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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十四章 合衆国 対 教国

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スペラーリーゼ諸島海戦 その5

「それで、敵の動きはどうなっている?」

アンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭の問いに、報告の書かれたボードを見た副官は言い澱んだ。

その様子を見て、リングルトス軍属大司祭は事態が思惑どおりに進まなかったと判断したのだろう。

「そうか。ならば……」

そう言いかける。

それで、慌てて副官が口を開いた。

「い、いえ。余りにも予想外の事でしたので……」

最初にそう断ってから、言葉を続ける。

「敵の両艦隊は、それぞれ砲撃を開始しました。現在も砲撃戦の真っ最中だそうです」

その報告に、リングルトス軍属大司祭は一瞬、表情を固めた。

「あ……」

そして、少し間が空く。

それは、告げられた言葉を理解する為の時間だった。

やがて、リングルトス軍属大司祭は口を開く。

「つまり、同士討ちを始めたと?」

「はい。そのようです」

「偽装とかでは……」

「ないようです。双方に被害が出ている様子ですので」

そして、しばしの沈黙が辺りを包む。

やっと、リングルトス軍属大司祭は口を開いた。

「あ……そう。そうなんだ」

そして呟く。

「ここまでうまくいくとはな……」

彼としては、二つの敵艦隊が合流する際に多少混乱してくれれば、それでよい程度に考えていた。

そして、その隙を突き、包囲を解いた艦隊で後方から攻撃する。

さらに混乱を引き起こし、時間を稼ぐ。

その程度のつもりだったのである。

だが、こちらから手を出すまでもなく、混乱以上の事態が引き起こされていた。

それは、彼の予想を遥かに超えるものであった。

「それで、どういたしましょうか?」

副官が聞いてくる。

当初の予定では、包囲を解いた戦力で後方から攻撃を仕掛け、さらなる混乱を引き起こす手はずであった。

そして、たとえ混乱が起こらなくても、後方から攻撃を仕掛けるつもりでいた。

だが、現状は想定外と言える有様である。

思わず副官が尋ねるのも仕方なかった。

「そうだな……」

そう言った後、リングルトス軍属大司祭は少し考え、そしてニヤリと笑った。

「攻撃はまだするな。敵の痴話喧嘩を楽しめと伝えろ」

「よろしいのですか?」

「ああ。こういった痴話喧嘩はな、落ち着きかけた時に介入しなければ、こっちも手酷い目に遭うからな」

その言葉に、副官が苦笑する。

「それは経験からでしょうか?」

その問いに、リングルトス軍属大司祭は笑った。

「ああ。妹夫婦のことで経験済みだ」

その会話に、副官だけでなく、艦橋スタッフからも思わず笑いが漏れる。

「では……」

「ああ。沈静化しそうになったら、後方から派手に引っ掻き回してやれと伝えろ」

「了解しました」

そう言いつつ副官は笑う。

恐らく、命令を受けた側の反応を想像したのだろう。

そんな周囲の様子を見て、リングルトス軍属大司祭も笑ったが、すぐに表情を引き締めた。

「各艦、反転して攻撃準備態勢のまま停止。別動隊が後方から攻撃を開始するのに合わせ、我々も前進して攻撃を仕掛ける。各艦、点検と補給を万全にしておけ」

そして、続けて副官に命じる。

「恐らく、待つ時間はそう長くはないと思うが、兵たちに簡易食を取らせ、ひと休みさせておいてくれ」

「了解しました」

こうして、教団防衛艦隊は動きを止める。

それは、次の敵の動きに合わせて素早く行動する為の準備であった。



第七艦隊の砲撃から始まった同士討ちは、互いを敵と認識したまま足を止め、単横陣で撃ち合う展開となっていた。

距離が近い事もあり、双方の被害は徐々に蓄積していく。

「くっ。連中め、ここまでの戦力を後方に回していたとはな」

第一艦隊司令であるデモン・チャンスボート提督は、そう呟く。

その額には汗が滲み出ていた。

現状は互角といったところだが、敵の勢いが強い。

このままでは、いずれ押し返されるだろう。

くっ、仕方ない。

