定められた開戦
トルスバータ島。
そこは、教国と合衆国の間を繋ぐトマーシン海のほぼ中間に位置する、半径五㎞ほどの島であり、もっとも教国に近い合衆国領だ。
周囲は海ばかりで、その島だけがぽつねんと浮かんでいる。
そのため、その島は長らく無人島であり、十年ばかり前に海路警備のための軍施設が設けられた。
連絡は月に一回の定期便と、時折立ち寄る合衆国海軍艦船ぐらいのものであり、その上、小さな港と灯台、簡易な宿舎だけしかない僻地という事もあり、裏ではここでの任務は島流しとまで言われていた。
しかし、そんなところでの勤務を望む物好きもいたりする。
トラハン・リミッター軍曹。
彼もそんな一人であった。
彼は部下のパンラ・シジルス二等兵と二人で、のんびりと任務に当たっている。
なお、本当なら三人勤務のはずであったが、もう一人のアドノフ・ヒルストン二等兵は二年ぶりの里帰り中であり、戻ってくるのは次の定期便の時だ。
つまり、一ヶ月は二人で勤務しなければならない。
もっとも、彼らの任務といっても、灯台守りとしての仕事以外、ほとんどない。
だから、今はシジルス二等兵が夜勤、自分が日勤という事で回している。
さて、今日は何をするか。
機械の点検と食料の備蓄のチェックは昨日したし、燃料関係も三日前にしたばかりであった。
仕方ねぇ。
釣りでもするか。
まぁ、まずは引き継ぎしなきゃならんが。
そう思いつつ灯台に向かう。
すると、灯台のすぐ側にある宿直用の小屋の入り口で、シジルス二等兵が立ち尽くしていた。
「お、おいっ、どうしたんだよ」
慌てて駆け寄って、そう声をかける。
すると、やっと気が付いたという感じで、シジルス二等兵がこっちを向いた。
「あ、あれ……」
そう言って沖の方を指さす。
そこには、大小多数の艦艇が浮かんでいた。
「お、おいっ、ありゃ……」
目を見開いて確認する。
間違いない。
目の錯覚じゃねぇ。
間違いなく艦艇が山ほどいやがる。
どう考えても一個艦隊だけの数ではない。
恐らく二~三個艦隊はいるだろうか。
それも戦闘艦だけではない。
補給艦などの支援艦船だけでなく、兵員輸送艦らしき姿も見られる。
つまり、ただの艦隊決戦ではない。
どちらかというと、侵攻するための艦隊のように見えた。
しかし、こんな大艦隊が、なんでこんな所に……。
そして、やっと思考が回り始める。
慌てて望遠鏡を宿直室から持ってきて覗いた。
シルエットは合衆国の軍艦らしく見えたが、連盟は合衆国製の艦艇を採用している。
だから、国籍を確認しようとしたのだ。
最も近い艦艇の艦尾を見る。
はためく国籍旗は合衆国のものだった。
そしてその下には、合衆国海軍の旗も見えた。
ふう。
思わず息が漏れた。
「味方だ、あれは……」
そう言うと、シジルス二等兵が「味方なんですね?」と聞き返す。
その表情にはまだ幾分か唖然としたものが残っている。
だが、ほっとした感情があふれていた。
「よかった……」
その場でシジルス二等兵が座り込む。
丁度いい位置であったこともあり、その頭をぽかりと叩く。
「馬鹿野郎が。驚いて固まっていてどうするよ。さっさと報告しに来るんだよ、こういう時は……」
「す、すんません」
慌ててそう謝罪するシジルス二等兵。
「いいかっ。今度から何かあったら即報告だ。いいな?」
そう言いつつ、仕方ないかと思う。
新兵教育後、すぐにここに飛ばされて、まだ二ヶ月も経っていない。
ましてや、あの数と規模だ。
ああいうふうに固まってしまっても仕方ないか。
そう思い直す。
「は、はいっ」
シジルス二等兵は神妙な顔でこっちを見てそう言う。
「本当に頼むぞ」
「は、はいっ。今度はきちんとします」
そう言った後、再び艦隊の方に視線を向けたシジルス二等兵が呟く。
「でも、なんでこんな所に……。何か聞いてますか?」
