もう一つの戦い その4
見張り員からの報告が入る。
「敵艦隊、捕捉」
その報を聞いた瞬間、厳しい表情で前方を見つめていた第三艦隊司令、コルト・リキラーゼ提督の顔つきが一気に変わる。
「よしっ。捕まえたぞ。先行していた高速装甲巡洋艦群に連絡だ。『離脱し、態勢を整えよ。よくやった』とな」
そう命令を発した後、今まで溜まっていたものを吐き出すかのような勢いで、続けて命令を下す。
「各艦に伝えよ。砲撃を加え、味方の離脱を援護しつつ隊列を整える。敵艦隊をここで突破し、支援艦隊を守るぞ」
その命令を受け、艦橋内は待っていましたとばかりに沸く。
焦燥感や、じりじりとした不安と苛立ちに晒されていたのは、指揮官だけではないという事だ。
彼らは戦友の、仲間の危機を心底心配していた。
今、その思いが爆発したのである。
次々と艦艇の主砲が動き、砲撃が始まる。
勿論、余りにも距離がある為、当たる事は十中八九あり得ない。
この世界での戦いは、中、近距離の砲撃戦が主流であり、命中精度の極端に低い遠距離射撃は、弾の無駄打ちだと思っている者も多かった。
実際、遠距離砲撃を行うには、飛行機による着弾観測や、より大型の測距儀がなければ難しい。
だが、それでも牽制や戦いの流れを作る為に、遠距離砲撃を行う者が多いのも事実だ。
そして、リキラーゼ提督は敵を牽制し、その注意を引きつける為に砲撃を命じたのである。
次々と主砲を放ちつつ、第三艦隊は隊列を整えていく。
単横陣だ。
横一杯に艦艇を並べ、敵を包み込むかのようにじわじわと圧をかける為である。
「いいかっ。被弾した艦は後方に下がり、その隙間を残りの艦で詰めていけ。下がった艦は、後方から射撃を続けつつ、被害対応に当たれ。いいな」
その命令が第三艦隊の各艦に届く。
それを受け、各艦艇は、まるで統率の取れた働きアリのように、無駄なく指示通りに動く。
その動きは、第三艦隊がいかにリキラーゼ提督の下で統率の取れた艦隊であるかを示していた。
一糸乱れぬ動きで隊列を整えつつ、砲撃してくる敵艦隊を見て、教国本国艦隊を指揮するトラビス・パラマーゼ提督はニヤリと笑みを漏らす。
もっとも、それはうまくいったという笑みではない。
その証拠に、額には汗が浮かんでいた。
そう、向かってくる敵艦隊を、とんでもない強敵だと認識した為だ。
それと同時に、合衆国の底力を感じてもいた。
クーデターにより多くの軍人が拘束され、現場を離れたと聞いていたが、まだまだ底が知れないと実感したからである。
そして、当初の作戦はほとんど瓦解していると感じていた。
当初の予定では、ここまで抵抗を受けるとは思っておらず、また先行する三個艦隊が反転してきても間に合わないはずだったのだ。
だが、敵の抵抗は激しく、先行していたはずの敵艦隊は反転して間に合っている。
「ふっ。完全に読みが浅かったか……」
パラマーゼ提督の口から、ぼそりと言葉が漏れる。
合衆国の戦力を、合衆国の諜報能力を軽く見過ぎていたと判ったからだ。
だが、過去には戻れないし、やり直しも出来ない。
確かに当初の作戦はほぼ瓦解した。
だが、完全にではない。
実際、第二列の装甲巡洋艦は敵の支援艦隊に辿り着き、砲撃を開始している。
だから、まだやれる。
時間さえあれば、作戦を遂行できるのだ。
つまり、ここでいかに時間を稼ぐか。
それがこれからの戦いの肝だ。
しかし、相手は間違いなく、こちらと互角か、それ以上の練度を持っており、数もこちらより多いだろう。
勝率は限りなく低い。
だが、時間を稼ぐだけなら、十分対応できる。
すーっと息を吸い、吐き出す。
それを何度も繰り返す。
心が落ち着いていく。
「第二列の装甲巡洋艦に伝えよ。『我らへの援護は不要。我らはここで時間を稼ぐ。貴艦らは、より多くの敵艦を沈めよ』とな」
そう命令し、表情を引き締めて前方を睨みつける。
そこには緊張と決意、そして強敵と呼ぶに相応しい相手と真正面からぶつかり合える喜びがあった。
『先行する高速装甲巡洋艦群は離脱し、後方にて態勢を整えよ』
その命令を受け、第三艦隊所属の高速装甲巡洋艦バタラーゼの艦長は、一旦、ほっと息をつく。
バタラーゼを含む高速装甲巡洋艦群は、第三艦隊に先行し、教国本国艦隊を牽制し続けていたのだ。
だが、艦長はすぐに表情を引き締め直す。
これで時間を稼ぐという肩の荷は下りたが、無事に生きて帰るという、より大きな任務が残っているからだ。
「各自、気合を入れろっ。まだ終わっていないからな。最後の最後でポカをやらかすんじゃねぇぞ」
その言葉に、副長が言い返す。
「勿論ですとも。任務は遂行できた。我々はまだ生きている。なら、生き残ることに全力を注ぎますよ」
副長の言葉に、艦橋のスタッフから同意の声がいくつも洩れる。
「よしっ。なら、牽制しつつ離脱だ」
その命令を受け、バタラーゼは砲撃で牽制しつつ、敵の隊列から距離を取ろうとする。
敵もこちらに砲撃はするものの、深追いはせず、隊列を組み直す動きを始めた。
一瞬、バタラーゼの艦長は、今、突っ込んで攻撃を仕掛けたら……と思ってしまう。
うまくいきそうだ。
いや、いきそうではない。
うまくいく。
そう確信しそうになっていた。
確かに、一瞬はうまくいくだろう。
