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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十四章 合衆国 対 教国

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もう一つの戦い その5

第三艦隊と教国本国艦隊第三列の戦いは、一進一退の攻防となっていた。

練度は互角。

数、質ともに第三艦隊の方が上ではあったが、教国本国艦隊第三列が必死に抵抗していたからだ。

「各艦、踏ん張れ。ここで稼ぐ一分、一秒が、祖国を、大切な者たちを守る時間となる」

教国本国艦隊の指揮官、トラビス・パラマーゼ提督の熱い激励に、第三列の各艦は奮起した。

しかし、それはあくまでも一時的なものである。

第三艦隊からの圧力はじわじわと強まり、時間が進むとともに疲労が蓄積し、味方の艦艇は減っていく。

それでも彼らは、ここで稼ぐ時間の大切さを理解しており、必死の思いで立ち向かっていく。

その様子に、第三艦隊の指揮を執っていたコルト・リキラーゼ提督は、思わず目を細めた。

「敵ながら、見事としか言いようがない……」

ぼそりと漏れた言葉。

その声はとても小さかったが、副官にも聞こえたのだろう。

副官も頷き、同意を示す。

「はい。恐らく、別動隊が支援艦隊を攻撃するための時間を稼ぐつもりなのでしょう」

「ああ。その通りだ。だが……」

リキラーゼ提督は、さらに目を細める。

その目には、敵を惜しむような色が浮かんでいた。

「我々も味方を救わねばならんのだ。許せよ」

そう呟いた後、命令を下す。

「各艦に伝えよ。砲撃の密度をさらに高め、一隻ずつ確実に沈めていけ。敵も必死だ。だが、数と勢いはこちらにある。後は確実に仕留めていくだけだ。気を引き締めてかかれ」

その命令を受け、第三艦隊の砲撃はさらに激しさを増す。

少しずつではあったが、戦いの流れは間違いなく第三艦隊へ傾きつつあった。



「くっ。不味いな……」

教国本国艦隊第三列の指揮を執りつつ、パラマーゼ提督は舌打ちする。

額には汗が浮かび、引き攣りかけた表情には、もはや余裕を感じさせるものはなかった。

実際、未だに互角に近い戦いを続けていること自体が、奇跡に近かった。

数も艦艇の質も、圧倒的に相手の方が上なのだ。

時間を稼ぐ。

そのための戦いに徹することで、何とか持ち堪えていたが、普通ならば、すでに崩れていてもおかしくない。

一隻でも戦列を離脱する艦が出れば、あっという間に総崩れとなるだろう。

だが、未だに一隻も離脱せず、必死になって抗っている。

まさに、死力を尽くした抵抗といったところだ。

だからこそ、まだ崩れない。

だが、それでも限界はある。

少しずつ艦艇の数が減り、将兵たちの精も根も尽きていく。

そして、最後の最後で気力が尽きた時、この戦いは一気に傾くだろう。

それでも、抗わなければならない。

ここで稼ぐ時間が長ければ長いほど、第二列が敵の支援艦隊に大きな損害を与えられるのだから。

そして、その損害が大きければ大きいほど、敵の本土上陸を防ぐ結果へとつながっていくからだ。

味方艦艇から、悲鳴のような被害報告が飛び交う。

それでも、離脱を進言する者はいない。

「すまんな……」

パラマーゼ提督は、小さな声で皆に謝罪の言葉を呟く。

そして、言葉を続けた。

「そして、皆の献身を感謝する」

その声は小さく戦場を満たす激しい轟音にかき消され、誰の耳にも届いてはいない。

だが、それでもパラマーゼ提督は、そう言いたかったのだ。

自己満足なのかもしれない。

それでも、彼は言葉にする。

そして、思うのだ。

