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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十四章 合衆国 対 教国

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戦いの終わり その1

トラビス・パラマーゼ提督の戦死と、教国本国艦隊司令部の壊滅。

その影響は、直ぐに戦場へ表れた。

ただでさえ何とか踏ん張っていた戦線から、最も大きな支柱が失われたのだ。

崩れるのは、あっという間だった。

それまでの踏ん張りも奮起も嘘だったかのような呆気なさで、戦線は崩壊していく。

教国本国艦隊第三列は瓦解し、散り散りとなってまさに烏合の衆と呼ぶべき有様へと変わり果てた。

いくら鍛錬されているとはいえ、指揮する者がいなければ、それは組織とは言えない。

ましてや、個々の力がいかに優れていようとも、組織された戦力には敵わないのだ。

「あっけないものだな……」

先ほどまでの粘りが嘘のように崩れていく敵艦隊を見て、第三艦隊司令のコルト・リキラーゼ提督は、どこか寂しげな表情を浮かべる。

敵艦隊の急激な変化から、この戦いを指揮していた人物に何かがあったのだと察したのである。

それは、味方にとって本来ならば喜ぶべき事態のはずだった。

だが、ここまで死闘を演じてきた相手を突然失ったことに、拭い切れない喪失感があった。

間違いなく、尊敬に値する敵であった。

崩れゆく敵艦隊を見つめながら、リキラーゼ提督は静かに敬礼する。

それは、先ほどまで死力を尽くして戦っていた相手への見送りであり、名残惜しさを込めた別れでもあった。



パラマーゼ提督の死は、間もなく第二列の指揮を執るリカルド・ペペロンナ大佐にも知らされた。

第三列の生き残りからの連絡である。

パラマーゼ提督の戦死と司令部の壊滅によって指揮系統が崩壊したこと。

そして、第一列と第二列を含む残存艦隊の指揮を、ペペロンナ大佐に委ねるということまで告げられた。

その報告を聞き、ペペロンナ大佐はぐっと身体を強張らせ、そして一瞬、天を仰ぐ。

その僅かな間に、幾つもの思いが脳裏をよぎった。

そして、ぼそりと言葉が漏れる。

「提督、無念でしょうな……」

彼は、パラマーゼ提督が教国軍部の改革を進めようとしていたことを知っていた。

そして彼自身も、提督の改革を実現するため、身を粉にして尽くすつもりであった。

だが、その未来はもう叶わない。

しかし、それですべてが終わったわけではない。

私は、まだ生きている。

ならば、今やれることをしよう。

彼の遺志を継ごう。

その決意が、喪失感に代わって、次第に彼の心を満たしていく。

ふうっと息を吐き出すと、ペペロンナ大佐は視線を前へ戻し、命令を下した。

「教国本国艦隊全艦に伝えよ。作戦中止。作戦は失敗した。各艦、何としても離脱せよ。生き延びて再起を図るぞ」

第三列は壊滅した。

間もなく、敵の主力もこちらへ追いついてくるはずだ。

このまま戦い続ければ、待っているのは全滅だけである。

ならば、今取るべき行動は一つしかない。

その判断が、彼に撤退命令を下させた。

副官が、隣で悔しそうに呟く。

「大佐、無念です」

ペペロンナ大佐は副官の肩を叩き、力強く言った。

「まだだ。まだ終わってはいない。我々にできることを、精一杯やろう。まずはここから離脱し、生き残ることだ。いいな」

「はっ」

副官が敬礼する。

その声を聞いていた艦橋スタッフたちも、一斉に敬礼した。

それを見て、ペペロンナ大佐は頷くとさらに命令を続ける。

「それと、教団防衛艦隊のアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭にも知らせろ。『作戦失敗。コレヨリ離脱スル』とな」

