転機
再編を終えた合衆国軍の動きは素早かった。
第一、第七艦隊の混成艦隊は牽制の為にセントフィール軍港に、第三艦隊と支援艦隊は本命のアバーナ港に向かう。
そして、二日後の丁度正午から攻撃を開始した。
勿論、教国側も黙って見ていたわけではない。
特にセントフィール軍港の方は、ある程度の規模を持つ軍の拠点である。
防衛艦隊に加え、港には固定式ではあったが、元々装甲巡洋艦に使われていた二十センチ連装砲塔が六基設置されていた。
すぐに防衛艦隊は動ける艦艇全てが迎撃に当たり、港に設置してあった砲塔も全て戦闘態勢に入った。
だから、そう簡単にやられない。
その場にいた教国兵士は誰もがそう思っていた。
しかしだ。
現状は残酷だった。
迎撃艦隊と言っても戦艦一隻、装甲巡洋艦四隻しかなく、主力は民間船を改造した魚雷艇が二十隻ほどである。
被害を受け、艦隊は大半を失ったとはいえ、それでも二個艦隊を合わせれば一個艦隊程度の艦艇は揃っている。
その上、編成された元第七艦隊の艦艇は、すっかり疲れも取れ、汚名返上とばかりに張り切っていたし、第一、第七艦隊の乗組員の多くが、同士討ちという不名誉な出来事を勝利という形で過去のものにしたいと願っていた。
それに、混成艦隊の指揮を執るデモン・チャンスボート提督の指揮が冴えていた。
装甲巡洋艦を前面に押し出して魚雷艇を牽制しつつ、後方に展開する重戦艦、戦艦による砲撃で敵艦隊戦力を圧倒したのだ。
「いいかっ。ここで我々の力を連中に見せつけるんだっ。舐められたままで済ますなっ」
まるで意趣返しと言わんばかりの勢いで叫び、指揮を執る。
その勢いに、やる気に満ち満ちた兵士達も乗ったという形であった。
だから、その勢いはすさまじかった。
その勢いの前に、防衛艦隊はあっという間に瓦解。
港に設置されていた砲塔も、混成艦隊がその射程内に入る前に叩き潰され、軍港の施設は次々と破壊されていった。
特にクレーンを始めとする修理や補給のための施設と、物資を備蓄しておくための倉庫や燃料タンクは徹底的に潰された。
いや、自ら連鎖的に潰れていったと言った方が正しいのかもしれない。
砲撃を喰らった燃料タンクが爆発し、備蓄していた燃料と火種を辺りにまき散らし、次々と被害が拡大していったのだ。
こうして、夕方近くになる頃には、かつてある程度の軍の拠点として機能していたセントフィール軍港は、炎と瓦礫、それに砲撃によって引き起こされた火災に巻き込まれた兵士達の死体に埋め尽くされた地へと変貌してしまっていた。
そして同じ頃、アバーナ港も攻撃を受けていた。
だが、こちらは民間の港という事もあり、軍ではなく教団騎士団が駐屯していたが、彼らは沖合に出現した艦隊に驚き、港を死守するどころか撤退を開始。
その結果、ある程度の砲撃の後、上陸部隊が展開。
あっけないほど簡単に陥落した。
それは、港に住む人々が抵抗することなく簡単に降伏したことも大きかった。
彼らにとってみれば、デモや抵抗はしていなかったが、教団の私設軍や騎士団は信頼できないという不信感が強かったためである。
要は、合衆国という国は自由と平等の国だ。
だから、彼らよりはマシだろう。
そう思われたことも大きかった。
その余りにも手ごたえのない陥落と占領に、上陸部隊を指揮するパットラ将軍は拍子抜けしたのだろう。
「確かに、抵抗がないのはありがたいが、こうもあっけないのもな……」
海軍が必死になって自分らを守った戦いを目の前にしていたからこそ、次は我々がという意気込みがあり、余計にそう感じたようだった。
そんなパットラ将軍の愚痴ともとれる呟きと、がっかりした様子で肩を落とす姿を見て、支援艦隊指揮官のストキマス・レッドブル少将は苦笑するしかなかった。
こうして、スペラーリーゼ諸島海戦や支援艦隊護衛の戦いとは正反対に、上陸作戦はあっという間に成功したのであった。
そして、アバーナ港を占領したパットラ将軍率いる上陸部隊は、港から軍を展開。
周辺地域を占領したが、そこで動きが止まる。
いや、正確に言うと止められた。
本来ならば、もっと進撃するはずであった。
出来る限り初動で多くの地を占領し、拠点確保を確実にする予定だった。
