もう一つの戦い その2
第103護衛隊と第77護衛隊が、決死の覚悟で敵艦隊へ向かっていく。
だが、それを見送っている暇はなかった。
彼らが作る貴重な時間を無駄にする事こそ、彼らの献身を愚弄する事に他ならないからだ。
「彼らが作った貴重な時間を無駄にするなっ」
支援艦隊指揮官のストキマス・レッドブル少将は、そう言って士気を鼓舞する。
その意味は、乗組員たちもわかっているのだろう。
誰もがテキパキと、自分の役割を果たそうと動き出していた。
そんな中、ただ待つことしかできない上陸部隊の兵士たちは、死地へ向かう第103護衛隊と第77護衛隊に敬礼する。
その表情は真剣なものだ。
彼らとて、わかっているのだ。
自分たちを逃がすため、彼らが盾となろうとしていることを。
支援艦隊は一気に転進を始め、現場から離れようとする。
それと同時に、味方艦隊へ無線を送る。
『我、敵艦隊ト遭遇。一時戦線ヲ離脱スル』
そして、支援艦隊に随伴していた残りの第23護衛隊が、撤退する支援艦隊の殿につく。
彼らが支援艦隊の最後の盾となる。
後は、一応砲を備えているものの、戦闘には不向きな兵員輸送艦や輸送艦、支援艦艇のみだ。
生き延びるには離脱するしかないが、速力は間違いなく相手の方が上だろう。
つまり、追いつかれれば、ろくな抵抗もできないまま蹂躙されるということだ。
それも、上陸部隊の兵士を乗せたまま。
それは、まさに一方的な虐殺とも言えた。
「頼むぞ……」
レッドブル少将が、呟くように言う。
それは味方の奮戦を期待しているのか、或いは救援が間に合うことを期待しているのかわからない。
だが、はっきりと言える事は、ただ一つ。
そのどちらも期待できないという事だけだ。
無線で助けを求めたとは言うものの、味方艦隊は遥か彼方である。
無線を受け、急いで引き返してきたとしても、その頃には一方的な蹂躙は終わっているだろう。
そして、彼らは我々の仇を取ってくれるだろう。
だが、上陸部隊を失った結果、作戦は失敗となる。
何としても、少しでも多くの戦力を離脱させる。
それしか、もう手はないのだ。
「急げっ。準備が出来次第、隊列に構わず離脱だ。合流場所はリベリア島。あそこまで離れれば、何とかなる」
レッドブル少将の命令が響く。
誰もが必死になって生き残るために動く艦橋内で、ただ一人、腕を組んで前を向いている男がいた。
上陸部隊の指揮を執るトレッド・パットラ将軍である。
彼は、どのような結果になろうとも、自分には何もできないことを理解していた。
ただ、彼は見ていた。
レッドブル少将を始めとする、支援艦隊の者たちの仕事を。
そして、彼らの仕事ぶりを見ながら思う。
どんな結果になろうとも、全てを受け入れよう、と。
「無線が来ました。『我、敵艦隊ト遭遇。一時戦線ヲ離脱スル』。以上です」
無線手からの報告を受け、第三艦隊の指揮を執るコルト・リキラーゼ提督は舌打ちする。
「くそっ。動きが早すぎる。トラフックの野郎め、血気にはやって急ぎすぎたな」
思わず、そんな言葉が漏れる。
作戦通りなら、第七艦隊が囮となるのは、もう少し後のはずであった。
その結果、支援艦隊への襲撃も、その分遅れるはずであったのだ。
そして、その間に第三艦隊は支援艦隊と合流し、教国本国艦隊の攻撃を抑えるはずであった。
だが、愚痴を言っても始まらない。
隊列を気にしている暇などない。
「仕方ねぇ。足の速い装甲巡洋艦を中心とした部隊を先行させろ。少しでも、支援艦隊から敵の目をこっちへ向けるんだ。後方から食らいつけば、敵も無視はできないだろう」
その命令を受け、副官が答える。
「了解しました。装甲巡洋艦を先行させます」
そう言った後、無線手へ命令を伝える。
「高速装甲巡洋艦部隊を先行させろ。ともかく、敵の尻尾にかぶりつけ、とな」
「了解しました」
そう答え、無線手が無線機にかじりつくように向き合う。
そして、その命令を受け、高速装甲巡洋艦バタラーゼを中心とした八隻が速力を上げ、艦隊から抜け出ていく。
「頼むぞ」
艦橋の窓から、多くの者たちが彼らを見送る。
今は、少しでも時間が欲しいのだ。
その時間を稼いでくれと願いながら。
火力と装甲の壁を前に、第103護衛隊と第77護衛隊は、善戦も空しく殲滅される。
それは一方的だった。
まさに一方的な暴力。
虐殺に近く、見ている者にとっては恐怖そのものであった。
しかし、それでも怯むことなく、第23護衛隊が突き進む。
彼らは、支援艦隊の最後の盾であった。
だが、先ほどの戦いを見た者ならわかるだろう。
あまりにも希望のない戦いだと。
それでも、彼らは勇敢だった。
「仲間の献身に続けっ! 我らの後ろには、か弱き殿方しかいないのだからな」
そう言って豪快に笑うのは、第23護衛隊の三隻の装甲巡洋艦を任されているバンバ・トリチス少佐だ。
その言葉を聞き、艦橋内が笑いに包まれる。
誰もが冷や汗をかいている。
緊張で引き攣った顔だ。
だが、それでも彼らは笑った。
全てを笑い飛ばしてやろうとでもするかのように。
「可憐なお嬢様なら、もっとやる気が出るんですがねぇ」
誰かがそう口にすると、笑い声はますます大きくなる。
