↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十四章 合衆国 対 教国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

908/914

分裂

翌日の昼過ぎ。

ブルレア島沖合にすでに到着していた教団防衛艦隊の前に、封鎖艦隊に守られるようにして教国本国艦隊が姿を現した。

その艦隊を見て、誰もが息を飲み、そして言葉を失う。

その艦艇の少なさと、あまりにも酷い損傷を見て。

無傷の艦は皆無であり、よくここまで辿り着けたものだと思うほど、酷い損傷を負った艦が大半であった。

事実上の壊滅に近い被害だったのだ。

それを見た者は、彼らの戦いがどれだけ激戦であったかを理解する。

作戦が失敗したという情報は、すでに誰もが知っていた。

そして、自分らは勝ちかけていたのに、彼らのせいでそれを無駄にしたのだ。

だから、どうしても怒りや憎しみの気持ちの方が強かった。

あいつらのせいで……と。

だが、そんな気持ちは吹き飛んでいた。

確かに、完全になくなったわけではない。

しかし、ここまで奮戦したという目の前の現実は、彼らの不満や怒りを黙らせ、それを尊敬の念へと変えるには十分すぎるものであった。

そして、誰に言われるまでもなく、兵士達は自然と敬礼する。

そこには激戦を戦い抜き、それでも勝てなかった戦友達を労わる気持ちが生まれていたのだ。

艦橋で合流する教国本国艦隊を見て、教団防衛艦隊を指揮するアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭は深いため息を吐き出す。