「知らん。昨日の定期報告にも何もなかったしな」
しばしの沈黙。
だが、結局そのままというわけにはいかず口を開く。
「まぁ、味方というのはわかったからな。さっさと飯食って仮眠とっとけ。アドノフの野郎が戻ってくるのはまだ先なんだからよ」
「はぁ。そうですね」
そう返事をするものの、なんか納得いかないという顔でシジルス二等兵が兵舎の方に歩いていく。
その後ろ姿を見送った後、再度沖合を見る。
そして思う。
こりゃ、とんでもないことが始まったんじゃないか、と。
「第一艦隊、第三艦隊の集結は完了しました。あとは、第五、第六支援艦隊が到着すれば、作戦参加艦隊は揃います」
副官のその報告を聞き、合衆国海軍第七艦隊のパラマハンゼ・トラフック提督は満足そうに頷く。
その視線の先にあるのは、外に広がる海上に展開する大小の艦艇たちだ。
「ふむ。この調子なら、作戦展開は予定通りできそうだな」
「はい。予定が早まらない限りは問題なく」
トラフック提督は再度頷く。
表情に浮かぶのは、満足そうな笑み。
「実に素晴らしい眺めではないか」
その言葉に、副官も同意を返す。
「はい。私もここまでの艦隊の集結は初めてです」
実際、今ここには、第一艦隊、第三艦隊、第七艦隊の三個艦隊が揃っている。
合衆国が展開する八個艦隊のうちの三つが、ここに集結したことになる。
もちろん、この後に第五、第六支援艦隊が到着するが、現時点で実に百五十隻近い数だ。
そして、支援艦隊の分も合わせれば、二百隻は間違いなく超える。
「そうだろう、そうだろう。私もここまで集まるのは初めてだよ。実に頼もしい限りだ」
その言葉には、絶対的な自信が含まれていた。
だからだろうか。
少し下卑たような笑みを浮かべて、そのまま呟くように言う。
「これで教国海軍など徹底的に潰してやる」
その言葉に、副官が慌てて言う。
「提督、それはまだ……」
そう言われて、慌ててトラフック提督は周りを見回した。
どうやら副官以外には、誰にも聞こえなかったようだ。
「すまんな。つい嬉しくなってな」
「ご注意ください。我々はまだ、指示書の内容を知らないという事になっておりますので」
「そうだったな。しかし、前回があまりにも不完全燃焼だったからな」
前回。
それは、客船リベラカートを襲撃した連中を殲滅した時だ。
あの時は、余りにも一方的すぎて、ろくに満足できなかったのである。
トラフック提督としては、手に汗を握る艦隊戦を望んでいるのだ。
だからこそ、今度の作戦に期待していたのである。
「まぁ、気持ちはわかります。ですが……」
再度そう言われて、トラフック提督は苦笑した。
「わかった。わかった。気を付ける」
そして、話題を変えるため、口を開く。
「そういえば、ケルフェンスはどうなった?」
リベラカートを襲撃してきた連中を殲滅した戦いの際に、エンジントラブルで別行動をした装甲巡洋艦である。
そう聞かれ、副官が少し考え込み、思い出したのか口を開いた。
「ああ、ケルフェンスですね。あの艦は、王国に寄った後、合衆国に戻る事となり、恐らく今は航海中だと思われます」
「こっちに復帰するためにか?」
「いえ。何でも特別任務を受けるらしく、一時的に第七艦隊の指揮系統から外れると、本日の定時連絡で届いていたかと」
「そうか」
短くそう言うと、トラフック提督は残念そうな顔になる。
要は、ケルフェンスの艦長と今度腹を割って話し合い、自分の派閥に引きずり込みたかったのである。
かなり有望そうな男のようだから、今のうちにという考えだったからだ。
そんな提督の考えがわかったのだろう。
慰めるように副官が言う。
「まぁ、今は無理でも、まだチャンスはありますよ」
「確かにな」
提督はそう言うと、思考を切り替える。
今後の事を考えれば、後回しにしてもいいかと。