だが、ここで物資不足が足を引っ張る。
およそ半分の物資を失ったのだ。
それに対して、失った兵力は三割程度。
つまり、残存兵力に対して、手持ちの物資が不足してしまったという事だ。
確かに、上陸時にほとんど戦闘にならなかった事は、物資の消費を抑えることにはなった。
だが、軍という組織は、戦闘をしなくても動くだけ、維持するだけでさえ物資を消費する。
そう、軍という組織は、何も生産しない上に大喰らいなのだ。
その結果、アバーナ港と周辺地域のみを占領・確保するという形で、停滞するしかなかったのである。
作戦は成功。しかし、物資不足により進撃が出来ない。
その報告は、すぐさま合衆国に送られた。
その報告を聞き、アルフォード・フォックス大統領はちらりとリック・クラバルンテ補佐官を見る。
「君の言っていた計画とは違っているようだね」
その皮肉めいた口調に、クラバルンテ補佐官は無表情で用意していた書類の束を差し出す。
タイトルはついていないし、その束も薄い。
「今後の作戦展開に関する案です」
そうは言ったものの、前回のものに比べ薄すぎる。
要は、こういった中途半端な展開になるとは思っていなかったという事だ。
だから、慌てて用意したといったところだろうか。
「ふむ。わかった」
そう言って目を通す。
しかし、皮肉めいた言葉を忘れない。
「しかし、薄いな。十分に吟味されたとは思えんな」
「書類の厚さだけで、内容の良し悪しが決まる訳ではありません」
クラバルンテ補佐官はそう言ったものの、言い訳でしかない事は一目瞭然である。
実際、クラバルンテ補佐官としても今回の作戦に関しては、予想外と言うしかなかった。
あまりにも中途半端であり、本来用意していた作戦計画書ではつじつまが合わなくなってしまったのだ。
だからこそ、慌てて作戦を変更した結果がこれである。
書類が薄いという事もあり、フォックス大統領は直ぐに全てに目を通した。
「要は、被害のある艦隊の交代と物資の補給という事だな」
「はい。その通りであります」
「まぁ、無難といったところか」
これなら、このまま通るな。
クラバルンテ補佐官は無表情だが、内心ほっとしていた。
本当なら、第七艦隊のトラフック提督を活躍させ、結社の息のかかった者をより軍の中枢へ、という予定であった。
それは秘密結社の命令であり、クラバルンテ補佐官としても、こちらの息のかかった者が軍の中枢を握るという事はありがたかった。
だが、トラフック提督は作戦失敗に加え、同士討ちまで引き起こし、その後自殺。
第七艦隊は、今や第一艦隊の指揮下になってしまっている。
それならば、別の結社の息のかかっている提督を派遣し、彼に活躍してもらうしかない。
そういう事も含めての艦隊交代案であった。
しばしその計画案を見て、フォックス大統領は口を開く。
「確かに今必要としている計画ではある。だが、そのままというわけにはいかない」
予想外の言葉に、クラバルンテ補佐官は内心、ドキリとしていた。
もっとも、無表情の仮面が動揺を隠しきっているが。
「どういった点がでしょうか?」
「ふむ。物資と補給の確保、兵力の追加は間違いなくやらねばならん。だが、艦隊の交代は必要かね?」
「しかし、先の戦いで第一、第七艦隊の二つの艦隊がかなりの被害を受けております。今は後退すべきではないでしょうか」
その言葉に、フォックス大統領は確かにと頷く。
だが、すぐにニヤリと笑った。
その笑みを見て、隣にいたデービット・ハートマン副大統領が口を開く。
「実はね、第一艦隊のデモン・チャンスボート提督から直接提案があってね。彼が言うには『第一艦隊も第七艦隊も不名誉なまま終わらせたくない。今回の出来事をうまく処理しなければ、後々の遺恨となりえる。だから、このまま第一、第七の混成艦隊で任務を継続させてくれ』とな」
「しかし……」
クラバルンテ補佐官はなんとか言い返そうとした。
しかし、それよりも前にフォックス大統領が口を開く。
「彼がそこまで言うんだ。出来る限り、彼の意見を尊重したいと思っている」
「ですが……」
