エスケープ・プラン その6
夜が明けきらぬ早朝から始まった戦いは、昼近くになって一旦収まった。
正確に言うなら、収まったというより攻撃を仕掛けてきた国民義勇軍が撤退したからだ。
だが、それは撤退というほど生易しいものではなく、敗走と言っていいかもしれない。
深夜の破壊工作で重戦艦一隻撃沈、三隻航行不能或いは大破の戦果を挙げていなければ、戦いの損害を見れば完敗と言ってもいいかもしれない有り様であった。
その損害は、死者、行方不明者二千六百三十二名、重軽傷者二百六十六名、怪我もなく戻ってこれたのはわずか二十三名で、そのほとんどがパニック状態であった。
また、港内の砲撃を想定し設置された野戦砲は長距離の大型なものが多く、持ち込まれた野戦砲の六割に達していたが、そのほとんどは艦砲射撃によって破壊、多くの弾薬と一緒に失われてしまった。
その結果、国民義勇軍は艦砲射撃の射程距離外からの砲撃を余儀なくされ、また地雷原や鉄条網が突撃のかなりの障害となるとの認識から、攻撃目標を港内ではなく地雷原や鉄条網の破壊を優先する事となった。
そして十三時三十分。
残った野戦砲の設置が終わって、国民義勇軍の砲撃が始まった。
牽制の為だろうか、偶に塹壕近くまで飛んでくる事はあったが、その砲撃のほとんどが地雷原の破壊と鉄条網に集中した。
続けざまに砲撃が繰り返され、その砲撃で掘り返され誘爆したり破壊される地雷、次々と吹き飛ぶ鉄条網。
その惜しげもない砲撃によって確実に港の守りは崩されつつあった。
「連中、まずは障害になるものを潰そうという腹か…」
防衛を任されているムスチスラフスキー少尉は、最前線の司令部から双眼鏡で砲撃されている地雷原、鉄条網地帯を見て呟く様に言う。
確かに今朝の突撃を軽くいなせたのは、地雷原と鉄条網のおかげだといっていいだろう。
そんな事を考えているムスチスラフスキー少尉に、防衛の指揮の補佐として付いている中佐が声をかける。
「こちらも艦砲射撃で敵の野戦砲陣を攻撃いたしましょう…」
まるで当たり前のように中佐がそう言ってくるのをムスチスラフスキー少尉は鼻で笑う。
「連中、上手くやってやがる。野戦砲まで装甲巡洋艦の艦砲じゃ届かねぇ。もっとも、もし重戦艦があれば吹き飛ばせるんだけどな。やっぱり最初に重戦艦を失ったのはでかいな…」
そんなムスチスラフスキー少尉の言葉に、中佐は憤慨したような声を上げた。
「これでは装甲巡洋艦など役立たずじゃありませんか」
その言葉に、ムスチスラフスキー少尉は呆れかえった表情で言い返す。
「本気で言っているのか?装甲巡洋艦がいるから、敵は射程距離外という限られたところでしか砲撃は出来なくなっているんだ。つまり、装甲巡洋艦がいるからこの程度で済んでいると思うべきだぞ」
その言葉に、中佐は顔を真っ赤にして黙り込む。
言われてみて始めて気がついたのだろう。
その様子に呆れつつムスチスラフスキー少尉は小さくため息を吐き出した。
これだから、コネと賄賂でのし上がってきた連中は使えねぇんだよな。
しかも、その割りにはプライドばかり高くてよ…。
ムスチスラフスキー少尉は心の中でそんな事を思ったが、さすがに口にしない。
今は、味方の中に敵を作るなんて非効率な事をやっている余裕はないのだから。
だから、命令を下す。
「それにだ。敵さん、砲撃で地雷原と鉄条網に穴を開けたら、そこから突撃してくるだろうよ。その際には、装甲巡洋艦に活躍してもらおうじゃないか。装甲巡洋艦へ艦砲射撃を要請しておいてくれ。少しでも数を減らしたいからな。後、今の現状を本部にも報告をいれておいてくれ」
「了解しました」
中佐は敬礼すると連絡を入れるためにムスチスラフスキー少尉の側から離れる。
その後姿を見送った後、ムスチスラフスキー少尉は深々とため息を吐き出した。
「やりずれぇんだよなぁ…」
それは間違いなくムスチスラフスキー少尉の本音であった。
「いいかっ、徹底的に地面をひっくり返せ。掻き混ぜろ。種をまく畑のようにな。あと鉄条網を完全に破壊しろ。歩兵達に被害が及びそうなものは徹底的に排除だ」
野戦砲の指揮を任されているマルメラードワ戦時大尉は声を張り上げて命令する。
本来なら彼は少尉であり、国民義勇軍第三軍団の野戦砲部隊の一部を任されている部隊長の一人でしかなかった。
しかし、彼の直属の上司や同僚のほとんどは早朝の艦砲射撃に戦死し、残った士官のうち野戦砲部隊で最も上位だったのは彼であった。
