スペラーリーゼ諸島海戦 その2
スペラーリーゼ諸島の出口に当たる海域は、島と島の間が一旦狭くなっている。
そして、その狭窄部の外側には、教団防衛艦隊の主力艦が出口を取り囲むようにずらりと腹を見せ、幾重にも陣を敷いて第七艦隊を待ち構えていた。
「来ました」
副官の短い言葉に、教団防衛艦隊の指揮官であるアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭は頷くと、口を開く。
その表情に浮かぶのは強い決意だ。
ここで敵を引きつければ引きつけるほど、教国本国艦隊がやり易くなる。
だからこそ、より多くの敵戦力をここに釘付けにしなければならない。
「よしっ。各艦に伝えよ。砲撃開始。出てくるやつを狙い撃て。ここから一歩も通すな」
その命令を受け、教団防衛艦隊の主砲が火を噴く。
待ちに待った出番が来たのだ。
誰もが祖国を守る為、やる気に満ち満ちている。
そして、それを表すかのように、まさに雨あられといった感じで砲弾が第七艦隊の先鋒を襲う。
第七艦隊の先鋒として先に進んでいたのは、足が速い装甲巡洋艦だ。
先行していた装甲巡洋艦に砲弾が次々と命中し、あっけないほど簡単に轟沈していく。
そして、先行艦が撃沈されると、後方から別の艦艇が空いた場所に入り込み、続けて砲撃を喰らう。
まるでもぐらたたきだ。
諸島の出口から出れば袋叩き。
勿論、第七艦隊も反撃しているものの、不利である。
いや、この場合は、『圧倒的に』とつけるべきだろう。
戦いは、まさに一方的なものになっていた。
「敵が出口で待ち伏せしており、味方に損害が出ております」
その報告に、第七艦隊司令パラマハンゼ・トラフック提督は舌打ちをした。
最初こそ混乱していたものの、今や彼は現状を理解していた。
くそっ。やはりかっ。
自分が敵なら、間違いなく狭くなった島と島の間から出てきたところを狙うだろう。
そう予想していたのである。
だが、それでも、もしかしたらと思い先行させたのだが、予想通りの結果となってしまっていた。
ならば、次なる手としては、左右の島々の間、あるいは後方を突破するという方法だ。
艦隊全体を反転させるには、ここは狭すぎる。
だが、一部だけならいけるだろう。
それに、敵は主力を正面に置いており、左右および後方の艦艇数はそう多くないはずだ。
そう判断し、トラフック提督は左右や後方に近い位置にいた艦艇数隻を反転させ、それぞれの方向へ向かわせる。
そして、艦隊を停止させ、様子をうかがう。
出口への砲撃が止む。
出て行こうとする艦艇が止まったからである。
「敵め、姑息にも穴を探し始めたか」
リングルトス軍属大司祭の言葉に、副官がニヤリと笑みを漏らして言う。
「そのようですな。ですが、指示通り準備は整っております」
「そうか。では、我々は敵が戻ってくるまで、ここで待たせてもらうか」
「それがよいかと。それと、今のうちに少し兵を休ませてはどうでしょう?」
その提案に、リングルトス軍属大司祭は頷く。
「警戒しつつ、交代で兵を休ませるよう指示を出せ」
「了解しました」
それを満足そうに聞き、リングルトス軍属大司祭は目を細め、艦橋の窓から遠くを見るような素振りを見せる。
こっちは今の所うまくやっている。
やつはうまくやっているだろうか。
もっとも、やってもらわねばどうしようもないが……。
そんな事を思いつつ、内心で苦笑する。
今いる場所で、自分に出来る事をしっかりやるしかないのだと、再確認していた。
「駄目です。突破は難しい状況です」
その報告に、トラフック提督は眉を吊り上げる。
「どういう事だ?!」
「後方にはかなりの敵艦艇が展開していますが、左右はそうでもありません。しかし、どうやら敵は左右の島の間に機雷をばら撒いているようです。そして、その向こう側から砲撃しています。実際、通り抜けようとしていた装甲巡洋艦が機雷に接触し、轟沈しました」
トラフック提督は舌打ちする。
砲撃戦が主流のこの世界では、水面下の防御構造はそれほど発達していない。
その上、水中では衝撃波が空気中より効率的に伝わる。
また、爆発時に発生する高温・高圧ガスによる気泡の膨張・収縮によって、艦艇を上下に曲げる力が加わり、船体に激しいダメージを与える。
さらに、爆発による急激な水圧の変化が船体を激しく揺さぶる。
このため機雷は、船体に接触して爆発した場合だけでなく、船底下で爆発した場合にも大きな損害を与えるのだ。
その為、重戦艦であったとしても、機雷に接触すれば致命傷となるほどの損害を受けかねない。
