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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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エスケープ・プラン  その7

国民義勇軍の攻撃が始まってから二日がたった。

深夜の破壊工作から始まった戦いはまだ続いている。

昼は砲撃と突撃による戦闘、夜間は工作員による破壊工作、手を替え品を替えの攻防が続き、双方かなりの被害が出ていた。

防御側のモッドーラ残留軍は、少ない兵力ながらも善戦して防衛ラインをなんとかキープしていたし、夜間の破壊工作も重戦艦四隻が被害を受けて以降は防ぐ事に成功している。

また、国民義勇軍の行った小型艇による湾口封鎖作戦も、装甲巡洋艦との連携でなんとか対応し、被害を出していない。

兵力差を考えればまさに奮戦と言っていいだろう。

しかし、その反面、地雷原や鉄条網は砲撃によってもうほとんど吹き飛ばされ、装甲巡洋艦による援護射撃はあるものの、今や塹壕を守るものは何もない状態であった。

そんな不利な状況の中、朝から始まった本日一回目の国民義勇軍の攻撃が収まった後、アデリナは会議室に指揮官達を召集する。

あまりにも急な召集であったが、全員集まるのに五分もかからなかった。

全員がそこに集まった事を確認するとアデリナが全員を見回した後に口を開く。

「皆、よく頑張りました。今夜、ここを放棄します」

アデリナのその言葉に、防衛の前線指揮を行っているムスチスラフスキー少尉の顔がほっとしたものになる。

不眠不休で動いていたのだろう。

彼の目の下には真っ黒と言ってもいいほどの濃いくまが出来ており、流れ弾で負傷した右手の二の腕に巻いている包帯からは血が滲んでいる。

そして、泥と汗に汚れた軍服はすでによれよれだ。

この二日間の戦いがどれだけ熾烈を極めたかを見ただけでわかるというものだ。

「よく持ち堪えました。あと少しです。頼みますよ」

アデリナの言葉に、ムスチスラフスキー少尉は顔を引き締めると敬礼する。

「了解しました。しっかりと任務を全ういたします。ですが兵力が足りません。補充をお願いできないでしょうか?」

「わかりました。出来る限りの補充を送りますから頼みます」

「はっ。ありがとうございます」

その返事に、アデリナは満足そうに頷くが、すぐに副官のゴリツィン大佐が聞いてくる。

「しかし、まだ放棄の為の工作が完全に終わっておりません。それにここまでがっつりと国民義勇軍に喰らいつかれている以上、いくら夜とは言えこっちの出港の動きがばれて攻撃を喰らう可能性が大きくありませんか?」

その言葉に、アデリナは少し嬉しそうな顔をした。

やっとうちの副官もそこまで考えれるようになったのかと…。

だがすぐに表情を引き締めると味方や敵の部隊配置が記入された周辺地図を指差しつつ口を開いた。

「確かに今のままではこっちの動きに気がついてしまう可能性があります。ですから敵の注意を別のところに引きつけておく必要性があります。ですから…」

そこで一旦言葉を止めるとある地点をトントンと右手の人差し指で叩く。

「装甲艦リュッツオウ、アドミラル・シェーアの二隻でここを砲撃させます」

その場にいた全員の目が一点に集中する。

そこは、元親衛隊が補給拠点として作られた基地の名前が記載されていた。

「恐らく、ここから敵の物資や弾薬は運び込まれていると思われる。だから、ここを二隻で砲撃して混乱させ、敵の目を別方向に向けます。そして夜にまぎれて、駆逐艦Z-31から34、それに装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペを先行させ、その後に輸送船団を順に出航させていきます。そして最後にプリンツ・オイゲンとZ-37、Z-38の三隻が殿として防衛隊を回収し撤退します」

ゴリツィン大佐が慌てて聞いてくる。

「しかし、燃料に余裕はあるのですか?基地の燃料の備蓄はほとんど底を尽いております。余計な動きをするとラッサーラまで燃料が持たないのでは?」

「ええ。燃料の備蓄がほとんどないのは知っています。ですが、私の艦隊は前回の戦いの後、補給を受けてあまり動いてはいません。他の艦に比べれば余裕がありますから大丈夫でしょう」

