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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十三章 合衆国、参戦

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動き出す駒

アジトのドアが開く。

警戒した視線を向けるが、そこにいる人物を見て、側近であるハラマトはほっとした表情になった。

そこにいたのは、自分の主である人物、ヘルサン・リカバリーだったからだ。

「お帰りなさいませ、ヘルサン様」

そう言って、恭しく頭を下げる。

普段ならそれを満足そうに見て声をかけてくるのだが、今日は様子が違っていた。

「ああ」

それだけ言うと、部屋に入ってくるなり部屋を見渡して、ソファに深々と座り込む。

それはまるで、何かを確認し、当たり障りのない行動を選んだかのようだった。

ハラマトは違和感を覚えて声をかける。

「何かありましたか?」

その問いかけに、ヘルサンは少し焦点の合っていないような視線をこちらに向けると、ため息を吐き出した。

「暗殺は失敗した」

その言葉に、ハラマトは驚く。

ヘルサンの能力ならば問題ないはずだったのだ。

なのに失敗した。

信じられず、声が出る。

「まさか……。信じられません」

だが、その言葉を聞き、ヘルサンはハラマトを睨みつけた。

そのゾッとするような視線を受け、ハラマトは怯えた。

彼が命令すれば、どんなことも可能なのだ。

そう、ハラマトは信じ切っていた。

だからこそ、恐怖する。

「も、申し訳ありません」

その言葉を聞き、ヘルサンは視線をハラマトから窓に移した。

窓の外はもう夜の帳が降りてきており、闇に飲み込まれていくかのように薄暗くなっている。

それをぼんやり見つつ、ヘルサンは言う。

「アーサーは今回の件から除外する」

「それは、暗殺しないという事でしょうか?」

「ああ。あいつの周りにはヤバいやつがいるからな。それよりは他の幹部を確実に消していった方が、老師も喜ばれるだろう」

淡々と、まるで悟りでも開いたように言うヘルサン。

普段の、自信満々で、全てを支配しているかのような傲慢で高飛車な口調と態度は、もうそこにはない。

信じられない……。

何があったというのか。

あのヘルサン様が……。

ハラマトはなんとか驚きを抑え込み、表情を引き締めた。

だが、それでも心の中では、あまりにも違い過ぎるヘルサンの態度に驚愕していた。

そして、そうなってしまうほどの事があったのだと理解する。

いや、理解するしかなかった。

しばしの沈黙が辺りを包み込む。

窓から入ってくる光が少なくなっていき、部屋の中を闇が支配していく。

慌てて、ハラマトは明かりの準備を始める。

そして、そんな様子をヘルサンは黙って見ている。

普段とはあまりにも違い過ぎる。

そして、明かりをつけ終わり、ハラマトは連絡しなければならない事を思い出した。

いや、帰ってきたらすぐに伝えるつもりだったのだが、あまりにも違い過ぎるヘルサンの様子に、思考がそちらに引っ張られてしまい、すっかり忘れかけていたのである。

「あ、それとヘルサン様。本国から連絡が届いております」

その言葉に、ヘルサンの眉が歪む。

それも不機嫌な形に。

嫌な予感しかしない。

だが、きちんと伝えねばならない。

恐らく伝えれば、ヘルサン様は「無駄な事を」と言って、激しく決定に文句を言うだろうが。

だが、上からの命令は絶対だ。

「本国から、結社幹部暗殺の件で増援が決定し、近々こちらに来るとのことです」

その言葉を発した後、ハラマトは身を固めた。

どんな言葉を浴びせられてもいいようにである。

だが、その予想は外れた。

「そうか」

それだけである。

「それだけでしょうか?」

ハラマトは思わずそう聞き返す。

あまりにもあっけなく、反発がなかったからだ。

だが、その言葉をヘルサンは別の意味に取ったようだった。

「そうか。ならば到着したら顔合わせをして、情報を共有せねばならないか」

あまりにも当たり前の事なのだが、それは普段のヘルサンなら、絶対に発しない言葉だった。

それどころか、情報を渡さず、動くのは勝手だが、俺の邪魔をすると殺すぞというのが常であった。

信じられない。

ハラマトは言葉を失い、唖然とした。

そして、アーサーの暗殺の件で、とんでもない事があったのだと理解するしかなかった。

信じられないが、そう思って納得するしかなかった。

ふぅと息を吐き出し、ハラマトは口を開く。

「到着いたしましたら、お知らせいたします。会えるように手配をしておきましょうか?」

「ああ。そうしてくれ」

ヘルサンはそう言ってソファに背を任せ、身体の力を抜いて目を瞑る。

それを一人にしろという事だと解釈したのだろう。

ハラマトは一礼すると、部屋を退室していった。

違和感と疑問を抱いたまま。

そう、ハラマトは違和感と疑念を抱いていた。