つまり、左右から抜けようとすれば、機雷による被害がとんでもない事になるという事だ。
だが、裏を返せば、敵の砲火が正面より薄い分、最も突破の可能性が高いともいえる。
しかし、問題は、その機雷の数である。
急場しのぎで、大した数を散布していなければいいのだが、その数が多ければ、戦う前に機雷で全滅という事になりかねない。
ましてや、ここまで周到な作戦を計画している連中だ。
準備は万全であると思った方がいいだろう。
残された選択肢は、このまま正面を突き進むか、あるいは転進して後方の敵を叩くかという二者択一となる。
だが、艦隊全体を転進させるには、ここは狭すぎた。
転進している間に敵が攻撃を仕掛けてきたら混乱し、反撃どころではなくなってしまう恐れさえある。
第七艦隊は、完全に追い詰められてしまっていた。
くそっ。
トラフック提督は海図ののったテーブルを強く叩きつける。
どんっ。
その音が静まり返っている艦橋に響く。
そんな中、遂に支援艦隊からの無線が届く。
『我、敵艦隊ト遭遇。一時戦線ヲ離脱スル』
その報が、ますますトラフック提督を焦らせた。
支援艦隊が全滅してしまえば、この状況を打破したとしても、この作戦は失敗する。
ほんの数時間前まで、この戦いは約束された勝利で終わる予定であった。
華々しい軍功を上げ、自らの将来の事さえ考えていた。
だが、今やその予定は崩れ去った。
まるで移り気な勝利の女神が、愛想をつかしてしまったかのように。
そんな事があるはずがない。
俺は、俺は、将来、軍の最高司令官を務め、大統領になる男だ。
妄想が、野望が、トラフック提督の判断を狂わせていく。
人は、余りにも大きな野望を抱いた時、多くの場合は挫折し、諦めてしまう。
自分には相応しくない夢だったと。
そして、身の丈にあったものを選んでいく。
だが、トラフック提督は違っていた。
今まで、あまりにもうまくやりすぎていた。
あまりにも効率よく、物事を進めすぎていたのだ。
だからこそ、野望という夢を諦めきれずにいた。
だが、その妄想と野望を、報告が突き破る。
現実という圧力で。
しかも、現実は彼が立ち直るのを待ってはくれない。
「後方に展開する敵艦隊が攻撃を開始し、じわじわと圧力を強めています。このままでは……」
くそったれ。
目を見開き、顔を引きつらせて、トラフック提督は叫ぶように命令を下す。
「重戦艦、戦艦を先頭に出せ。艦隊前進。敵の罠を食い破るぞ」
そして、通信手に命じる。
「第一、第三艦隊に打電。『敵ノ罠ニハマル。救援請ウ』とな」
それは、トラフック提督にとって屈辱的な言葉だった。
他者は利用するものであり、頼るものではない。
相手に頼るという事は、自分の生殺与奪の権を相手に委ねる事に他ならない。
そう思っていたからだ。
しかし、今や他者の援助がなければ、この状況を打破できない。
その現実に、トラフック提督は打ちのめされていたのである。
「敵艦隊、動き出しました」
敵の前進が止まってから一時間後に届いたその報告を聞き、リングルトス軍属大司祭は楽しげに聞き返す。
敵がどう動くか、すでに分かっているかのような様子だ。
だが、確認しなくてはならない。
まるで、お約束の答えを待っているかのように。
「ほう。どう動いた?」
副官は苦笑した。
分かっているでしょうに。
そんな事を言いたげな表情で。
「どうやら、左右に一部の艦艇を派遣したようです」
「ふむふむ。それで、どうした?」
ますます副官の苦笑が強くなる。
「機雷によって二隻が轟沈。すごすごと引き下がったようです」
「そうかそうか」
リングルトス軍属大司祭は満足そうな表情を浮かべる。
そして、続けて命じた。
「後方の艦隊に打電。『じわじわと圧力をかけろ。弱火でコトコト煮込むようにな』」
その表現に、副官は我慢できずに笑った。
副官だけでなく、艦橋内にも笑い声が広がる。
「つまり、じっくり芯まで火を通せと?」
「ああ。生焼けは、下手をしたら食あたりするからな。しっかり火を通すのは大切だぞ」
そう言われ、副官は笑いながら、「了解しました」と返事をする。
自分の上官の趣味が料理である事を思い出したからだ。
何せ、旗艦の厨房に入り込んで、自ら料理をしてしまう人なのである。
だから、例えが料理じみたものになってしまっても仕方がない。
くすくすという笑い声が、しばらく艦橋内に続く。
リングルトス軍属大司祭も笑っていた。
場を和ませるために、あえて言ったという事だ。
だが、すぐに表情を引き締める。
「それで、休憩の方は?」
「二交代で、二十分程度休憩させました。いつでも対応できるようにしています」
