接触……
「二人共、落ち着いたかな?」
ドバーチェン大佐が優しそうな笑顔を浮かべてそう言うと、紅茶を飲んでいた少女、アメリアがくすくすと笑った。
「はい。落ち着きました」
そして隣に座っていた女性、ルミナも微笑んで頷く。
ここは、王国の港町アバーンテトラの街中にあるホテルの一室である。
一流ホテルという感じではないものの、質素ながらもかなり格調高い雰囲気のホテルで、隠れた名ホテルと言ったところだろうか。
そして、ここは実は合衆国のサムラーナ地区情報統括部の息がかかったホテルであり、装甲巡洋艦ケルフェンスが王国に到着し、移動してきたのである。
勿論、出迎えの手配は到着前に済んでおり、艦から降りたら桟橋の前に高級送迎の車が待っていて、アメリアとルミナはあれよあれよという間にここに連れてこられていた。
もっとも、二人は驚いたものの、ドバーチェン大佐の指示に従うだけであった。
あの事件の中で身を挺して二人を守ったという事、それに合衆国海軍の軍関係者に口利きが出来る事から、指示に従うべきと理解している様子だった。
もっとも、二人共、普段は味わえない体験にかなりワクワクしている様子だった。
それがドバーチェン大佐にもわかっているので、二人を微笑ましく見ているだけであった。
「もう少し待っていてくださいね。お父さんと連絡ついたから迎えに来てくれると思うよ」
そうドバーチェン大佐が言うと、アメリアはえっ?!という表情になった。
どうやらあの事件はショックだったが、それ以上にその後の体験が終わる方が残念らしい。
なお、ルミナの方も似たような感じなので、ドバーチェン大佐が心の中で苦笑する。
彼としては、あの事件がトラウマになっていないかと心配していたのだ。
だが、その様子はなさそうで安心した。
「さっき、連絡を取ってね。迎えに来ると言われてね」
そう言うと、「そっかー」とアメリアは残念そうに言う。
「お父さんに会いたかったんじゃなかったのかな?」
ドバーチェン大佐の言葉にアメリアは楽し気に笑った。
「うん。そうなんだけどね……」
そう言ってルミナの方を見て笑う。
それを受けてルミナも頷いた。
ドバーチェン大佐としては何のことだか分からず、「どうかしたの?」と聞き返す。
するとアメリアは笑って言う。
「なんか、映画みたいな体験が終わってしまうのかと思うと少し残念かなと」
そう言ってルミナを見て、「ねー」と顔を捻る。
それに合わせてルミナも「はい、お嬢様」と言って笑った。
「映画?」
そう聞き返すと、ルミナが笑って言う。
「はい。最近見たフソウ連合の映画です」
そう言って映画の内容を話し始める。
その内容は、イケメン諜報部員が美女を助けつつ国家の転覆を狙う悪の組織と戦うという話で、その映画の中に沈められた船からイケメン諜報部員が美女を助け出してホテルで匿うというシーンがあるらしい。
それを聞き、ドバーチェン大佐は苦笑する。
確かに今はその通りの展開だなと。
「しかし、残念でしたな。私は紳士ではあるが、イケメンという訳では……」
苦笑しつつそう言いかけるドバーチェン大佐。
だが、アメリアは速攻で声を上げた。
「おじさまの方が映画の主人公よりかっこいいです」
その声はかなり大きかったが、その大きさにも動じることなく、ルミナは頬を染めて同意する。
「はい。ドバーチェン様はすごくかっこよかったです」
その強い意思のこもった言葉に、ドバーチェン大佐は一瞬圧倒されかけたものの、「そうか、それはうれしいな」と笑った。
二人の好意や思いが本物であり、本当に嫌じゃなかったし、嬉しかったのである。
そして、ドバーチェン大佐の反応が満更でもないと分かったのだろう。
アメリアは食いつき気味に言う。
「だって、おじさま、すごくかっこよかったもの。足を挫いて抱えられた時、もう気分は映画のヒロインだったし」
その言葉に、あの時、アメリアが騒がずに素直に従ったのはそういう事かと分かってドバーチェン大佐は笑った。
そんなドバーチェン大佐に、アメリアは続けて言う。
「それにね。私、おじさまの事大好きになってしまったの」
その予想外の言葉に、ドバーチェン大佐は驚いて慌てそうになったが、そんなドバーチェン大佐の反応を見てアメリアは笑った。
「もちろん、お父様の次にね」
悪戯っ子のような表情でそう言った後、言葉を続ける。
「それに、ルミナの恋の邪魔をしたくないし」
そう話を振られて、ルミナは真っ赤になった。
