接触
「報告は以上です」
報告を受け、合衆国駐在大使であり合衆国方面諜報部統括でもある遠藤正信は困ったような顔をした。
「秋山君はどう思うかね?」
そう聞かれ、報告をしていた男性、秋山義輝は困ったような顔をする。
「恐らく、噂の秘密結社が実在するのは間違いないようです。それと懸念されていた他の組織との戦争状態も間違いないかと」
その言葉に、遠藤大使はため息を吐き出した。
「そうだよなぁ。そうなるか……」
その様子に秋山は聞き返す。
「何か問題があるのでしょうか?」
恐る恐るという感じだ。
彼自身としては、今回の襲撃に巻き込まれたのは不運という考えだし、生き残る為には仕方なかったという認識ではある。
だが、それで問題は発生しないとはならない。
他人から見れば、問題だという事は多いのである。
「いや、確かに問題ではある。本国からは出来る限り関わらない、巻き込まれないようにと先日指示があったばかりでな」
その言葉に、秋山はあちゃーという感じの表情になった。
それはそうだ。
舌の根も乾かぬうちにという感じだからだ。
だが、起こってしまったものは仕方ない。
過去には戻れないし、死にたくないのだから。
それは、遠藤大使も同じ考えなのだろう。
「秋山君は悪くはないよ。ただね、運が悪いというか、タイミングがね」
そう言った後、苦笑して言葉を続けた。
「ともかくだ。生き残って報告してくれたのはすごくありがたい。今後も頼むよ」
そう言われてしまえば、秋山としては苦笑するしかない。
「はい。ありがとうございます」
「で、他には?」
「ありません。以上です」
そう言って敬礼する。
「そうか。下がって休みたまえ」
「はっ」
そう言って部屋から退出しようと身体の向きを変えた時だった。
「そうだ。これを渡しておこう」
何かを思い出したのだろう。
遠藤大使が、そう声をかけてくる。
そして、デスクの引き出しを開けて何かを取り出す。
「なんでしょうか?」
そう言って秋山は視線をデスクに向けた。
遠藤大使が出したのは、お守りみたいな感じの小さな袋が二つ。
細長い五角形の形をしており、てっぺんには紐が付けられ、何やら結ばれている。
「これは?」
そう聞くと遠藤大使は笑って言う。
「『認識阻害の符』だ。恐らく君とその情報屋は面が割れていると思った方がいいな。だからそれを持っておくといい」
認識阻害の符。
無意識のうちに、相手に本人だと認識させないという力がある。
もっとも、近づかれればバレてしまう程度だが、それでも距離があったり、親しくなかったりする場合はかなり効果があるという。
「いいんですか?」
思わずそう聞く。
魔術のこういった類の道具は数が限られており、また高価な場合も多く、ポンポン支給できる品物ではないからだ。
「ああ。構わんよ。秋山君とその情報屋の分だ。二人共優秀だからな」
「ありがとうございます」
「まぁ、気休め程度に思ってくれ」
「わかっております。魔術では酷い目に遭っておりますので」
秋山はそう言って笑った。
その言葉に遠藤大使も苦笑するしかない。
なんせ、秋山は、以前災厄の魔女が引き起こしたイタオウ事変の際に魅了され、傀儡にされかけた諜報部の一人であったからだ。
事変の後、呪詛解除を受けて再教育。
そして、合衆国大使付きの部下の一人としてこっちに派遣されていたのである。
「まぁ、無理はするな。それにな」
そう言った後、遠藤大使は笑って言う。
「人は誰でもミスをする。だからそれを糧により精進してくれればいい」
その言葉に、秋山は「ありがとうございます」と返事を返すと、二つの符を受け取って退室した。
遠藤大使の気遣いに感謝しつつ。
「ええいっ、どこ行ったのよ、あいつはっ」
ツェーンの慌てた声にアハトも慌てて言う。