確かに、合衆国の人材の豊富さを羨ましく思った。

だが、私には、これほどまでにしっかりとついて来てくれる部下たちがいるではないか。

それは、ある意味では幸せなことなのかもしれんな。

そして、決意を新たにする。

そうだ。

ここで死んでたまるか。

敵を退け、私は変えるのだ。

教国の軍部を。

より国家のため、国民のためとなる改革を実施するのだ。

そう思うと、身体が震えた。

そして、激しい戦いの音に対抗するかのように怒鳴る。

「いいかっ。敵を退け、この戦いを生き延びるぞ。そのためにも、今少し頑張ってくれ」

その激しいまでの思いが込められた言葉を聞き、艦橋スタッフたちは声を返す。

「分かりましたっ」

「提督、勝ちましょう」

「そうです。敵を退けましょう」

その言葉は、圧倒的に不利な状況とは思えないものだった。

いや、不利な状況だからこそ生まれた、奮起の言葉だったのだ。

それらの言葉を聞き、パラマーゼ提督は強く頷く。

そして、第三艦隊のいる前方を睨みつける。

睨みつける事で、敵を退けられるかのように。

強く、強く……。



「味方の第三列が、何とか敵を足止めしているようです」

通信手の報告に、第二列の指揮を執っているリカルド・ペペロンナ大佐は強く頷く。

味方がどれだけ不利な状況に置かれているか、ペペロンナ大佐は分かっていた。

だが、今は命じられたことを確実に果たすべきだ。

彼らが作り出した時間を無駄にしないためにも。

「各艦、このまま全速前進。敵の支援艦隊を潰すぞ。この戦いの一分、一秒が、味方の必死の奮闘によって生み出されたものだということを忘れるな」

その命令を受け、転進した四隻の輸送船を始末した第二列の装甲巡洋艦八隻は、さらに速力を上げる。

「敵支援艦隊捕捉。主砲の射程内に入ります」

「まだだ。もっと近づいて、確実に仕留める。いいかっ。少しでも多くの敵艦を沈めるぞ。それと、最優先目標は兵員輸送船だ。それを狙え」

その命令を受け、八隻の装甲巡洋艦はさらに敵支援艦隊との距離を詰めていく。

やがて十分な距離まで近づくと、八隻の装甲巡洋艦の前部主砲が一斉に火を噴き始めた。

まだ距離があるためか、命中弾はない。

だが、それでも敵艦の至近に幾つもの水柱が立ち上がり、間違いなく敵を追い詰めていることが分かる。

やれるぞ。

このまま一気に……。

だが、その時であった。

味方艦隊の周囲に、突然幾つもの水柱が立ち上がった。

どういうことだ?

敵支援艦隊からの反撃にしてはおかしい。

いくら武装輸送船とはいえ、搭載している砲は海賊対策用の小型砲ばかりで、ここまで届くものは、そうそうないはずだ。

そう考えるペペロンナ大佐のもとへ、見張り台の兵から報告が入る。

「敵艦隊発見。右後方より、速力を上げて接近してきます」

「な、何っ?」

敵の艦隊は、味方の第三列が足止めしているはずだ。

それなのに、なぜここに敵が来ている?

たが、すぐに理解する。

敵も艦隊を分けたのだ。

足の遅い戦艦や重戦艦で第三列を引きつけ、その間に足の速い装甲巡洋艦を迂回させ、先行させたのである。

くそっ。やりやがったな。

だが、ここで転進することはできない。

そうすれば、間違いなく掴んだ支援艦隊の尻尾は、するりと手から離れてしまう。

そして、二度と捕捉することはできないだろう。

我々の目的は、支援艦隊に可能な限り大きな損害を与え、上陸作戦を阻止することだ。

ぐっ。

ペペロンナ大佐は拳を強く握り締め、ぎりっと歯を食いしばる。

そして、大きく息を吸って口を開いた。

「我々の目標は、敵支援艦隊である。後方の砲座は接近する敵艦隊を牽制しろ。前方の砲座は支援艦隊を狙え。各艦、奮起せよ。今こそ、祖国を、大切な者たちを守る意志を強く示す時だ」

