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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十九章 帝国崩壊の余波

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白き建物の中で……

豪華ながらも質素な執務室の一室で、男は報告書を読み終えると報告書をデスクの上に置いた。

デスクの上には幾つもの報告書があり、全てに目を通したのだろう。

男は少し首を回した後、彼のデスクの周りで待つ部下達の方に視線を向けるとスーツを着て丸眼鏡をかけた優男と言う感じの部下の一人が口を開く。

大統領主席補佐官を務める、ギルバート・リラッドクだ。

「それで、どうされるのですか?」

そう聞かれ、男、アカンスト合衆国大統領アルフォード・フォックスは困ったような表情をした。

「そう言ってもねぇ…」

「何を躊躇されているのですかっ。フソウ連合は将来的に合衆国の敵となりえる存在なのです。実際、一部の企業や研究家からはフソウ連合の危険性を危惧した発言も見られ始めています。これはより事が大きくならないうちに潰しておくべきではないでしょうか?」

「待て…。今の発言はただ闇雲に敵を作るだけにしか聞こえんぞ。実際に何かあって戦うのは、我々軍人なのだぞ」

そう言って横から口を挟むのは、灰色の軍服を着込んだ男で、年は四十後半といったところだろうか。

今の発言に、かなりカチンときたのだろう、その口調は荒々しい。

「ふむ…。大統領補佐官の言いたい事はわかるが、あまりにも性急すぎるのではないだろうか。フソウ連合とは通商条約を結び、共に歩むという取り決めをしたばかりであろう。それを舌の根も乾かぬうちにひっくり返すのは、合衆国の恥ではないか。それに将軍ももう少し落ち着いてください」

そう言って、少し小太りのスーツを着込んだ中年男性が呆れたように仲裁に入る。

「わしは落ち着いておるわ。デービットに言われなくてもな…」

将軍と呼ばれた男、マルキッド・エルドンフォント国務長官は、諌めようとしている男性、デービット・ハートマン副大統領にそう言って口をへの字にする。

「被害が出てからでは遅いと思うのですが、副大統領はその辺をどうお考えなのですか?」

今度は優男が副大統領に噛み付くように質問する。

実に嫌な男だ。

こんな男をどうして補佐官などに選ばれたのだ?

今度、大統領に聞いてみる必要があるな。

そんな事を思いつつ、ハートマン副大統領は落ち着くようにジェスチャーをしながら口を開く。

「被害が出そうだからと言う理由で何でも敵対したら、味方は誰もいなくなり孤立する。それがわからん大統領補佐官でもないでしょう」

その様子は、引っ掻き回す補佐官に、反発する国務長官、なんとか治めようとする副大統領といった感じで、普通のコントなら面白いのだろうが、国の中枢がこんな有り様では笑うに笑えない。

三人の様子をちらりと見て腕を組むと、フォックス大統領は三人からデスクにおいた報告書に視線を落とした。

その報告書のタイトルは『フソウ連合における合衆国に与える危険性について』と記されている。

内容は、簡単にいうとフソウ連合が、軍事、経済、国際的な指導力等において合衆国の脅威になるという研究結果の報告であった。

もし、この報告書だけならフォックス大統領は鼻で笑っただろう。

しかし、フソウ連合の動きやその動きによってもたらされた結果を知っていれば、鼻で笑う事は出来ない。

帝国、共和国の大艦隊を退ける抜きん出た軍事力。

また、譲渡された護衛駆逐艦は圧倒的な技術力によって作り出されたもので、自国だけでなく他国でもすぐに真似出来るものではなく、この技術力を民間に転用すれば間違いなくフソウ連合は世界の工業のトップになり世界の富の多くを手に入れられるだろうと予想される。

そして共和国と王国を巻き込んでのイムサと呼ばれる三カ国による海路警備機構の立ち上げを行ったり、王国と共和国の仲裁を行うほどの国際的役割を担うほどの指導力。

つまり、報告書通りの力がある事の片鱗を示し始めている。

それ故に一部の者達から不安の声が上がり始めているのだろう。

だが、それを理由にいきなり制裁をするのもどうだろうか?

極端すぎるのではないだろうか。

合衆国は中立であり、世界のバランサーとしての役割を担ってきた。

その役割が、フソウ連合という国の出現によって大きく変わってきているのは確かだろう。

それに王国がフソウ連合と親密なのも躊躇してしまう要因の一つだ。

合衆国は、元々王国の植民地が独立してできた国なのだ。

それ故に王国の影響力は大きい。

それは、軍事的にも、経済的にもだ。

フォックス大統領は、ふーっとため息を吐き出すと、目の前で口論している三人に視線を戻す。

「そろそろ良いかね?」

静かだが威厳のある声に、三人は我に返ったりのだろう。

慌てて口を閉じ、非礼を詫びる。

その言葉受けた後、フォックス大統領は口を開いた。

「確かに、ギルバートの言う事も一理あるだろう。だが、まだ時期尚早ではないだろうか。確かに驚異的な力を持つのは分かったが、それは合衆国に牙を剥くことがなければ問題無いのだからな。それに王国を見たまえ。彼らはフソウ連合と同盟を結び、良き友として付き合っている」

