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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四十二章 壊れていく世界

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別れと決意

「やはり本国に戻られますか……」

リベラブック社の社長ハワード・リカンドウンスはそう言うと、僅かに視線を伏せて苦笑した。

まだ数回しか会ってはいない。

だが、ドルスハンテ・ドバーチェンという男が、ここで引く選択をしないことは読めていた。

「ええ。今回の件は、余りにも常軌を逸している。このままで済ます事は、合衆国としての今後も揺るがしかねない」

静かな声音。だが、その奥にあるのは明確な決断と、切り離された感情。

その温度を感じ取り、ハワードは小さく頷いた。

娘を助けた恩人。

それだけではない。

この男は“使える”。

そう判断した為だ。

「わかりました。私としても出来る限りの協力は惜しみません。ぜひお声掛けを」

ハワードは右手を差し出す。

「ありがとうございます」

ドバーチェン大佐はそれを受け、短く握手を交わした。

長くは握らない。互いに、それ以上の確認は不要と理解している。

そしてハワードが、一枚の名刺を差し出した。

裏には手書きで文字が書かれ、サインが添えられている。

それは単なる連絡先ではない。

一種の“保証”だった。

文字は、六大国で一般に使われている言語ではない。

「これは?」

そう問うドバーチェンに、ハワードは僅かに口元を歪めた。

「ああ、何か困ったことがあったら、うちの会長――デモーニック・パラファンクを訪ねてみてください。その際に、これを見せれば……無条件で手を貸してくれるはずですよ」

『はず』という言葉に、ほんの僅かな含みが混じる。

だが、その実効性について疑う余地はない。

「会長、ですか?」

「ええ。義父です。大切な孫を助けた恩人ですからね。大抵の無理は聞いてくれますよ」

軽く言っているが、その“無理”の範囲がどこまでかは語られない。

ハワードはそう言って笑う。

ドバーチェンはその意味を即座に理解した。

リベラブック社は、パラファンクグループの一社。

つまりこれは、企業の枠を越えた“後ろ盾”の提示に等しい。

「なるほど。大事に使わせていただきます」

ドバーチェン大佐はそう言いつつ、名刺を丁寧に懐へ収める。

使う場面を誤れば、借り以上のものを背負うことになる類の代物だ。

だが、選択肢は多いに越したことはない。

「それで、まずはどうされるのですか?」

「まずは、会っておきたい人物がいます。その人物と接触し、ある程度の情報を集めてから動くことになるでしょう」

『接触』という言葉を選んだのは意図的だった。

「そうですか。こちらも独自で調査は続けていこうと思います」

そう言ったものの、ハワードは苦笑して言葉を継ぐ。

「ですが、民間でどこまで踏み込めるかは……」

その限界は理解している。

同時に、越える手段も持っている。

「ですが、それが無駄だと決まったわけではありません。やっておく価値はあると思いますよ」

ドバーチェンは即座に否定する。

民間だからこそ掬える情報があることを知っているからだ。

「ええ。その通りですね。それに……」

ハワードの目が、僅かに細められる。

その瞳には、怒りの炎が見えた。

「大事な娘を巻き込み、さらにうちの会社に被害を与えたんです。この落とし前を、うやむやにする気はありませんから」

それは父親としての言葉であり、同時に企業としての宣言でもあった。

「その意気です。我々も提供できる分の情報は提供し、共有していきたいと思います。もっとも、全部が全部は……」

「わかっておりますよ。政府の情報機関、それも局長であるあなたとのパイプを得た。それだけでも、こちらとしては十分すぎる成果です」

『パイプ』という言葉に、双方が軽く笑う。

利害は一致している。

だが、完全に同じ側に立っているわけではない。

その距離感が心地よかった。

「そう言っていただけると嬉しい限りですよ」

短い沈黙。

そしてハワードは、ふと思い出したように口を開く。

「それはそうと、出来れば娘に会っていってくれませんか? どうやらあなたの事をたいそう気に入った様子でしてね」

少し悔しそうで、それでいて安堵の混じった声。

