願いと野望
合衆国軍による教国侵攻作戦。
それは大統領ら政府関係者や軍部の大半の者達が知らない間に進められたが、皮肉なことに、その作戦の大まかな概要は実は教国に流れていた。
勿論、詳細なものではない。
だが、宣戦布告と同時に三個艦隊を動かし、教国の海上戦力に打撃を与えた後、セントフィール軍港とアバーナ港の二港を占領し、上陸を行うところまで漏れていた。
なぜ簡単に漏れてしまったのか。
それは合衆国にいる多くのドクトルト教徒によるものである。
合衆国の多くの者達がドクトルト教信者であり、合衆国のドクトルト教最高司祭が教国とは関係ないと距離を置き、国民が怒りと憎しみで教国憎しとなったとしても、元々熱心だった信者としては、はいそうですかとなる訳がない。
それどころか、信者によっては危機感を募らせ、わざわざ自ら知らせる者さえいた。
つまり、彼らは軍人である前に、信者であったという事であり、それ故にここまで情報が教国に流れてしまっていたのである。
「つまりだ。合衆国のアホ共は我々を倒せると思っているという訳ですか」
そう言って大笑いしたのは、教団防衛艦隊指揮官であるアンデサラーラ・リングルトス軍属大司祭である。
教団防衛艦隊は、ドクトルト教団の私設艦隊ではあるが、教団お抱えの騎士団と同じく、軍属扱いになっている。
もっとも、軍属といっても、その実権は国軍とは別系統になっている。
つまり、わかりやすく言うと同業他社のようなものだろうか。
普段は協力し合うどころか、牽制し、足の引っ張り合いさえしている。
だが、今回の合衆国の侵攻に関しては、単独では対応できず、こうして話し合いが行われているのである。
「そういう事だ。連中は三個艦隊と上陸部隊を率いて動いており、目標はセントフィール軍港とアバーナ港だ」
そう言ったのは、教国本国艦隊司令であるトラビス・パラマーゼ提督である。
「ふむ。それはわかった。で、作戦としてはどうするつもりかね?」
リングルトス軍属大司祭の上から目線ともいうべき見下した言いように、パラマーゼ提督はぴくりと眉を動かしたものの、淡々とした口調で口を開く。
「我々としては、バンダルチ海のスペラーリーゼ諸島で迎え撃とうと思っている」
スペラーリーゼ諸島。
幾つもの島々によって構成されており、数で有利な合衆国艦隊をそこで迎え撃ち、混戦に持ち込むという腹である。
また、いくつかの艦艇を後方に回り込ませ、敵主力を諸島で釘付けにした後、上陸部隊を満載した後方艦隊に攻撃を仕掛けるといった策も使えるだろう。
つまり地の利を生かした戦いを展開できると考えての事だった。
その考えをリングルトス軍属大司祭もわかったのだろう。
目の前に広げられている海図を見て目を細め、ニヤリと笑うと、視線を海図からパラマーゼ提督に向けた。
「なるほど。よい手だ。で、振り分けはどうするね?」
要は、諸島での足止め艦隊と、後方支援艦隊に攻撃を仕掛ける艦隊の振り分けをどうするかという事だ。
その問いに、ほら来たぞとパラマーゼ提督は心の中で身構えた。
教団お抱えの艦隊や騎士団はドクトルト教の威を借りて好き勝手やり放題であり、軍はいつも尻拭いをさせられていたからである。
だから、今回も好き勝手にやられてしまうだろうと予想していた。
だが、それでは勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
今回だけは、何としても勝利を掴まねばならない。
この戦い一つで、祖国が戦禍に巻き込まれるかどうかが決まるのだ。
パラマーゼ提督はやる気のない教国軍の中では、珍しく祖国愛の強い男であった。
そう。ドクトルト教に対してではない。
彼は祖国の為にという意思で動いていたのである。
だからこそ、はっきりと言う。
「我々が足止めをしましょう」
今回の戦いは侵略であり、簡単に言うと教国に上陸さえさせなければいい。
それ故に損をする役割でもいいと割り切ったのだ。
その言葉に、リングルトス軍属大司祭は益々目を細める。
「いいのですか?」
淡々とした口調。
それは相手の心の中を覗き込むかのような響きがあった。
戦果という手柄をこっちに譲っていいのかという問いかけだ。
「構いません。今は戦果がどうのと言っている場合ではない」
はっきりと言い切ったその言葉に、リングルトス軍属大司祭は、ぱんと手を叩いた。
「素晴らしい」
第一声はそれだった。
「は?!」
思わずそんな声がパラマーゼ提督の口から洩れる。