「しかし、リュッツオウ、アドミラル・シェーアの二隻の出港に敵が感付くのでは?」

その問いにアデリナは気にした様子もなく答える。

「おそらく、そろそろ次の敵の攻撃が始まると思いますから、それにあわせて出港させましょう」

「なるほど…。敵の目を装甲巡洋艦や防衛隊との戦いに引きつけておく間にこっそりと…ということですか」

「まぁ、そういう事になりますね」

その後に、工作の指揮を任されていたゴドゥノフが申し訳なさそうに聞いてくる。

「まだ工作が終了していない大型クレーン等の施設はどういたしましょうか?」

少し考え込んだ後、アデリナは意を決したように口を開く。

「無傷で残すのはさすがに…。しかたありません。プリンツ・オイゲンの主砲で破壊します。あと、沖合いに出している装甲巡洋艦は自沈させます。乗組員はボートで最後に拾い上げていきますから、弾を撃ち尽くす勢いで砲撃して敵を港に近付けさせないように。では、各自最後の踏ん張りどころです。しっかりやりなさい」

アデリナの言葉にその場にいた全員が立ち上がって敬礼する。

「「「了解しました」」」


十三時過ぎ、その日の二回目の国民義勇軍の攻撃が始まった頃、港からゆっくりと静かに出港していく艦艇があった。

装甲艦リュッツオウ、アドミラル・シェーアの二隻だ。

そしてそれを誤魔化すかのように三隻の装甲巡洋艦は横に並んで砲撃を開始した。

そのおかげだろうか。

国民義勇軍は二隻の出港に気が付かなかったようだ。

そして、戦闘の再開に関係なく、港内では破棄のための工作が進められている。

砲撃で破壊するものを極力減らす為だ。

また、機雷の準備も進んでいる。

実際、すでに一部には機雷の設置が終わっており、残りも闇に紛れて少しずつ艦艇が出港するのに合わせてすぐに設置できるように準備されている。

また脱出艦艇の乗組員は、自分達の艦艇の最終チェックに入っていた。

全ては今夜の脱出の為に動いているといっていいだろう。

そして前線では、突撃してくる国民義勇軍をなんとか防ごうと防衛隊が必死の防戦を繰り返していた。

がむしゃらに突撃してくる国民義勇軍相手に防衛隊はかなりてこずっている。

それは仕方のないことなのかもしれない。

あまりにも兵力が違いすぎるのだ。

長期戦になればなるほど少ない方が消耗して不利になっていく。

そして、用意されていた地雷原も幾重に張り巡らせた鉄条網も今や跡形もない。

少しは兵力が補充がされたとは言うものの、それでも焼け石に水という有り様である。

「くそったれっ。さっさと撤退しやがれっ」

ムスチスラフスキー少尉自身も銃を取り、戦いに参加しながら叫ぶ。

「弾持ってこいっ」

「こっちもだっ」

いたるところで弾の補給を求める声が上がる。

弾の補給をやっている兵士達が慌てて弾や弾薬を運搬していく。

「くそっ。エムナーが撃たれたっ。誰か代わりに着けっ」

その叫びに、弾を運んでいた兵が慌てて倒れた兵士に代わって銃に取り付いて撃ち始める。

「本部に連絡だっ。増援の兵を回してくれ。手が回らなくなりつつあるっいそげっ」

ムスチスラフスキー少尉の命令に、通信機を持った兵が慌てて叫ぶように無線機に言うが、果たして砲撃や銃撃の音で聞こえただろうか。

「返事はっ?」

「はっ…返事は…」

しかし、通信兵は言葉を続ける事ができなかった。

狙撃され、頭を吹き飛ばされたのだ。

崩れ落ちる通信兵。

慌ててムスチスラフスキー少尉は塹壕の壁に張り付き呟く。

「くそったれっ。やばいぞっ。おいっ。そこのやつ、本部に急いで増援を頼んで来いっ」

こくこくと頷くと弾を補給していた兵士の一人が中腰で港の方に駆け出す。

間に合ってくれよ…。