ただし、さすがに少尉が三分の一程度になってしまったとはいえ軍単直属の野戦砲部隊の指揮をするわけにはいかず、ましてや他の部隊から砲撃の事をわからない人物を指揮官としてまわすことも出来ない。
その為、苦肉の策として彼を戦時大尉としたのである。
もっとも、苦労をしたくない本人にとっては貧乏くじを引かされたとしか思っていなかったが、それでも職務に忠実であった。
不満があるものの、それを顔に出さずにきちんとした指示を出して国民義勇軍の港への攻撃を支える。
それが自分の仕事だとわかっている。
彼は砲撃のプロであった。
「いいかっ、砲撃後には歩兵部隊の攻撃が始まるんだ。連中に、砲兵のおかげで生き延びれたと思わせてやろうじゃないかっ」
士気を煽る為に声を張り上げる。
声こそ上げないものの、それに答えるかのように砲兵達は互いに頷きあう。
彼らにしてみれば、こんな同じ国民同士での戦いなどさっさと終わらせたいのだ。
もっとも、自分らが勝者としてではあるが…。
砲撃によって破壊され、穿り返されていく様子を双眼鏡で確認しつつ軍団長のイヴァーノヴィチ中将は命令を下す。
「よし。敵陣を砲撃できる射程の長い野戦砲は砲撃を止めさせろ。突撃の際に援護砲撃をしてもらわねばならんからな。それと今夜、再度海上の敵に攻撃を仕掛ける。工作部隊の準備をさせておけ。あと、頼んでいた足の速い小型艇の準備は出来ているか?」
「はい。砲撃に関しての指示はすぐに野戦砲部隊の方に連絡いたします。あと、工作部隊の方ですがすでに準備は整っておりいつでもいけます。また、ご注文の小型艇ですが、四隻徴用いたしました。二隻が輸送船で、一隻が漁船、もう一隻は警備艇です」
横に控えていたナゴイ大佐が手元のボードを確認しつつ報告する。
ナゴイ大佐の傍にいた伝令兵が頷きつつ場を離れていく。
野戦砲部隊に連絡を入れるためだろう。
その後姿をちらりと見た後、ナゴイ大佐は視線をイヴァーノヴィチ中将に向けた。
「それで小型艇は何に使われるのですか?」
「港の入口を封鎖してやろうと思ってな。爆薬を積んで突撃させる。うまく港の入口付近で沈めば連中の動きを牽制できるし、脱出を阻止できる」
「確かに港の入口は浅いですが。うまくいくでしょうか?」
ナゴイ大佐の言葉に、イヴァーノヴィチ中将は表情を変えずに答える。
「何、上手くいかなくてもいい。港を封鎖されるかもしれないというプレッシャーは大きいからな。兵達の士気にも影響を及ぼすだろうし、それにこっちも海上戦力があるとわかれば連中にとってはよりやりにくくなるだろうしな」
「嫌がらせ…ですか…」
「ああ。そんな感じだな」
そう言った後、イヴァーノヴィチ中将は双眼鏡から目を離すと横に控えているナゴイ大佐に視線を向けた。
「何か問題があるかね?」
「いいえ。勝てば正義ですからね」
すました顔でそう言うナゴイ大佐に、イヴァーノヴィチ中将は苦笑する。
確かにその通りなのだ。
歴史や正義は、勝者が作るものであり、敗者はそれを受け入れるしかないのである。
それがいくら問題があろうとも…。
例えどんなに嘘にまみれていて真実でなかろうとも…。
「さて…。そろそろ歩兵攻撃を始めようか…」
「前面に出すのは…」
「もちろん、元親衛隊の兵士と民兵だ。決まっているだろう…」
その言葉に、ナゴイ大佐は深々と頭を下げたのだった。
午後三時を過ぎた頃、一旦砲撃が止まる。
そして、次に打ち込まれ始めたのは、砲弾ではなく、煙幕弾であった。
次々と打ち込まれていく煙幕弾の作り出す煙幕によって砲撃のあった場所の視界が遮られる。
その様子を見て、敵の突撃攻撃が近いと判断したムスチスラフスキー少尉は口を開いた。
「各自防衛準備。そろそろ突撃攻撃が始まるぞ。それと装甲巡洋艦に連絡。砲撃準備。合図があったら煙幕の中にドンドン打ち込むように伝えろ」
「了解しました。すぐに連絡いたします」
中佐が頷くと、すぐ知らせるために近くにいた伝令を走らせる。
「さて、前の時みたいに今度は敵も立ち止まってくれないからな。何か動くものが見えたら、遠慮なくぶっ放せ。弾はケチるな。補給部隊は、弾切れにならないように注意せよ。いいかっ、各自、絶対に防衛ラインは抜かせるなよ」
そのムスチスラフスキー少尉の命令が塹壕の防衛部隊に伝えられて五分もしないうちに動くものがあったのだろう…塹壕から射撃が開始された。
最初こそ、一部だけであったが、すぐに全体的なものへと変わり、それに答えるかのように薄くなった煙幕の向こうからも射撃音が響き始める。
こうして、本日二回目の国民義勇軍による突撃攻撃が始まった。




