命令の声 その1
『まずは食べてからだ』という店名のついたその店は、年季の入った、それでいて味のあるカウンターと十組のテーブルがあり、食事時は労働者や職人たちでにぎわうだろうという感じの、レストランというより食堂という感じの店だ。
だが、平日のすでに午後二時を過ぎている為だろう。
店内の客の数はまばらな感じで、今いる客も周りを気にせず話している為か少し騒がしい程度だ。
これが食事時だととんでもなく騒がしく、活気があるんだろうな。
そんな事を思いつつ、店内を見渡す。
すると、店の壁際のテーブル席にいた男がこっちを見て手を振っていた。
四十代後半の小男で、こずるそうな笑みを浮かべている。
「旦那、こっちです」
「ああ。わかった」
そう言って小男の方に歩き出す。
すると小男は立ち上がってテーブルの反対側の椅子を引いた。
こっちにどうぞという事らしい。
椅子に座ると小男も座った。
テーブルには幾つか料理が並んでいる。
どこでも食べられる合衆国の家庭料理っぽいものばかりだ。
「旦那もどうです?」
「いや、済ましてきたからな」
そう返事をして、飲み物を頼む。
勿論、アルコールはなしだ。
まだ勤務中だからな。
「ビールでも頼めばいいのに。旦那、すごくアルコール強いじゃないですか」
「そうだが、仕事中はな」
「さすが旦那。お堅い事で」
そう言って小男はケラケラ笑った。
本人は悪気はないんだが、なんか癪に障る。
まぁ、いい。
ともかく仕事だ。
「それで、ここに呼び出したのは、お前の食事姿を見せる為か、バンカン?」
そう少し怒気を込めて言うと、バンカンと呼ばれた小男は慌てて言う。
「そ、そんな訳ないじゃないですかっ。旦那に頼まれていた事の報告ですって」
そう言って、懐から大きめの封筒を取り出した。
かなりぶ厚い。
それを受け取り、懐の隠しポケットに入れる。
「それで。それだけじゃあるまい」
そう言うと、バンカンはニヤリと笑った。
「さすが旦那。わかっていらっしゃる」
そう言うと耳元に顔を寄せて言う。
「店の奥にいる三人組、あれが報告書に記載している秘密結社の幹部と思われる人物の一人です」
何気ない風を装って、奥の三人組を見る。
一人は小綺麗でいいスーツを着た中年の小太りの男で、その向かい側にドレスを着た女性。
そして、女性の横には、男装した女性らしき人物が座っており、食事をしていた。
パッと見た目は、金持ちの夫婦と護衛という感じだ。
「ありゃ、女性二人は護衛関係だな」
その言葉に、バンカンはニタリと笑う。
「さすが旦那。恐らくかなりのやり手だと思います。何気ない感じだけど、警戒がすげぇきついです」
バンカンがそう言うなら、かなりのものだろう。
この男、裏社会で長年情報屋をやっている関係で、そういったものを見る目は確かだ。
「で?」
「男は、トーマス・フォウルド。フォウルド社社長です」
フォウルド社。
合衆国で自動車をはじめとする車関係の最大手で、合衆国内で走る自動車のおよそ六割、世界では四割を占める大企業である。
「しかし、そんな大物が何でこんなところで飯食ってんだ?」
思わずという感じで聞くと、バンカンは言葉を返す。
「なんでも、まだ会社が小さい頃、一か八かの商談の際にここで飯食って臨んだら、うまくいったという話で、未だに週一回はここで飯を食ってるらしいですよ。要は験担ぎみたいなものですかね」
「よく調べたな」
そう言うと実にうれしそうにバンカンは笑う。
「任せてくだせぇ。何年情報屋で飯食ってきたと思ってんでさぁ」
そんなバンカンを見つつ、真剣な表情で言う。
「それで、あいつが例の幹部という事か?」
それを受け、笑っていたバンカンも真剣な表情になった。
