もう一つの戦い その3
パラマーゼ提督の命令を受け、第一列の装甲巡洋艦が二隻一組となり、接近戦を仕掛けてくる合衆国第23護衛隊の装甲巡洋艦三隻を牽制していく。
海面には激しい動きによる白波が広がり、青一色の海に白い花を咲かせているようだ。
もっとも、そんな事を思うほど彼らには余裕がなく、また、そう見えるためには空へ上がり、高度を取らねばならなかったが。
ともかく、命令通り二対一で対応され、第一列こそ崩したものの、第二列の装甲巡洋艦が、牽制し合う第23護衛隊と第一列の装甲巡洋艦の脇を抜けていこうとしている。
「くそっ。行かせるなっ。主砲は牽制してくるやつじゃなく、抜けていくやつを狙えっ」
第23護衛隊の指揮を執るバンバ・トリチス少佐が、叫ぶように命令する。
それを受け、通り抜けていこうとしている第二列の装甲巡洋艦に向けて主砲が火を噴くものの、それを歯牙にもかけず、第二列の装甲巡洋艦は通り抜けていく。
「くそっ、くそっ、くそっ」
トリチス少佐の口から罵声が飛ぶが、それでも彼は続けて命令する。
「主砲は、そのまま通り抜けようとするやつを狙い続けろ。副砲は牽制してくるやつを狙えっ」
「了解しましたっ」
乗組員達は必死の形相で叫び、がむしゃらに命令を実行していく。
だが、それにも限度がある。
限界がある。
そして、その度に、人は自分の限界を知らされる。
現実として。
それは途轍もなくやるせなく、苦く、そして絶望的だ。
必死になって牽制する第23護衛隊を尻目に、突破した第二列の装甲巡洋艦の主砲が、ゆっくりと獲物を狙い、火を噴く。
遂に、第二列の装甲巡洋艦が支援艦隊を射程距離に収めたのである。
「糞ったれっ」
トリチス少佐の口から、悔しさと不甲斐なさが入り交じった言葉が漏れる。
だが、それでも彼は諦めない。
確かに阻止にはしくじった。
だが、まだ我々は生き残っている。
なら、足掻いてやろうじゃないか。
そんな思考に行き着いたのである。
「野郎どもっ。まだだ。まだ終わりじゃねぇっ。スポットライトはもう浴びられないが、舞台は終わってねぇ。こっちの意地を見せてやるぞ」
その言葉に、沈みかけていた艦橋内の空気が変わる。
「その通りだっ。俺らの意地を見せてやる」
「おうよ、その通りだっ」
次々と声が上がり、沈みかけていた雰囲気が盛り返していく。
まだ俺らは生きている。
ならば、やれることをやるしかない。
それは開き直りともいえたが、第23護衛隊の三隻は奮闘する。
それは、彼らの意地を見せつけるには十分すぎるものであった。
「敵の先行する艦艇から砲撃が始まりました」
その報告に、レッドブル少将が舌打ちする。
「ちっ。追いつきやがったか」
だが、もう打てる手はない。
そんな中、新たな報告が入る。
「輸送船リカンシーを含む四隻の輸送船が転進しました」
「どういうことだっ」
その報告に、レッドブル少将は吠えるように問い返す。
「わかりませんっ」
「血迷ったのかっ」
レッドブル少将の口からそんな言葉が漏れるが、すぐにある考えに辿り着く。
「あいつら……まさか……」
「いかがいたしますか?」
「……今はいい。他の艦艇の離脱を優先する」
レッドブル少将は、何とかそう言うのが精一杯であった。
そして、心の中で呟く。
すまん、と。
「すまねぇなぁ。俺のこだわりに付き合わせちまってよ」
武装輸送船リカンシーの船長バラッタ・トランポーが、少しおちゃらけた口調でそう言う。
「いいってことです。船長と俺らの仲じゃねぇですか」
船員の一人がそう言うと、トランポーは照れたように頭をかく。
「本当、割を食わせて申し訳ねぇ」
そんな言葉を聞き、船員の一人が問い返す。
「で、今回のこだわりってのを教えてくだせぇ」
「いや何、物資はまた積めばいいが、お客はまた積めねぇだろう?」
「要は、お客様の安全第一って奴ですな」