「ですが、危険な芽をこのままにしておいては……」

リラッドク補佐官は、それでもなお食い下がろうとする。

その言葉を、手で宥めるような仕草をしながらフォックス大統領は言葉を続けた。

「それにだ、合衆国の脅威にならないようにする為の通商条約締結であり、アーサーを特使としてわざわざ共和国からフソウ連合に配置転換したのだよ」

「確かにその通りですが……ですが……」

「もうよさないか。大統領がああ言われているのだ」

副大統領からも諌められ「わかりました」と言って矛先を収めるリラッドク補佐官。

だが、不満たらたらなのはその表情からも伺える。

いや、今まで以上に未練がましい態度だ。

その様子に、副大統領はますます違和感を感じてしまう。

なんだ?!

彼がここまでフソウ連合を目の敵にするのは何か理由があるのか?

ほんの数ヶ月前まではフソウ連合に興味も示さず、護衛駆逐艦の発注や通商条約を結ぶ事に反対などしなかったのだが、ここ数週間でいきなり過ぎる……。

少し調べたほうがいいのかもしれん……。

そう考えた時だった。

「ふむ。これでフソウ連合とは当面の間、現状維持に努めるという事で動くように」

フォックス大統領の宣言が成され、副大統領は思考をそこで止めた。

そして、その言葉に、三人はそれぞれの表情で頷く。

「ふむ。よろしく頼む。それでだ……。次はこの件に関してだ……」

そう言ってフォックス大統領は、二通の書簡をデスクに置いた。

それぞれには、アカンスト合衆国大統領アルフォード・フォックス宛てになっている。

「帝国と連邦からですか…」

副大統領がそう言うと、補佐官や国務長官も呆れたような表情をした。

「そう、その通りだよ。王国とフソウ連合との講和を取り持って欲しいという内容の……」

「それで内容はどうだったんでしょうか?」

「連邦から言うが、こっちは話にならん。自分の言いたい事を言うだけで、これで本当に講和を結ぶ気があるのか疑問に思ってしまうほどだよ」

フォックス大統領の表情から、その内容の酷さがわかったのだろう。

三人とも顔をしかめた。

その中でもリラッドク補佐官などは、嫌悪感を出して「所詮、連邦は敵でしかありませんから手を貸す必要性などない」と言いきってしまうほどだ。

もっとも、フソウ連合のときと違い、残りの二人、国務長官に副大統領も同じ意見なのだろう。

二人とも頷いている。

「ふむ。連邦に関しては三人とも同意見と言う事だな」

フォックス大統領は苦笑しつつ、そう言って言葉を続けた。

「問題は、帝国だ……」

帝国と合衆国はそれほど仲がいいわけではない。

貿易もほとんどなく、接点も少ない。

それはつまり、利害が生じないということであり、それ故の中立ということだ。

今、連盟が援助をしているようだが、連邦の前に大敗し、国土の多くを失っている。

ある意味、一地区に追い込められてしまったといっていいだろう。

軍も経済も、そして国民の信頼度もかなり低下してしまっていると見ていいだろう。

国民の圧倒的人気を誇る黄金の姫騎士たるアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチを皇帝に祭り上げたはいいものの、ジリ貧であるのは誰の目にも明らかである。

その点が、自ら一地区を支配し、万全の状態である公国との違いだ。

公国は、国民の支持が高く、さらに安定した経済力と軍事力を維持しており、何より大きいのは、王国、フソウ連合との講和を済ましているということにより当面の敵は帝国と連邦に限定できる点だろう。

そういった事を考えれば、連邦、公国、帝国の三ヶ国の中でもっともジリ貧なのが帝国といえよう。

「恩を売っても良いとは思いますが……」

さっきまであった勢いが嘘のように消極的な言葉がリラッドク補佐官から漏れる。

理由は簡単だ。

恩を売ったはいいが、その恩の見返りは返ってくる保証がまったくないということだ。

なんせ、三国の中で一番最初に無くなりそうな国なのだから……。

「そうですな……。なんとも難しいですな」

そう言ったのはハートマン副大統領だ。

彼としても、無駄になりそうな事はやりたくないといニュアンスが感じられる。

だが反対に乗り気なのはエルドンフォント国務長官だ。

「確かに恩を売るにしては頼りないですな。しかし、だからこそ恩を売るべきでしょう」

その言葉に、フォックス大統領が聞き返す。

「なぜだね?」

「簡単ですよ。強い者に恩を売ってもあまり感謝される事はありませんが、弱い者に売れば感謝されるからですよ。それに、帝国には頑張ってもらいたい」

そう言ってニタリとエルドンフォント国務長官は笑う。

「連邦は、あの国の思想は、合衆国とは相容れません。それどころか、合衆国に害としかならないでしょう。連邦という国には出来れば早々に潰れてほしい。しかし、外からちょっかいを出せば他の六強やフソウ連合からの不評を買い、合衆国にとってはマイナスにしかならないでしょうからな」

