エスケープ・プラン その5
重戦艦四隻が国民義勇軍の工作により大被害を受けたという事実は、すぐにアデリナに報告された。
深夜であるにもかかわらず、召集されて会議室に集まったのは前線を任せられた三人と指揮官達であった。
異常といえるほどにピリピリとした空気があたりを包み込んでいる。
その最大の理由は、アデリナの癇癪を恐れての事だった。
アデリナの癇癪の話は海軍関係にはかなり知れ渡っており、それに尾ひれがついてとんでもないことになっていた。
実際、アデリナは癇癪を起こして暴力沙汰まで起している。
だから、それを話半分だと思っていても緊張するなという方が無理というものだ。
そして、その結果がこの有り様である。
そんな中、アデリナが会議室に入ってきた。
恐らくまだ寝ていなかったのだろう。
軍服をきちんと着こなし、眠気などは微塵も感じさせないほど颯爽としている。
それに対して、指揮官の数人かは寝ているところをたたき起こされたのだろう。
眠気こそないけれど、寝癖や軍服がよれていたりといった感じで、まるで対比されているかのようであった。
アデリナの入室に全員が立ち上がり敬礼すると、それをじろりと横目で見た後、アデリナは席に移動しつつ口を開いた。
「敬礼はいいから、すぐに状況報告をしなさい」
そう言われ、副官のゴリツィン大佐が慌てて報告する。
「三十分前、敵の破壊工作により、重戦艦四隻に甚大な被害が…」
「そう…。初日から手を打ってきたわね。それで乗組員の方は?」
「轟沈した重戦艦に関しては残念ですが、残りの三隻に関しては、只今救出作業中でありまして…」
「そう…。できるかぎり助けなさい。今の我々には、技術を持つ兵は貴重です」
「了解しました。救出隊の増援を用意して対応します」
ゴリツィン大佐がそう言うと慌てて退出していった。
恐らくだが、今の指示を伝えに行ったのだろう。
その後姿をちらりと見た後、アデリナは自分の席に座った。
他の指揮官達もそれぞれの席に座ったが、一人だけ立ったままの者がいる。
防衛を任せられているムスチスラフスキー少尉だ。
彼は意を決したような表情でアデリナを見た後、深々と頭を下げた。
「アデリナ様、申し訳ありません。十分に注意するように言われておきながら、こんな事態に陥るとは…」
アデリナの目がすーっと細められる。
その瞳に宿るのは殺気だ。
その強さはムスチスラフスキー少尉自身も死さえも覚悟するほどであり、その場にいたほとんどが、ムスチスラフスキー少尉に同情の視線を向ける。
その視線の動きや雰囲気で察したのだろう。
しばし無言の後、深いため息を吐き出すとアデリナは口を開いた。
しかしその口から発せられたその言葉は、その場にいた者達が想像したものではなく意外なものだった。
「それで今後はどうするの?」
「こ、今後とは?」
意外な言葉に驚き、ムスチスラフスキー少尉が思わず聞き返す。
すると再びため息を吐き出した後、アデリナがイライラしたような口調で話す。
「重戦艦を失い、援護砲撃が出来なくなった今、敵は怒涛のように押し寄せてくるでしょう。それに対しての対策です」
「責任を取れとはいわないのですか?」
ムスチスラフスキー少尉の質問にアデリナはすぐに心底あきれ返ったような表情をする。
「そんなに責任を取りたきゃ、後で取らせてあげるわよ。それより今はそれにどう対処するかって事が重要ってことだけ。それで対策は?」
そのアデリナの言葉に、ムスチスラフスキー少尉が慌てて答える。
「残りの重戦艦や戦艦はアデリナ様の艦隊のものか、脱出計画に随伴するものしか残っていないので、新しい艦を用意できません。そこで港に残す予定だった装甲巡洋艦三隻を急遽砲弾や弾薬のみ補給させ、最小限の燃料で港から出して重戦艦の変わりとします。ですが、射程距離が短い為、なんとか港内に砲撃させないようにする事しか出来ません」
「本当に港内に砲撃されないように出来る?今、港のいたるところに可燃物や弾薬なんかが溢れかえっていますからね。下手したら一発の砲弾だけで大惨事になりかねないんだけど…」
アデリナがそう言うと、ムスチスラフスキー少尉はその場面を想像し、その責任の重さを痛感したのだろう。
一瞬怯えたように怯んだが、それでもぐっと表情を引き締めて答える。
「港内部に一発の砲弾も打ち込ませません。絶対に…」
その決意の言葉にアデリナは、やっと細めていた目を元に戻すと真正面からムスチスラフスキー少尉をしっかりと見据えた。
「その言葉、信じましょう」
そして他のその場にいる者たち全員をぐるりと見回した後、口を開いた。
「恐らく、夜の内に野砲の設置を終わらせて早朝から敵の攻撃が始まるでしょう。それまでに装甲巡洋艦の準備を急がせなさい。連中が砲撃を始める前に港内部に届く距離にある敵の野戦砲陣を攻撃して潰します。もっとも、この暗がりでは敵の野戦砲の位置はわかりませんから、敵の野戦砲の射程距離より逆算して艦砲射撃を開始しなさい。また、もう敵の破壊工作がないとは限りません。より厳重な警戒をするように。いいわね?それと各作業を急がせなさい。ただし、無理はさせないで。まだ戦いは始まったばかりですから…」
その場にいた全員がまるで推し量ったかのように声をそろえて答える。
