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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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モッドーラの陥落

装甲艦リュッツオウ、アドミラル・シェーアの二隻による補給基地の襲撃のあった夜。

弾薬不足のために夜間の破壊工作も中止し、国民義勇軍第三軍団にとっては帝都攻略から続く戦いの日々の中で久々の静かな夜になるはずであった。

その為、前線の警戒部隊以外は、兵だけでなく、士官達にとっても久々の休息を取っている。

しかし、夜中の三時になろうかという時間に、イヴァーノヴィチ中将を初めとする司令部の面々は前線の警戒部隊からによる緊急連絡に叩き起こされる事になった。

「何事だ…」

まだ完全に眠気は抜けていないのだろう。

きちんと軍服を着ているものの、イヴァーノヴィチ中将の表情は冴えない。

それどころか、少しぼんやりとしているようにさえ感じられる。

それに比べ、ナゴイ大佐はいつもと変わらない。

神経質そうな顔つきには眠気は感じられず、それどころかいつもより目つきが鋭いほどだ。

そんなナゴイ大佐は、イヴァーノヴィチ中将の前に眠気覚ましのつもりだろうか、コーヒーを置くと前線の警戒部隊の緊急報告を告げた。

「前線の警戒に当たっている部隊から緊急連絡が来ました。爆発音が幾つも重なり、軍港内で火災が発生したらしいとのことです」

その報告に、一瞬だがイヴァーノヴィチ中将が考え込む。

どうやら今の言葉を反芻しているようだ。

そして、やっと口を開いた。

「それはどういうことだ?」

その問いに、ナゴイ大佐は、報告書に再度目を落とすと口を開く。

「何度かの爆発音の後、港の奥の方で大量の黒煙が上ったらしい。そして今も黒煙は昇り続けており、時折小さな爆発音もしているとのことだ」

その報告を聞き、やっと眠気が完全に抜けてだあろうイヴァーノヴィチ中将は腕を組み考え込んだ。

しばしの沈黙が辺りを包み込む。

そして、目を開けるとナゴイ大佐の方に視線を向けて聞いてきた。

「この事を大佐はどう思うかね?」

その問いにナゴイ大佐の眉がピクリと動いたが、別に驚いた風には見えず、まるでそう言われるのを待っていたかのようにすぐに答える。

「そうですね。私の考えでは半々といったところでしょうか」

「半々…か…」

その言葉にイヴァーノヴィチ中将は難しそうに顔をする。

イヴァーノヴィチ中将も、この出来事が敵の罠か、或いは本当に敵に起こったトラブルによるチャンスなのかを決めかねているのだ。

だからこそナゴイ大佐の意見を聞いたのだが、それはまったく答えになっていない。

もし罠なら貴重な弾薬だけでなく兵力も失う事となるし、もしトラブルならその隙をつけば簡単に勝利できる可能性がかなり高いだろう。

これが、もし補給基地襲撃がなければ間違いなく攻撃一択だっただろう。

それに、例え罠だとしても武器弾薬が充実していれば、兵力でその罠さえもただ食い破ればいいだけなのだから…。

しかし、補給基地襲撃によって武器弾薬は不足し、その情報はあっという間に部隊に広がった為、士気はかなり低下している。

ここで敵の罠に引っかかり被害を受けようものなら、一気に前線が崩壊する恐れさえあった。

それほど、国民義勇軍の結束は弱い。

所詮は、一部を除くと民兵とその時の勢いに尻尾を振った親衛隊の裏切り者で構成されているのだから、仕方ないのかもしれない。

そして、そういった事情からイヴァーノヴィチ中将は正確な情報欲しさに中途半端な命令を選択してしまう。

その命令とは、前線の一部部隊による強行偵察であった。


「そろそろ敵が動くはずだ。装甲巡洋艦の艦砲射撃が終わったら各自歓迎を始めろ」

ムスチスラフスキー少尉は、部下達に命令を下す。

防衛隊のほとんどはもうすでに輸送船団に乗り込んでいる。

ここにいるのはほんの一握りの部隊のみで、ある程度歓迎をすました後は小型船に乗り込み、一定数砲撃後に退艦した装甲巡洋艦の乗員拾い上げて、沖に出た艦隊と合流する予定になっている。

