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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十三章 合衆国、参戦

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支配

指定された時間の15分前。

リカデランナ・ホテルに到着したアーサーとアインは、カウンターのスタッフに声をかける。

「ネモに会いに来た」

その言葉に、スタッフは目を細める。

このホテルは表立っては普通の一流ホテルという事になっているが、一部の者達は、ここが諜報部の関係する施設であり、ここのスタッフの大半は諜報部関係者であるという事を知っている。

そして、アーサーもアインもそれを知っていた。

もちろん、秘密結社のツテから得た情報である。

だから、諜報などに疎いアーサーでも、普段なら見逃しそうな些細な変化にも気が付く。

確かに、そういうことか、と。

そして、ここを使うという事は、もしかしたら連絡してきた者は、諜報部関係者なのかとも思う。

だが、その考えをすぐに保留する。

あまりに安易に考えては駄目だと。

思い込みは、足元を掬われる原因になりかねないからだ。

カウンターのスタッフとの会話の間、アインは何気ない風を装って周りを警戒している。

ロビーの客の一人が、こちらをちらちらと気にしている様子がわかる。

恐らく、結社の手の者ではない。

ならば、誰だ?

諜報部の者か?

或いは別の組織か?

どちらにしても、このホテルが会合場所というのはありがたい。

アインはそう思っていた。

裏教団による秘密結社の幹部を狙った暗殺が横行しているのだ。

諜報部が味方かどうかはわからないが、敵ではないのは確実だろう。

つまり、自分の縄張りの中で外部の人間が暴れれば、それなりに対応するだろうと予想できるからである。

手駒の少ないアーサー達にとっては、それはありがたいと言えた。

「ネモ様に会いに来られた方ですね。お名前を確認させていただいても?」

「ああ。構いませんよ」

「では、お願いします」

「私はアーサー・E・アンブレラです」

スタッフは頷くと、ボーイを呼んだ。

「こちらのお客様を奥のお部屋に」

その指示を受け、ボーイが微笑みつつ、アーサーとアインに視線を向けた。

「お客様、ご案内させていただきます」

ボーイは丁寧に頭を下げると、奥の廊下の方に案内する。

二人はその後を歩き出す。

その様子は、ぱっと見には、ボーイがチェックインする客を案内するかのような自然なものであった。

だが、ロビーで新聞を読んでいた男が、その新聞をたたむ。

そして、少し首を左右に振った後、ニタリと笑みを浮かべ、立ち上がって歩き出す。

何気ない様子で。

その動きをカウンターのスタッフは業務を続ける振りをしつつ確認すると、カウンターの下にあるいくつかのボタンのうちの一つを押す。

そして、そのまま普通に業務を再開したのであった。

「こちらでお待ちください」

そう言ってボーイに案内されたのは、ホテルの奥にある殺風景な部屋であった。

装飾品で飾られた壁と、天井のシャンデリアは、いかにも一流ホテルという体裁を残してはいたが、中央にはがっしりした作りのテーブルと、いくつかの椅子があるのみだ。

部屋の中に二人を案内すると、ボーイと入れ替わりにメイドが入って来て、珈琲を二つ用意する。

そして声をかける。

「申し訳ございません。ネモ様は少し用事が入ったため、到着は時間ギリギリか、5分ほど遅れるとのことです」

呼び出した側が遅れるということに、アインはむっとしたものの、アーサーが苦笑して宥める。

だが、アインがムッとするのも仕方ないのかもしれない。

招いた側が遅れるという事は、客を蔑ろにしていると取られてもおかしくないからである。

だが、アーサーとしてはそんな事は思わなかった。

今の自分の力の無さを痛感していた事もあり、少しでも今の状況を打開できるならという気持ちが強かったからである。

メイドは珈琲を用意し終わると、すぐに退出していく。

二人きりになった後、珈琲をちらりと見て、アーサーは手を伸ばす。

毒殺の可能性を考えて、アインが思わず制止するように声をかける。

「アーサー様っ」

「大丈夫さ。僕らに害を与えたかったら、わざわざ呼び出したり、こんな大掛かりな事はしないさ」

そう言って、アーサーはカラカラと笑う。

「ですが……」

「それよりも、この部屋はどうだい?」

珈琲を飲みつつ、アーサーはそう聞き返す。

ちらちらと部屋の中を見て、アインは口を開く。

「やはり諜報関係のホテルですね。壁の防音対策なんかはきちんとされているようです」

つまり、部屋で発せられた音は、外には聞こえない。