「チャンスボート提督は、かつての我らの上司だった人物で性格はよくわかっている。彼がそこまで言うのだ。そうさせたいと思うんだよ。君にも、そう思って欲しいんだがね」
そこまで言われ、クラバルンテ補佐官は黙り込む。
そして、絞り出すように言った。
「確かにその通りです。遺恨を残すわけにはまいりませんから……」
「そうか。わかってくれるか」
フォックス大統領はそう言って笑う。
くっ。やりづらい……。
クラバルンテ補佐官は、無表情の仮面の下で舌打ちしていた。
宣戦布告の後から、一気にやりにくくなった。
こっちの手の内を知られている。
そんな感じさえする。
だが、それでもまだいい。
結社の意向通りにはできなかったが、これで国民の政府支持率は間違いなく上がり、控えている総選挙も間違いなく圧勝する事だろう。
私の望む強い合衆国への形になりつつある。
そう。これでいいのだ。
そう言い聞かせ、クラバルンテ補佐官は頭を下げて言う。
「では、艦隊交代以外は、この計画のまま補給と兵力追加を進めますが、よろしいでしょうか?」
「ああ。それで頼むよ」
その言葉を聞き、クラバルンテ補佐官は退室する。
無表情の仮面の下で、結社にどう言い訳しようかと考えつつ。
「あれでよかったのか?」
クラバルンテ補佐官が退室した後、ハートマン副大統領がフォックス大統領に聞く。
「ああ、あれくらいで根に持つ奴ではないさ。それに散々やられたんだ。少しはやり返しても罰は当たらんよ」
その言葉に、ハートマン副大統領は楽しげに笑った。
かつて軍にいた頃のようだと。
そして、ちらりとデスクの上にある報告書に目を落とす。
その報告書には、第一、第七艦隊の被害と、第七艦隊指揮官であったパラマハンゼ・トラフック提督の自殺について書かれている。
「まさか、トラフック提督が自殺するとはな」
その言葉に、フォックス大統領もちらりと報告書に視線を向けたが、すぐにハートマン副大統領へ向け直して言う。
「ああ。しかしだ。これはいい機会だ。彼が所属していた派閥にメスを入れるぞ」
「では?」
「ああ。徹底的にやってくれ」
「わかった。手を回しておこう」
「それとだ」
そこで一旦言葉を切り、フォックス大統領はふぅと息を吐き出して言葉を続けた。
「アーサーに連絡を入れてくれ。会いたいとな」
その言葉に、ハートマン副大統領は怪訝そうな顔になる。
「アーサーにか?」
彼としては、クラバルンテ補佐官を推薦してきて以来、あまり良い印象は持っていないといったところだろう。
もっとも、それ以前に築いた友情はあるし、友とも思ってはいる。
だが、あまりいい気はしないといった感じだ。
言葉と態度でどう思っているのかわかったのだろう。
フォックス大統領は苦笑した。
相変わらずわかりやすいなと。
だが、それに気づかない振りをして言う。
「彼には彼の理由があるのかもしれんさ。それにだ。今回の事だけで、我々の友情が消え去ったりはしないという事を、お互いにわかっておこうと思ってな」
「本当にそれだけか?」
疑う様なハートマン副大統領の言葉に、フォックス大統領は悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。
「もちろん、それだけじゃないぞ。でも、それは秘密だ」
そこまで言われ、ハートマン副大統領は苦笑した。
本当に昔のようだと、再度思って。
「わかったよ。手配しておくよ」
そう言うと、手配をする為にハートマン副大統領はドアの方に歩き出す。
その後姿に、フォックス大統領は言う。
「頼んだぞ」
「ああ。任せておけ」
その返事を聞き、後ろ姿を見送った後、フォックス大統領はふぅと息を吐き出すとポケットに入れていたメモを取り出した。
そこには、短く『アーサーと話し合いを持ってくれ』と書かれている。
「次は何をやるつもりだ?」
そう呟くように言うと、メモを燃やす。
そして、その炎を見つつ、宣戦布告前日の夜に訪ねてきた男の顔を思い出していた。
死んだと思われていた人物の顔。
ドルスハンテ・ドバーチェン大佐の顔を。
読んでいただきありがとうございます。
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