「逃げられたっ」
二人の前には、誰もいない部屋と、その入り口でとろんとした表情で立っている二人の部下の姿がある。
アハトが二人の頬を叩き、耳元で声をかける。
「目を覚ませ、馬鹿者っ」
その言葉に、二人の部下はハッとした表情になった。
ようやく目が覚めたらしい。
本当に厄介だ。
だから、嫌だったんだよ。
アハトはそう思考するが、それより先にすべきことがある。
「急いで他の部下に命令を。目標の捜索を」
「わかってるわよぉ」
ツェーンがそう返しつつ、部下達に指示を出す。
「いいっ、探すのは白髪の女。ともかく急ぎなさい」
その言葉に、見張り以外の部下達は深く頷く。
十傑衆フェンの怖さについては、噂だけは聞いた者も多い。
そして、さっきまでの見張りの様子を見て、その噂は事実だという確信へと変わった。
思考を読まれるだけではない。
思考を誘導されてしまう事さえあるのだ。
強制ではない。
だが、洗脳に近い事が出来てしまう。
それ故に危険なのだ。
もっとも、本人は、そういった事をほとんどしない。
なぜなら、彼女は他人の思考を読み、喰らって楽しむのが大好きなのだ。
自分色に染めた思考など、つまらないし、味気ない。
その上、もう食べ飽きていたから。
だから、彼女は出来るのにそういった事はしないし、言われたことにはよほどのことがない限り従う。
だが、それでも我慢できなくなってしまう時がある。
それはそうだ。
目の前にご馳走がいくつも並んでいるのだ。
色んな人々のそれぞれの思考。
それもまだ味わった事のない美味が山ほどに……。
その為、五年ぶりに解放されて我慢できなくなってしまったのだ。
そして、警護していた者達の思考を誘導し、逃げ出すことに成功したのである。
「いい、見つけたらすぐ報告。捕獲しようとしないで。近づけば、思考を誘導されるわよ」
アハトがそう補足する。
部下達の表情がますます引き締まる。
「了解しました」
即座に返事が返ってきた。
だが恐らく無理だろう。
今までだって捕まったことはないのだ。
それは大人しく戻ってくるまで待つしかないという事でもある。
だが、何もしないで待っているという選択肢も不味い。
なんせ、フェンは超特級危険人物だ。
それを放置していましたという事態だけは避けなくては。
形だけでも……。
今回も満足したら大人しく戻ってきて。
アハトもツェーンもそう思っていた。
お願いだからと……。
そしてツェーンは思う。
私もアインみたいに若くてかっこいいご主人様専属になりたいなと。
こんなイカレ野郎のお守りとか、年季の入った爺や中年専属とかごめんだと。
「ふんふんふ~んっ」
街中を歩きつつ、フェンはご機嫌だった。
なんせ五年間も外の思念を読めない部屋で過ごしたのだ。
少しぐらい羽目を外しても罰は当たらないわよねぇ。
そうよ。そうよねぇ。
これは息抜き。
息抜きなのよ。
しかし、いいわぁ。
人の思考ってすごく美味しい。
特に無防備なくせに頭の中、欲望でドロドロになっている連中の思考って、実に濃厚でたまらないわ。
すました顔も一皮むけばっていうのがいいわ。
熟れた果物みたいで。
ふふふっ。人ってやっぱり欲望によって支配されている生き物よねぇ。
みんなこんな美味しいモノを味わえないなんて実に可哀想だわ。
あー、幸せっ。
実に満足げに歩き回る。
そして、思考を食い漁っていき、人の秘密、弱み、悩みを知っていく。
人の不幸は蜜の味。
それに近いのかもしれない。
だが、満足感は桁違いだ。
ああ、私は全てを知っている。
いや、違うわね。
全てを知る事が出来る。
ふふふっ。
本当に幸せ。
フェンは微笑んだ。
だが、ふと足が止まる。
「これって……」
よく知っている思考を感じたからだ。
そしてその側にある独特の思考も。