「恐らくですが、幹部の一人かと……」
例の組織。
それは、ほんの一週間程度前にマイナーな新聞がスクープとして取り上げた記事が全てだった。
『合衆国を裏から操る闇の組織!! その存在に迫る!!』
そういったタイトルで展開された記事だ。
合衆国建国から、裏で暗躍するその組織。
秘密結社によって、合衆国は牛耳られている。
そして、今も彼らは我々を支配している。
そういったある意味、陰謀論的な記事だ。
まぁ、俗にいうゴシップ記事がメインの新聞社という事もあり、それだけだとそうそう話題にならなかった。
そういう話は、前からあったからだ。
だが、その一社を皮切りに、何社かがそれに似た記事を出した。
勿論、一流といわれる新聞社は全くそんな記事を載せなかった。
あくまでも、二流、三流と言われている新聞社や雑誌のみだ。
しかし、余りにも立て続けにそんな記事が続き、人々は関心を持ち始める。
そして、合衆国で情報を集めている以上、念のために探りを入れておく必要があるという事で、懇意にしている情報屋を使い、情報を集めていたのだ。
「つまり、あの記事は……」
「信憑性は高いという事です。まぁ、全部が全部とは言いませんが、かなり大きな組織が裏で動いているというのは間違いないかと」
「政府関係か?」
「いえ。恐らくですが、政府ではないかと」
「なんでそう思う?」
少し困った顔をしつつ言う。
「やり方が違うって言えばいいですかね。政府関係者というより、民間の俺らに近いって言えばいいか……」
「そうか。それで継続できそうか?」
その声と態度から、圧を感じ取ったのだろう。
バンカンは少し表情を引きつらせて言う。
「まぁ、無理しない程度でいいなら……」
「わかった。それでいい」
せっかく作った合衆国でのツテだ。
潰すには惜しいし、どうのこうの言いつつも、多少の情もある。
「すんません」
「いや、無理ならそう言ってくれた方がこっちとしてもいいからな」
そう言うと、バンカンは嬉しそうに微笑み、食事を再開する。
ウェイトレスが頼んでいた飲み物を持って来た。
珈琲だ。
それを飲みつつ、バンカンの食事を見ているようなふりで、三人組を観察していく。
確かに、護衛の二人はかなりの腕前のようだ。
それでも、川見大佐に比べれば、まだまだといったところか。
どうやら食事が終わったようだ。
食後の珈琲が運ばれた。
その時である。
がなり立てるような車のエンジン音と急ブレーキによるゴムが擦れる音。
それと同時に、店の窓際に大型車両が止まった。
その開かれた窓からは、銃身らしきものが見えた。
チッ。
舌打ちをして、手を伸ばしてバンカンの服を掴む。
そしてテーブルの下に引きずり下ろした。
肉を咥えようとした格好のまま、バンカンが床に転がる。
もちろん、自分もだ。
それと同時に響く銃声とガラスが割れる音。
そして、人の悲鳴と叫びが続く。
ガンガンと壁やテーブルに弾が叩きつけられる。
血が舞い、銃撃を受けた人々が倒れていく。
床に伏せると、とっさにテーブルを倒す。
ガンガンっ。
テーブルに銃弾が当たり、震えた。
どうやら頑丈な作りらしく、突き抜けてはいないようだ。
バンカンは肉を咥えたまま、テーブルの後ろに隠れるように入り込む。
「こ、こりゃいったい……」
「さぁな。だが、不味いのは変わらないが」
そう言って、懐から拳銃を取り出す。
南部二十三式拳銃。
フソウ連合諜報部で採用されている特殊拳銃だ。
パーツの取り付けと銃弾の変更により、命中精度を高めるライフル形態にしたり出来る。
もっとも、今は携帯性を重視して拳銃形態のままだが。
それを構え、様子をうかがう。
「ここを動くな」
「へい。もちろんでさぁ」