その言葉に、トリチス少佐は楽しげに言い返す。
「そう言ってやるな。彼らの中には、妹や姉、従姉妹にいい女がいる奴もいるかもしれねぇじゃねぇか。ここで踏ん張れば、紹介してもらえるかもしれねぇぞ」
どっと笑いが漏れる。
まるで、コメディーショーの会場のような雰囲気さえある。
だが、誰もが恐怖と不安を必死に忘れようとしているのに違いなかった。
そして、場が十分に温まった頃、遂に彼らは敵の射程内へ入ったのだろう。
次々と砲弾が飛んでくる。
こちらの砲弾は、まだ敵に届かない。
それが、益々恐怖と不安を強くしていく。
だが、彼らは揺るがなかった。
やせ我慢だとしても、それはすごい事だ。
何せ、普通の人なら間違いなく、恐怖と不安に屈してしまうだろうから。
だからこそ、トリチス少佐は声を張り上げる。
「よっしゃっ、野郎どもっ! 俺らの一世一代の大舞台だっ。派手に行くぞっ」
「「「おおおっ!」」」
歓声が上がる。
まさに今、彼らは多くの人々の注目を集めている。
敵も、味方も。
それ故に、トリチス少佐の言葉に間違いはない。
今こそが、彼らの正念場なのだ。
「敵装甲巡洋艦三隻、向かってきます」
その報告に、教国本国艦隊の指揮を執っているトラビス・パラマーゼ提督は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「あの戦いを見て、まだ向かってくるか。実にいい人材が揃っているな、合衆国は……」
それは感心と嬉しさ、そして羨ましさが混じった複雑な笑みであった。
彼は恐れを知らず突き進んでくる三隻の装甲巡洋艦に、合衆国海軍の層の厚さと質の高さを感じたのだ。
そして、自国の軍と比較してしまったのである
これほどの人材がもう少し教国にいれば……。
そうすれば、まだマシになっていたかもしれん。
そんな思いが、表情に滲み出たのである。
祖国の腐敗した軍にうんざりしてきたからこそ、余計に眩しく見えたのだ。
しかし、それでも考え直す。
まだ、やれるではないか。
アンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭のような協力者を得たのだ。
まだ諦めなくてもよい。
そんな思いが湧き出てくる。
だが、それをグッと押し込む。
まだだ。
この戦いを終わらせ、祖国を守り、それからだ。
そのためにも、この戦いは負けられん。
決して負けられんのだ。
「いいかっ。敵はたかが三隻だと油断するな。相手も必死だ。火力を集中させ、一気に殲滅しろ」
命令を受け、次々と砲弾が敵装甲巡洋艦へ向けて放たれる。
しかし、先ほどとは違い、第23護衛隊は隊列など関係なく、好き勝手に動きながら接近してくる。
第103護衛隊と第77護衛隊が壁となるように横一列に並んで突撃したのに対し、今回はそれぞれが単艦で突撃してくるかのようだ。
その動きは不規則で、ジグザグに進んでいるため狙いにくい。
狙いは壁となって敵を押し止めることではない。
三隻がそれぞれ敵陣へ食い込み、内部から隊列を引っ掻き回すつもりなのだ。
「くっ。そう来たか」
パラマーゼ提督は舌打ちする。
彼らは盾になる気などない。
ともかく、こちらの隊列へ割り込み、引っ掻き回す。
その一点だけを考えているのだ。
それはまるで、大群の中に一騎で突撃し、その武威と存在感で敵を押しとどめる昔の一騎当千の英雄のようであった。
だが、現代でそんなものが通用するとは思うなよ。
パラマーゼ提督は命令を下す。
「第一列の装甲巡洋艦は、敵艦の足止めを行えっ。二隻一組で一隻を抑えろ。その間に第二列、第三列は敵支援艦隊との距離を詰めるぞ」
第一列の装甲巡洋艦が二隻一組となり、突撃してくる合衆国装甲巡洋艦を牽制する。
その間に、第二列の装甲巡洋艦と第三列の戦艦、重戦艦が速力を上げていく。
「いいかっ。敵支援艦隊を射程内に入れろっ。急げっ」
パラマーゼ提督はそう言って、味方を鼓舞する。
ここでの戦いが早く済めば済むほど、教団防衛艦隊の戦いにも早く決着をつけられる。
そうわかっているからだ。
教団防衛艦隊は、二個、あるいは三個艦隊との戦いを強いられているはずである。
一個艦隊ならまだしも、二個、三個艦隊が相手では、新型艦艇を中心に構成された教団防衛艦隊といえども、長期戦になればじり貧となるだろう。
つまり、この戦いは時間との勝負でもあるのだ。
味方を少しでも早く助けるため、敵の上陸部隊を一刻も早く潰す。
それが、この戦いの肝であるとパラマーゼ提督は理解していた。
だが、パラマーゼ提督はまだ知らない。
敵の作戦が、サムラーナ地区情報統括部からもたらされた情報によって、大きく変更されていたことを。
その結果、敵艦隊の多くを教団防衛艦隊が引きつけているという状況ではなくなっていた。
作戦上の役割から解き放たれた第一艦隊と第三艦隊が、それぞれの目的のために独自に動き始めていたのである。
そして、その事実を彼は間もなく知ることとなる。
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