楔
「作戦計画の進行はどうか?」
ガルディオラ提督のその言葉に、副官はちらりとアルホフ大佐の方を見た後、ガルディオラ提督に視線を向けた。
その視線を受け、ガルディオラ提督は頷く。
それを確認した後、副官は報告していく。
「燃料、弾薬は予定の150%を超えて確保できていますが、艦隊編成と練度にムラがあると報告がきております」
「そうか。わかった」
そう言って頷いた後、ガルディオラ提督はアルホフ大佐に視線を向ける。
「共和国、王国艦隊の動きですが、こちらもまだ準備中といったところでしょうか。ただ、その規模は二百は間違いなく超えると見ております」
その言葉に、副官がごくりと唾を飲み込む。
本国艦隊と植民地からの招集で集めた艦艇を合わせても、百を超えるかどうかという現状からしてみれば、二百以上という数は脅威でしかない。
しかも、王国、共和国の艦隊戦力は、ある意味封鎖されていたために温存されていた状態に近い。
その上、溜まり溜まった憂さを晴らす機会である。
間違いなく士気は高い。
また、解放される前から戦ってきた連合艦隊の艦艇は、どれも実戦経験豊富だ。
つまり、数でも、士気でも、そして間違いなく質でも、連盟は劣勢である。
どう考えても無理と言える状況だ。
だが、それでもガルディオラ提督は笑った。
「流石にここまで差があると、笑うしかないな……」
そんなガルディオラ提督の言葉と態度に、副官が困ったような顔になっている。
そんな副官を見て、ガルディオラ提督は苦笑した。
「まぁ、確かに圧倒的な差だが、やりようはある。それにだ。それより難易度の高い問題もある」
そう言われ、アルホフ大佐も苦笑しつつ口を開いた。
「例の件ですが、こちらも準備は進めていますが、目標はかなり警戒感が強く、現状では難しいと組織から報告がきています」
「まぁ、ああいうことがあったばかりだからな。警戒はするか……」
「ですが、もう少し時間をいただければと」
その言葉に、ガルディオラ提督は困ったような顔になる。
「時間は無限にはないのだがね」
「わかっております」
「ならいい。出来る限り迅速に、そして確実にと伝えておいてくれ」
アルホフ大佐は微笑み、頭を下げる。
「了解しました」
そして、近くにあったカレンダーに目がいき、何かに気が付いたのだろう。
「そう言えば、そろそろノルンナ大尉はフソウとコンタクトを取る頃ではないでしょうか」
そう言われて、ガルディオラ提督もカレンダーを見る。
「そうだな。そろそろか……」
まるで遠くを見るかのように、ガルディオラ提督は目を細め、微笑みを浮かべる。
それを見た後、アルホフ大佐は様子を窺うように聞く。
「フソウは協力してくれるでしょうか?」
その問いに、ガルディオラ提督は困ったような表情で笑っていた。
「まぁ、普通に考えたら無理だろうな」
その言葉に、アルホフ大佐が聞き返す。
「では、なぜフソウに使者を秘密裏に送ったのですか?」
「私としてはね。楔になればと思ったんだよ」
「楔……ですか?」
「ああ。楔だ。今は無理でも、あれだけの条件を出したんだ。条件を満たし、再度連絡を入れた時に無視することは出来ないはずだ」
「つまり、今回は、強く拒否されなければいいと?」
「そういう事だ。今回は顔つなぎといった要素が強い。そして、その時にこれだけ強烈な条件を示しておけば、相手の印象にも強く残るしな」
その言葉に、アルホフ大佐は驚いた顔になった。
まさか、そこまで先を考えているとは思わなかったのだろう。
「そこまで……」
「我々は頼み込む側なのだ。それに、打てる手は打っておいて損はない。それだけだよ」
疲れ切った表情でガルディオラ提督はそう言うと、ため息を吐き出す。
そして、思う。
ノルンナ大尉の事を。
そして、返ってくるであろうフソウ連合の返事を。
だが、すぐにその思考を止める。
他にやることは山ほどあるのだ。
まず、出来る事からやっていかなければ。
手の届かない場所の事は、任せた者に任せるしかない。
やれることを全力で。
今は、それだけを考えよう。
ガルディオラ提督は、そう思考を切り替えるのであった。
書簡に目を通し、顔を上げた鍋島長官の顔に笑顔はなかった。
それはそうだろう。
そこには、悲痛なまでの講和への思いがあったからだ。
国民を犠牲にしたくない。
祖国を守りたい。
その思いがひしひしと感じられる。
無下にしたくない。
その思いはある。
途轍もなく強く。
だが、それでも出来ないことは出来ない。
相手の気持ちや思いを汲むことは大事だ。
それは個人だけではない。
国としてもだ。
しかし、それでも限度はある。
今まで交わした友誼を蔑ろには出来ない。
それに何より、自分の国を、国民を守りたい。
今や、鍋島長官にとって、フソウ連合は第二の故郷なのだ。
その思いが強いからこそ、相手の思いもよくわかる。