それは娘を持つ父親の声であり、感情だ。

その感情を、ドバーチェンは正確に読み取る。

彼とて、今は独立したものの、以前は一人の娘を持つ父親だったのだ。

だから、言う言葉は決まっている。

「ええ。そのつもりです。ご安心ください」

その一言で十分だった。

ハワードは苦笑するしかない。

見透かされている。

それでも、不思議と悪い気はしなかった。



「いらっしゃいませ、おじさま」

そう言って立ち上がると、丁寧な淑女の挨拶をするアメリア。

その後ろではルミナも同じように頭を下げていた。

「ああ、ちょっと寄る機会があってね。お邪魔じゃないかな?」

「お邪魔だなんて、おじさまだったらいつでも大歓迎ですわ」

そう言った後、アメリアは頬を膨らませる。

「でも、少し、私、怒ってます」

その言葉に、ドバーチェンは「えっ?!」という表情になる。

そんな様子を見つつ、アメリアは続けた。

「だって、お父様の所に寄るついでだなんて、失礼しちゃうわ」

いかにも怒っているという口調。

だが、膨らんだ頬とは裏腹に、その目は楽しげに揺れている。

要は、揶揄われているのだ。

その事に気付いたドバーチェンは、思わず笑った。

「ごめん、ごめん。確かにレディに対して『ついで』は失礼だったね」

「その通りですわ、おじさま」

アメリアは満足げに頷くと、ちらりとルミナを見て言葉を続けた。

「ルミナなんか、お父様の所におじさまが来ていると知った途端、慌てて化粧直しに行ったり、服も着替えたりしていたのよ」

「お、お嬢様っ。それは……っ」

慌てふためくルミナ。

その顔はみるみる赤くなっていく。

「これは失礼した。ルミナ嬢もありがとう。うれしいですよ」

その言葉に、ルミナは益々真っ赤になり、顔を手で覆ってしまった。

その様子をアメリアはニヤニヤと眺めていたが、やがて小さく咳払いをする。

流石に立ち話もなんだということで、テーブルへと案内され、三人は席に着いた。

すぐに茶器が運ばれ、静かなお茶会が始まる。

外とは切り離された、ひとときの穏やかな時間。

だが、それが長くは続かないことを、この場にいる全員がどこかで理解していた。

「やはり、戻られるのですね」

本国に戻るという話を聞き、アメリアは残念そうに呟いた。

その横で、ルミナも何かを必死に堪えている様子を見せている。

その反応に、ドバーチェンは内心で苦笑する。

同時に、少しだけ照れてもいた。

ここまで真っ直ぐな好意を向けられることに、慣れてはいない。

だが、その感情を表に出すことはない。

「ああ。仕事でね。どうしても戻らないといけないんだ」

「お仕事なら仕方ありませんわね」

そう言いつつ、アメリアの表情にはわずかな翳りが差す。

今の彼女たちは、表向きには“行方不明者”。

本国に戻ることはおろか、外出すら自由にはできない。

その状況が、しばらく続くことをアメリアは、理解している。

だからこそ、その一瞬の感情が、隠しきれずに滲んだ。

それに気付いたのか、ルミナがそっと寄り添う。

「お嬢様、私もおりますから……」

「ありがとう、ルミナ」

小さく交わされる言葉。

しんみりとした空気が、ゆっくりと場を満たしていく。

そんな中、会話をしつつドバーチェンは周囲へ意識を巡らせていた。

この穏やかな空間が、外界から完全に隔絶されているかどうかを。

それは彼女らの身の安全を堪忍しているという事もあったが、それを確かめる癖が既に身体に染み付いている為でもあった。

平和な時間ほど、脆いものはない。

それを、彼は誰よりも知っているからだ。

しんみりとした雰囲気が場を満たす。

さすがにこのままでは、という思いはある。

だが、こういう場合、どういう話題を振ればいいのか……。

ドバーチェンは少し迷ってしまう。

これが諜報であれば問題はない。

何を言い、どう誘導するかなど、即座に判断できる。

だが今、求められているのはそれではない。

必要なのは、公人としての言葉ではなく、ドルスハンテ・ドバーチェンという一人の人間としての言葉だ。

そこで迷った挙句、彼は映画の話を持ち出した。

この前見てきた作品のことを、軽く語る。

すると、沈んでいたアメリアの表情がぱっと明るくなった。

「見られたのですか?」

「ああ。すごく面白かったよ」

「そうですよね。ふふっ。おじさまの感想を聞かせてくださいな」

そのまま、話題は自然と広がっていく。

挿絵(By みてみん)