「第七艦隊に無線だ。『こちらは敵艦隊と砲撃戦中だ。後方からの支援ぐらいしろ。敵に封鎖されて寝ているのか、この馬鹿野郎』とな」

その命令に、副官が驚いた顔で聞き返す。

「そのままで?」

その反応に、チャンスボート提督は何を当たり前のことを聞いているといった表情で言い返す。

「当たり前だ。一字一句変えるなよ」

つまり、それだけ全く動こうとしない第七艦隊に対し、怒り心頭なのだ。

作戦が終わったら、トラフックの野郎め。絶対職務怠慢で締め上げてやるからな。

チャンスボート提督は内心そう決意する。

だが、反対に副官は困った表情を浮かべていた。

そのまま伝えれば、間違いなくトラブルになる。

しかし、命令には逆らえない。

仕方がない。

副官は自分にそう言い聞かせると、ため息歩吐き出して、その内容をそのまま送信するよう通信手に命じたのであった。



すぐに届いた第一艦隊からの無線に、第七艦隊司令のパラマハンゼ・トラフック提督は、海図の載ったテーブルを何度も叩きながら怒声を上げた。

「何を言ってやがる、チャンスボートの野郎はっ。寝ぼけているのか。こっちも戦闘中だっ。砲火が見えないのか、この馬鹿野郎――って言い返せ」

その言葉に、副官が慌てて口を挟む。

「それは、あんまりでは……」

まさに、売り言葉に買い言葉だと感じたからである。

だが、そんな事など気にも留めず、トラフック提督は言う。

「さっさと送れっ。こっちは敵との戦闘に忙しいんだ」

その剣幕に押され、副官は言われた内容をそのまま第一艦隊へ送るよう、通信手に命じた。

どうなっても知らんぞ――と、内心で呟きながら。



「返信が来ました」

その言葉に、チャンスボート提督は聞き返す。

「何て言い訳してきやがった?」

その問いに、副官は眉をひそめ、一瞬躊躇した後、口を開いた。

「『寝ぼけているのか。こっちも戦闘中だっ。砲火が見えないのか、この馬鹿野郎』と……」

チャンスボート提督の額に血管が浮かび上がり、眉尻がつり上がる。

「あの野郎っ。自分たちの無能さを棚に上げてぇぇぇぇっ」

まるで地の底から響くような、恨み節に満ちた声が艦橋内に響き渡る。

砲撃戦の最中である為、その声はそうそう聞き取れるはずもない。

それにもかかわらず、艦橋内にいたスタッフたちの背筋には寒気が走った。

恐らく、言葉まではよく聞こえなくても、チャンスボート提督の表情を見れば察することができたのだろう。

中には、戦闘以上に肝が冷えると感じた者さえいたほどである。

だが、その横で副官は少し考え込んでいた。

彼は以前から、司令官が熱くなった時こそ、副官は反対に冷静になれと散々言い聞かされてきた。

だから、何度も深呼吸を繰り返し、冷静であろうと努める。

そして、改めて現状を整理し直した。

第七艦隊は、実際には動いており、現在も砲撃戦を行っているという。

だが、他の場所にそれらしい砲火は見えない。

特に、第七艦隊が封鎖から脱出し、こちらへ向かっているのならば、敵と戦闘になった際、その砲火は第一艦隊の前方に見えなければならないはずだ。

それなのに、それらしい砲火はどこにも見えない……。

その時、すうっと副官の頬を冷たい汗が流れた。

まさか……。

そんな馬鹿な……。

あってはならない可能性が、頭に浮かんだのだ。

だが、もしそうだとすれば、すべての辻褄が合う。

その思考に行きつき、副官は慌ててチャンスボート提督に進言した。

「て、提督っ。すぐに砲撃を中止してくださいっ」

その言葉に、チャンスボート提督の顔には、何を言っているのだ、こいつは――という露骨な感情が浮かんだ。

だが、それにも構わず、副官は言葉を続ける。

「もしかしたら、今戦っている相手は、敵ではなく第七艦隊なのではないでしょうか」

副官の言葉に、チャンスボート提督は一瞬、「そんな馬鹿な事があるはずが……」と言いかけて、口を閉じた。

改めて考えてみれば、今の現状なら十分にあり得る話だと気がついたのである。

「くっ。第七艦隊に無線。現在位置を確認しろ。それと、各艦に連絡。砲撃を一旦中止だ。一旦中止しろ。急げっ」

その命令を受け、第一艦隊の砲撃は徐々に収まっていく。

しかし、それでも第七艦隊からの砲撃は止まらなかった。

「くっ、あの野郎っ。第七艦隊からの返信はまだかっ」

チャンスボート提督が苛立たしげに尋ねる。