だが、まさか自分の主人が、絶対的な支配者であるヘルサンが、今やフェンによって意識を書き換えられ、彼女の忠実な駒になり下がったとは思いもしなかったのである。



王国にある合衆国サムラーナ地区情報統括部の一室。

その部屋で、報告者が部屋の主に敬礼する。

そして声をかけた。

「この件はどうしましょうか?」

そう言われて手渡された書類をのぞき込み、サムラーナ地区情報統括部のパラミア・ドンキンド大尉は嫌そうな表情になった。

教国艦隊への偽情報関与の依頼である。

「どこからだ?」

「海軍の第七艦隊からとなっております」

報告者のその言葉に、ドンキンド大尉はますます嫌そうな顔になる。

よりによって、あの連中からか。

上からの秘密指示で、とある派閥の依頼は慎重に対応しろと言われている。

その対象派閥の中に、第七艦隊の司令官の名前もあったからだ。

それに、教国侵攻作戦が一部の派閥の独断で進められたという情報も入ってきている。

あまりにも好き勝手している現状に、同じ軍関係者といえど面白いはずもない。

だから、嫌そうな表情で聞き返す。

「この件は、誰が知っている?」

「一応、上には報告しております」

「そうか。では、上の判断を聞いておくか」

その表情には、すごくやりたくないなという意思が見えていた。

いや、恐らく隠そうとしていないのだろう。

「上に指示を仰ぐ。この件は他言無用だ」

「はっ。了解しました」

そう言って報告者が退出した後、ドンキンド大尉は、サムラーナ地区情報統括部上層部に指示を仰ぐ。

そして、その結果は、依頼を遂行する振りをしておけ、というものだった。

やっぱりか。

ドンキンド大尉は内心苦笑した。そして、心の中でニヤリと笑う。

そう来なくては……。

無感情の仮面の下でそんな事を考えていると、上司はそんなドンキンド大尉を見てニヤリと笑った。

その笑みに、ドンキンド大尉は一瞬焦る。

心の中を見透かされたのかと。

だが、それは勘違いだった。

いや、勘違いではないのかもしれない。

「そうそう、大尉にやって欲しい事があってな」

「はっ。何でしょうか?」

「何、難しい事ではない」

そう言って渡されたのは、第一艦隊と第三艦隊への情報提供の指示だった。

すでに、この時点で、合衆国サムラーナ地区情報統括部は教国の艦隊の動きを把握しており、その情報を分析していたのである。

そして、提供する情報の内容を見て、ドンキンド大尉は苦笑した。

つまり、この情報を第七艦隊にだけ知らせないというのは、そういう事なのかと。

やっと無表情の仮面が外れて苦笑が漏れたドンキンド大尉に向けて、上司は笑って言う。

「あの派閥が嫌いなのは、君だけではない」

その言葉に、ドンキンド大尉は益々苦笑して敬礼する。

「はっ。必ずや間違いなく情報を提供し、合衆国軍の勝利と、あの糞ったれな派閥の連中に目にものを見せてやります」

その言葉に、上司は楽しげに笑ったのであった。



「ついに合衆国が動いたわね」

アリシアの言葉に、ビルスキーア総司令官は同意を示す。

そして、続けて言う。

「これで教国からのちょっかいを受ける可能性を減らせます」

恐らく、現状の教国の国内状況や動きでは、対連盟の戦いに手を出さないとは思うが、絶対という事はないのである。

だからこそ、少しでもその可能性が低い方が、こちらとしてはありがたい。

ビルスキーアには、そんな思いがあった。

「それで、こっちの動きとしては?」

「はい。解放された王国、共和国の戦力で連盟の補給線を締め上げている間に、今まで動いていた艦隊の補修や休息を行っております。ですから、連盟侵攻作戦は早くても一ヶ月後あたりを予定しております」

「そう。わかったわ。きちんと手配と準備を進めておいて」

その言葉に、ビルスキーアは笑った。

その笑いで、アリシアは少しふくれっ面になる。

「いくら私が軍に関して素人でも、『絶対に勝て』なんて言わないわよ」

その言葉に、ますますおかしそうに笑うビルスキーア。

「いや、そういった意味ではないのです」

「何よ、どういった意味でおかしいのよ?」

「いや、『絶対に勝て』とは言わないものの、似たようなことを言っているのと同じだなと思いまして」

そして、説明していった。

「よく『勝敗は、戦う前の段階でおおよそ決まっている』と言われているのです。つまり、準備の段階で勝敗は決まる。だから、『勝てるように手配をして』という事は、ある意味、絶対に勝てと言っているのと同じだなと」

そう言われて、アリシアはなぜ笑われたのか理解する。

要は、『絶対に勝て』とは言わなかったものの、それに準ずる言葉を言ったと思われたのである。

「いや、私はそういった意味ではなくて」

「わかっております」

そして、ビルスキーアは真面目な顔で言う。

「共和国の勝利のため、鉄壁の準備をいたしましょう」

その言葉は実に芝居がかっており、今度はアリシアが苦笑するしかなかった。



読んでいただきありがとうございます。

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