その言葉にハートマン副大統領が少し考え込んだ表情で聞く。

「いつかは、連邦が合衆国に牙を向くと?」

「ええ。間違いなく……。多分、他の六強も同じ考えでしょう」

その断言と言ってもいい言葉に、しかし誰も反論しない。

それは全員の考えが一致しているという事である。

「ならば、今回の講和の件、動いてみるか…」

フォックス大統領は呟く様にそう言うと、命令を続けて言う。

「すぐに王国とフソウ連合の特使に連絡を。探りを入れさせるのだ。この件に関する両国の動きを…」

「はっ。了解しました」

そう言って補佐官が部屋を退出していく。

その様子を見送った後、副大統領は大統領に話しかける。

「気のせいならいいのですが……」

「何がだね?」

「いや、リラッドク補佐官のフソウ連合に対する態度がここ最近で急に変わったので…」

「確かにここ最近はおかしいな……」

エルドンフォント国務長官も頷く。

「私だけではなかったか……」

そう言うと、フォックス大統領は腕を組み考え込む。

「長年の付き合いがあるやつだが、注意しておくにこした事はないか…」

それはぱっと聞いた感じてはただの呟きだが、大統領の意思の表れでもある。

「わかりました。諜報の連中を少し動かしておきましょう」

エルドンフォント国務長官は敬礼すると大統領執務室を退室していった。

「ふう……」

フォックス大統領の口から深いため息が漏れる。

「お疲れ様でした。アル」

副大統領がそう声をかけるとフォックス大統領は非難めいた視線を向けた。

「やっぱり、君がここに座るべきだったんだよ、デビー」

「いやいや、私には君みたいな決断力は無いからね。精々君の為の縁の下の力持ちに徹するだけだよ」

その副大統領の言葉に、ますます膨れっ面をするフォックス大統領。

だが、ニヤニヤ笑いで誤魔化す気満々の副大統領を見ると再度深いため息を吐き出す。

「ならなきゃ良かった…」

そう呟いてフォックス大統領は身体を椅子に預けると天井を見上げた。

海軍にいたころは、こんな胃がきりきりするような事は無かったんだけどな……。

そう思ってみたものの、それは逃避でしかない。

仕方ない……。

フォックス大統領はそう思考を片付けると視線を前方に戻す。

そこには、共に海軍で切磋琢磨し、今は自分を支える為に傍にいる親友がいる。

「愚痴っても仕方ない。仕事を持ってきてくれ」

フォックス大統領はそう言うと背筋を伸ばす。

「ああ。わかったよ」

こうなる事がわかっていたのだろう。

いつもの笑顔で、副大統領が答える。

「ああ、もちろんだとも。合衆国大統領であり、わが親友よ」

そこには、両者に絶対的な信頼関係があった。


「ふむ……。すぐには無理か……」

指示された命令を済ました後、自分の執務室に戻ってきたリラッドク補佐官は椅子に座ると呟く様にそういった。

その彼の後ろに何もないのにゆっくりと影が出来上がり、それは段々と形を成して人と成っていく。

「駄目でしたか……」

影が……、いやもう影とはいえない。

それは間違いなく人の姿をしていた。

ピエール・パシェッタ。

それがこの男の名だ。

ピエールは残念そうな顔をしたものの、すぐにうまくいくとは思っていなかったのだろう。

「一応、楔を打ち込むのは成功しましたと伝えておきますよ」と言葉を続けた。

「ああ。老師にはそうお伝えいただきたい……」

リラッドク補佐官は振り向かずに短くそう言うと自らの思考の海に沈みこむ。

その様子に、ピエールはクスリと笑うと「わかった。お伝えしておきます」と次げて、指輪をいじり始める。

ピエールの姿が段々と薄くなっていき、存在感がなくなっていく。

「次は良い報告を期待していますよ」

その言葉を最後に、ピエールの姿はかき消すように消え去っていた。

「ふん……。ただの使い走りの癖によ…」

リラッドク補佐官はそう呟くと初めて後ろを振り向く。

そして、ゆっくりと立ち上がると動き出した。

あの男は嫌いだが、老師には恩がある。

何とかしなくては…。

『フソウ連合を合衆国の仮想敵国とする事』

それが老師から彼に与えられた使命。

それがどんなに苦難の道でも、彼に残された選択はただ一つのみ。

やる。

それしかないのだ。

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