静かなる嵐
「これ美味しいわ。でも、これはちょっと話と違うかなぁ」
そんな事を言いつつ、テーブルに並べられたいくつものケーキを、食べ比べるように口に運んでいく白髪の女性。
その様子は、ケーキを美味しそうにほおばっている子供のように見え、アーサーは最初こそ唖然としたものの、すぐに微笑ましい笑みを浮かべて珈琲を飲んでいた。
なお、アインは知らぬ存ぜずを突き通して、アーサーの隣で紅茶をすすっている。
時折ぴくぴくと眉が動くのは、イライラしている時のアインの癖だ。
話があると言われ、そのまま近くの喫茶店に入ったのはいいのだが、フェンは無一文だから奢ってと言い始め、アーサーが苦笑しつつ承諾すると、あれよあれよと色んなケーキを山のように注文し、呆れ返るアインと唖然とするアーサーという構図のまま、今に至るのである。
流石に我慢しきれなくなったのか、アインが口を開く。
「で、話とは何ですか?」
確かに話には応じるが、さっさと終わらせたいという意思が滲み出ている。
「そんなに言わなくてもいいじゃない。久方ぶりのスイーツだよぉ。それも今流行の。五年ものブランクがあるんだから少しは楽しませてよ」
フェンはそう言ってニヤリと笑い、言葉を続ける。
「それとも、二人のデートを邪魔されてイラついてるぅ?」
思考が読めるくせして、そう言って揶揄ってくる。
「そ、そんな事ありませんっ。さっさと食べてしまいなさいっ」
流石にムッとしてアインがそう言って睨んでいるが、そんな睨みもどこ吹く風とばかりに、フェンはケラケラと笑って受け流している。
その様子は、アーサーから見れば、お互いにじゃれ合っているように見えた。
「やっぱり、二人、友達じゃないのか?」
思わずぼそりと言葉が漏れる。
そして、その言葉をアインは必死に否定し、フェンは実に楽しげに笑った。
「いや、いいね。アーサー、君はいいやつだ。実に見る目がある」
そう言って、アーサーの肩をバンバンと叩くフェン。
もっとも、力が弱く、そんなに痛くもない。
それはアインもわかっているのだろう。
止めることはしない。
もっとも、イライラしているのは変わらなかったが。
ともかく、和気あいあい(?)の雰囲気でケーキを食べ終わると、紅茶を飲み干して、フェンはやっと落ち着いたという感じで口を開いた。
「話というのはね、私が君に興味があるからなんだよ、アーサー」
小さな声で呟くように言う言葉。
その声は実に小さく、集中しないと聞こえない。
しかし、耳に入れば、脳に直接響くような音色に聞こえた。
魅入られていく。
そんな感覚。
アーサーはフェンの言葉に引き寄せられていく。
それ以外の言葉が聞こえなくなっていく。
周りの音が聞こえない。
フェンの声だけが世界の音の全てのような感覚。
だが、それは直ぐに破られた。
「フェン。いい加減にしないと潰しますよ」
地の底から響くようなアインの声。
それが世界の静寂を壊す。
今までフェンの言葉しか響いていなかった世界が、一気に雑音に満ち満ちていく。
そして、気が付くと、いつの間にかフェンの後ろにはアインが立っており、肩に手が置かれている。
服の袖口からちらりと見えるのは鋭い刃。
要は、すぐにでも首を切り落とせるぞという威嚇。
「おおおっ。怖い怖いっ」
ケラケラ笑ってフェンはそう言うと、ちらりと後ろに立つアインを見て謝る。
「ごめんよ、ついつい、いつもの癖で、ね。ちゃんとするからさ、その物騒なのしまってよ。ね、アイン」
アインがすーっと肩から手を離し、アーサーの隣に座る。
それを見て、フェンはほっとした表情になった。
それは、笑ってはいたが、アインの本気ともとれる威嚇に恐れがあったという事だ。
「さすがだね。私を唯一殺せる女は伊達じゃないね」
「五年前に殺しておけばよかったと後悔し始めてますよ」
「またまた~っ。あの時は殺したくないからって説得してきたじゃない」
「でも今なら殺せます」
しばしの沈黙。
フェンは苦笑し、そして口を開いた。
「そうね。今のアインなら私を殺せるわね。ただし……」
ニヤリと笑って言葉を続けた。
「条件が整えばでしょう?」
「わかっているなら、さっさと話しなさい。それも普通にね」
「はいはい。わかりましたよ。わかりました」
そう言ってふーと息を吐き出すと、表情を引き締める。
そして、普通に言葉を続けた。
もう周りの音は消えていない。
雑音の中、フェンの声が聞こえてくる。
「ふふっ。貴方に興味があるというのは本当よ。だってさ、そんな思考をしている結社の幹部って初めてだもの」
その言葉に、アーサーは「なにを?」と問いかける。
その問いに、フェンはクスクスと笑った。
「隠さなくてもいいわよ。私は相手の思考がわかるの。私の前に隠し事は無理なのよ」
目の前の空のカップを指ではじく。