「そうそう。それよ、それ。なんせ、俺らは物資しか積んでねぇ上に、大砲まであるからな。やれそうかなってよ」
その言葉に、船員たちは笑った。
船長らしい、と。
彼らは正規の軍人ではない。
非常時のみ軍の命令に従う、軍属扱いの民間船員たちばかりだ。
だからこそ、こんな行動ができるのかもしれない。
「船長っ、朗報です。バミッター、トリスト、リンドルシアの連中も付き合うと言ってきましたよ」
その言葉に、トランポーは驚く。
「おいおいっ、連絡しちまったのかよ」
「俺らだけじゃ、あっという間に終わっちまいますよ。やっぱり数は必要ですからね」
「くそっ。あいつらめっ」
そう言いつつ、トランポーは僅かに顔を歪ませる。
必死になって涙を堪えているのだ。
そして、グッと表情を引き締め、命令した。
「船体反転っ。お客様の避難路を確保するぞ」
「「「おおおおっ」」」
こうして、四隻の輸送船は反転した。
少しでも時間を稼ぐために。
「敵艦隊の一部ですが、反転してきます」
その報告に、教国本国艦隊を指揮するトラビス・パラマーゼ提督は目を細める。
彼らが何をしようとしているのか、わかったからだ。
「反転してくるのは戦闘艦か?」
「いえ。武装はしているようですが、輸送艦のようです」
その報告を聞き、乗組員の一人が吐き捨てる。
「輸送艦で俺らを止めるつもりか。舐められたものだな」
だが、その言葉はすぐに否定された。
パラマーゼ提督によって。
「そう言うな。彼らとて必死なのだ。我々を舐めているわけではない。それに……」
そこで一旦言葉を切り、パラマーゼ提督はニヤリと笑う。
「私は好きだぞ。こういう、がむしゃらで必死な連中は。今の我が軍には、そういう奴は少ないからな」
それは皮肉だ。
彼にとってみれば、合衆国が羨ましかった。
やる気と誠実さを持ち、それでいて意地を見せる軍人が多いということが。
今の教国には、腑抜けのくせにプライドばかり高く、政治的判断を優先する者が実に多い。
彼に言わせるなら、そんなに政治をやりたければ、政治家か教団関係者になればいいとさえ思う。
そんなパラマーゼ提督の思考がわかったわけではなかったが、文句を言った乗組員は、恥ずかしそうに視線を逸らした。
だが、パラマーゼ提督はそれ以上、彼を追い詰めなかった。
いや、話を続けられなくなったと言った方がいいだろう。
会話を切る様に一つの報告が入ったからである。
「艦隊後方に艦影発見。恐らく装甲巡洋艦クラス。数は八隻です」
その報告に、艦橋内にざわめきが広がる。
パラマーゼ提督も、何かの間違いではないかと思う。
だからこそ、聞き返した。
「間違いないのか?」
「はっ。間違いありません」
敵の三個艦隊は先に進んでいるはずだ。
無線連絡を受けて転進したとしても、戻ってくるにはまだ時間がかかるはずである。
ならば、既に後方へ回り込んでいるのはおかしい。
しかし、この辺りに他の敵艦隊はいないはずだ。
ならば、この八隻はどこから……。
そして、一つの結論に辿り着く。
「まさか……」
だが、そう考えれば辻褄が合う。
パラマーゼ提督は叫ぶ。
「先行する装甲巡洋艦に命じよ。敵支援艦隊への攻撃を徹底的に行え、と。少々の撃ち漏らしは構わん。だが、人員を輸送している艦船を集中的に狙え。敵兵を上陸させるな、と」
「了解しました。それで、我々は?」
「我々、第三列は反転するぞ。敵を迎え撃つ」
「しかし、たかが八隻ですぞ」
副官がそう言うものの、パラマーゼ提督は冷や汗を流しつつ、ニヤリと笑う。
「恐らくだが、その後ろに敵艦隊がいるはずだ」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。我々の計画は読まれていた、或いは漏れていたということか……」
その表情は、焦りという感情に塗りたくられていた。
合衆国第三艦隊から先行していた高速装甲巡洋艦バタラーゼを含む八隻は、ついに教国本国艦隊を射程距離に収めると、躊躇なく砲撃を開始する。