だが、それでも自国や友好国の事を考えねばならない。
その思いが、表情を歪ませていた。
しばしの沈黙。
ただ、静かな間が続く。
それはほんのわずかな時間。
だが、場の空気を重く、そして緊張させるには十分すぎるものであった。
ふう……。
鍋島長官は息を吐き出し、ノルンナ大尉を見て、そして口を開く。
その声は、絞り出すような苦しげなものであった。
「貴官の国の状況と決意は十分わかった。その思いがとてつもなく強く、そして決死の覚悟である事も」
そう言った後、一瞬だけテーブルの書簡に視線を落とす。
そして、言葉を続ける。
「しかしだ。これは飲めない」
「やはり無理でしょうか?」
ノルンナ大尉が窺うように聞く。
そこには、鍋島長官の本心を探ろうという思いがあった。
その正直すぎる思いに、鍋島長官は内心苦笑する。
やりにくいな……。
誠実な相手には、誠実な態度で対応したい。
どうしてもそう思ってしまうし、何とかしてやりたいという思いもある。
だが、ここは踏ん切りをつけるしかない。
「ええ。無理です。現状では……。検討するにしても、条件が満たされなければどうしようもないのです。それはご理解ください」
申し訳ないが、無理なものは無理と伝えねばならない。
誠意を示してくれた相手だからこそ、こちらも正直に答える。
それが最大の誠意だ。
「そうですか……」
ノルンナ大尉の沈んだ表情。
だが、すぐにノルンナ大尉は、はっとした。
条件が満たされないという言葉の意味を理解したのだ。
驚いた顔で鍋島長官を見て、呟くように言う。
「それは……」
「今回、貴方方の意思は理解しました。しかし、理解したからすぐにというわけにはいかないのが現状です。今の我々は敵同士なのですから。ですが、今回、貴方方の意思は確認できました。その考えには、私も同意できる部分が多い。特に、戦争を終わらせたいという強い気持ちには。だから、今度は貴方方が態度で、行動でそれを示してほしい。そうすれば、より現実的な話し合いは出来るはずです」
そう言って苦笑する鍋島長官を見るノルンナ大尉。
「あ、ありがとうございます」
自然とそう口が動いていた。
「いや、これからが大変ですよ。それに、我々はまだ敵同士なんですから」
その言葉を少し強めに言う。
その意味に、ノルンナ大尉は気が付く。
要は、現時点では、今回得られた情報はこっちの都合で活用させてもらうぞという事だ。
だが、それでも先が見える一本の道が出来たのは間違いない。
この細くて、まだまだ頼りない道筋は、今後の連盟の未来を左右するかもしれない。
ノルンナ大尉は、そう確信してしまっていた。
それほどまでに、鍋島長官の言葉の奥に隠された強い思いを感じ取ってしまっていたのだから。
その後は、連盟に戻る為の補給について話し合いが行われた。
元々、うまくいくかわからない会談である。
勿論、補給無しでも動けるように、行き帰りの分は確保してある。
なんせ、鼠輸送用の輸送潜水艦なのだ。
普通の潜水艦の倍以上の物資を搭載することが出来る。
だが、それでも余裕はほとんどない。
それを見通していたのだろう。
鍋島長官は会談の後、補給を提案した。
「あの潜水艦なら、補給無しでも国に戻る事は出来るでしょう。ですが、あまり余裕はないのではありませんか?」
そう切り出され、ノルンナ大尉は苦笑する。
何もかもお見通しかと。
そう思いながら、苦笑して言う。
「お恥ずかしい話ですが、その通りです」
「ならば、食糧と燃料だけでも補給していかれてはどうでしょう?」
その言葉に、ノルンナ大尉は頷く。
今は、この成果を確実にガルディオラ提督の元へ持ち帰らねばという思いが強いからだ。
「わかりました。では、手配をしておきましょう」
「お願いします」
そして、互いに握手を交わす。
「無事の帰国を」
「ありがとうございます。フソウ連合の意思を、必ずガルディオラ提督にお伝えします」
こうして、フソウ連合とガルディオラ提督の使者との秘密会談は終了する。
それは、大きく揺れ動く世界の中では、僅かな波紋だった。
だが、その小さな波紋がやがて大きく広がっていくことを、彼らは後に知ることとなるのである。
会談が終わり、潜水艦に戻って来たノルンナ大尉に副官が聞く。
「どうでしたか?」
その問いに、疲れ切ってはいるものの、満足げな笑みを浮かべながらノルンナ大尉は答えた。
「ああ。何とかな」
口ではそう言っているものの、態度からは、会談がかなりうまくいったという手応えが滲み出ていた。
副官は苦笑し、会談中の状況を報告する。
「潜水艦の周囲の警戒はかなり厳重でしたが、フソウ連合側は節度ある態度で対応してくれていました」
「そうか。この国らしいな」
ノルンナ大尉は苦笑する。
さっきまで真摯に対応し、補給の件まで申し出た鍋島長官の事を思い出したからである。