「そうか。ならば、そろそろ敵がこっちに噛みついてくるぞ。それも、硬くて長い牙を持った奴がな。各自、注意してかかれ」
その言葉に、副官だけでなく、艦橋の至る所から了解の声が上がる。
こうして、教団防衛艦隊の主力は、敵の反撃を迎え撃つべく、虎視眈々と待ち構えていた。
最初の突破を試みてから二時間後。
左右および後方からの突破は難しいと判断した第七艦隊は、最新鋭にして最も装甲が厚いとされている重戦艦パララット級を先頭に、重戦艦と戦艦で構成された二列縦陣で再度の突破を試みる。
まさに、装甲と火力で作られた槍によって、敵の壁を突き崩そうとする動きである。
だが、その先端を担う重戦艦が壁を突き崩す前に被弾し、炎上し始める。
機関がやられたのか、片方の列の先頭艦は次第に動きが鈍くなっていく。
その為、鋭いはずの槍の穂先が鈍り、突きのような動きも乱れ、後続の艦艇まで速力を落とすしかなくなる。
その結果、速力を落とした後続艦にも敵の集中砲火が浴びせられる。
つまり、教団防衛艦隊は先頭艦を抑え込み、速力が落ちて詰まった後続艦を潰しにかかっているのである。
その攻撃に容赦はない。
砲撃が集中し、その圧倒的な火力の前では、重装甲を誇る最新鋭艦であってもどうしようもなかったのである。
「くそっ。駄目だったか」
苛立った声でそう言うと、トラフック提督は靴底で床をガンガンと何度も踏み鳴らした。
その様子から、完全に冷静さを失っている事は明らかだった。
「提督、落ち着いてください」
副官が見かねて声をかける。
だが、その声さえも、トラフック提督の焦りと不安を増幅させるだけであった。
「では、どうすればいいのだ?」
まるで言いがかりをつけるかのように問い返され、副官は黙り込む。
確かに、現状では打つ手があまりにも少ない。
だが、このまま損害ばかりが増えていくのは駄目だ。
そう判断した副官は口を開く。
「ここは一旦、引きましょう。前が詰まったままでは、身動きが取れません」
その言葉に、トラフック提督は頷くしかなかった。
そして、艦隊に後退を命じる。
「くそったれ。味方は何をしてやがるんだっ」
トラフック提督は吐き捨てるように呟いた。
未だに、第一、第三艦隊からの返信はない。
第一、第三艦隊はどうしたというのだ?
まさか、無線を無視して、そのまま目標へ向かったというのか?
その考えが頭をよぎった瞬間、トラフック提督は、そうに違いないと思い込んだ。
何せ、それは自分がやろうとしていた事だからだ。
自分がするのだから、相手もする。
人は、他者も自分と同じように考え、同じように行動するものだと思い込みがちである。
そして、自分に都合の悪い状況に陥れば、たとえ自らが加害者であったとしても、被害者の立場に逃げ込みたがる。
なんて奴らだ。
味方を見捨てて、手柄を横取りするとは。
卑怯なやつらめ。
今回の戦いが終わったら、必ず断罪してやる。
そう、トラフック提督は決心する。
だが、その考えは余りにも身勝手だった。
何せ、自分こそ最初は第一、第三艦隊を出し抜き、手柄を独占するつもりでいたのだから。
つまり、今や立場は完全に逆転していたのである。
何度も届く第七艦隊からの救援要請の無線に、第一艦隊司令デモン・チャンスボート提督は苦笑を浮かべるしかなかった。
あの鼻持ちならなかった男が悲鳴を上げている様子が、脳裏に浮かんだからだ。
それは、副官も同じなのだろう。
先ほどから必死に唇を噛み、緩みそうになる顔を引き締めようとしている。
感情を隠せん奴だな。
そんな事を思いつつ、チャンスボート提督は口を開く。
「なかなか愉快な状況のようだが、司令官が嫌いだからといって、艦隊ごと見捨てるという選択は出来んな」
「確かに、その通りですな。上は腐っていても、下は違いますから」
副官がそう言う。
その言葉に、チャンスボート提督は頷くと、命令を下した。
「これより第一艦隊は、第七艦隊の救援に向かう。敵は恐らく、教団防衛艦隊だ。その戦力は、我々一個艦隊以上と聞く。後方から攻撃を仕掛けるとはいえ、油断するな。気を引き締めてかかれよ」
その命令を受け、第一艦隊はスペラーリーゼ諸島の出口へ針路を取る。
つまり、第七艦隊とともに、教団防衛艦隊を前後から挟み撃ちにするつもりであった。
支援艦隊の方には、第三艦隊が間に合ったと聞く。
これで一気にひっくり返すぞ。
チャンスボート提督はそう決意し、改めて気を引き締めるのであった。
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