秘密の会話をするにはもってこいだが、裏を返せば、暗殺しても外部に漏れにくいともいえる。

だからこそ、余計にアインは警戒しているのだ。

例え敵ではなかったとしても、味方とは限らない。

だからこそ、周りを警戒し、いつでも対応できる姿勢を崩さない。

そんなアインを頼もしげに、そして微笑ましく見つつ、アーサーはふうと息を吐き出す。

相手はわからない。

だが、あの口調は、こちらのことをかなり知っているというニュアンスだった。

ならば、何か今の状況を少しでも打破するきっかけになってくれればと思ってしまうのだ。

だが、ここで再度深呼吸をする。

落ち着け。落ち着け。

こんなに緊張しまくっては、うまくいくものもうまくいかない。

そんな時だった。

ノックが響くと、ドアが開かれ、一人の男が立っていた。

身体の線が細く、ロビーで新聞を見ていた男だ。

その男は、中にいる二人を見るとニヤリと笑った。

「アーサー・E・アンブレラね」

その瞬間、アインは袖の中に隠していたナイフを手に滑らせ、投擲しようとした。

彼女は、この男が敵だと断じたからである。

理由は簡単だ。

この男の雰囲気と目だ。

間違いなく、自分と同類だと感じたからである。

そして、隠そうともしない悪意と殺意。

それだけで、敵と認定するには十分であった。

しかし、男の声が響く。

「動かないようにね」

その声で、アインの動きが不自然なほど唐突に止まった。

そして男は、ゆっくりと笑みを浮かべる。

そう、この男こそ、裏教団の暗殺者であり、秘密結社幹部二人を暗殺したヘルサン・リカバリーだった。

「くっ……」

アインの口から、怒りに染まった声が漏れる。

そして、じりじりと身体が動く。

だが、それは震えるほどのささやかな動き。

その様子を見て、ヘルサンは楽しげに笑った。

そして、アーサーに言う。

「いやはや、すごいね、君の護衛は……。以前に始末した二人の護衛とは別物だな」

ゆっくりと歩いて近づいてくるヘルサン。

その余裕ある態度と、女性のように身体をくねらせる仕草、そして何より見下すような視線が、アーサーとアインの精神を苛立たせていた。

そして、ヘルサンはアーサーに近づくと、その顎に手をやって顔をぐいと引き上げる。

まるで品定めするかのような仕草。

しかし、ヘルサンの視線は二人から外れない。

視線を外さない限り、二人はヘルサンの玩具だからだ。

それも、意のままに操れる玩具である。

「ふふふっ。けっこう若くていい男ね。今までのターゲットのような下種な親父どもと違ってこのまま殺すのは惜しいわ。どうしてやろうかしら」

その瞬間だった。

まるでタガが外れたように、アインの身体が動いた。

怒りで全てを断ち切ったかのような勢いだ。

「汚い手で触るなっ!!」

アインの叫びと同時に放たれるナイフ。

だが、その動きを読んでいたのか、ヘルサンは難なくかわすと、ニチャリと笑みを浮かべて告げる。

「絶対に動くな」

投擲の後、そのまま次の攻撃に移ろうとして、スカートの中から大ぶりのナイフを取り出して構えたアインだったが、その声の前に、再び不自然なほど唐突に動きが止まる。

まるで強い力で押さえつけられているかのように、アインの身体が震えている。

「ふふふっ。やっぱり貴方すごいわ。すごく素敵。その強い不屈の意思。素晴らしいわ」

そうアインに言った後、ヘルサンの下卑た微笑みが、ますます不穏なものになった。

「でもね、その一途な思いをへし折られた時、どんな顔をするのかしら。絶望に心折れた時の貴方がすごく見たくなっちゃった。どうすればいいかなぁ」

実に楽しげに、ヘルサンはそう言う。

頬を染め、まるで愛しい人を想像して楽しんでいる少女のようだ。

もっとも、顔立ちは整っているが、それなりに年を食った男である。

そのギャップは、とんでもない違和感を放っていた。

だが、それ故に、恐怖と不安を増幅させていく。

「そうだわ。前は一気に殺しちゃったから、今度は、貴方の手でじわじわ苦しませながら殺していくというのはどうかしら。貴方、そういうのも得意そうだし……」

実に楽しげだ。

もっとも、聞かされている二人にとっては、怒りと恐怖でしかない。

「そうね。それがいいわ。自分の意思に反して、愛しいご主人様を切り刻んでいく。死なない程度に肉体を痛めつけ、苦痛と恐怖を与えていく。いいわ。すごくいいわ。ゾクゾクしちゃう」

その言葉を聞きつつも、固い意志の残っているアーサーの視線がドアに向く。

それに気が付き、ヘルサンは笑った。

「あら、助けが来ると思っている? 無理よ。ここは十分な防音室だし、周辺は私の部下達が警戒している。いくらこの国の諜報部だとしても、私が遊ぶくらいの時間は稼げるわ。だから安心して、可愛い護衛に身を切り刻まれなさいな」