澄んだ音が響くが、すぐに雑音に巻き込まれて消えていく。
「で、聞きたいんだけど、あなたは本当に出来ると思っているの?」
フェンの口角が吊り上がっていく。
「結社の改革なんて」
その言葉に、アーサーは目を一瞬見開いたものの、それでも落ち着かせるためか息を吐き出して言う。
「出来る出来ないじゃない。やる。それだけだ」
雑音にまみれた中、その言葉は実に小さかった。
呆気ないほどかき消されていく。
それは今のアーサーの立場を示しているかのようだ。
まだ力も、同志もなく、メドさえ立たない。
本当に何もない中での言葉。
今の状態では無意味で、無力なもの。
だが、それでも強い意志の籠った言葉だった。
少し驚いた顔でフェンはアーサーを見た。
そして、悪戯っ子のような表情になる。
それはまるで、極上の玩具を見つけた子供のようだ。
「いいわ。すごくいいわ。あなたの決意がどこまでやれるか見たくなったわ。ふふふっ」
楽しげにフェンは笑った。
屈託のない笑顔。
その笑顔を見て、アインが嫌そうな顔になる。
アインにはわかったのだ。
フェンはアーサーを気に入った、いや、極上の玩具だと認識したのだと。
元々、フェンにとって、結社も、合衆国という国も、下手したらこの世界全てがどうでもいい事なのだ。
そんな中、数少ない拘りがある。
その中にアーサーが分類されたのだと。
そんなアインを見て、フェンはクスクス笑う。
「ふふふっ。取ったりしないわ。貴方の愛しいご主人様を」
そして、少し怯えるように言う。
勿論、揶揄って。
「だって、貴方怒ると怖いもの」
「ちっ」
アインが舌打ちする。
そんな二人をアーサーは見ていたが、我に返ってフェンの言葉から慌てて言う。
「それは、協力してくれるという事か?」
少し考えて、フェンは答える。
「そうね。協力というより、気が向いたら、あなたが知りたそうな面白い話をしてあげる」
そう言った後、アインをチラチラ見て言う。
「それでいいわよね、アイン」
「ええ。それで構いません」
そのやり取りに、アーサーは気が付く。
フェンが極端にアーサーに肩入れすれば、それは結社内の不穏な動きを引き起こす可能性が高い。
だからこそ、そんな言い方をしているのだと。
それほどまでにフェンという存在は危険なのだと再度実感する。
「ふふふっ。いい思考ね。すごく美味しいわ。本当なら、ずっとそばでその思考を味わいたいけど、今は無理だしね」
そう言った後、ちらりとアインを見るフェン。
ため息を吐き出して、アインは連絡先をフェンに教える。
楽しげにそれを聞き、フェンはアーサーの方を向いた。
「そういう事だから、当てにしないで待っててね」
そう言われたものの、アーサーは笑っていた。
「ああ、ありがとう」
今のアイン以外は味方のいない結社の中で、味方に近い存在がいると判っただけでうれしかったのだ。
その言葉と微笑みに、フェンはまぶしそうなものを見る様に目を細める。
「ふふふっ。本当にいいわ、貴方って」
そして、立ち上がりかけた。
これで話は終わりという事らしい。
「もういいのかい?」
そう言われてフェンは笑う。
「そうね。話はこれだけよ」
そう言いかけたものの、すぐにフェンは何かを思い出したのか、再度椅子に座る。
そして、クスリと笑った。
そして手を上げると、ウェイターがすぐにやってきた。
フェンは二人をちらりと見た後、笑って口を開く。
「そうね、ケーキを二十個ほどお持ち帰りで用意してくれない?」
その言葉に、アーサーもアインも唖然とする。
再度座って、もしかしたらまだ話があるのかと思ったら、いきなりお持ち帰りのケーキの注文を始めたからである。
そんな二人を置き去りにして、フェンとウェイターとの会話が続く。
「どのようにいたしましょう?」
「そうね、ダブらないようにして」
「はい。わかりました」
「ええ。それと美味しそうなのから選んでよね」
「勿論でございます」
そういうやり取りをした後、唖然としている二人の前でケーキが用意され、それを受け取るとフェンは立ち上がった。
「じゃあ、御馳走様っ。また会えたらいいわね」
そう言って立ち去ろうとする。
だが、そこで目を細める。
ちらりとアインを見た後、視線をアーサーに向けて言う。
「私の妹は、頑固で独占欲が強くて面倒だけど見捨てないでね」
その言葉には、温かみがあった。
アーサーは驚いたものの、すぐに答える。
「見捨てるもんか。絶対に」
そう答えて、アインの手を握り締める。
アインの顔が真っ赤になった。
「ふふふっ。いいわ。最高よ、貴方。いえ、この場合は貴方たちね」
そう言って、フェンは笑いながら立ち去っていく。
ケーキの入った大きめの箱を持って。
アーサーとアインは、その後ろ姿をじっと見ていた。
安堵の表情で。
フェンが立ち去った後、二人はようやく身体の力を抜いた。