少し呟くような口調ではあったが口を開く。
「あの時のドバーチェン様、すごく素敵でした」
その表情は恋する乙女と言っていいだろうか。
そんな表情でそう言われてしまい、ドバーチェン大佐としてはどう対応していいか困ってしまう。
こんなに素直な強い好意をぶつけられたのは、実に妻が亡くなって以来、初めてと言っていいだろう。
困ったな。
そんな感じが滲み出たのだろうか。
ルミナが慌てて言う。
「あ、もちろん、私の一方的な思いだけです。ドバーチェン様を困らせるようなことは……」
その余りにも純粋で遠慮がちな物言いに、ドバーチェン大佐は微笑む。
「お嬢さんのような方にそう言っていただけるだけでとても光栄ですよ」
その言葉に、ルミナはますます真っ赤になってうつむく。
実に初々しい。
だが、そんな中、ドアが叩かれた。
「お客様が来られました」
その言葉に、ドバーチェン大佐は内心ホッとする。
素直な好意にうれしい反面、こういう時はどう対応したらいいのか困ってしまっていたからだ。
「ああ、すぐにお通ししろ」
「はい。お連れいたします」
そして少し間があってドアが開かれた。
そこにはホテルの従業員と一人の男が立っていた。
アメリアの父であり、リベラブック社の社長ハワード・リカンドウンスである。
「あ、アメリアっ」
「お父様っ」
アメリアはうれしそうな表情になって駆け出し、ハワードに抱きつく。
それをしゃがんで受け止め抱きしめるハワード。
その様子をルミナは微笑んで見ている。
よかった。
ドバーチェン大佐はつくづくそう思う。
これでやらなきゃいかん事の一つは済んだなと思う。
だが、まだやらなきゃいかん事は山積みだ。
ドバーチェン大佐は微笑ましく再会を見つつ、心の中で気を引き締めるのであった。
再会の後、落ち着いた頃を見計らって、ドバーチェン大佐はハワードと別室に移動した。
感謝の言葉を言い、頭を下げるハワードを落ち着かせ、まずどういった経過で二人を保護したのかを説明するドバーチェン大佐。
ハワードはその話を黙って聞いていたが、教国の国籍旗とドクトルト教の宗教旗を掲げた艦から攻撃を受けたという場面で声を上げた。
「それは間違いないのですか?」
その表情は真剣だ。
もうすでに新聞や合衆国政府が今回の件で教国の関与を表明していたが、信じられないという思いがあるからだろうか。
「ええ。間違いありません」
ドバーチェン大佐はそう答え、そして一旦間をおいて言葉を続ける。
「ですが、それが現実でも、真実とは限らないと思っています」
彼も違和感を感じていたのだろう。
その言葉にハワードはごくりと唾を飲み込む。
そして、聞き返す。
「失礼ですが……」
「ああ、きちんと自己紹介していませんでしたね。私、合衆国サムラーナ地区情報統括部を仕切っておりますドルスハンテ・ドバーチェン大佐であります」
ハワードはやはりといった顔をする。
どうやら、彼も薄々ドバーチェン大佐がただ者ではないと感じていたのだろう。
「すると……やはり……」
ハワードの口から思わずといった声が漏れる。
「まだはっきりとそう決まったわけではありません。ただ、その可能性はあるかと。疑う事が仕事ですからな、私の仕事は……」
そう言ってドバーチェン大佐は苦笑した。
納得したのだろう。
ハワードが頷く。
「それで私はどうすればいいでしょうか?」
「そうですね。まずは今回の話を口外しないでください。それと二人をきちんと秘密裏に匿っておくことが必要です。今の状況だと巻き込まれてとんでもない事になりそうですから」
実際、すでに事件から救出された人々は、政府機関の事情聴取だけでなく、新聞などの報道機関からの取材や追及に振り回されているらしい。
特に、客船を管理していたリベラブック社の社長令嬢ともなれば、報道機関の粘着はかなりのものになるだろうと予想される。
そんな無慈悲な嵐の中に二人を巻き込みたくないという思いがあるからである。
「たしかに。それでどうすれば……」
「当面は現状のまま匿っていて、時機を見て実は助かっていたという感じでやるしかないでしょうね」
「そうなりますか……」
「ええ。それがベストだと思いますよ」
「そこまで気を使っていただきありがとうございます」
「いえ。お嬢さんは実にいい子です。あのまま育って欲しいかなと」
そう言ってドバーチェン大佐は目を細める。
そこには温かい思いがあった。
だが、すぐに表情を引き締める。
