見えない準備
「艦影発見。恐らく、本国に戻ろうとしている連盟艦隊と思われます」
その報告を受け、バラーレン・パラミルド大佐は聞き返す。
「数はどうだ?」
「お待ちください」
そして少し間が空いた後、返事が返ってきた。
「戦艦クラスが一つ、装甲巡洋艦クラスが三と言ったところでしょうか」
それに対して、一瞬、バラーレン大佐は眉をひそめた。
連絡のあった数よりも少ないと。
連中の暗号解読した情報では、戦艦二、装甲巡洋艦五と聞いていた。
だが、すぐに思考を切り替える。
恐らくトラブルがあって数が減ったのではないかと。
そして、数が減ろうが増えようが、やることは変わらない。
今まで機雷によって軍港に閉じ込められ、全く活躍できなかったのだ。
ここで活躍せねばという思いが強く湧き上がってくる。
だから、言葉にも気合が入っていた。
「よし、各艦に伝えろ。『これより敵艦隊との戦闘に入る。一隻も本国に行かせるな』とな」
気合の入った言葉に、副官はニヤリと笑った。
その笑顔は、自分も同じ気持ちです――そう言っていた。
そして、副官は敬礼すると返事を返す。
「はっ。了解しました」
そして命令が艦隊全てに伝達されていく。
その命令を受け、バラーレン大佐率いる共和国第十五打撃艦隊、戦艦三、装甲巡洋艦十が速力を上げて連盟艦隊に襲い掛かる。
連盟艦隊もこちらを発見したのだろう。
砲撃を開始した。
だが、数の差、そして甲板に余計な荷物を載せているという差は大きかった。
段々と距離を詰められ、連盟艦隊は後退していく。
もっとも、生き残ったのは装甲巡洋艦一隻だけ。
残りは海の藻屑に消えた。
勿論、共和国第十五打撃艦隊も無傷ではない。
確かに勝った。
だが、撃沈こそないものの、装甲巡洋艦二隻が中破、戦艦一隻が小破という被害があった。
しかし、それでも艦隊の士気は高い。
連盟の悪鬼どもに祖国を蹂躙され、その間、軍港が機雷で封鎖された事で何も出来なかったという思いが彼らをつき動かしていた。
今、我々は祖国を守ったのだ。
そして、これからも守り続ける。
植民地派遣の艦隊戦力を本国に行かせるものか。
その強い決意が彼らを支えていた。
「閣下。バーネミュンダからこちらに向かっていた艦隊が待ち伏せ攻撃を受けて敗走したとのことです」
その報告を聞き、ガルディオラ提督は書類から目を上げ、報告してきた副官に視線を向けた。
「ふむ。それで被害は?」
「はっ。戦艦一、装甲巡洋艦二を失ったと……」
その報告に、ガルディオラ提督はふーと息を吐き出す。
そして再度聞く。
「で、本命は?」
副官はニタリと笑った。
「無傷でディスラーバ港に入港しました」
「そうか。これで最低限のラインは確保できるな?」
「はい。これで計画した作戦を実施するための燃料は確保できました」
ガルディオラ提督の顔が少しほっとしたものになったが、すぐに表情を引き締め直す。
「だが、まだまだだ」
「はっ。その通りですな。それで、トラッヒ総統にはどう報告しますか?」
そう聞かれて、ガルディオラ提督は少し考える。
最低限の燃料は確保できたと聞けば、あの暴君の事だ。
すぐに作戦を決行せよと言いかねない。
それを考えれば、まだまだ準備が足りないと言った方が無難だろう。
「そうだな。作戦準備段階で50%程度としておけ」
その余りにも低い数値に、副官が驚く。
「いいのですか?」
その問いに、ガルディオラ提督は言い返す。
「予定通り進まなかった時、続けて作戦を起こせる余裕があると思うか?」
そう言われて、副官は苦笑した。
彼とて、作戦がいつも予想の100%以上の成果を出すとは思っていない。
今までの経験から、精々六割もいけば御の字だとさえ思っていた。
だから、返す言葉は決まっている。
「ありませんな。確かに閣下の言われる通りです」
「ふむ。では頼むぞ」
「はっ。了解しました」
副官はそう言って敬礼すると退室していく。
それを見つつ、横で話を聞いていたアルホフ大佐はニヤリと笑った。
「どうやらうまくいっているようですな」
「ああ。順調だ」
そのガルディオラ提督の言葉に、アルホフ大佐は益々楽しげに笑う。
「しかし、暗号解読されている事をこういう使い方で活用されるとは思いもしませんでしたよ」
その言葉に、ガルディオラ提督も笑った。
「今回の戦い、負けるわけにはいかんからな。徹底的に使えるものは使わせてもらうだけだ」
「確かに、確かに」
アルホフ大佐は頷く。
今の連盟に手段を選んでいる時間も余裕もないのだ。
アルホフ大佐もその通りだと思う。
そして、今回、ガルディオラ提督が使ったのは、敵が暗号を解読しているという現状をうまく活用した方法であった。
艦隊を幾つかの囮と本命に分け、暗号を使って囮の艦隊の動きをリークしたのである。
勿論、敵としては、暗号を発している艦隊を次々襲えば暗号が解読されているのではと疑念を持つ恐れが高い為、全部が全部襲撃はしない。
しかし、それでも出来る限り合流は抑えたいと思っているはずだ。
だから、囮に対して警戒しているいくつもの打撃艦隊を使って動くはずだ。
その結果、どうしても警戒ラインに穴があく。
そこを本命が突破するという作戦であった。
そして、この作戦は、実にうまくいっている。
勿論、100%ではない。
今まで実施した作戦六回の内、一回だけミスにより別の警戒中だった打撃艦隊に発見され、被害を受けた。
だが、それでも当初の予定より準備は進んでいる。
「それはそうと新型魚雷の方はどうなっている?」