ムスチスラフスキー少尉は銃を撃ちつつ、後は祈るしかもう手がなかった。


十三時過ぎから始まったその日二回目の突撃攻撃は、開始してからすでに四時間が経過している。

防衛ラインはなんとか死守しているものの、まさに崩壊寸前といったところであった。

味方の数はドンドンと減っていき、敵は増えていく。

その数の暴力の前に、夜まで持たない。

ムスチスラフスキー少尉がそう観念した時だった。

敵陣の上の方に何やら発光弾が打ち上げられる。

色は白だ。

今までの経験から、撤退の合図なのだろう。

それにあわせるかのように、敵の攻撃が収まって敵部隊が引いていく。

「ふーっ。助かったのか…」

ムスチスラフスキー少尉の身体から力が抜けてその場に座り込む。

「少尉、やりました。敵が撤退していきます」

泥と血だらけになり、ふらふらしながらも小銃を支えにそう言いつつ補佐として付けられた中佐がこっちにやってくる。

「ああ。みたいだな…」

ムスチスラフスキー少尉はそう言うとニコリと笑う。

「互いに生き残りましたな」

「ええ。なんとか…」

そして二人で笑った後、ムスチスラフスキー少尉は表情を引き締めなおす。

「すぐに引き返してくるとは思えませんが、警戒を怠らないように。あと交代で休憩を取らせてください。それと負傷兵を運び出すように指示をお願いします」

その命令に中佐も表情を引き締める。

「わかりました。少尉はどうされるのですか?」

「アデリナ様に報告し、補充をもう少しまわしていただけないか直談判してきます」

「ですが、今日はもう攻撃してこないのでは?」

「いや。油断大敵です。ここで不意を突かれてしまっては今までの苦労が無駄になってしまいます。最後まで…、我々が立ち去る最後までここを守る。それが我々の任務ですから」

ムスチスラフスキー少尉の言葉に、中佐は感心したように頷くと敬礼した。

「了解しました。最後まで気を緩めることなく任務を全うしましょう」


「やられたっ。連中め、まさか後方の補給基地を攻撃するとは…」

イヴァーノヴィチ中将は叫ぶようにそう言うと、地図ののっているテーブルに両手をたたきつけた。

かなり派手な音が鳴ったものの、テーブルは壊れる事はなかったが、空になったマグカップが床に転がる。

そんな団長を横目で見ながらもナゴイ大佐自身も眉を寄せ、眉間に深い皺を作っている。

「連中にそんな燃料の余裕があるとはな…」

陥落した物資の中継を行う補給基地に軍港に移送する為の多くの燃料があったことから、軍港は燃料が不足しているため艦艇の移動は控えていると予想していたのである。

実際、艦艇の移動や撤退はない上に、重戦艦や装甲巡洋艦を浮き砲台として使っていることからもそれを裏付けていると思われていた。

だからこそ、後方の補給基地に対して警戒していなかったのだ。

「しかし、どうする?」

ナゴイ大佐がしかめっ面でイヴァーノヴィチ中将に聞く。

答えは決まっているとわかってはいるが、司令官は彼だ。

彼の命令が必要なのである。

「わかっているだろうが。ここ二日の戦いで我々の武器弾薬はほぼ底を尽きかけているんだ。すぐに部隊を戻せ。撤退させるんだ」

「了解しました」

「それと次の補給の予定はいつになる?」

「そうだな。二・三日は無理だろうな…」

その返事に、イヴァーノヴィチ中将はため息を吐き出した。

つまりは二・三日は動けないという事になる。

連中に余計な時間を与えたことにならなければいいんだが…。

そしてそのイヴァーノヴィチ中将の予想はすぐに当たる事となるのである。

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