それは、アーサーの心を折ろうとする言葉だった。

だが、それでもアーサーの瞳には強い意志の光が見えている。

そこに怯えも、恐れもない。

ああ、すごくいいわ、この二人。

こんなに遊び甲斐のある玩具は初めてよ。

出来れば、ずっと遊びたいぐらいだわ。

でも、時間は有限なのよねぇ。

残念だわ。

そう思考して、ヘルサンはアインに命じる。

「愛しいご主人様を、死なない程度に切り刻みなさい。貴方の手で」と。

その命令で、アインの身体が動き始める。

その動きはぎこちない。

まるで、油を差していない歯車のように。

それは、アインの意思がその命令を阻止するため、必死になって拒否しようとしている証であった。

だが、それさえもヘルサンにとっては楽しみでしかない。

ああ、実にいいわ。

最高よ、この二人。

たっぷり楽しませて。

そして、私の記憶の中で最高のショーとして刻んであげるわ。

ゆっくりと一歩一歩、アインがアーサーに近づく。

そして、アインのナイフを持った手が大きく振り上げられる。

アーサーはその様子を見ても、まだ落ち着いていた。

それは、アインに斬られるなら、それでもいいという悟りさえ感じさせるほど落ち着いたものであった。

反対にアインの方は、必死になって振りかざさないように抑えようとしていた。

だが、それさえもかなわず、目からは涙が溢れ出している。

そして、アインの口から言葉が漏れる。

「い、嫌っ……」

その言葉には、様々な感情が混ざり込んでいた。

その二人の様子に、ヘルサンはゾクゾクした喜びに打ち震える。

ある意味、恍惚に近い感覚だった。

だが、そんな時である。

「もうそろそろ、やめておきたまえ」

そんな声が部屋に響く。

それは第三者の声だ。

その瞬間、ヘルサンは無意識のうちに声のした方向を向いた。

いつの間にかドアが開かれており、そこには一人の男が立っていた。

「実に不快で、残酷じゃないか。それに悪趣味すぎる」

そう男は言葉を続けると、ニヤリと笑った。

ヘルサンの視線が外れた瞬間、アインが力なく崩れ落ちる。

それをアーサーは抱き支えた。

恐らく、ずっと抵抗し続けていたため、一気に疲労に襲われたのだろう。

「くっ」

舌打ちすると、ヘルサンは三人が視界に入るように後ろに下がる。

そして、三人を視界に収めると命じた。

「動くな」と。

だが、男は笑った。

「ふむ。やっぱり、か」

そして、ゆっくりとジャケットの裏に隠していた銃を取り出すと、ヘルサンに向けた。

銃口がヘルサンを捉える。

その状況に、ヘルサンは混乱した。

「な、なぜ……」

驚愕に震える声が、その口から漏れる。

まさか、自分の術がまったく効かない相手がいるというのか?

信じられなかった。

だが、実際に目の前で、自分の術が無効化されている。

それが一気にヘルサンの心をへし折った。

彼の自信は、相手を一方的に支配できるという前提の上に成り立っていた。

だからこそ、その前提が崩れた瞬間、そこに残ったのは暗殺者としての冷静さではなく、剥き出しの恐怖であった。

それは、今まで破られた事のない絶対的な自信が折れた瞬間でもあった。

「ひいいいいっ」

悲鳴のような声が漏れる。

それが合図であったかのように、ヘルサンは一目散に逃げ出した。

それは、さっきまでアーサーとアインを手玉に取っていた男と同一人物とは思えないほどの変わり身であった。

だが、男は深追いしなかった。

銃をしまうと、アーサーとアインに微笑む。

「遅れてすまなかった。私がネモだ。よく来てくれた、アーサー・E・アンブレラくん。それと、アイン」

アインの名まで呼ばれたことに、アーサーは一瞬だけ目を細めた。

だが、その声には不思議な温かさがあった。

そして、ネモは手を差し出す。

それを、アーサーは静かに握り返した。

こうして、アーサーはネモと出会ったのであった。



何なんだっ、あいつは……っ。

ヘルサンは部屋から飛び出すと、駆け出した。

ホテルから飛び出し、まるで追い詰められた鼠のようにあたりを警戒する。

そこには、さっきまでの強者の姿はない。

弱者だけが見せる怯えがあった。

そして、誰も追って来ていないと確認して、ほっとする。

思考がやっと回り始める。

部下達はどうしたのか?

なぜ、あの男には術が効かなかったのか?

そんな事を考えていると、自分をじっと見る白い髪の女の姿が目に入った。

二人の視線が絡み合う。

女が笑った。

そして、口が動く。

何を言ったのか、それは遠くからでもわかった。

「見つけたよ」

その瞬間だった。

ヘルサンの思考が一気に真っ白になっていく。

まるで、今までキャンバスに描かれていた絵を、白い絵の具で塗り潰すかのように。

白い髪の女がヘルサンに近づく。

そして、ケラケラ笑いつつ囁いた。

「君、面白いね。あの二人に手を出したのは許せないけど、まだ駒として使えそうだし……」

そして、白い髪の女はヘルサンの思考を弄っていく。

ヘルサンには抵抗できない。

以前なら、抵抗できただろう。

だが、心が、自信が折れた今の状況では無理だった。

全てが一気に書き換えられていく。

こうして、ヘルサンは死んだ。

肉体的には死んでいない。

だが、ヘルサンの意思を持つ者は死んでしまった。

この世に存在しなくなってしまったのだ。

そして、その肉体には、新しい思考が書き込まれた。

そこに残ったのは、秘密結社のフェンによって支配された、新しい思考を宿した人形だけであった。




読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

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