「それと、後日、協力をお願いするかもしれません」
その言葉に、ハワードの表情が引き締まる。
「つまり……」
「ええ。私は今の行方不明という状況を利用して、今回の件で動こうと思います」
「そうですか。ですが大丈夫ですか?」
心配そうなその言葉に、ドバーチェン大佐は笑った。
「大丈夫ですよ。それに知り合いの方に手を回して色々動こうと思っていますので」
その言葉に、ハワードは思わずといった感じで笑ってしまっていた。
その突然の笑いに、ドバーチェン大佐は怪訝そうな顔になる。
「す、すみませんっ。娘の言う通りだなと思ってしまってつい……」
「お嬢さんの言った通り?」
「ええ。『フソウ連合の映画の主人公そっくりなんだよ、おじさまは』って言ってましてね」
どうやら、ハワードもその映画を見たらしい。
ドバーチェン大佐としては、映画を見ていない以上、どう反応していいか困ってしまう。
「そんなにですか?」
「ええ。似たようなセリフがありましたし……」
そこまで言われ、ドバーチェン大佐は考え込む。
やはり、その映画を見ておく必要があるのではないかと。
そして、気が付くとそんな事を考えこんでしまっている自分におかしくなった。
どうやら、アメリアというお嬢さんは、私のすさんだ心を癒してくれたようだとわかって、思わず苦笑した。
ハワードとの打ち合わせを終えると、ドバーチェン大佐は直ぐにホテルの電話室に向かう。
そして、受話器を取って番号を回そうとして苦笑した。
「本当は巻き込みたくはないんだがな……」
そんな呟きが漏れる。
だが、他の幹部に連絡を入れれば、自分と面識がある以上、すぐに古巣には生きているとバレてしまうだろう。
せっかくの行方不明だ。
それをうまく使いたい。
すでにサムラーナ地区情報統括部の次期責任者として派遣される人物は、自分の子飼いの者だから問題はない。
ならばこっちはもっと自由に動かせてもらおうか。
そういう考えでの連絡である。
最後に会ったのは、彼が小さい頃だったか。
その後は直接会ってはいないが、かなり芯のある青年になったと聞く。
だからこそ、組織によって潰されていないかだけが心配だ。
だが、すぐに自分の師匠の言葉を思い出す。
『孫はああ見えて芯はしっかりしている。ブレることはなかろう』と。
その言葉を思い出しつつ、電話をかける。
出たのは若い女性だ。
その声は聞いたことがある。
ああ、彼女か。
なるほど……。
彼女が彼の側にいるのか。
なら、色々隠しても仕方ないか。
だから、はっきりと名指しで呼ぶ。
「Eにかわってくれ」と。
女の声が緊張したものになった。
だが、しばらく間を置いた後、『少々お待ちください』と返答がある。
そして男の声が聞こえた。
『代わりました。何でしょうか?』
その声を聞き、師匠が言っていた事を納得する。
実に芯が強そうな声だと。
勿論、声だけで判断は出来ない。
だが、その時、そう感じたのである。
ならば……。
ただ、一つ問題がある。
護衛のメイドだ。
声から察するに、確かアインだったか。
『C』の子飼いの影。
一度会ったことがある。
彼女が今は『E』の元にいる。
つまり、『C』に情報が筒抜けになる可能性は高い。
だが、ふと考える。
なら、なぜ『Eにつなげ』と言った時、躊躇した?
普通に『C』に繋がっているなら、躊躇などしないはずだ。
それは……つまり……。
どうやら、会って確認した方がよさそうだ。
かなり危険だが、それだけの価値はありそうだ。
なんせ、一度は切れた秘密結社の中にパイプを作る事が出来るのだから。
だから、こう切り出す。
「では用件だけ伝えよう。君に伝えたいことがある。会えないかな?」
すぐに答えが返ってきた。
「いつでしょうか?」
いい返事だ。
流石は師匠の孫といったところだろうか。
会う約束は呆気ないほど簡単に決まる。
だが、もう一つ確認すべきことがある。
アインという名のメイドの忠誠がどこに向いているかだ。
それを確認したいがため、『護衛くらいはいいですかね?』という言葉に敢えて言う。
「構わんよ。そうそう、君の側に仕えているメイドとかお薦めだ」
そう言うと、電話の向こうの男は押し黙る。
いい傾向だ。
自然と笑いが出る。
いやはや、実に一週間後が楽しみだ。
そう思いつつ、ドバーチェン大佐は静かに受話器を置いた。
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