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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十九章 帝国崩壊の余波

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実験の前日……

「只今戻りました。わが主よ」

ピエール・パシェッタはゆっくりとドアを開け、頭を下げてそう告げる。

もちろん、部屋に入るときは事前にノックをして許可を取ってからだし、いきなり主人の前に転移したりなどしない。

隣の部屋にポートを作っておき、そちらに転移してから主人の部屋に向かう。

それは当たり前だ。

下僕である連中と主人を同じような対応はしない。

主人には主人の、下僕には下僕の対応の仕方があるというものだ。

以前仕えていた共和国軍師アラン・スィーラ・エッセルブルドにも敬意を払って同じようにしていたわけだから、新しい主にもそれと同じが、それ以上の対応をしなければならない。

ピエールはそう考えていた。

部屋に入って頭を下げるピエールに、下僕達から老師と呼ばれる老人はニコニコと笑いつつ口を開く。

「ふむ。ご苦労であった。それで合衆国の方はどうであったか?」

「はい。中々難しい様子でございました。今のところは楔は打ち込んだ程度ぐらいに考えるべきかと…」

ピエールの言葉に、老師は自分の顎鬚を撫でつつ目を細める。

「ふむ。そうか……。やはり難しいか……。しかし、じわじわとやっていくしかあるまいて……」

「仰る通りかと……」

そう言ってピエールは深々と頭を下げる。

「ふむ、それで他の所はどうじゃ?」

「はい。王国、共和国は中々難しいようでございます。諜報関係が活発に動いていることもありますが、やはり、今、実権を握っているのが親フソウ連合派というのが大きいようです」

