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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十四章 合衆国 対 教国

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スペラーリーゼ諸島海戦 その3

手を替え品を替えて試みた三度目の突破も失敗し、第七艦隊旗艦であり、司令パラマハンゼ・トラフック提督が座乗する重戦艦トラビスタワーの艦橋内は、まるでお通夜のような状態であった。

装甲重視で駄目なら、今度は機動力を重視し、高速装甲巡洋艦による突破を狙ってみたものの、まるで手も足も出なかったためである。

その間も後方から圧力をかけられ、左右からは遠距離砲撃が続いている。

それらは、一気に押し寄せてくるようなものではない。

だが、人の神経を逆撫でし、苛立たせ、冷静な思考を奪っていくには十分すぎるものであった。

怒りと不安、そして自分の野望が瓦礫と化していく絶望から、当初こそ周囲に当たり散らかしていたトラフック提督だったが、今は何も言わず、ただ海図を見つめているだけだ。

彼にしてみれば、これほど大きな汚点を残すのは初めてであり、今後に大きく響くのは間違いなかった。

そして、それは彼の心を折るのに十分だった。

だが、心を折られたとしても、現状を打破しなくてはならない。

何とかしなくては……。

その思いだけが、辛うじて彼を動かしていた。

そんな中である。

『コチラ第一艦隊。間モナク海域ニ入ル。コレヨリ第七艦隊ヲ支援スル』

そんな無線が届いたのだ。

艦橋内には、ほっとした空気が広がった。

これで助かる。

そんな思いが、彼らの不安と恐怖を吹き飛ばしたといったところだろう。

だが、その中で苦々しい表情を浮かべている者が二人いた。

トラフック提督とその副官である。

秘密結社と繋がりのある二人にとって、今回の救援は恩着せがましいものに感じられた。

それに加え、なぜもっと早く救援に来なかったのかという不満が、真っ先に湧き上がっていた。

まるで、こちらの心を折る為に、わざと焦らしていたかのように感じられたのである。

そして、トラフック提督はますます苦々しい表情になる。

救援が到着する前に、何としても自力でここを突破しなくてはならない。

その思いが強まった瞬間、今まで考えないようにしていた事が一気に噴き出したのだ。

今回の結社による作戦の失敗と、自らの失態。

その上、その後始末を他派閥の人間にしてもらうなど、彼には到底許せなかったのである。

「ちっ……」

舌打ちの音が口から洩れる。

それは安堵に満ちた声に紛れ、誰の耳にも届かなかったが、彼の不満を強く表したものだった。

だが、それでも今は現状を打破する為、何とかしなくてはならない。

そう考えるしかなかったのである。



「後方警戒に当たっている装甲巡洋艦パラマサーガより入電。『敵艦隊発見。規模は一個艦隊程度』との事です」

副官の報告を受け、教団防衛艦隊の指揮官であるアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭は表情を引き締める。

やはりいたか……。

彼は、閉じ込めた敵艦隊の数が思っていた以上に少ない事に気が付き、あらかじめ後方警戒に艦を回していたのである。

本来なら、二個艦隊以上を閉じ込める予定であった。

だが、そうはならなかった事に、彼は苦笑するしかなかった。

「予定通りにはいかんのが、戦いにつきものという事か……」

そう言って、ため息を吐く。

教団防衛艦隊の規模は、敵の一個艦隊よりも大きいが、二個艦隊には及ばない。

ましてや、後方から圧力をかける部隊と、左右から牽制する部隊、さらに閉じ込めた第七艦隊の突破に備えて封鎖線に残す部隊を差し引けば、第一艦隊の迎撃に回せるのは半個艦隊にも満たないだろう。