その命令を受け、第二列の装甲巡洋艦の乗組員たちは、それぞれが自分にできることを必死にやり遂げようと決意する。

それこそが、彼らの強い思いのすべてであった。



「敵艦隊発見」

その報告を聞き、第三艦隊別動隊の装甲巡洋艦を率いていたレミントン・リピティング大佐は、すぐさま命令を下す。

「射程に入り次第、各砲塔、砲撃開始。このまま一気に距離を詰めるぞ。可能な限り敵艦隊の斜め前方へ食い込み、支援艦隊との間に割って入れ」

その命令に、副官が慌てて言う。

「無理ですっ。敵も装甲巡洋艦なんですよっ。こちらが高速装甲巡洋艦ならいざ知らず、それほど速力に差があるとは思えません」

その困り果てた顔を見て、リピティング大佐は言い返す。

「馬鹿野郎っ。やる前から無理だなんて言うなっ。せめて、やってみてから言えっ」

「ですが……」

しかし、言い返そうとした副官の声は、始まった砲撃の轟音によってかき消された。

「いいかっ。為せば成る、だっ。我々の奮起を、リキラーゼ提督は期待しておられるのだっ」

そう叫ぶ指揮官に、艦橋スタッフの多くが苦笑を浮かべる。

相変わらず、無駄に熱い人だ、と。

だが、そう思いながらも、言っていることは間違っていないとも感じていた。

自分たちの目的は、支援艦隊の離脱を援護することである。

それを考えれば、支援艦隊と敵艦隊の間に割って入ることは、極めて有効な手だった。

「分かりましたっ。機関部に伝えろ。最大戦速で前進せよ、と」

「各艦にも伝えます。敵艦隊と支援艦隊の間に割って入るぞ、と」

次々と、艦橋スタッフから声が上がる。

その反応に、リピティング大佐はニヤリと笑みを浮かべ、副官を見る。

その表情には、

それ見ろ。皆、分かっているじゃないか。

という感情が、ありありと浮かんでいた。

その表情を見て、副官はため息を吐く。

皆、付き合いが良すぎるんだよ。

できないことは、できないと言うべきなのに……。

だが、それでも副官自身、分かっていた。

ここが踏ん張りどころであるということを。

だからこそ、言い返す。

「分かりました。やりましょう」

その言葉を聞き、リピティング大佐は楽しげに笑った。

「それでこそ、俺の副官だ」

そう言って、バシバシと彼の肩を叩く。

それを受けながら、副官は思う。

本当に、熱すぎる人だ、と。



「別動隊、敵の先行部隊に食らいつきました」

その報告を受け、第三艦隊のリキラーゼ提督は小さく「よし」と呟き、軽く拳を握った。

そして、ふうっと息を吐き出す。

「よしっ。一気に畳みかけるぞ。敵を逃がすな」

その命令を受け、足を止めて砲撃を続けていた第三艦隊が、ゆっくりと前進を始める。

それは、敵へかける圧力であった。

じわじわと、確実に迫る圧力。

そして、その動きは、何とか保たれていた戦場の均衡を一気に崩すきっかけとなった。



「第二列より入電。『敵の別動隊に食いつかれたが、このまま作戦を続行する』。以上です」

その報告を聞き、パラマーゼ提督の表情はますます厳しいものとなった。

そして、敵が足を止めて撃ち合っていた理由に思い至る。

第三艦隊は、こちらの全戦力を支援艦隊へ向かわせないため、自らの艦隊を二つに分けたのだ。

一方の部隊で第三列を引きつけ、その間に別動隊を第二列へ追いつかせるための時間を稼いでいたのである。

くそっ。やられたっ。

これならば、艦隊を分けず、全艦で支援艦隊へ食らいついた方が、まだうまくいったかもしれない。

そうしていれば、こちらの被害も大きくなっただろう。

だが、それでも今以上に、敵支援艦隊へ損害を与えることができたはずだ。

しかし、時間は巻き戻せない。

パラマーゼ提督は天を仰いだ。

そして、強く願う。

何とか第二列が奮起し、敵支援艦隊へ可能な限り大きな損害を与えてほしいと。

もはや、こちらから打てる手はない。

そう。

今の彼にできるのは、願うことだけだった。

そして、意識を切り替える。

もう第二列に対して手を打てないのなら、今は目の前の戦いをどうにかすることが先決だ。

我々は生き残らねばならん。

たとえ、作戦が思いどおりにいかなかったとしても。

今できることを、やるしかない。

それは、ある種の開き直りに近かった。

しかし、そう思わなければ、何もできなくなりそうだった。

そして、この戦いの後にも、やるべきことがある。

私の部下たちとともに。

だからこそ、生き延びるのだ。

大切な部下たちとともに。

その時だった。

どこから飛んできたのかも分からない一発の砲弾。

俗に言う、流れ弾というやつだ。

誰かを狙ったわけでもない。

そこに殺意など存在しない。

だが、その砲弾は、教国本国艦隊旗艦の艦橋へ命中した。

どんっ。

激しい衝撃と爆発によって、艦橋が吹き飛ばされる。

その砲弾は、公平だった。

誰かを贔屓することもなければ、誰かだけを避けることもない。

ただ、その場にいた者たち全員へ、平等に死を与えたのである。

この一撃によって、教国本国艦隊司令部は壊滅的な被害を受けた。

そして、トラビス・パラマーゼ提督もまた、その一撃によって命を落としたのである。



読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。


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