「それだけでよろしいのでしょうか?」

副官が尋ねる。

それは、パラマーゼ提督の死も、自分たちが離脱さえ困難な壊滅的状況に置かれていることも、知らせなくてよいのかという問いだった。

だが、その問いを聞き、ペペロンナ大佐は苦笑する。

「自分たちの後始末くらい、せめて自分たちでしなくてはな……」

その言葉に、副官は黙り込んだ。

教団防衛艦隊は、教団防衛艦隊で必死の戦いを続けているのだ。

そんな彼らに、自分たちを救うために戻ってこいと、どうして言えるだろうか。

副官は僅かに俯き、唇を噛み締める。

そして顔を上げ、口を開いた。

「分かりました。やりましょう。我々の手で」

こうして、教国本国艦隊は戦場からの離脱を試み始めたのであった。



第一艦隊と第七艦隊を追い詰め、今まさに勝利を得ようとしていた時だった。

教団防衛艦隊を指揮するアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭のもとへ、凶報が届く。

教国本国艦隊からの無線である。

そこには、短く、

『作戦失敗。コレヨリ離脱スル』

とだけ記されていた。

だが、それだけでリングルトス軍属大司祭は察した。

作戦が失敗しただけではない。

教国本国艦隊も、離脱せざるを得ないほどの大きな被害を受けたのだと。

一瞬、脳裏にパラマーゼ提督の顔が浮かぶ。

彼には、生き残ってほしい。

そして、教国軍部を改革してほしい。

だからこそ、リングルトス軍属大司祭はすぐに命令を下した。

「我が艦隊は戦線を離脱する。スペラーリーゼ諸島の封鎖に回っていた艦艇も引き上げさせろ」

その言葉に、副官が驚く。

「しかし、このまま勝利を逃してよろしいのでしょうか?」

その問いに、リングルトス軍属大司祭は悔しそうな表情を浮かべた。

「勝利ではない。確かに、この戦いには勝てるかもしれん。だが、作戦そのものは失敗した。それにだ……」

そこでいったん言葉を区切り、ふうっと息を吐き出す。

「敵を潰すことより、味方を救うことの方が大事ではないかね?」

そう言われ、副官も気がついた。

あまりにも、無線の内容が短いことに。

伝えられたのは、作戦が失敗したことと、これより離脱するということだけである。

だが、作戦が失敗し、離脱を余儀なくされるほどの被害を受けていることは、この短い文からでも十分に察することができた。

「確かに、そのとおりですな」

副官は納得した表情で言う。

そして、すぐに提案した。

「どれほどの被害を受けているかは分かりませんが、我々が今から向かったとしても、到着する頃には戦闘が終わっているかもしれません。それならば、スペラーリーゼ諸島の封鎖に回っていた艦艇を先行させましょう。彼らなら、離脱支援に間に合う可能性があります」