だが、それで出来る事は、精々、少しの間、敵を混乱させることぐらいだ。
確かに、それは味方をより有利にするだろう。
しかし、その代償として、間違いなく自分たちは蜂の巣となり、生きては帰れない。
ぞっと背筋が震え、冷たい汗が流れる。
生きて帰れるという希望が、己の欲を刺激していると気が付いたのだ。
人間ってのは、とんでもない生き物だな。
生きて帰れるとなった途端、さらに欲をかき、わざわざ死地に向かおうと考えてしまうとは……。
任務を遂行し、無事に離脱する。
それで十分じゃないか。
欲をかいて死んでしまったら、シャレにならんしな。
そう結論し、バタラーゼ艦長は、ふーっと息を吐き出して、その思考を頭の中から追い出した。
今は、生きて離脱することを最優先にしなければならない。
そう自分に言い聞かせ、艦長は改めて前方を見据えた。
「敵の装甲巡洋艦、離脱していきます」
その報告に、教国本国艦隊の指揮官であるパラマーゼ提督は、遥か後方に点々と見える敵艦隊を睨みつけるように見据え、口を開いた。
「構わん。艦隊の隊列を組み直す。まだ砲撃するなよ。いいな」
「はっ。了解しました」
副官が命令を受け、各艦に通信で指示を伝えていく。
先行してきた敵の高速装甲巡洋艦との戦いで崩れた陣を組み直す。
単横陣だ。
足の遅い戦艦や重戦艦で、敵の動きをここに食い止め、時間を稼ぐには、ほかに方法がなかったのである。
火力も装甲も、間違いなくこちらが劣っているだろう。
だが、まだ終わりではない。
戦いは、まだ終わってはいない。
我々が足掻けば足掻くほど、敵の上陸戦力は削られ、祖国は守られるのだから。
だからこそ、ここが踏ん張りどころといえた。
「それと、各艦に伝達。『ここで我々が踏ん張り、時間を稼ぐことで祖国は救われる。国許にいる、我々が守りたい人々の為に、少しでも長く敵を引きつけねばならぬ。祖国を守る為、皆の奮起を期待する』」
その言葉に、艦橋内が水を打ったように静まり返る。
そんな中、誰かがぼそりと言う。
「やったろうじゃねぇか」
その一言が火をつけた。
誰もが口々に声を上げていく。
その声は、彼らのやる気と覇気、そして士気をさらに高めていった。
よし。やれる。やれるぞ。
パラマーゼ提督は目を細める。
そこに、面倒な宗教は関係なかった。
誰もが守りたい人々の為に一致団結する姿があった。
その様子を見て、副長が言う。
「やりましょう、提督。我らの手で」
その言葉に、パラマーゼ提督は大きく頷き、同意を示す。
「そうだ。我々の手でやるのだ」
こうして教国本国艦隊は、第23護衛隊を牽制して釘付けにする第一列、支援艦隊を攻撃する装甲巡洋艦中心の第二列、そして後方から迫り来る第三艦隊を迎え撃つ戦艦、重戦艦中心の第三列に分かれ、対応を開始したのである。
「提督から通信です。『第二列はそのまま任務を遂行せよ』。以上です」
その報告に、第二列を指揮していたリカルド・ペペロンナ大佐は、表情をさらに引き締める。
その命令から、パラマーゼ提督の覚悟を感じ取ったからだ。
そして、彼の祖国愛も。
だからこそ、返す言葉は一つしかなかった。
「各艦に伝えよ。『我々は我々の役目を全うする』と」
その命令を聞き、ペペロンナ大佐が乗艦する装甲巡洋艦シトロエンの艦長が複雑な表情を浮かべる。
彼も感じ取ったのかもしれない。
パラマーゼ提督の覚悟を。
だからこそ、言う。
「一刻も早く任務を遂行し、本隊を離脱させなければなりませんね」
「ああ。その通りだ。我々の奮戦が、本隊を生かしもすれば、殺しもする。皆の奮起を期待しているぞ」
その言葉を受け、艦橋内の者たちだけでなく、第二列各艦の将兵たちの士気も高まり、一つにまとまっていく。
「まずは、あの邪魔な四隻の輸送艦ですな」
シトロエン艦長の言葉に、ペペロンナ大佐は頷く。
「火力を集中し、一気に潰せ。装甲はないに等しいからな。当たれば崩れる。副砲を中心に叩け」
第二列の装甲巡洋艦は、単横陣を組んで立ちはだかる四隻の輸送艦に集中砲火を浴びせていく。
何とか今まで砲撃を回避してきた輸送艦リカンシーを含む四隻は、次々と副砲をはじめとする中小口径砲弾の命中を受け、蜂の巣になっていく。
一隻、また一隻と沈められていく。
そして、最後に残ったリカンシーも、ついに沈み始めた。
沈みゆくリカンシーの船橋で、艦長であるバラッタ・トランポーは、朦朧とする意識の中、自分の選択は正しかったのかと問い続けていた。
自分の拘りに、周囲の者たちを巻き込んでしまったという罪悪感がある。
だが、それでも嬉しかった。
こんな自分に、みんながついて来てくれたという事が。
それは、確かな満足感だった。
俺って、とんでもなく自己中な人間だったんだな。
そんな思いが湧き起こったが、それはそれでいいのかもしれない。
後悔するよりはマシだ。
みんな、すまねぇな……。
そこで、トランポーの思考は途切れた。
リカンシーが海中へと没したからである。
こうして、四隻の輸送艦は全て撃沈された。
彼らが稼いだ時間は、僅かなものだった。
だが、その僅かな時間が、支援艦隊の被害を軽減する大きな要因となったのである。
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