前日
「これはどういうことだね、クラバルンテ補佐官」
そう言って、デービット・ハートマン副大統領がデスクの上に置かれた書類の束を指で叩く。
かなりの厚みがあるにもかかわらず、相当強く指で叩いたのだろう。
紙の束を叩いたというのに、コンコンという音が響く。
それほどまでに、彼の怒りは強かった。
だが、クラバルンテ補佐官はまるでその怒りをそよ風のようにしか感じていないのか、無表情で口を開く。
「教国侵攻作戦の計画書であります。それが何か?」
その対応に、副大統領の声に籠る怒気は益々強くなっていく。
「いつ、大統領が、教国を攻撃すると言われたのかね?」
その言葉にも、補佐官の対応は淡々としたものであった。
「いえ、宣戦布告する以上、ただ宣言だけというわけにはまいりません。ですから……」
「だが、すでに艦隊は作戦開始地点に集結。宣戦布告と同時に作戦展開となっているではないか」
「それはそうです。先手必勝。味方の損害を少なくし、より勝利を確実にするためには必要な準備だと思いますが……」
「だから、いつ大統領がそう命じたかね?」
その言葉に、補佐官は無表情で言う。
「しかし、まさか、宣戦布告してそれだけで終わりという事にはいかないでしょう? それに鑑み、軍部の上層部が作戦を立案し、用意した。それだけです」
確かに、補佐官の言う通りだ。
宣戦を布告するという事は、戦争が始まるという事なのだ。
そして、戦争には勝たねばならない。
負けてしまえば、何も手にすることは出来ず、失うのみだ。
だからこそ、勝つことを考えれば、間違ってはいない。
しかし、余りにも準備が良すぎる。
特に作戦の規模が大きければ大きいほど、準備には時間がかかる。
この規模なら準備に最低でも一か月は必要だろう。
なのに……。
「しかしだ。これでは、まるで……」
そう言いかけた副大統領を制して、黙って聞いていたアルフォード・フォックス大統領は補佐官に向かって口を開いた。
「すまんが、一日考えさせてくれんか。明日の宣戦布告声明の前には決断をする」
その言葉に、補佐官はゆっくりと頭を下げる。
「はっ、大統領閣下の賢明なご決断をお待ちしております」
それだけ言うと、一礼して補佐官は退室していった。
その後ろ姿をただ黙って見送った後、副大統領は視線を大統領に向ける。
「いいのか、アルっ」
当初の予定では、世論の事もある為に宣戦布告はするものの、積極的な侵攻はせず、徐々に圧をかけていく予定にしていたからだ。
だが、軍部はそれを許さないかのように、侵攻作戦の準備を進めていた。
その用意周到さに、疑念しか湧かない。
だからそんな言葉が出てしまったのだ。
その言葉に、大統領は苦笑した。
「仕方ないだろう。大統領は私なのだからな」
「しかし、これはどう考えても……」
「わかっているよ。我々がハメられたという事はね。だが、この状況をどうやって覆せる?」
そう言われて、副大統領は黙り込んだ。
返す言葉がなかったからだ。
そして、再度親友の顔を見る。
目の下には濃い隈があり、疲れ切った表情だ。
そんな親友の姿に、副大統領はやるせない表情で吐き捨てる。
「……あの補佐官もだが、だいたいアーサーのやつ、なんであんな奴を……」
だが、それを大統領は諫める。
「いや、補佐官の言う事は間違ってはいない。それにアーサーが、我々を追い詰める為に彼をよこしたと思うか?」
「しかしっ」
「わかっている。だが、今はもう手がない……」
その大統領の言葉に、副大統領は黙り込む。
そんな副大統領の肩を、ポンポンと大統領が叩く。
「まだチャンスはある。そう思って、今は耐えよう」
その苦渋の選択に、副大統領はただ黙るしかなかった。
「こんな計画、いつ用意した?」
作戦計画書に目を通し終えた後、冷めた視線を向けつつ、第七艦隊司令のパラマハンゼ・トラフック提督にそう聞いたのは、第一艦隊司令のデモン・チャンスボート提督である。
そして、その横には、第三艦隊司令のコルト・リキラーゼ提督が無表情でこちらを見ていた。
表情や態度は違うものの、二人とも納得していないというのだけは、はっきり感じられた。
「いや。我々も今知ったので……」
そう返そうとするトラフック提督だが、そんな彼の言葉をチャンスボート提督が遮る。
「建前はいい。本当のところどうなんだ?」
その言葉には、棘があった。
それもかなり鋭いやつが。
要は、どう言い訳しようが、本当のところはわかっているという事だ。
トラフック提督は苦笑する。
彼らは、これが大統領の命によって用意されたものだとは思っていない。
ならば……。
「確かに、この計画は軍部の一部が事前に用意したものだ」
その言葉に、二人はやはりなという表情をする。
そんな二人を見つつ、トラフック提督は言葉を続ける。
「だが、承認があれば問題あるまい?」
要は、作戦は軍部の一部が作ったとしても、大統領の承認さえあれば関係ないという事だ。
実に面白くもないし、納得できない。
それに、余りにも手順を逸脱している。
第三者から見れば、軍が暴走していると思われてもおかしくない。
だが、結果だけを見れば問題ないのだ。
それ故に、二人は渋い顔をする。
「ご納得いただけたようですな」
そんなトラフック提督の言葉に、冷たい視線を彼に向けてチャンスボート提督は言う。
「本当に、大統領の承認をいただけるんでしょうな?」
「ええ。明日の宣戦布告の際に、はっきりするでしょう」
しばしの沈黙が辺りを包む。