だが、それでもやらねばならない。

ここで敵艦隊を引きつければ引きつけるほど、教国本国艦隊の支援となるのだ。

「よし。封鎖には二重の砲撃陣を残す。残りの艦艇は、後方から迫る敵艦隊の迎撃に向かうぞ」

リングルトス軍属大司祭は、そう命令する。

その命令を受け、諸島の出口に陣取っていた艦隊は二つに分かれた。

そのまま封鎖を継続する戦力と、第一艦隊の迎撃へ向かう戦力とに。

本来なら、戦力は集中して運用すべきものである。

そうしなければ勝つ事は難しくなり、各個撃破されてしまう恐れも高い。

だが、この戦いの目的は、敵艦隊を撃破する事ではない。

敵の戦力を、いかに長くこちらへ引きつけるか。

それが重要なのであった。



「先行していた装甲巡洋艦レーニンより入電。『敵艦隊動ク』」

その報告を聞き、第一艦隊指揮官であるデモン・チャンスボート提督はニヤリと笑みを浮かべた。

こちらの接近を察知した時点で、敵は素早く対応に動いている。

それは、事前に後方への警戒を行っており、こちらの動きを察知すると同時に、即座に判断を下したという事だ。

その警戒心と判断力は、かなりのものだ。

だからこそ、チャンスボート提督は中々手ごわそうだと感じていた。

そして、その事実が、彼の軍人としての本能を刺激していた。

「これは中々手ごわそうだ。気を引き締めてかかれ」

チャンスボート提督の言葉に、副官は頷く。

第七艦隊は対立派閥に属しているとはいえ、その第七艦隊をここまでがっしりと罠にかけ、手玉に取るように翻弄した相手だ。

一筋縄ではいかないだろう。

副官も、同じように感じていたのである。

「それで、どのように対応いたしますか?」

「艦隊を三列縦陣へ変えよ。各列の先頭は重戦艦と戦艦が務め、その後に他の艦艇を順次続かせろ」

「了解しました」

その命令を受け、第一艦隊は前進を続けながら隊形を変えていく。

移動しながらの隊形変更。

だが、その動きに迷いはない。

それは、この艦隊の練度がかなり高いという証であった。

一糸乱れぬ動きで、まるで事前に打ち合わせていたかのように陣形が変化していく。

その姿は、整然と隊列を組んで空を渡る鳥の群れのようであった。

それに対し、リングルトス軍属大司祭は、二つの梯形陣を左右に並べた陣形で対応する。

梯形陣とは、先頭艦から後続艦が斜め後方へ続いていく陣形である。

左側の艦が先行しているものを左先梯形陣、右側の艦が先行しているものを右先梯形陣と呼ぶ。

教団防衛艦隊は、それぞれの先頭に戦艦、重戦艦を配置し、右側の部隊が右先梯形陣、左側の部隊が左先梯形陣をとった。

その結果、艦隊中央が後方へへこみ、左右の先端が前へ張り出した、三日月のような陣形を形成したのである。

これは、敵の進路を左右から包み込むように砲撃する際には有効な陣形であった。

だが、本来なら数で劣る側が選ぶような陣形ではない。

それでも、リングルトス軍属大司祭はその陣形を選んだ。

やがて、両艦隊は互いを目視できる距離まで接近する。

すでに重戦艦、戦艦の射程距離だが、お互いに砲撃は始めない。

まるで相手の出方を伺う様なにらみ合う状態だ。

そして、相手の陣形を見た二人の指揮官は、互いの狙いを読み取ろうと警戒を強めた。

「こちらの両翼の外側を取り、反航戦に持ち込む事で、被害を抑えながら時間を稼ぐつもりだな」

チャンスボート提督は、教団防衛艦隊の布陣をそう読んだのである。

一方、リングルトス軍属大司祭も、第一艦隊の三列縦陣を見て呟くように言う。

「左右の列でこちらを牽制し、その間に中央列を押し込んで封鎖線を突き破るつもりか」

第一艦隊は、敵艦隊の撃破よりも第七艦隊の救出を優先している。

リングルトス軍属大司祭はそう判断したのである。

「ならば……」

そう呟くと、出口に残している二重の封鎖陣へ新たな命令を伝える。

その命令を聞いた副官が、驚いた表情を浮かべた。

「それでは、せっかく閉じ込めた敵艦隊の脱出を許す恐れが……」

「構わん。我々の役割は、敵艦隊をここに縛り付ける事だ。全滅させる事ではない。それに、味方の被害は少ない方がいいだろう? うまくいけば……」

悪戯っ子のような物言いをする上官に、副官は呆れ、そして苦笑した。

「分かりました。では、すぐにそのように指示を出します」



「第一艦隊と敵艦隊が対峙したとの事です。それに呼応するように、出口に残っていた敵艦隊の戦力も移動を開始しました」

その報告を聞き、トラフック提督は眉を顰める。

なぜ、今頃になって包囲していた戦力を移動させる?