さすが裏の情報屋として動いているだけあって、ある程度落ち着いているし、状況判断はできるようだ。
ギャングの襲撃という感じではない。
撃ち込まれているのは奥の方で、どうやら狙いはあの奥の三人のようだ。
そして、ある程度銃撃した後、数名が車から飛び出してくる。
恐らく確認の為だろう。
そういう部分も、ギャングとは違う。
普通のギャングの仕業なら、一斉に銃撃した後は、さっさと離脱するのが常だからだ。
そして、飛び出した三人の男に向かって銃撃が放たれる。
どうやら、奥の三人はまだ無事のようだ。
こっちと同じように、とっさにテーブルを倒して床に伏せたのだろう。
そして反撃を開始したのだ。
次々と男達が倒されていく。
いい腕だ。
近距離というのもあるが、頭部を狙って確実に仕留めていく。
こりゃ、襲撃失敗だな。
そう思った時だった。
飛び出した三人の男が撃ち倒され、護衛の二人の射撃が止まった時に響く声。
「動くな」
その声に、テーブルから半身を乗り出して警戒する二人の護衛の女性の身体がビクンと反応する。
車の中から長身の男がゆっくりと降りてくる。
姿かたちは間違いなく三十代の男だ。
だが、その仕草と動きが少しくねくねしている為だろうか。
女性のようにも見える。
男はニヤニヤした表情で言う。
「立ち上がれ」
言われるまま二人の護衛の女性は立ち上がる。
その表情が憤怒に歪んでいる事から、恐らく身体が言う事をきかないといったところだろうか。
その様子に恐れをなしたのだろう。
トーマス・フォウルドが慌ててテーブルの陰から飛び出して逃げようとした。
しかし、すぐに「そこの男も止まれ」と言われて動きが止まった。
それでわかった。
これは間違いなく魔法だ。
それも、かなり質の悪い部類のやつだ。
『災厄の魔女』
アンネローゼ・アレクサンドロヴナ・ラチスールプ。
彼女がイタオウ地区で起こしたイタオウ事変の報告。
その報告で聞いた魅了に近い魔法だ。
ヤバいぞ。
すーっと汗が背中を濡らす。
バンカンの顔も真っ青だ。
恐らくこんな目に遭うのは初めてといったところか。
なんせ、合衆国では魔法はほとんど廃れ、以前作られた魔法の道具や秘密裏に帝国から入ってくる呪符あたりしかないのだ。
「ふふふ。まずは一人目と行きましょうか」
そんな声が響く。
「護衛の二人、主を殺しなさい」
その命令の言葉。
二人の護衛の身体が震える。
抵抗しているようだ。
「ふふふっ。抵抗するわね。さすがは十傑と言われる結社の護衛ね。実に素晴らしいわ。でもね、無駄なのよ」
そう言うと男はニタリと笑った。
そして冷たく、強く言う。
「殺せ」
その瞬間だった。
二人の護衛は躊躇なく守るべき主に向かって銃を放った。
頭を吹き飛ばされて、血のしぶきと脳髄のかけらを辺りに振り撒き、トーマスは床に転がる。
恐らく即死だろう。
「いい子達ね。じゃあ、お互いに殺しなさい」
強い命令調ではない。
しかし、守るべき主を自らの手で殺したという事で心が折れたのだろう。
二人は躊躇なく、お互いを撃った。
崩れ落ちる二人。
その表情は、絶望に染まり切っていた。
それはそうだ。
命をかけて護衛すべき相手を自らの手で殺してしまったのだから。
惨いことをしやがる。
その様子に憤慨するものの、その気持ちもすぐに萎えた。
その男の視線がこっちを向いたからだ。
どうやら生き残って隠れているというのはお見通しといったところだろうか。
「ふふっ、そこの鼠ちゃんもすぐに後を追わせてあげるわ」
その言葉は、どちらかというと女性のような艶のある口調だったが、自分の耳には死の宣告のように響いていた。
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