その提案に、リングルトス軍属大司祭は頷く。

「そのとおりだ。封鎖に回っていた艦艇は、直ちに教国本国艦隊の離脱支援へ向かえ。急げ」

「了解しました」

その命令を受け、通信手が封鎖部隊へ無線を送る。

その様子を見つめながら、リングルトス軍属大司祭は、ただ無事を祈った。

パラマーゼ提督の。

「我々はどういたしましょう?」

副官の言葉に、リングルトス軍属大司祭は少し考え込んだ後、口を開いた。

「我々はゆっくりと離脱し、ブルレア島沖合へ向かう。あそこなら、敵の侵攻先から離れている。そこで教国本国艦隊と合流し、ペンダジミア軍港へ向かうぞ」

ペンダジミア軍港は、合衆国の攻撃目標であるセントフィール軍港やアバーナ港から、かなり離れた場所にある。

しかも、軍港としての規模もかなり大きい。

それに、教団の息がかかった軍港の一つでもあった。

「なるほど……」

副官は納得する。

そこならば、こちらの融通も利くと考えたのだ。

恐らく、教国本国艦隊はかなり手酷い損害を受けているはずである。

修理には時間がかかる。

当然、金も資材も必要となる。

しかし、今の教国軍部の有様では、十分な支援を受けられず、放置される可能性さえ高い。

だからこそリングルトス軍属大司祭は、敢えて教団の息がかかっており、それでいて戦場から離れた軍港を選んだのだ。

副官は、そう理解した。

「まあ、パラマーゼ提督には協力すると約束してしまったからな。それに、彼がいれば、この先の苦しい戦いも少しは違ってくるだろう」

リングルトス軍属大司祭は、少し苦笑交じりに言う。

その表情には、僅かな照れも混じっていた。

まだ、深く語り合ったわけではない。

親睦を十分に深めたわけでもなかった。

だが、二人は共感し合ったのだ。

これから祖国を改革していくという、その思いに。

そんな上司を見て、副官が言う。

「よい同志を得られましたな」

「ああ。そうだな。確かに、同志だ」

そう言って、リングルトス軍属大司祭は笑った。

パラマーゼ提督との再会を、楽しみにしながら。



「くそっ。かき回されたっ」

第三艦隊別動隊の装甲巡洋艦を率いていたレミントン・リピティング大佐は、そう吐き捨てると前方を睨みつけた。

敵の装甲巡洋艦が、すぐ傍を通り過ぎながら砲撃してくる。

先ほどまで何とか距離を取り、支援艦隊へ向かっていた敵艦隊が、突然転進し、こちらへ向けて砲撃しながら突進してきたのだ。

敵艦はかなりの高速で航行していることもあり、その砲撃はほとんど命中していない。

だが、それでも至近に幾つもの水柱が立ち上がり、巻き上げられた海水が艦上へ降り注ぐ。

さらに、至近弾の衝撃が艦艇を大きく揺らした。

誰もが手近な物にしがみつき、何とか立っている有様である。

すでに床には、固定されていなかった物が幾つも転がり、艦が傾くたびに大きな音を立てながら滑っていた。

敵艦隊は、支援艦隊へ向かうことをやめ、こちらへ食らいつくかのように進路を変えたのである。

その結果、戦場は敵味方が入り乱れる混戦となっていた。

確かに、命令は遂行できた。

支援艦隊を襲う敵艦隊を牽制し、支援艦隊を守れという命令は。

だが、こんな状況は望んでいなかった。

「すっきりしない戦い方をしやがってっ」

思わず、リピティング大佐が叫ぶ。

その言葉に、副官がすかさず突っ込んだ。

「戦いに、すっきりするもしないもあるんですかっ」

「あるんだよっ。俺の中ではなっ」

リピティング大佐は、そう言い返した。

それが当たり前だという顔つきで。

「あと、各艦に伝えろ。暗闇の中だからな。同士討ちだけは絶対にするな、と」

「了解しました」

副官は、別動隊の各艦へ無線で命令を伝える。

その様子をちらりと見た後、視線を外に向けてリピティング大佐は呟く。

「本当に、イライラさせてくれやがる……」

だが、そんな彼のもとへ、無線で吉報が届く。

「味方主力が敵主力を突破。こちらへ合流するそうです」

「よしっ。なら、各艦はいったん敵艦から距離を取れ。まとわりついている敵を何とか引き剥がせ。味方主力の砲撃を食らいたくはないだろう?」

「勿論ですとも」

そんな声が、艦橋内のあちらこちらから上がる。

「なら、死ぬ気でやれ。死にたくなかったらな」

その激励に、副官は苦笑した。

実に、この人らしい激励だと。



「敵、距離を開けようとしています」

「よしっ。今だっ。各艦、離脱せよ」

まるでその瞬間を待っていたかのように、ペペロンナ大佐は命令を下した。

敵が距離を開けたのは、味方主力との同士討ちを警戒したためだろう。

ペペロンナ大佐は、そう判断したのである。

そして、敵が自ら距離を取った。

ならば、その隙を利用して一気に離脱するしかない。

そう判断したのである。

命令を受け、各艦が次々と進路を変えていく。

敵艦隊とは反対の方向へ。

その動きを見て、リピティング大佐は慌てた。

まさか、この機を利用して離脱を図るとは思っていなかったからである。

「お、おいっ……」

思わず声が漏れる。

「くそっ、逃げるなっ」

そう叫ぶと、リピティング大佐はすぐさま追撃命令を下した。

だが、別動隊は味方主力との同士討ちを避けるため、いったん敵艦から距離を取ろうとしていた。

追撃するには、再び方向を変えなければならない。

その僅かな時間の差は大きかった。

一度開いた距離は、さらに広がることはあっても、そう簡単には縮まらない。

「くそっ。やられたっ」

リピティング大佐が悔しそうに吐き捨てる。

だが、その直後だった。

離脱しようとする敵艦隊の周囲に、幾つもの水柱が立ち上がる。

どうやら、第三艦隊主力が間に合ったようであった。

「よっしゃーっ。計算どおりだっ」

リピティング大佐が、思わずといった様子で叫ぶ。

その横で、副官が苦笑を浮かべた。

嘘ばっかり――と、内心で思いながら。

だが、リピティング大佐の判断によって、この状況が生まれたことだけは間違いなかった。

敵艦隊を、第三艦隊主力と別動隊で挟み込む。

その状況が。




読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

なお、御願いが。

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