予想はしていた。

だが、それ以上に、そうなっていて欲しくない。

そんな気持ちが強かったのだ。

横で同じ光景を見ていた副官が口を開く。

「とんでもない被害ですな……」

「ああ。八割近い艦艇が失われていると思った方がよさそうだな」

「はい。しかも、どの艦も深刻な被害を負っています。その上、戦艦、重戦艦がほとんど失われていますな」

その言葉に、リングルトス軍属大司祭の顔がはっとしたものになった。

「まさか……」

そんな言葉が漏れる。

そして、艦隊を確認していく。

どの艦も原型を大きく損なっていたが、それでも大きさと砲の配置で何となくわかる。

数の少なさもあり、すぐに確認は終わった。

リングルトス軍属大司祭の手先が震えていた。

そして、何度も拳を握っては開く。

そう、彼は気が付いたのだ。

教国本国艦隊の旗艦がいない事に。

それは、ある事実を彼に突きつけていた。

口の中にたまった唾を飲み込む。

信じたくはない。

信じたくはなかった。

別の艦艇に乗り移っている。

そう信じたかった。

だが、戦闘中に乗り移ることは難しい。

特に砲撃戦の途中では。

気持ちの悪い汗が背中を濡らし、血の気が引いていくのがわかる。

判ってはいた。

だが、それでも嘘だと思いたかった。

しかし、現実は知らされる。

三十分後、教国本国艦隊の会議室で。



艦隊が合流して三十分後。

教団防衛艦隊旗艦の会議室には、リングルトス軍属大司祭とその副官。

それに教国本国艦隊のリカルド・ペペロンナ大佐がいた。

ペペロンナ大佐の顔色は青ざめており、目の下の隈と憔悴した表情から、疲れ切っているのがわかる。

だが、それでも到着したからと言って役割が終わったわけではない。

伝えなければならない。

教国本国艦隊の戦いを。

その義務がペペロンナ大佐にはあった。

だが、それ以上に、リングルトス軍属大司祭へ自分の上官の最期を伝えなければならない。

その使命感が、彼をつき動かしていた。

ペペロンナ大佐は、トラビス・パラマーゼ提督からリングルトス軍属大司祭と共に教国軍を改革していく事になったと聞いていたからである。

その時のパラマーゼ提督の笑顔と、託された思い。

それが、より強い意志を生み出している。

絶対に、上官の思いを伝え、成し遂げなければならないと。

その強い思いは、淡々とした報告の言葉の中に滲んでいた。

そんな報告を、リングルトス軍属大司祭と副官を無言で聞いている。

もっとも、その顔に浮かぶ表情は大きく違っていた。

副官の顔に浮かぶのは、無念さや苛立ち、そして必死に悲しみを抑えるような感情である。

だが、リングルトス軍属大司祭の顔には何も浮かんではいなかった。

ただ、無表情のままだ。

だが、時折、眉と唇がほんの少しピクリと動く。

それは何かに耐える修行僧のようであった。

ここで自分が感情に飲まれてはいけない。

そんな思いだけが、彼を支えているかのようだ。

そして、すべての報告が終わったのち、その場を支配するのは沈黙だけとなった。

誰もが動きを止め、黙り込む。

そこだけ世界が止まったかのように。

その時間はほんの数秒だったのだが、その場にいた者にとっては数時間にも匹敵する感覚だ。

ふぅ……。

その沈黙を壊すかのように、リングルトス軍属大司祭の口から息が吐き出される。

そして、ぼそりと言葉を発した。

「わかった。それで今後の事だが……」

その言葉に、ペペロンナ大佐は口を開く。

「パラマーゼ提督からうかがっております。今後の方針は、閣下の指示に従います」

「そうか……」

再び沈黙が辺りを支配する。

そして、リングルトス軍属大司祭はなんとか言葉を口にした。

「我々は五時間後にペンダジミア軍港に向かう。貴官らもだ。そこで再度、今後の事は話し合おう」

そして、ペペロンナ大佐を見てなんとか苦笑した。

だが苦笑はとても痛々しい。

それは必死になって感情を抑え込んでいるかのようにペペロンナ大佐に見えた。

「それとだ。まずは少し休め。とんでもなく酷い顔だぞ」

その言葉には、労わる気持ちが感じられた。

だからだろうか。

さっきまで糸を張りつめたような表情だったペペロンナ大佐の顔が、僅かに緩む。

「はい。少し休ませていただきます」

そこには、全てを伝え終わり、肩の荷が下りたという安堵感があった。

「何か必要なものがあったら言って欲しい」

副官がそう言うと、ペペロンナ大佐は「では……」と言った後、言葉を続ける。

「医療スタッフと医薬品をお願いしてよろしいでしょうか。離脱を優先した為、怪我の治療を後回しにしている者も多いので」

「わかった。すぐに向かわせよう」

「はっ。ありがとうございます」

こうして、戦闘後初めての打ち合わせは終わる。

時間にして、たったの二十分程度。

だが、それでも双方の現状がわかった。

今はこれでいい。

まだ機会はある。

今はただ、疲れを取り、事実を受け入れる。

それを第一としよう。

リングルトス軍属大司祭もペペロンナ大佐も、そう思ったのであった。



教国の上層部は、海戦の敗退を受け、混乱の中にあった。

「何をやっておるのだ、軍部はっ!」

会議室には、軍を非難するそんな声が響く。

だが、それを軍も黙って受け入れてはいない。

「何を言うかっ。教団の私設艦隊や専属騎士団にばかり予算を回しておいて、どの口が言うかっ。そんなに文句を言うなら、貴様らの虎の子の騎士団や私設艦隊を動かせばいいではないかっ!」

