが気が付く。
「上空に点が見えます。恐らく飛行機かと思われます」
「そうか……」
ノルンナ大尉は短くそう返事をすると、見張りが指さす方向へ望遠鏡を向ける。
確かに黒い点が見え、それは徐々に大きくなっていく。
流石はフソウ連合といったところだな。
もう発見されるとは……。
かなり警戒が厳重だな。
そんな事を思いつつ、ノルンナ大尉は命令する。
「いいかっ。使者の旗と白旗を大きく振れ。派手にだっ。それと国際チャンネルで交渉をしたいと何度も伝えろ」
その命令を受け、見張りの兵達が旗を大きく振り、艦内の無線手が無線で呼びかける。
そして、ノルンナ大尉と旗を振る兵達以外は艦内に戻る。
攻撃される可能性があるのだ。
リスクは最小限にしたい。
もっとも、水上艦と違い、小さな爆弾の一つでも当てられれば、あっけなく撃沈されてしまうが。
点が段々と大きくなり、飛行機の形になっていく。
飛行機は何度か遭遇したことがあるものの、ここまで大きくなる前に潜航する。
だが、今回は潜航して逃げることは出来ない。
上空から見下ろされている、あの逃げ場のない感じが相変わらず嫌なものだな。
そんな事を思いつつ、身体が震える。
襲われるかもしれない。
ここまで近づいたら逃げられない。
それに攻撃されたら、間違いなく死あるのみだろう。
そんな思考が頭をよぎる為だ。
それでも、指揮官が怯えているという姿を見せる訳にはいかない。
ぐっと身体に力を入れ、近づいてくる飛行機を睨みつけるように見据える。
段々とエンジン音が近づき、波の音や風の音と共に耳へ入ってくる。
そして、飛行機は低空で潜水艦の上を通り過ぎた。
フロートが付いているという事は、水上機という事だろう。
少し機体が傾いていたのは、こっちの様子を見ていたからだろうと推測し、ノルンナ大尉は再度命令する。
「旗を振れっ。大きく、目立つようにだ」
「はっ」
より激しく、目立つように旗が振られた。
飛行機は潜水艦の上空を何度も旋回している。
確認しているな。
その動きから、ノルンナ大尉は少しほっとした。
これで、旗を確認してもらえないまま攻撃される恐れはなくなったという事だ。
まずは第一関門突破だな。
ノルンナ大尉はそう思考し、そしてこれから先の事を考え、うんざりした気持ちになっていた。
そうだ。
こっからが大変なんだ、と。
「こちら、第八早期警戒艦隊所属のハチ・ニー・ニー。アルンカス領海に侵入しようとしている潜水艦を発見。恐らく、連盟のものと思われる。潜水艦は、白旗と使者の旗を大きく掲げており、また、国際チャンネルで使者であると盛んに発信している。判断を求める」
その報告に、第八早期警戒艦隊を指揮する轟八助少尉は困った顔になった。
敵なら、本部に報告して見失わないようにそのまま警戒すればいい。
その後は、攻撃隊や味方の艦隊に引き継げば終わりである。
しかし、今回はそういうわけにはいかない。
「どうしたものか……」
思わずといった感じで、轟少尉の呟きが漏れる。
「まずは本部に指示を仰ぎましょう」
臨時で補佐に入っている日田健一中尉がそう提言する。
それを受け、轟少尉は慌てた。
「そうだ。そうだな。アンパカドル・ベースのフソウ連合海軍司令部へ報告だ。急げ。それと、引き継ぎ用の水上機の準備を急がせろ」
それを受け、乗組員達は動きの止まったさっきまでと違い、慌ただしい様子で動き始める。
その様子を見て、日田中尉は苦笑する。
第八早期警戒艦隊は、付喪神が宿っていない量産型の神川丸改型水上機母艦一隻と丙型改海防艦三隻、計四隻で編成された艦隊である。
結成されてまだ一ヶ月ほどしか経っておらず、新人の割合が高い上に、指揮官も士官学校を卒業して間もなく、経験が浅い。
だから、普段とは違う状況に戸惑いや混乱があるだろうことは判っている。
だが、それで終わってもらっても困る。
私は臨時で補佐に入っているだけで、ずっとこの艦隊にいるわけではないのだから。
しかし、急な拡大の影響がこんな所にも出ているとはな……。
だが、少しずつやっていくしかあるまいて。
そんな事を考えつつ、日田中尉は艦橋内の様子を観察する。
ふむ。
初動は少しあれだが、それ以降は悪くない。
きちんと対応できている。
やはり問題は経験不足か。
もっとも、こればかりはどうしようもない。
だが、私がいるのはあと半年だ。
それまでにもっと改善しなければ。
周囲への警戒と、正確な情報の早期伝達。
それこそが、早期警戒艦隊に求められる役目なのだから。
「アンパカドル・ベースより入電。『案内艦を一隻付けて、残りの第八早期警戒艦隊はそのまま任務を続行せよ』とのことです」
無線手から伝えられる命令に、轟少尉は少しほっとしたような、残念なような表情になる。
恐らく、発見した潜水艦への指示がきちんと出されたことにはほっとしているのだろう。
その一方で、味方以外の潜水艦に興味を持ったものの、そのまま警戒任務に当たれと言われたことを残念に思っている、といったところだろうか。
日田中尉は、その正直すぎる轟少尉の表情の変化に内心苦笑する。
そんな事を思っていると、轟少尉が聞いてくる。