なんだかんだ言いつつも、かなり緊張していた部分はあるのだ。
激しくはないものの、まるで嵐の中を進んできたかのような疲労感が、二人を襲う。
「すごい人だね」
思わず出たアーサーの言葉に、アインは頭を下げる。
「申し訳ございません」
「なんで君が謝るんだ、アイン」
そう言われて、アインはため息を吐き出す。
「いえ、私の姉が……」
「アインのお姉さんなら別に構わないよ。しかし、アインにお姉さんがいるなんて初めて聞いたよ」
そう言われて少し迷ったものの、アインは口を開く。
「正確に言うと、血は繋がっていません。義理の姉という事です。ただ、わかって欲しいのは、あの人は相手を自分の身内や大切な人だと認識してしまうと、思考は読めても、何も干渉できなくなるという事です。だから、ああやって相手を揶揄ったり、怒らせたりして、敢えて身内だと認識しないようにしているんです」
「いいのかい? そんな事を話して」
思わずという感じでアーサーは言う。
「はい。多分、もうアーサー様も私と同じように認識してしまっているはずです。そうでなきゃ、あんなことは言わないと思います」
「そうか」
それだけ言って、アーサーは少し思考し、苦笑した。
「えっと、何か?」
怪訝そうな顔でアインが聞く。
その問いに、アーサーは肩をすくめるようにして言う。
「いやね、とんでもない人に気に入られたんだなぁと実感してしまってね」
その言葉に、アインはクスクスと笑うのであった。
その日の夕方。
「ただいま~っ」
まるで何事もなく家に帰って来たかのように、アハトとツェーンのいるアジトに戻って来たフェン。
その様子に、二人は唖然とし、そして少しほっとした表情を浮かべていた。
「よ、よかったよぉ~っ。帰ってきた~っ」
ツェーンががくりとその場で力が抜けたのか、座り込んでしまいそうになる。
そんなツェーンを支えつつ、アハトが厳しい表情でフェンに文句を言いかけたが、その目の前にずいーっとケーキの入った箱が突き出された。
「な、何よ、これ……」
「お土産のケーキ」
「あ、あのね、あんた……」
「はいはい。怒りっぽいのは、お腹が減ってる証拠。私は寝るからみんなでお茶でもしといて」
そして、ニヤリと笑って言う。
「そうそう。必死になって私を探していたあなたの部下達にも分けてあげてね。ご苦労様って」
くけけけけけっ。
そんな笑い声を上げつつ、あてがわれた部屋に入るフェン。
「あのアマーっ。いつか殺す」
アハトがそう言って歯ぎしりする。
ツェーンは半分涙目だが、視線はケーキの箱に向いていた。
そして、ぼそりと呟く。
「もしかして、ケーキ食べに行きたいって言ってたから……」
その言葉に、アハトが即座に否定する。
「そんなわけあるか。偶々だって。大体、勝手に飛び出さなきゃこっちは……」
そう言いかけた瞬間、閉まっていたドアが開く。
「なら、今度はきちんと出かける時に言えば、外出していいってことだよね」
フェンがニヤニヤして笑う。
それはまさに、揶揄っていますと言わんばかりの表情だ。
「お前っ」
アハトの怒気のこもった声。
だが、フェンは笑った。
「怖い怖いっ。でも……」
そう言って、真顔になる。
その変化に、アハトとツェーンは一瞬、何を言うのかと固唾を呑む。
そして、フェンははっきりと言う。
「今度はきちんと言うから、お小遣い用意しておいてよね」
その言葉に、アハトの身体が震える。
勿論、怒りである。
そして、びぃぃぃぃんっという震える音が響き、ドアにダガーが突き刺さっていた。
アハトがスカートの中に隠し持っていたものだ。
「きゃー、怖いぃっっ」
それでも楽しげにフェンは笑ってドアを閉める。
アハトは荒い息で近くにあったものを再びドアに投げつけようとしたが、ツェーンが慌てて止めていた。
「アハト、それダメ」
と。
そして、アハトは気が付く。
投げつけようとしていたものが、ケーキの入った箱だった事に。
「あ……」
「アハト、それダメだからね。絶対にダメ!」
必死な熱意のこもった瞳で睨まれ、アハトの中の怒りが冷え切っていく。
「ごめんなさい」
なんか叱られた子供のような気持ちだ。
「よしよし。じゃあ、お茶にしましょう」
ツェーンはそう言うと、ルンルン気分でケーキの入った箱を持ってキッチンに歩き出す。
それを見つつ、アハトはため息を吐き出したのであった。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
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作者の更新へのモチベーションUPに必要不可欠な補給要素の一つですw
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