彼としては、恐らくそんな当たり前のことを言うなよとか、そのまま流されると思っていたからだ。
だが、リングルトス軍属大司祭は感嘆の声を上げた。
そして言葉を続ける。
「いや失礼。久しぶりに軍人らしい軍人に会えたと思いましてな」
そう言われ、パラマーゼ提督は思い出す。
リングルトス軍属大司祭も、以前は軍人であったという事を。
だが、熱心な信仰心と能力を買われて、教団から教団直属の艦隊司令として引き抜かれたのである。
「今の軍部は、私利私欲で動く者達ばかりの巣窟です。なのに貴方は違うようだ。だから思わず声が出たのですよ」
「いや、私は、ドクトルト教の為ではなく……」
そう言いかけたパラマーゼ提督の言葉を、リングルトス軍属大司祭の言葉が遮った。
「わかっておりますよ。祖国の為だと。だが、軍人の本分はそこではないかと思うのです。国民の為、国の為に戦う。それが軍人だと」
そう言った後、リングルトス軍属大司祭は少し悲しそうな顔になった。
「だが、私が軍にいた頃はそうではなかった。だから、私は教団の誘いに乗った。だが、こっちも似たようなものだったのには、うんざりしましたがね」
そう言うと、悲しそうな顔で苦笑を浮かべる。
そんなリングルトス軍属大司祭に、パラマーゼ提督は思わずといった感じで苦笑した。
似た者同士。
そんな共感を感じたからである。
「お互いに苦労しますな」
「全くです」
二人して笑う。
最初の警戒し合う空気はもうなかった。
教団側、軍側という垣根さえも、もうなくなっていた。
今は、祖国を守る。
その利害で一致していたからである。
「作戦としては、それでよいかと思います」
リングルトス軍属大司祭はそう言うと、パラマーゼ提督を見た。
その視線には強い意志が籠っている。
「だが、役割を変えましょう」
「し、しかし、それでは……」
「なに、私はもうこれより上の地位はありません。ですが、貴方にはもっと上がある。貴方のような人材が軍部の上層部で勢力を増す方がこの国の為になる」
ニヤリと笑みを浮かべ、リングルトス軍属大司祭は言葉を続けた。
「それに、私は貴方が気に入りました。これからも協力は惜しみませんよ」
そして、右手を差し出す。
その言葉と行動に、パラマーゼ提督は驚くものの、すぐに笑顔を浮かべ握手を交わす。
「私こそ、貴方のような方が教団におられると思いもしませんでした。今回の事を含めて、これからはよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
二人は固い握手を交わし、話し合いを再開する。
こうして、敵の主力を教団防衛艦隊がスペラーリーゼ諸島で足止めし、教国本国艦隊が後方の支援艦隊を叩くという作戦が決定したのであった。
幾つもの蝋燭の光が照らす一室。
そこには裏教団の支配者であり、教国を裏で支配する老師の姿があった。
そして、テーブルをはさんだ向かい側にはいくつもの影。
その一つが前に出て報告していく。
「そうか、そうか。二人も殺害したのか。うまくいってはいるのだな」
その報告を聞き、そう言って老師は一瞬満足そうな表情になる。
ヘルサンによる結社幹部の暗殺の報告である。
だが、その表情も次の報告が入った瞬間、崩壊した。
「宣戦布告はまだありませんが、秘密裏に合衆国がついに侵攻作戦の為の軍を動かしたそうです」
その報告に、老師はダンとテーブルを荒々しく叩いた。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の光が、それをより浮かび上がらせていく。
修羅のように。
「なぜ、そうなるっ!!」
老師にしてみれば、結社幹部の暗殺をすることで、警告したつもりであった。
これ以上、教国に関わると命にかかわると。
だが、それはより結社を追い詰める結果になっていた。
握り締めた拳と身体が、怒りで震えていた。
だが、ゆらりと顔が上がる。
その表情に浮かぶのは荒々しい怒りだ。
「どうやら、手ぬるかったようだな……」
呟くようにそう言うと、ぎろりと前に並んでいるいくつもの影を見る。
その視線を受けて影達が動揺したように揺れた。
「卿よ、余裕はどれほどある?」
そう言われ、最後尾にいた影が前に出る。
影でよく見えなかった顔が、薄暗い中でも見えた。
その表情は疲労と困惑で彩られていた。
「現状、それほど余裕はございません」
今や教国内で暗躍する『勤労の小人達』や『ヨドムの使者』の対応に、老師直属の暗殺部隊のほとんどが振り回されているのが現状だ。