そして、あの言葉が真実だと確信する。
『フソウ連合は、恩には恩を、それ以外には、それ相応の対応をする』と。
確か、合衆国の人間が書いた本だったか。
出港前、フソウ連合の情報を集めるために用意したものだったが、本当にその通りだった。
そして、思う。
こういう国を敵にまわしてはいけないと。
だが、そう思考し、内心苦笑する。
今まさに敵対しているではないかと。
だが、それでも彼らは、敵国の人間とはいえ、使者に対する礼節を崩さなかった。
それは、途轍もない自信と強さの証と言えた。
だからだろうか。
ノルンナ大尉は思う。
また、この国に来たいと。
今度は、平和な時にでも。
だが、そこで思考を切り替える。
「それと、皆に朗報がある。フソウが補給をしてくれるぞ」
その言葉に、その場にいた兵士達がざわつく。
「それって……食料もですか?」
「ああ。燃料と食糧、それに水ってところだな」
その言葉に、歓声が沸く。
その様子に、ノルンナ大尉は困ったような顔になった。
いや、わかるぞ。
フソウの飯はうまかったからな。
だが、このあからさまな反応はどうしたものか……。
表情が、そう語っていた。
そんなノルンナ大尉の顔を見て、副官は笑う。
「もう完全に胃袋を掴まれておりますな」
ノルンナ大尉は苦笑する。
「それはたとえが違う気がするが……」
そう言った後、ノルンナ大尉は笑った。
「まぁ、いいか」
会談も何とかなったしな。
その日の夜、再びフソウ連合から食事が提供される。
勿論、生野菜多めの食事が。
それをうまそうに食べる兵士達を見つつ、ノルンナ大尉は思う。
副官が言っている事の方が正しいのかもしれないと。
「なんとかなったなぁ……」
会談が終わった後、鍋島長官は椅子に座ったまま背伸びをして首を回す。
そんな長官を見つつ、東郷大尉が聞いてきた。
「あれでよかったのですか?」
「ああ。現状じゃ、あれが精一杯だよ」
そして、目を細める。
「それに、それを見通してあれを送ったんじゃないかな、ガルディオラ提督は」
その言葉に、東郷大尉は思わず言葉を漏らす。
「とんでもない相手ですね」
「ああ、その通りだよ。僕としては、もっと気楽に、苦労せず対応できる相手の方がいいんだけどなぁ」
その言葉を聞き、東郷大尉は苦笑する。
それが間違いなく長官の本音だとわかっていたからだ。
だが、それと同時に、相変わらずすごい人だとも思う。
そんな相手の意図を読み、そして対応しているのだから。
「それはそうと、今日も食事の提供をお願いね」
「わかりました。生野菜多めですね」
鍋島長官が笑う。
「ああ、それでお願いね」
「了解です」
だが、その後、鍋島長官の表情が引き締まる。
その変化に、東郷大尉は身の引き締まる思いがした。
鍋島長官の口が動く。
「それと……」
ごくりと口の中にたまった唾を飲み込む東郷大尉。
それに気が付かず、鍋島長官は言葉を続けた。
「王国と共和国の大使館に連絡しておいてくれ。連絡相手は、アッシュとアリシアにして。『今度の海戦、連盟は死に物狂いで来る。警戒されたし』とね」
その言葉に、東郷大尉は聞き返す。
「いいのですか?」
「ああ。これくらいは相手も考えているさ。それも織り込み済みでの今回の秘密交渉さ」
鍋島長官はそう答えた後、表情を崩して大きく欠伸をしたのであった。
鍋島長官からの伝言は、すぐさま大使館経由で、アッシュ、アリシア本人へ伝えられた。
その伝言を受け、アッシュは苦笑して呟く。
「また何かやってるな、サダミチは……」
その言葉には、疑う気持ちはない。
ただ、色々手を回して苦労している様子が頭に浮かぶ。
「無理するなよ。お前ひとりの身体じゃないからな」
その言葉には、友を心配する思いと、今やフソウ連合無しではどうにもならない世界の現状への認識が滲んでいた。
そして、同じ頃、伝言を受けたアリシアは笑っていた。
楽しげに。
「ふふふっ。ナベシマ様も中々の策士ですわね。相変わらず、何手も先まで考えておられる」
そこには、尊敬の念がある。
だが、すっとアリシアは目を細め、口角を吊り上げた。
「ですが、足元を疎かになさらないよう、祈っていますわ」
そして、執事を呼ぶ。
この伝言を、共和国軍司令官であり、連合艦隊を率いるビルスキーアに伝える為に。
読んでいただきありがとうございます。
今回の話で、連盟とフソウ連合の秘密会談の話は終了となります。
次は、教国内の話の予定です。
この章は、世界各地の現状と方向性がはっきりする話が中心となっており、戦闘シーンは余りありません。
その分、次の章は戦闘シーン中心となるので、助走と思ってお付き合いください。
では、恒例のやつを……w
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