フェンは口角を吊り上げる。
ああ、挨拶しなくちゃね。
久方ぶりの再会だもの。
そう決心し、フェンは歩き出す。
よく知っている思考の持ち主の元に。
そして見つけた。
探していた相手を。
ふふっ。
相変わらずクールな顔してるくせに、思考は辛口でホットなのね。
本当に久しぶり。
五年ぶりね、アイン。
ゾクリっ。
背筋に悪寒が走る。
そして頭の中をかき回されているような感覚。
この感じは……。
アインは目を細めて周囲を警戒する。
「どうしたんだい、アイン」
立ち止まって周囲を警戒するアインに、アーサーは怪訝そうな表情をしつつ、周囲をちらちらと見る。
『T』が暗殺されたという情報を知っているからである。
アーサーが何気ない風を装ってアインに囁く。
「敵か?」
「いえ。敵ではありません。ですが……」
言い終わらないうちに二人の後ろから声がかけられた。
「お久しぶりね、アイン」
そう言って笑みを浮かべていたのは、フェンだ。
ギリっとアインの顔が殺気を帯びたものになる。
だが、それをフェンは受け流すかのように笑った。
「あらあら、怖い顔っ。大好きなご主人様に、そんな顔を見せてもいいのかしら」
思わず手が出そうになったものの何とか我慢するアイン。
そんなアインを庇うかのように前に出るアーサー。
その様子に、フェンは驚いた顔になった。
「あらあら、これは……」
そして、ニタリと笑みを浮かべた。
「あなたが『E』なのね。ふふふっ。実に面白いわ」
「君は?」
『E』と呼ばれてアーサーが表情を引き締めて聞く。
額には汗が浮かんでいた。
その問いに、フェンは楽しげに答える。
「ふふふっ。私はフェン。アインの同僚よ。挨拶に来ただけだから安心なさいな」
そう言った後、再度ジロジロとアーサーを見る。
その視線は興味津々といった感じだ。
そして呟く。
「ふふふっ。結社にもあなたみたいな人がいるのね」
そして、くすくすと笑った後、言葉を続ける。
「でも無害じゃない。欲望もあるし、思いもある。でも、それでもすごくいいわ。すっきりする感じが最高ね」
そんな事を口走るフェンにアインが口を開く。
「食べるのをやめなさい」
その怒気の含まれた言葉に、フェンはクスクスと笑った。
「嫉妬かしら。大好きなご主人様の事を食い荒らされているようで嫌なんでしょう? アインって昔からそうよね。大好きな人の一番になりたいって」
アインの顔が真っ赤になった。
その様子から、少なくとも今すぐ危害を加える気はないと判ったのだろう。
アーサーの顔から警戒の色が抜けていく。
「えっと、友人って事でいいのか?」
思わず出た言葉に、アインは強く否定し、フェンは爆笑した。
「いいわ。あなた最高よ。今までの中では最高にいいわ」
そして笑いつつ言葉を続ける。
「せっかくだから、お話ししましょう。退屈はさせないわよ」
その言葉に、アーサーは視線をアインに向ける。
アインはため息を吐き出すと、頷く。
要は、嫌ではある。
だが、この女が退屈させないと言うのなら、アーサーにとって利益のある話になりそうだと判断したのである。
目を細め、フェンは言う。
「ふふふっ。アインは賢いわ。私の事、よくわかっているじゃない。だから、あなたの事、大好きよ」
だが、その言葉にアインは即答する。
「私は嫌いよ。関わりたくないわ」
「でも、関わった方がいいと思ってる。うふふふふっ。かわいいわねぇ」
悔しそうな表情のアイン。
あー、なんか二人の関係、見えてきたような気がする。
アーサーはそんな事を思うのであった。
なお、その思考もフェンには見えており、心の中でますます笑みを深めるのであった。
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