「まだです」

「糞ったれ。返信があるまで何度でも呼びかけを続けろ。『第七艦隊の現在位置はどこか』とな」

「了解しました」

こうして第一艦隊は何度も返答を求めたが、一向に返信はなかった。

トラフックの野郎め。この件は徹底的に追及してやるからな。

チャンスボート提督は、そう考えることで、どうにか怒りを抑え込もうとしていた。



「第一艦隊から無線。こちらの現在位置を知らせるよう求めています」

通信手から何度も繰り返される同じ報告に、トラフック提督は吐き捨てるように言う。

「またかっ。無視しろっ。こっちは敵の殲滅に忙しいんだ。敵の砲火が弱まっている。ここで一気に押し潰すぞ」

だが、その言葉に副官が慌てて口を挟む。

「しかし、ここまで何度も聞いてくるのには、何か理由があるのでは?」

そう言われ、トラフック提督は一瞬考える。

確かにそうだ。

ならば、現在位置だけでも知らせておいてよいかもしれん。

この闇夜の中だ。

何が起こるか分からないからな。

互いの位置が分かっていれば、接近した際の同士討ちも防げるだろう。

そう判断したトラフック提督は、第一艦隊に第七艦隊の現在位置を知らせることにした。

勿論、砲撃は続けたままだ。

今の彼は、この戦いの結果によって今後の自分の立場が決まると思い込んでおり、何としても戦果を挙げなければならないと躍起になっていたためである。

なぜか敵の砲撃は収まり、こちらが一方的に押す状況へと変わっていたが、それさえも彼は好機としか捉えなかった。

ここで一気に、戦いの流れをこちらへ引き寄せられる。

その絶好の好機だと。

だが、その思惑は、返ってきた第一艦隊からの無線によって粉砕される。


「味方だ。撃つな」


短く、そう返ってきた無線。

一瞬の間があった。

まるで、時間が止まったかのような間だった。

だが、凍りついたのはトラフック提督だけではない。

通信手の言葉を耳にした、艦橋にいた者たち全員であった。

「ど、どういうことだ?」

「い、今、我々が戦っている相手は第一艦隊です」

さらに深い沈黙が辺りを包み込んでいく。

勿論、艦外では砲撃の音が響いていた。

それにもかかわらず、艦橋内はまるで無音の世界に取り残されたかのような静けさだった。

そんな中、我に返った副官が慌てて叫ぶ。

「各艦に砲撃中止命令をっ」

そう言われ、トラフック提督もハッとした表情を浮かべて叫んだ。

「各艦、砲撃中止っ。急げっ」

その命令を受け、第七艦隊の砲撃は徐々に収まっていく。

そして艦橋内は、封鎖された時と同じようなお通夜のような静けさと絶望感――いや、それ以上に重苦しい空気に支配されていった。

そんな中、トラフック提督は茫然とした表情を浮かべていた。

その顔からは感情が消え、血の気が引き、まるで蝋人形のようであった。

「そんな……馬鹿な……」

ぼそりと、言葉が漏れる。

信じたくないという本音が、思わず漏れ出たのだろう。

その瞳からは、先ほどまでぎらついていた出世欲が消え失せ、意志の光さえも消えかかっていた。

生きる屍と言ってもおかしくない。

そんな有様の彼の口から、再び言葉が漏れる。

「そんな馬鹿な……。私は……私は……」

その先の言葉は続かなかった。

海軍司令長官となり、やがては大統領にまで上り詰める。

彼が思い描いていた未来が、音を立てて崩れ去ってしまったからだ。

「ははははは……」

乾いた低い笑いが漏れた。

それは、何の感情も込められていない空虚な笑いであり、トラフック提督の今の心境をそのまま表していた。

そしてトラフック提督は、その場に膝から崩れ落ち、頭を抱えてうずくまったのであった。



読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

それでよければ、感想、いいね等の反応をよろしくお願いいたします。

また、まだブックマーク、レビューをされていない方は、そちらもよろしくお願いいたします。


しかし、900話超えたか……。

思えばここまで続くは思わなかったなぁ。

完結まで頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。

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