ピエールの言葉に、老人は少し笑う。

「王国は確かに無理ではあるが、共和国は内部工作が上手くいかなくとも、なんとかなるじゃろ。あそこは六強の中でも教国に次いで使徒の多い国だからの」

その老師の言葉に、ピエールはニタリと笑う。

「なるほど。使徒を使いますか……」

「何、使えるものは、何でも使ってやらねばのう……。それが大して役に立たないものでもな」

そう言って楽しそうに笑う老師。

そこには、以前、使徒を導いた高位の聖職者としての使徒への思いは無い。

使徒は所詮、自分にとってはただの駒程度と言う認識なのだろう。

今の発言は、それを再度認識させるに十分なものであった。

ピエールは、その言葉の意味に背筋にゾクゾクした刺激が走り、身体がフルフルと震えてしまう。

それは恐怖からではない。

圧倒的な高みに主がいるとわかったからだ。

「さすがは、わが主でございます。尊敬いたします」

そう言うとピエールは深々と再度頭を下げる。

その様子を、面白そうに見ていた老人だったが、嫌な事を思い出したのだろう。

その表情が笑顔から渋いものに変わっていく。

「いかがなされましたか?」

ピエールが恐る恐るといった感じて聞くと、老人はピエールに実に申し訳なそうな表情をして視線を向けた。

「なあに、連盟の古狸がのう。なにやらごそごそと動き出しているのを思い出したのよ。あの古狸め、以前もなにやら企んでおったがのう。どうせろくな事ではあるまいて……」

「ふむ……。連盟ですか……」

そう言って少し考え込むピエール。

しかし、すぐに真剣な表情で頭を下げる。

「もしですが…。よろしければ……」

「ふむ。何かあるかの?」

「はい。私のツテが連盟にございますので、そのツテを使って色々調べさせようかと思っておりますが、よろしいでしょうか?」

そのピエールの言葉に、老人は驚きの表情をした後、少しうれしそうな表情になった。

「そうか、頼めるか……」

「はい。お任せあれ」

「ふむ。頼むぞ。情報収集をまずは行って欲しいのじゃ。妨害するかどうかは情報を集めて判断するということじゃの」

「はい。それでは、早速動きたいと思います」

そう言ってピエールは深々と頭を下げると部屋から退出していった。

そして数分が立っただろうか。

隣の控え室に繋がるドアが開く。

「中々使える駒のようですな…」

そう言って現れたのは、老人が卿と呼ぶ男性だった。

年は四十といったところで、丁寧に整えられた口ひげを生やしたオールバックに固めた黒髪が印象的だ。

「ふむ。重宝しておるよ。気の利いた伝書鳩としてはな」

ニコニコと笑いつつ老人が答える。

そこには、ピエールに対しての思いは何もない。

ただ、重宝する。

その一点だけが、ピエールの価値であると言わんばかりだ。

「それはようございましたな。確かに使い潰すのには丁度良い感じてございますな」

男はカラカラと笑い、老人も楽しそうに笑う。

「それで、国の方はどうなっておる?」

「はっ。ついに連邦への支援が打ち切りになりました」

「ふむ。やっとかの。もっと早く動くかと思っておったが……」

「やはり、イオーアンネース総主教不在というのはなかなかの重石のようでございます。誰も責任を取りたくない一身でございましたので……」

その言葉に、老人は楽しそうに言い返す。

「相変わらずの事なかれ主義の連中ばかりじゃのう。あの国らしいわ」

そして、口角を歪めて言葉を続けた。

「だからこそ、使い潰しがいもあるというものよ……」

「老師も中々人が悪いですな」

「なあに、そういう風に仕向けたのは、あの国の使徒達よ」

そう言って二人で高々と笑う。

しばらく笑った後、男は表情を引き締めなおすと口を開いた。

「それで、教国に関しては、以下はどのように?」

「何、しばらくは連中の好きにさせておけ。もっとも、フソウ連合に媚を売るようなら、すかさず邪魔をしておけ。それと教国内の情報操作を行い、フソウ連合に対しての印象操作を忘れるでないぞ」

「了解しました。ご命令のままに従います。お任せあれ」

そう言った後、男は伺うように聞いてきた。

「それで老師は?」

「ふむ。明日にでも実験を行うからの。その見学でもするかと思っておる」

「なるほど……。場所はどちらに?」

男がそう聞くと、老人は顎鬚を撫でつつ窓の外を見る。

「この諸島の北側の方にの。無人島の集まりがある。そこで行う予定じゃ」

「それはそれは……。実に楽しみでございますね」

男のその台詞に、老師は軽く何度か手を叩くと口を開く。

「おおう。その通りじゃ。どんな結果になるか、実に楽しみじゃて……」

「では、結果を今度教えていただければ幸いでございます」

「ふむ。結果は卿には話そうぞ。楽しみにしておれ」

「はっ。では失礼します」

男はそう言って一礼すると隣の控え室に戻っていく。

その後姿を見送った後、老師は窓に近づく。

見下ろす形になるが、目の前にあるミルネシア魔道研究施設専用の港には、大きな船舶が三隻停泊しており、なにやら機材やらを積み込んでいる。

港に並ぶ機材は、朝用意されていた量よりもかなり減っており、まもなく終わるだろうと予想される。

それはすなわち、実験出発の準備が整うという事だ。

「ふむふむ。この調子なら、あと数時間後には出港できそうじゃのう……」

その老人の呟きが聞こえたのだろうか。

ドアをノックする音が部屋に響く。

「入れ」

老人が短くそう言うと、ドアが開いて実験計画の責任者である男性がにこやかな笑顔でそこに立っていた。

「老師にご報告があります」

「ふむ、何か用かのう?」

恐らく出港の件だろうとはわかってはいたが、老人はそう聞いておくことにした。

男性の顔が喜びに満ち溢れ、話したくてたまらないといったように見えたためだ。

「はっ、ご報告いたします。積み込み作業は、あと二時間もあれば完了いたします。最終点検が一時間程度ですので、予定より四時間程度早くなりますが、本日の十五時には出港出来る予定となりました」

誇らしげにそう報告する男性に、老人は驚いたような表情をした後、褒め称える。

「さすがじゃ。わしもここの責任者にお主を押した甲斐があったわ」

「はっ、そう言っていただき、感謝感激であります」

感激したのだろうか。

男性の身体が喜びで震えている。

「だが、忘れるでないぞ。これはスタートでしかないのだ。明日の実験、必ずや成功させよ。良いな?」

その老人の言葉に、男性は表情を引き締めなおすと頭を下げた。

「はっ。もちろんでございます」

「うむ。よい表情じゃ。期待しておるぞ」

「はっ。では準備出来次第、またお声をおかけいたします」

深々と頭を下げると、男性は部屋から退出していく。

それを見送った後、老人は窓の風景に視線を戻した。

「ふふふ…。さて、どうなるのか。まさに神のみぞ知るといったところかの」

そう呟くと、楽しげに微笑んだのだった。

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