港の方では、プリンツ・オイゲンの砲撃によって破壊された大型クレーンなどから火災が発生して黒煙がもくもくと立ち上っているのが見える。

その光景に、ムスチスラフスキー少尉は少し複雑そうな表情を浮かべる。

彼にしてみれば、この港を守るのが任務だったのだ。

しかし、その守るべき港の象徴を味方の手で破壊してしまった。

それが心に重く圧し掛かっているのだろう。

だがそんなムスチスラフスキー少尉に声をかけてきたものがいる。

彼の補佐をしている中佐だ。

階級が全てなら、まったく逆になるはずであった。

しかし、非常事態のため、普通だったらありえないことが起こっている。

少尉の下に中佐が補佐として付くという非常識な出来事…。

その為に最初こそお互いに相手に対してよく思っていなかったが、共に戦い、共に生き延びてきた事で、階級にはとらわれない絆が出来つつあった。

「少尉、どうかされたのですか?」

「いや、何、あの煙を見ていると虚しい気持ちが湧き上がってしまってな…」

その言葉に中佐は納得できるといった感じの表情をする。

「それは私も同じですよ」

そう言って笑った後、中佐は表情を引き締めた。

「ですが、少尉は言ったではないですか。『最後まで…、我々が立ち去る最後までここを守る。それが我々の任務』だと…。だから最後の仕事を完遂させましょう」

その言葉に、ムスチスラフスキー少尉は驚いた表情をした後、苦笑した。

これは一本取られたな…。

その表情は、そう語っていた。

「これは参ったな…。中佐殿の言われるとおりですな」

互いに笑いあった後、ムスチスラフスキー少尉は右手を差し出す。

「本来なら失礼だとは思うが、今一度あなたの名前を教えて欲しい」

一応、一度は自己紹介されていたのだが、ムスチスラフスキー少尉にとってこの中佐はただ一時の補佐でしかなく、名前を覚えるつもりはまったくなかったため、記憶していなかった。

だが、ムスチスラフスキー少尉は今、無性にこの中佐の名前を知っておきたいと思うようになっていた。

ムスチスラフスキー少尉の右手を握り返しながら、中佐も口を開く。

「実は、私もきちんと少尉の名前を聞いておきたかったのですよ」

こうして二人は、最後の仕事を目の前にして、互いに相手の名前を知ることとなったのである。


強行偵察の任務を受けて、闇にまぎれて国民義勇軍第三軍団第206小隊の兵達が先に進む。

砲弾によって出来た穴を上手く使い、穴の無いところは這い蹲って敵に見つからないように注意しながら…。

そして、まもなく元地雷原を越えようとした時だった。

敵に発見されたのだろう。

塹壕の一部から射撃が始まる。

あまりにも不正確な射撃だったが、命中こそないものの、幾つもの弾が自分のすぐ側の地面にめり込む様は兵士達の精神を大きくすり減らす。

その為、我慢できなくなったのだろう。

一部の兵士が反撃で打ち返してしまう。

それで大体の位置がばれたのだろう。

ついに装甲巡洋艦からの砲撃が始まった。

とどろく発射音。

そして風切り音と共に、砲弾という暴力が当たりを支配する。

そして、その暴力の前に、人の身体など脆いただの血の詰まった肉でしかなかった。

精度はあまり良くないものの、それでも近くに落ちれば、多大な被害を及ぼす。

あっという間に小隊の約半数が失われ、その砲撃の激しさに隊長はこれを罠だと判断した。

「このままでは我々は全滅だ。部隊を撤退させる」

「しかし、いいのでしょうか?」

神妙な面持ちで部下の一人が聞き返す。

その問いに、冷たい視線を向けながら隊長は答えた。

「別に残りたいなら残ればいい。俺は強要はしないぞ」

そう言われ、部下は慌てて敬礼した。

「隊長の命令に喜んで従います」

こうして強行偵察を行った小隊は、約半数を失いながらも、なんとか戻ってくる事に成功した。

そして、イヴァーノヴィチ中将に報告をする。

『今回の件は罠の可能性がとてつもなく高い…』と。

強行偵察の報告を受けて、イヴァーノヴィチ中将も罠であると判断し、深入りを避ける為に様子を見るという決断をしてしまう。

その結果、国民義勇軍第三軍団がモッドーラがもぬけの殻になっていると気がついたのは昼近くになってからで、その後に完全に港を把握したのはその日の夕方になっており、その頃には生き残ったモッドーラの残存部隊はすでに艦隊に乗ってその地を遠く離れてしまっていたのである。

そして、多大な犠牲を払って国民義勇軍第三軍団が手に入れたものは、破壊工作と砲撃によってほとんどの機能と施設を失った、港だった場所と港内の機雷によって使用することができない状態の艦艇という鉄の塊であり、それは連邦が狙っていた軍港と艦艇を手に入れ、海軍力を得るという計画を大きく狂わせる結果になったのであった。

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