「その通りだっ。予算も、権限も回さないくせに、文句を言うな!!」

そんな売り言葉に買い言葉の応酬が始まり、会議は大荒れとなる。

罵詈雑言の応酬が、互いの溝を広げていく。

だが、誰もがそれを理解していない。

お互いに自分の落ち度を相手のせいにしているのだ。

歩み寄れるはずもない。

そして、六時間にも及ぶ罵詈雑言のぶつけ合いの結果、軍と教団は、侵攻してくるであろう合衆国軍に対して別々に対応する事となった。

それで何とか、その場を収めるのが精一杯であった。

それは元々あった亀裂をより深め、互いの不信を強くしただけとなっていたのである。

だが、そんな中、一部の軍と教団私設艦隊が独自の動きを見せ始めていた。

それは、リングルトス軍属大司祭やパラマーゼ提督の息がかかった者達である。

その数は、教国内の軍事勢力全体から見れば、一割にも満たない。

だが、混乱し、統制を失いつつある教国軍や教団の私設軍の中で、彼らだけは統制の取れた秩序ある動きを見せていた。

彼らは、集まっていく。

ペンダジミア軍港に。

それは、新しい波紋の始まりとなろうとしていた。





海戦の敗北は、老師の耳にも届く。

老師はわなわなと震え、近くのテーブルにあったグラスを壁に叩きつけた。

沈黙が支配する部屋の中、ガラスの砕け散る音が、その沈黙の世界を引き裂くように響く。

「何をやっておるのだっ!」

そう吐き捨てるように言う老師。

その場にいた者達は何も言わない。

いや、言えないでいた。

ここで何かを喋れば、この怒りは間違いなく喋った者に降りかかってくると判っていたからだ。

だが、それ故に怒りは収まらない。

怒りの嵐は、益々吹き荒れる。

次々とテーブルの上のものが壁に叩きつけられていく。

それでも誰もが黙ったままだ。

テーブルの上のものを全て壁に叩きつけ、破壊し終わった頃になって、老師の怒りの炎が揺らぎ始めた。

まだ鎮火はしていない。

だが、肉体の疲労が怒りを上回り始めたからである。

はあはあと肩で息をしながら立っていた老師は、力を抜いてソファに身を預ける。

上等なソファはその動きを受け止め、軋む音一つさせなかった。

そして、しばらくの沈黙の後、言いにくそうにゆっくりと一人が口を開く。

「老師、残念ながら、ここを離れる準備を……」

その言葉に、収まりかけていた老師の怒りが再び燃え上がる。

「ここを離れるだと?! この私がだとっ?!」

その剣幕に、言葉を発した者は震えあがった。

だが、それでも何とか忠誠心が上回ったのだろう。

「合衆国が上陸した場合、全ての港は厳戒態勢になるでしょう。そうなると、今までのように自由に動くことはできません。ですから、今のうちに避難しておいた方が……」

だが、その言葉さえも怒りに油を注ぐ結果となった。

「避難だと?! なぜ、逃げねばならんのだっ!」

その言葉と態度は、まるで思い通りにならないことに駄々をこねる子供のようだった。

だが、それでも言わねばならないと思ったのだろう。

「ですが、老師あっての我々です。老師の身に何かあれば一大事ですので」

なんとかそう言う。

その言葉と、そこに滲む忠誠心を感じたのだろう。

老師はガチガチと歯を震わせ、拳を強く握りしめる。

身体が小刻みに震えていた。

老師にとって、教国から避難するという事は、最大級の醜態であった。

だが、それでもその言葉を理解できた。

納得はできない。

だが、受け入れなければならない。

それが、老師の怒りを抑えていく。

だが、それは決して完全に鎮火する事はない。

その挫折と怒りと恥は、新たな思いを生み育てていく。

復讐してやる。

この私に、これほどの醜態をさらさせた者達に。

合衆国に。

秘密結社に。

何より、元凶であるフソウ連合。

そして、全ての中核である鍋島貞道に。

絶対に、この恨みを晴らしてやるぞ。

決して、決して忘れはせぬ。

忘れはせぬぞ。

それは、神の試練とは別に生まれた老師の負の感情であった。

そして、それを心の奥にしまい込み、口を開く。

「わかった。お前の言う様にしよう。それで、どこに避難すればよいと思う?」

その問いに、避難を提案した男が言う。

「それならば、サネホーンがよいかと」

「なぜじゃ」

「今のサネホーンの七割は、我々の影響下にあります。その上、マーロン・リジベルトが現地で召喚の準備をしております」

その言葉を聞き、老師の顔がやっと普通に戻る。

「そうか。そうだったのう」

「はい。まだ準備に時間はかかりますが、召喚の儀式に立ち会うという事も出来ますし、よいのではないかと」

しばし沈黙の後、老師は大きく頷く。

「うむ。その通りじゃ。実にいいではないか。召喚した艦隊で本国を取り戻す。そして返す刀でフソウ連合も叩き潰す。うむ。実にいい」

そう呟くように言うと、満足げな表情になった。

それは、まるで飴を買い与えられた子供の様に無邪気であった。

「よし。その用意をすぐにせよ。いいな?」

「はっ。ただちに」

男達は慌てて立ち去っていく。

その様子を無視するかのように、老師は視線を窓に向けた。

「この景色ともしばらくはさよならか……」

その言葉には、残念さがにじんでいた。

だが、その表情は直ぐに変化する。

憤怒の表情に。

「フソウの連中め、今に見ておれ。私のこの怒りをぶつけて、徹底的に潰してやるぞ」

そう呟く。

だが、それは第三者から見れば、まるで怒りや憎しみを他人にぶつけて発散させようとしているだけのようにしか見えなかった。


読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

後、よければ、感想、いいね等の反応などをよろしくお願いいたします。

また、まだブックマークされていない方は、ブックマークも。

あとレビューなんかもうれしいです。

そう言う訳で、なにとぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
単なる逆恨み(・ω・`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。