このまま包囲しておけば、こちらの戦力を釘付けに出来、第一艦隊との挟み撃ちも防げるではないか。

トラフック提督は、そう考えたのである。

副官も同じように考えたのだろう。

「おかしな動きですね」

そう口にする。

「その通りだ。罠か?」

「その可能性はありますね」

そう言葉を交わした後、二人は黙り込む。

だが、罠の可能性があるからといって、第一艦隊と敵艦隊の戦いが終わるまで、このまま待っているわけにもいかない。

ただでさえ失点続きで、今や味方に救援されているのだ。

このまま何もしなければ、ますます立場は悪くなるだろう。

やがて、トラフック提督は口を開く。

「要は、最後に勝てばよいのだ」

それは、自分に言い聞かせるかのような言葉だった。

それを聞き、副官も頷く。

彼とて、今回の失点の責任がトラフック提督だけでは済まない事は分かっている。

ここで少しでも得点を稼ぎ、失点を取り戻さなければならないのだ。

二人は互いに頷き合う。

そして、トラフック提督は命令を下した。

「装甲巡洋艦を先行させよ。敵艦隊が本当に包囲を解いたのか、確認させるのだ」

「了解しました」

その命令を受け、数隻の装甲巡洋艦が出口へ向かう。

状況を確認するために。

そして、先行した装甲巡洋艦は、あっけなく出口を突破してしまった。

先ほどまで通り抜ける事が困難で、幾隻もの被害を出していた場所を、あっけないほど簡単に。

その報告を聞き、トラフック提督はほっとした表情を浮かべる。

「ふーっ……」

安堵の息が口から漏れる。

「もしかしたら、思った以上に第一艦隊の規模が大きかったため、包囲に使っていた戦力を呼び戻したのかもしれませんね」

副官がそう言う。

確かに一理ある。

引き戻した戦力を第一艦隊の側面や後方へ回し、一気に片を付けるつもりなのかもしれない。

包囲を解いたところで、我々は大人しくしていると思われたのか。

確かに、あれほど一方的に叩かれれば、罠ではないかと警戒し、その場から動かずに様子を見る者は多いだろう。

それを見越しての移動だったのかもしれない。

要するに、我々を封じ続けるよりも、第一艦隊を撃破する事の方が重要だと判断したという事か……。

その考えに至り、トラフック提督は苛立ちにも似た怒りが心の中に生まれるのを感じていた。

我々は見下されたという事か。

あのチャンスボートの野郎以下だと……。

それは、彼にとって屈辱であり、侮辱であった。

「よし。艦隊を移動させろ。出口を抜け、後方から敵艦隊を叩く」

その命令に、副官が慌てる。

「しかし、まだ罠ではないと判明したわけでは……」

「先ほど、包囲に使っていた戦力を呼び戻したのではないかと言ったではないか」

「確かに……」

「それに、ここで我々が打って出れば、汚名返上の機会となる」

その言葉に、副官も同意するしかなかった。

彼とて、このまま何の戦果も挙げられなければ不味いという気持ちは強くあったからだ。

「了解しました。すぐに命令を伝えます」

こうして、第七艦隊は二列縦陣を組み、出口へ向かって動き始める。

そして、その姿を見送るかのように、太陽が西の空へ沈んでいく。

長く続いた戦いは、間もなく夜戦へと移ろうとしていた。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたでしょうか?

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長く書き続けていると、段々と自分の感覚だけでは、面白く書けているのか分からなくなることがあります。

皆様からいただく感想は、今後の展開や執筆を考える上で、とても大切な参考になります。

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