「無線でこちらから案内すると連絡し、内牧にその任を任せようと思っていますが、よろしいでしょうか?」
その言葉を聞き、日田中尉は内心感心していた。
丙型改海防艦 内牧の艦長は、確か王国語が得意だったはず。
国際的な共通語として王国語を使う国は多く、確かに対応もしやすい。
そこまで考えての選抜だろう。
ふむ。
きちんと自艦隊の内情も把握しているな。
だが、いくら自分より階級が上の者がいるとはいえ、私はあくまで補佐だ。
ここは私に聞くのではなく、自分で判断し、命令を下すべきだ。
その点はマイナスだが、判断そのものはいい。
そう思考し、日田中尉は頷く。
それを受け、轟少尉は、こちらから派遣する案内艦の指示に従うよう、相手の潜水艦へ無線で伝えるよう命じる。
そして、内牧には連盟の潜水艦を案内するよう指示を出すのであった。
連盟海軍の潜水艦が秘密裏に会合を求めているという情報は、アンパカドル・ベースから本国のフソウ連合海軍本部へ送られた。
そして翌日の夕方には鍋島長官が二式大艇でアンパカドル・ベースに到着し、後は連盟の潜水艦の到着を待つばかりとなった。
「長官、対応はこれでよろしいでしょうか?」
そう言って書類を差し出したのは東郷大尉だ。
それを受け取り、鍋島長官はざっと目を通すと微笑んで頷く。
「ああ。この対応でいいと思うよ。それに彼らは使者だ。秘密の会談とはいえ、きちんと対応したいしね。あと、機密保持はしっかりしておいてくれ。恐らく、とんでもない話になりそうだから、部外には漏らしたくない」
その鍋島長官の言葉に、東郷大尉は敬礼する。
「了解しました。川見大佐に徹底するよう連絡いたします」
「ああ。頼むよ。それと手配する弁当の内容だけど、もう少し生野菜の割合を増やしたらどうかな?」
「えっと、サラダを増やすといったところですか?」
「いや、別に野菜スティックを追加するといった感じでどう?」
その言葉に、東郷大尉は納得した表情になった。
「あ、いいですね。それに野菜スティックなら紙コップとかで提供できますし。でも、なんで生野菜を増やそうと思ったんです?」
その疑問に、鍋島長官は笑って言う。
「航海中は、生野菜は貴重だからね。だから、少しでも緊張を解いて楽しんでもらおうと思ってね」
その言葉に、東郷大尉の顔つきが変わった。
感心した表情。
そして、流石は長官と言わんばかりの尊敬のまなざし。
「つまり、相手の心を攻める訳ですね」
納得した顔でそう言う東郷大尉。
しかし、その言葉に鍋島長官は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
間違いなく、そこまでは考えていなかったのだろう。
ただ、緊張を解いて気を楽にしてもらった方が、トラブルも減るし、話し合いもうまくいくだろう。
その程度の気遣いだった。
だが、東郷大尉はそう捉えなかった。
「さすがです」
「いや、そういう訳では……」
だが、すぐに東郷大尉の表情を見て理解する。
あ、これは言っても無駄な顔だ。
だから、これ以上色々言うのはやめた。
引き際は重要なのだ。
そうしないと、ますます深みにはまっていく。
そう。
今までの経験が、それを十分物語っているのであった。
鍋島長官が到着した翌日の夕方。
アンパカドル・ベースの陰に隠れるように設けられた奥まった桟橋に、一隻の潜水艦が停泊した。
連盟海軍所属のNN-501である。
「ここが、アルンカス王国にあるフソウ連合の基地、アンパカドル・ベースか……」
港の周りを見渡し、ノルンナ大尉は驚きの表情を浮かべる。
そして。驚いているのは、隣にいた副官も同じだった。
「すごいですね……」
思わずといった感じで漏れる声。
彼らは、アンパカドル・ベースの規模の大きさと、目的ごとにきちんと整理・区画されている様子に驚くしかなかった。
大型の基地や軍港にありがちな、規模の拡大に合わせて継ぎ足すように拡張していった感じが全くしないからである。
それは、最初からきちんと計算され、計画的に作られたという事である。
それでいて窮屈な感じは全くなく、それどころか更なる発展の余裕さえ感じさせる。
それを観察し、ノルンナ大尉は内心苦笑するしかなかった。
こりゃ、とんでもない相手の所に送り込まれたな。
そして、フソウ連合海軍の強さの一端も見せつけられたような気がした。
つまり、常に先を読み、計画し、実行する。
そして、その積み重ねが成果となっているという事だ。
そんな相手だからこそ、とても手強いと言えた。
こんな相手と交渉なんて、胃が持ちませんよ、ガルディオラ提督。
思わずといった感じで、胃のあたりを手で押さえる。
下手な戦闘より質が悪いですよ。
だが、もう後戻りはできない。
ガルディオラ提督の意志。
いや、連盟の未来そのものをチップに賭けての大博打。
やるしかない。
ノルンナ大尉は、そう決心するしかなかった。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
今回から、新章となります。
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