まさに、第三艦隊指揮官の言う通り、敵の尻尾にかじりついたのである。
それは、敵支援艦隊だけを狙っていた教国本国艦隊にとって、余りにも唐突で、予想外の攻撃だった。
だが、パラマーゼ提督は第三列を反転させて盾とし、第二列の装甲巡洋艦に支援艦隊の殲滅を命じた。
それが、今の彼に打てる精一杯の手であった。
「頼むぞ」
そう言った後、第二列の装甲巡洋艦部隊に命令を下すと、パラマーゼ提督は前方を睨みつける。
「ここは通さんぞ」
彼はここで敵艦隊を押しとどめ、第二列の装甲巡洋艦に、支援艦隊が上陸作戦を続行できなくなるほどの被害を与えさせるつもりであった。
だからこそ出た言葉だ。
だが、彼はわかっていた。
教国本国艦隊の戦力は、合衆国の一個艦隊にも劣るものでしかないと。
実際、旧型艦艇が多く、数も合衆国の一個艦隊の七割程度しかない。
装甲巡洋艦の多くを支援艦隊への攻撃に回している為、第三列は戦艦と重戦艦を中心とした編成となっていた。
そして、敵を通さず、支援艦隊と合流させないとなれば、選択できる戦法は一つしかない。
がっちりと腰を据えた砲撃戦である。
しかも、合衆国艦隊と比べれば、装甲も火力もこちらが大きく見劣りしている。
だが、やらねばならん。
やらねばならんのだ。
合衆国の侵攻を阻止し、教国海軍を立て直す為には、この戦いは負けられないのである。
「各艦、縦一列になれ。前後の主砲を敵に向けろ。撃ち方、始めっ」
すでに高速装甲巡洋艦による砲撃は始まっていたが、それをものともせず、第三列の艦艇は隊列を組み直して単縦陣を組むと、右へ転舵し、敵に舷側を向ける態勢を取る。
そして、まず手始めに、敵装甲巡洋艦八隻へ向けて砲撃を開始した。
旧式とはいえ、戦艦、重戦艦である。
その火力は凄まじいものがあった。
「くそっ。なんて火力だ」
バタラーゼ艦長が吐き捨てるように言う。
圧倒的な火力に驚きながらも、彼の目は、壁となる敵艦よりも、その先を進んでいく敵装甲巡洋艦へ向けられていた。
「ちっ。うまく対応しやがる。誰だっ、教国の軍人は説教臭いくせに、実戦はからっきしだと言い触らした奴はっ」
思わず出た言葉だった。
その言葉に、副長が苦笑しつつ言い返す。
「それを言い出したのは、艦長ですよ」
士気を鼓舞する為に、ほんの少し前、艦長自身が乗組員達に叫んでいたのである。
「どうせ教国の連中は、説教くせぇが実戦はからっきしで、すぐに逃げちまう。今までの戦いがそれを証明しているしな」と。
「くそっ。そうだったな。前言撤回だ。こいつらはやりやがる」
「みたいですね」
「だが、粘れっ。連中に支援艦隊を襲わせるな」
先行するバタラーゼを含む八隻は、四隻ずつ二列の単縦陣を組んで接近し、左右へ分かれて敵の第三列を迂回しようとする。
しかし、そうはさせじと、第三列の後半部も二つに分かれて向きを変え、左右へ分かれた敵の単縦陣とそれぞれ並走するように速力を合わせ、砲撃を開始する。
その動きは、旧型の戦艦、重戦艦であることを考えれば、かなり滑らかで、迷いのないものだった。
「ちっ。旧型の鈍足戦艦のくせに、こっちの動きに対応してやがる」
つまり、十分な訓練を積んだ連中だということだ。
最高速力や機敏さでは劣るものの、それを先読みと無駄のない動きで補っている。
その結果、速力を合わせた撃ち合いになってしまった。
つまり、完全な火力と装甲の勝負ということだ。
そして、結果はわかり切っていた。
次々と被弾して撃沈され、あるいは損傷して離脱していく、合衆国側の高速装甲巡洋艦。
だが、彼らの奮戦は無駄ではなかった。
「味方が来ました」
その報告が、バタラーゼにもたらされる。
そう。
彼らは、時間を稼ぐことに成功したのである。
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