「「「はっ」」」
「それでは解散」
アデリナの解散宣言で、それぞれが自分の仕事へと戻って行く。
それと入れ替わりに副官のゴリツィン大佐が戻ってきた。
どうやら救助の指示を終えてきたようだ。
アデリナがすぐに聞いてくる。
「どれ位助かりそうかしら?」
「そうですね…およそ八割は助かりそうです」
「そう…」
そしてしばらく考え込んだ後、ぼそりと言う。
「準備が整ってからと思ったけど、どうもそうはいかないようね。準備が整ってなくても、二日後の深夜、ここから脱出します」
そして苦笑しつつ言葉を続ける。
「だから秘密理に明日の夕方にでも帝国海軍本部に無線で連絡を入れなさい。『領海内で艦隊通過を行う』と…」
ごくりとゴリツィン大佐が唾を飲み込む。
「秘密理に…ですか?」
「ええ。今はいつ出航かといった情報漏えいは控えたい。もし敵のスパイでもいて連中に情報が漏れたら明日以降の攻撃が大変な事になる」
そう言われ、青ざめた顔でゴリツィン大佐は頷く。
「り、了解しました…」
「やりました。敵の重戦艦を黙らせる事に成功したようです」
国民義勇軍第三軍団の軍団長付き参謀のナゴイ大佐はいつもの神経質そうな表情のまま報告をする。
まるで作戦失敗のような感じだが、これでもかなりうれしいらしい。
まぁ、それはいつもの事だとわかっている軍団長のイヴァーノヴィチ中将は、「朗報だな」と言って笑う。
「それで次はいかがしましょうか?」
「まずは、敵が混乱しているうちに野砲陣の構築を開始する。日が昇るか昇らないかぐらいの早朝に砲撃開始だ。それと同時に夜の内に歩兵をばれないように近づけさせろ。砲撃終了と同時に突撃させる」
「かなり被害が出ると思いますが…」
「何、明日の攻撃は民兵を中心にして行え。あくまでも明日の攻撃は、敵の陣の反応と強度を推し量るものだからな」
「しかし、それで突破したらどうしますか?」
「心配するな。この戦いは、国民義勇軍第三軍団を中心とした戦力で勝利したという事は変わらん」
イヴァーノヴィチ中将のその言葉に、ナゴイ大佐は感心したように頷いている。
「確かに。間違っておりませんな。戦って大きな被害を出したのが民兵達であったとしても…」
ナゴイ大佐の言葉にイヴァーノヴィチ中将は笑いながら地図を指差して命令を下す。
「では、この三箇所に野砲陣を構築だ。そして、歩兵達はここのラインまで移動させろ。前回の砲撃で荒れているこの地域からなら上手く近くまで行けるだろう…」
「了解しました。すぐに準備に移ります」
こうして国民義勇軍によるモッドーラ攻略の準備が進められたが、それはそろそろ陣が完成し、砲撃準備が整い始めた矢先に起こった。
早朝三時三十分。
アデリナの指示通り装甲巡洋艦三隻による艦砲射撃が始まる。
もっとも、暗がりの為に陣が見えるわけではない。
あくまでも港を砲撃するのに適した場所を砲撃しているだけなのだ。
実際、野戦砲陣以外の場所も多いが、それでも確実に野戦砲陣に命中している。
そして、まもなく砲撃開始の為に準備中だった事もあり、運び込まれた弾薬が誘爆を起してかなり派手な事になった。
まるで地上で花火が爆発したかのようだ。
「くそっ。してやられたっ」
イヴァーノヴィチ中将は地図の載ったテーブルを蹴り上げた。
「どうやら、こっちの野戦砲の配置を予想したらしいですな」
ナゴイ大佐が未だに砲撃を続けている海上の方を見て呟く様に言う。
「みたいだな…。しかし、まさかこんなに早く次を用意するとはな。それにまるでこっちの動きがわかっているみたいな対応だ。実にやりにくい相手だ…。だが…」
そう言った後、イヴァーノヴィチ中将はすぐに命令を下す。
「敵の目は、今や艦砲射撃に集まっているだろう。だからすぐに歩兵部隊に攻撃を仕掛けさせろ。それと工作部隊で再度、海上の敵にも攻撃だ」
「落ち着いてください。まもなく夜が明けます。歩兵攻撃は予定通り準備が終わっていますから問題はありませんが、工作部隊の方は流石に準備が終わる頃には夜が明けてしまっています」
ナゴイ大佐が熱くなるイヴァーノヴィチ中将を諌めつつ淡々と意見を言う。
熱くなっていたイヴァーノヴィチ中将も、少しは落ち着いたのだろう。
「ううっ…確かに…。その通りだ…」
イヴァーノヴィチ中将は素直に自分の間違いを認めると命令を修正する。
「工作部隊の分はキャンセルだ。だが、歩兵部隊による攻撃はすぐにでも始めろ」
その命令に従い、民兵を中心とした歩兵部隊が攻撃を開始する。
その数、実に三千。
しかし、彼らはモッドーラ残存部隊の手厚い歓迎を受ける。
まずは、砲弾を使った地雷原だ。
あちらこちらで爆発が起こり、兵士だったものが、ただの肉片へと変貌していく。
それでもなんとか地雷原を突破した彼ら前には鉄条網が立ちふさがった。
動きが止まったところに待ち構えていた部隊による反撃が開始される。
降り注ぐ銃弾が鉄条網になんとかたどり着いた兵士達の命を刈り取っていく。
それはもう虐殺と言ってもおかしくないほどの一方的なものであった。
その予想を超えたあまりの堅固さと陣の防衛力に、イヴァーノヴィチ中将が攻撃を中止した時には、攻撃に参加した歩兵部隊はほぼ壊滅状態になってしまっていたのだった。