余裕はないどころか、手が足りず、より多くの増員さえ希望したい有様である。
だが、流石にそうは言えず、何とか言えたのが今の言葉であった。
その言葉と口調に、老師はむっとした表情になったものの、それでも口を開く。
「無理にでもかまわん。合衆国へ増援を送れ。結社の幹部を全員地獄へ落とすのだ」
「しかし、それでは教国内部の抑えが……」
慌てて卿がそう言うものの、老師は見下すような視線を卿に向けた。
「現状でも後手に回って何も出来ていないではないか」
その言葉に、卿は黙り込む。
元々老師直属の部隊の多くは殺害や暗殺任務に特化したものが多く、現状で成果を上げているのはランカン率いる部隊といくつかのみであった。
悩む卿を見つつ、老師は言葉を続ける。
「それに、そもそも結社からの支援や資金が途絶えれば、連中も大人しくなるのではないかな」
確かにそれは一理ある。
連中がこれほど動けるのは結社からの支援と資金のおかげだ。
その元を潰せば、連中の活動は下火になるだろう。
「確かにおっしゃる通りですな」
卿はそう答える。
「ならば、すぐに増援を合衆国に送れ。結社の幹部を皆殺しにしろと伝えてな」
「はっ。では、今から準備に入っても?」
「ああ。構わん。すぐにやれ」
「ただちに」
卿はそう言うと退室していく。
内心ほっとしながら。
なにせ、老師の言う通り、後手後手に回っている報告しかなかったからである。
そんな卿の姿を他の影が羨ましそうに見ている。
あいつ、うまくやったな。
そんな事を思いつつ。
しかし、「次の報告だっ。早くせんかっ!」という老師の声に、皆我に返った。
慌てて次の者が報告を開始する。
次の報告は、連盟の現状だ。
「現在、共和国、王国は反攻作戦の準備に入っており、連盟も戦力を本国に集中しており、こちらにちょっかいを出す余裕はありません。また、植民地各地で起こっている反政府の暴動や動乱は、帝国が鎮圧を請け負い動いたことで収まりつつあります」
「ふむ。つまり、我々にちょっかいを出せそうな国は、合衆国のみという事だな」
しばしの沈黙が辺りを包み込む。
そして老師は、一つの影に視線を向けた。
「召喚計画はどうなっておる?」
その問いと視線を受け、一つの影が一歩前に出た。
召喚計画を推し進める責任者マーロン・リジベルトである。
「は、はっ。順調に進んでおります。次回は数隻の艦艇を召喚して……」
説明を始めようとしていたマーロンの言葉を、老師の声が遮る。
「艦隊じゃ」
「へ?」
実に間抜けな声がマーロンの口から出た。
そんな事も気にせず、老師は再度言う。
「艦隊を召喚せよ」
「しかし……」
「今の現状を打破するには、艦隊が必要じゃ。それもとんでもない強さの艦隊が」
老師は言い切る。
以前召喚した艦は、一隻でフソウ連合の艦隊を追い詰めた。
その威力の艦艇が艦隊を組んだら、その力は圧倒的なものになるだろう。
そうすれば、一気に形勢を逆転できる。
そう考えたのである。
「ですが、それでしたら術式プログラムを変更する必要が……」
「構わん」
「それに、より多くの資材と贄が……」
「絶対に準備させる」
そこまで言われてしまえば、もうどうしようもない。
マーロンはふうと息を吐き出した。
「わ、わかりました。では、この件に関しての絶対的な命令権をください」
それは恐る恐るという感じの口調ではあったが、それがなければ出来ないという思いがそう言わせていた。
「わかった。確かに必要じゃな」
老師はそう言うと、マーロンに臨時ではあるが絶対命令権を与えることを約束した。
それを恭しく頭を下げて受けつつ、マーロンは内心ニヤリと笑みを漏らしていた。
これで卿と並ぶ力を得た、と。
そして、人という生き物は貪欲である。
それと同時に、物足りなさが湧き起こる。
まだまだいけるのではないかという思考が生まれたのだ。
そんな中、以前心の奥底に沈めたはずの愛人、ジェニーの言葉が浮かび上がる。
『出来るのにしないのは、神様に失礼じゃない?』
そう、私は出来る。
もっと出来るはずなのだ。
今以上に。
ならばどうするか……。
簡単だ。
ジェニーの言うとおりにすればいい。
ふふふっ。私が支配者となるのだ。
そうすれば、無理難題に苦労する事も、老師に怯える事もなくなる。
そんな事を思いつつ、マーロンは真剣な表情を浮かべて老師の命を受け、退室していく。
その胸の中に野望を秘めて。
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