そんな中、伝令が報告してくる。
「第一艦隊のデモン・チャンスボート提督、第三艦隊のコルト・リキラーゼ提督がこちらに到着されました」
「そうか。では、会議室にご案内しろ」
「はっ。ただちに」
伝令はそう言うと踵を返し、艦橋から離れていく。
「では、我々も行くとするか」
「はい」
そして、二人はお互いにだけ聞こえる程度の小さな声で言った。
「我らが結社の為に」
「艦隊の方はどうなっている?」
『C』の言葉に、幹部の一人が口を開いた。
「予定通りの位置に集結しつつあります。恐らく、二、三日中にはすべて揃うかと」
「そうか。そうか。それで……」
「もちろん。秘密裏に動いております」
「そうかそうか。あとは大統領を動かすだけか」
「はい。すでにそちらも進んでおります。今の状況では、もう抑え込むのは無理でしょうな」
そう言って報告している幹部は笑った。
実際、大統領はかなり追い詰められており、もう後がないという報告を聞いていたからである。
「ふむ。ならば、二、三日中には動くな?」
「はい」
その言葉に『C』はニヤリと笑った。
「これで連中の動きも少しは鈍ろうて」
「ええ。開戦してしまえば、それどころではなくなりますからな。それにフェンが動いていますので、そちらも始末できるはずです」
「わかった。なるべく早く始末させよ。何でもかなり厄介な力を持つ相手のようだ。油断するなよ」
「はっ。仰せのままに」
そう言った後、ふと気が付いたのか、別のことを聞く。
「そういえば、今日は『E』がおらんな」
その問いに、別の幹部が口を開いた。
「本日は、どうしても参加できないと」
『C』が苦笑する。
「まだ、無駄だとは思っていないようだな」
ぽろりと出た言葉。
その言葉に、他の幹部も笑っていた。
「確かに優秀な男ではありますが、まだまだ若い。理想と現実の差を埋められないのでしょう」
「その通りですな。だが、このままというのも困りますな」
「確かに。なんせ、長らく空席だった『E』の称号を受け継ぐ者ですからな」
『C』は益々苦笑する。
「そう言ってやるな。奴もわかってはいるのだ。だが、やはり受け入れるのには時間がかかるという事だ。それに先代の『E』は頑固者だったからな。その血を受け継いでおるのだ」
その言葉に、幹部達は実に楽しげに笑った。
勿論、全員が先代を知っているわけではない。
だが、話はいろいろ聞いている。
だからこそ、妙に納得してしまったのだ。
やがて、笑いが収まると、『C』は気分を変えるためか咳払いをして口を開いた。
「それと、『T』の後任だが、当面は空席でいいかな」
「ふむ。確かに。その方がいいですな」
「会社の方もまだ混乱していますし、今無理には必要ないですな」
「ええ。それがよいですな」
同意の意見が次々と出る。
「では、そのようにしていこう」
同じ幹部が暗殺されたというのに、その対応は淡々としたものである。
もちろん、悲しんでいないわけではない。
だが、悲しんでも戻ってくることはない。
ならば先に進むだけだ。
彼は結社の未来の為に犠牲になったのだ。
そういう空気があった。
こうして、秘密結社内では、淡々と決められていく。
合衆国が宣戦布告し、教国侵攻が始まるのが運命であるかのように。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
遂に合衆国も参戦へ。
そして大きな戦いがスタートします。
お楽しみに。
あと、感想やリアクション、レビュー等いただけるとありがたいです。
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作者の更新へのモチベーションUPに必要不可欠な補給要素の一つですw
どうぞ、潤沢な補給をよろしくw