艦上から発射する魚雷である。
ラッテンコウ大佐が今、最終調整を行っているはずだ。
「はい。ほぼ完成かと。ただ、最終チェックにはもう少し時間が欲しいと」
その言葉に、ガルディオラ提督は頷いた。
「わかった。ただ、量産しなければならないから、そうそう時間はないと伝えておいてくれよ」
「了解です。それで、魚雷発射管の増設の方は?」
「本国艦隊は無理だが、植民地から来た艦艇の半数近くが増設できそうだ」
それを聞き、アルホフ大佐は少し考え込んだ後に言う。
「ならば、なおさら急がねばなりませんな」
つまり、魚雷搭載艦が多ければ、その分魚雷が必要となる。
そして量産には一定の時間が必要だ。
だからこその言葉なのだろう。
「ああ。だが、欠陥品にならないようにしてくれよ」
そう言ってガルディオラ提督は笑った。
従来の魚雷は、不良品が多く、また性能的にも低くて、博打の兵器という印象が強いのだ。
だが、それを覆したのは、フソウ連合だ。
あの国は、見えない魚雷や、従来のものとは性能も故障率も違う、従来品とはある意味別物と言っていい魚雷を使い、それによって戦いに改革を引き起こしている。
その結果、小型艦艇でも魚雷を使えば大型艦艇を狩る事さえ可能という状況を作り出した。
そして、ガルディオラ提督はそのフソウ流の戦い方を取り入れ、この困難な状況を何とかしようと考えていたのである。
もちろん、うまくいくかはわからない。
だが、全てにおいて劣勢の連盟海軍にとっては、もう残されている手は余りにも少ないし、選択肢も多くなかったのである。
しばしの沈黙が部屋を支配する。
それは、不安が満ちているかのようにさえ感じられる間だった。
だが、それを破るようにアルホフ大佐は口を開いた。
「閣下。それで作戦決行の予定は?」
その問いに、ガルディオラ提督はしばし考えてから答える。
「まだ先だ。いつとは言えん。それに……」
ガルディオラ提督がそこで言葉を止める。
「ああ、例の連中の準備ですか?」
「そうだ。こっちばかり準備できてもどうしようもないだろう?」
その言葉に、アルホフ大佐は苦笑した。
確かに、作戦がうまくいったとしても、元凶を除去しなければ意味はない。
「ええ。その通りですな」
「要は、まだ時間がかかる。その時ではないという事だよ」
ガルディオラ提督はそう言うと、アルホフ大佐に向けていた視線を書類に戻す。
それは、もう話し合う事はないという合図だ。
「では、私もそろそろ……」
アルホフ大佐がそう言うと、ガルディオラ提督は視線を上げずに言う。
「そっちの方も準備を頼むぞ」
「はい。お任せください」
こうして、ガルディオラ提督と連盟海軍は、共和国と王国の知らない間に少しずつ力を蓄えていく。
次の作戦の為に。
「総統閣下、報告はお聞きになりましたか?」
親衛隊のジークハルト・リベルトス大佐が、トラッヒ総統にそう聞いてくる。
ぎろりと睨みつつ、トラッヒは口を開いた。
「ああ、聞いたぞ」
その言葉に、リベルトス大佐は楽しげに笑いつつ言う。
「やはり、ガルディオラ提督に任せたのは正解でしたな。彼ならば、この危機を何とかするでしょうな」
その言葉には満足感があった。
つまりは、彼を推薦した自分の考えが正しかったという事を言いたいらしい。
トラッヒはイラついたものの、確かにその通りだとも思った。
実際、今、連盟海軍の立て直しはかなり進んでおり、共和国や王国の多国籍連合艦隊とも戦えそうな戦力を何とか整えつつある。
その手腕は間違いない。
だが、それはそれで困ったことになる。
彼が力を持ちすぎるというのは、自分の足場を崩しかねない脅威になり得る。
トラッヒはそう考えていた。
だからこそ、今はいいとしても、手を打っておく必要性はあると思えたのである。
「少しこっちに来い」
リベルトス大佐を側に呼ぶ。
その様子と口調に、ただならぬものを感じたのだろう。
笑っていたリベルトス大佐は笑みを消すと、真剣な表情で顔を近づける。
「確かに貴官の言う通りだ。だが、あいつは信用できん」
そう言われ、リベルトス大佐は、確かにというように頷く。
元々、トラッヒとは距離を置く対応をしてきた人物である。
だから、いくら能力が高いとはいえ、油断はできない人物ともいえる。
「だからだ。奴に監視をつけさせろ。それと奴の子飼いの連中にもだ」
「確か、もうついていると思いましたが……」
「それ以外にもつけろと言うのだ。いいな?」
そう言われ、リベルトス大佐は頷く。
「わかりました。すぐに手配いたします」
「ああ。わかればよい」
それで満足したのだろう。
トラッヒは、下がれという合図を送った。
「はっ。では失礼いたします」
そう言って、リベルトス大佐は退室した。
「これでいい。これで何かあれば、手が打てる」
トラッヒはそう呟く。
彼にとって信頼出来る者は多くない。
あの暗殺事件以降、特にだ。
だからこそ、ここまで徹底して保険をかけなければ安心できなくなっていた。
そして、その行動は一つの事を示していた。
少なくともトラッヒは、親衛隊だけはまだ信頼に足ると考えているという事を。
元々、親衛隊は、赤シャツ団の時からのトラッヒ子飼いの連中ばかりであり、幹部もまた、トラッヒの信頼の厚い者達ばかりだ。
だが、トラッヒは知らなかった。
何事にも例外があるという事を。
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