こうしてアメリアとルミナ、そしてドバーチェンの三人は、

映画を題材にした穏やかなお茶会の時間を過ごした。

笑い声が、静かに部屋に広がる。

その外側にある世界を、ひととき忘れるかのように。

やがて、ドバーチェンは時計を見ると、静かに口を開いた。

「すまん、そろそろ……」

それで察したのだろう。

アメリアの表情が、わずかに曇る。

ルミナもまた、同じ感情を隠しきれていない。

それだけ、この時間が大切だったということだ。

だが、二人はすぐに微笑みを作った。

「おじさま、今日は来ていただき、ありがとうございました。すごく楽しかったです」

その言葉と笑顔には、飾り気のない想いが込められている。

ドバーチェンも、無意識に微笑んでいた。

「いや、こっちも楽しかったよ。こっちに来た時は、また寄らせてもらってもいいかな?」

その言葉に、アメリアだけでなくルミナの顔も明るくなる。

「はい。今度は、お父様の所に寄ったついでではなく……」

「勿論だとも。今度は、お嬢様方がメインで、御父上がついでになる形で来るよ」

その言葉に、二人は楽しげに笑った。

屈託のない笑顔。

それを見て、ドバーチェンも自然と笑みを浮かべる。

ふと、アメリアがルミナへ視線を送った。

何かを促すような、いたずらめいた合図。

それを受け、ルミナは少し迷った後、意を決したように口を開く。

「えっとですね……」

その声には、わずかな震えが混じっていた。

迷い迷ってやっと口にしたと言う感じだ。

「えっと……ですね、今度来られた時に、一緒に映画でも見に行きませんか」

真っ直ぐな言葉。

その背後で、アメリアが「よく言った」と言わんばかりの表情をしている。

なるほど、そういうことか。

ドバーチェンは内心で小さく笑った。

少しおせっかいだ。

だが、それが不思議と心地いい。

だからこそ、迷うことなく答える。

「そうですね。是非」

そして、わずかに茶目っ気を含ませて言葉を続けた。

「その際には、気にしているお嬢様もお連れして、ということになりますが」

その言葉に、アメリアとルミナは一瞬きょとんとする。

そして、すぐに二人は笑い出した。

「約束ですよ」

「ええ」

そしてアメリアが、楽しそうに言う。

「そんなおじさま、大好きですっ」

言った直後、はっとしたように言葉を継ぐ。

「でも、ルミナを優先してくださいね」

その一言に、三人の笑い声が重なった。



謎の人物からの電話を終え、アーサー・E・アンブレラはふうと息を吐いた。

以前連絡のあったその人物との会見日程が、ついに決まったからだ。

その様子を見て、アインが静かに口を開く。

「本当に会われるのですか?」

その声には、これまでには見られなかったほど、はっきりとした心配の色が滲んでいた。

「ああ。あそこまで結社の事を匂わせているんだ。このまま放置はできないよ」

そう言いながらも、理由はそれだけではない。

むしろ興味が湧いた、という方が正確だった。

あの声には妙な親しみがあった。

そして、アインの事を知っているかのような口ぶり。

偶然では済まされない。

それについ先日、結社における自分の無力さを思い知らされたばかりだ。

何か手はないのか。

現状を打破する一手は。

その焦燥もまた、彼を突き動かしていた。

「本当に会われるのですね? 罠の可能性もあるのですよ」

「ああ。その可能性もあるだろうね。実際、幹部が襲撃されたという報告も来ている……。でも、それでも会わなきゃいけない気がするんだ。――いいかな?」

その言葉は命令ではない。

許可を求める言葉だった。

だからこそ……

(卑怯です)

アインは内心でそう思ってしまう。

そんな言い方をされてしまえば、否定など出来るはずがない。

答えは、最初から決まっていた。

「わかりました。でしたら、私もお供します」

以前の彼女からは考えられないほど、はっきりとした口調。

そこには拒否を許さない意志があった。

アーサーは、ふっと微笑む。

その想いが、嬉しかった。

「ああ。そのつもりだよ」

その返答に、アインはわずかに憂いを帯びた微笑みを浮かべる。

「はい。お任せください。必ずお守りいたします」

本来であれば『C』から派遣された監視役。

それが彼女の立場だ。

だが、たとえそうであったとしても。

今の彼女は、信じられる。

アーサーの中で、その確信はすでに揺るがないものになっていた。

だからこそ、自然と言葉が出る。

「ああ。僕の唯一で最強の切り札は君だからね」

その言葉に、アインは何事もないように微笑む。

だが、耳の先が、わずかに紅くなっていた。

それだけで、十分だった。

(……可愛いな)

そんな感想が浮かぶ自分に、アーサーは内心で苦笑する。

緊張すべき場面だというのに。

だが、それでもいい。

この感情があるからこそ、自分は前に進める。

「では、準備をお願いするかな」

「はい。お任せください」

即答。

迷いはない。

こうして二人は、謎の人物との会合に向けて動き出す。

まだ時間的な余裕はある。

だからこそ、その間に出来る事はすべてやる。

力はまだ小さい。

だが、それは『今は』という前提付きの話だ。

小さなさざ波も、やがては広がり、大きな波紋となる。

その一歩を。

今、アーサーは確かに踏み出そうとしていた。



いつも読んでいただいてありがとうございます。

感想やリアクション、レビュー等いただけるとありがたいです。

また、もしブックマークとか評価がまだな方は、そちらもよろしくお願いいたします。

作者の更新へのモチベーションUPに必要不可欠な補給要素の一つですw

どうぞ、潤沢な補給をよろしくw

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