だが、それも長くは続かない。
ここで色々言っても意味がない。
そう判断したのである。
「わかった。明日の承認をもって、我々は作戦を開始する。それでよろしいですかな?」
要は、明日の宣戦布告と、きちんとした大統領の承認がなければ動かないぞという表明である。
チャンスボート提督がそう言うと、リキラーゼ提督も黙って頷く。
「ええ。勿論ですとも」
微笑んで、トラフック提督がそう言うものの、その表情にはイラつきが滲み出ていた。
彼にしてみれば、グダグダ言わずに命令に従えよと言いたい心境になっていたのだ。
だが、流石にそれを言えば、間違いなくこの場は荒れる。
そして、その破綻した関係は、作戦に影響を及ぼすだろう。
そうなれば、不味い。
そう考えたのだ。
敵との戦いの前に、味方に敵を作ってどうするという事である。
ともかく、今は何とかしておく。
どうせ、明日になれば、大統領の承認が届くのだから。
そう彼は確信していた。
会議室を退室し、それぞれが乗って来たカッターに向かうために、チャンスボート提督とリキラーゼ提督は狭い通路を歩いていた。
その間、二人はぼそぼそと会話を交わす。
勿論、声を潜めてである。
「どう思うかね?」
「納得できませんな」
「では……」
「ええ。こちらとしては、作戦が承認されればやるだけですが、無理をする気はありません」
リキラーゼ提督の言葉に、チャンスボート提督は苦笑する。
「確かに。その通りです」
そう短く声をかけ合い、二人は頷く。
要は、作戦指示には従うが、あくまでも無理はせず、出来る範囲で行動するという選択をしていこうと示し合わせたのである。
「では、また」
「ええ」
最後にそう声をかけ合い、敬礼して別れる。
そして、それぞれのカッターに乗り込み、自分の艦隊に戻っていくのであった。
二隻のカッターが、それぞれの艦隊の方に進んでいく。
それを艦窓から見ているトラフック提督に、副官が声をかける。
「あれでよろしかったのですか?」
その言葉に、トラフック提督は愚痴るように言う。
「よろしいも何も、あれ以上ぶちぶち言うようなら、こっちがブチ切れていたわ」
荒々しくそう言うトラフック提督の表情は、怒りの形相に変わっていた。
トラフック提督は二人の提督とは大きく派閥が違う上に、特にチャンスボート提督とはあまり仲がいいとは言えない間柄であったからだ。
いや、憎み合うと言った方が正しいのかもしれない。
派閥の為、結社の為とはいえ、そんな相手のご機嫌を窺うなんて真似をしたのだ。
内心ではかなり煮えくり返っていたのだろう。
副官が慌てて言う。
「も、申し訳ありません」
「いや、かまわん。それは俺個人の問題だからな」
そう言って少し落ち着いたのか、トラフック提督は息を吐き出す。
そして、副官に確認する。
「それはそうと、教国海軍の動きはどうか?」
「はっ。大きな動きはないとのことです」
そう言った後、副官は苦笑する。
「もっとも、教国国内が情報通りなら、そうそう外ばかり見ておれませんよ」
「しかし、そうも言ってはおられん。あの二つの艦隊がある以上はな」
その言葉に、副官は黙り込んだ。
今や教国は、ある意味、民衆蜂起によって内乱に近い有様であり、それを収める為に軍や騎士団などは翻弄され、振り回されているという。
だが、そんな有様でも一部の軍は警戒を継続し、外に向けての国防に就いている。
なんせ、連盟と軍事同盟を結び、王国、共和国と戦争中なのだ。
いくら内乱だとはいえ、疎かに出来ないのである。
そして、その中心になっているのが教国本土を守る二つの艦隊。
教団防衛艦隊と教国海軍本国艦隊である。
教国海軍本国艦隊は海軍の管理下にあり、総数五十隻前後であったが、その大半が支援艦船で構成されており、重戦艦三隻、戦艦六隻、装甲巡洋艦十二隻の計二十一隻が純粋な戦闘艦艇である。
もっとも、どの艦も旧型のものばかりで、それ程脅威とは言えない有様であった。
だが、問題はもう一つの教団防衛艦隊である。
教団防衛艦隊はドクトルト教教団直属の艦隊であり、国の艦隊ではなく、教団の私設艦隊である。
その総数は、実に百隻近い。
それも本国艦隊とは違い、新型の艦艇中心であり、構成も重戦艦十隻、戦艦二十隻、装甲巡洋艦三十八隻の計六十八隻が純粋な戦闘艦である。
その総数は、合衆国の一個艦隊を凌駕する戦力だ。
馬鹿に出来ない。
もし、第一、第三艦隊が非協力的で、そんな連中を相手に第七艦隊だけで戦う事になったら、戦闘を楽しむどころではないだろう。
やはり、戦闘を楽しむのであれば、余りにも差がありすぎるのは考え物だ。
トラフック提督はそう考えていたのである。
「それで、手は打っているのか?」
「はい。すでに教国内部に潜り込ませているスパイを使い、教団防衛艦隊が第一、第三艦隊に向かうよう手筈を整えております。宣戦布告と同時に動かす用意は終わっております」
「そうか。では、後は待つとしようか。明日の宣戦布告を」
そのトラフック提督の言葉に、副官はニタリと微笑み、同意を示すのであった。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
感想やリアクション、レビュー等いただけると大変ありがたいです。
また、もしブックマークとか評価がまだな方は、そちらもよろしくお願いいたします。
作者の更新へのモチベーションUPに必要不可欠な補給要素の一つですw
どうぞ、潤沢な補給をよろしくw




