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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十七章 帝国崩壊の序曲

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雑草号 対 帝国海軍巡視船団 その1

港から問題なく出航した雑草号ではあったが、出航して二時間後、見張りに立つ船員から報告が入る。

「船長、どうやら後を付いて来ている連中がいるみたいです」

「なんだと?間違いないか?」

そう聞き返す船長に、船員が答える。

「最初は勘違いだと思ったんですがね、ずっと一定の距離で追尾して来ているみたいなんですよ」

「その船の形は?」

「漁船だとは思うんですが、本当に漁船かはちょっと怪しいですね」

その報告に、船長が双眼鏡を持って甲板に出る。

そして見張りの指す方向を見た。

「確かに…。ありゃ漁船じゃねぇな…」

そう呟くと艦橋に戻り、艦長席の横の席に座るアンネローゼをちらりと見た。

どう対処しますか?

その確認の為だ。

今の雑草号はただの密輸船を偽装しているが、本当の目的は、アンネローゼを共和国まで連れて行き、その後も彼女をサポートするという条件を期限を切らずに行う事であり、結んだ契約もそうなっている。

よって、アンネローゼの意思をなるべくというレベルではあるが優先させる必要があった。

これは仕事であり、私用ではない為、その点はプロの密輸船船長としてきっちりやらなければならないと言うことだろう。

もちろん、それが自分の妻であったとしても…という事だ。

船長の視線を受けてアンネローゼは微笑む。

「ふふっ、船長の判断に任せます。こういうのは部外者が色々言ってもいい結果にならないですから…」

そして、くすくすと笑った後、「それに…、私はあなたを信じてますから」と言葉を続けるのを忘れない。

船長の顔が真っ赤になり、少し怒ったような口調で言い返す。

「お、おいっ、やめないかっ」

周りの船員たちもニヤニヤ笑ったり、苦笑したりしている。

どう考えても照れているのを誤魔化しているとしか見えない。

そんな雰囲気に、言い訳をしても意味がないとわかったのだろう。

「んんーっ」

雰囲気を変えるために咳払いをしてから船長は口を開く。

もっとも顔は赤いままであったが…。

「よっしゃっ。少し速度を落とせ。まずは確認だ」

「わかりやしたっ」

巡航速度の十二ノットよりも速度を落とす。

「連中も速度を落としたようです」

「よし。今度は速度を上げてみろ」

「こっちにあわせて食いついてきますね…。距離はそのままの一定を維持しています」

「そうか…」

何度かそれを繰り返し、船長は苦笑した。

普通なら、少しぐらいは距離を開いたりといった誤魔化をするのだが、それを一切しないと言う事は、もう隠す気がないということであり、それは裏を返せば、逃がすつもりはないという事だ。

そして、それが出来る自信があるということでもある。

「なかなか厄介な相手のようだな、こりゃ…」

「みたいっすね」

「ほんと、ほんと…。なんか後ろからプレッシャかけられているみたいで、いい気持ちしませんぜ」

それぞれが口々に言いたい事をいい、それを船長は楽しそうに聞いていたが、表情を引き締めると宣言するように言う。

「んじゃ、野郎どもっ、追いかけっこをはじめるぞ」

「「「おおーーっ」」」

船員たちが一斉に歓声を上げた。



「連中、気が付いたみたいですよ」

「みたいだな…。勘のいいやつめ。もう少しいけるかと思ったが…。すぐに先行している連中に連絡を入れろ」

「はっ」

前をすすむ密輸船を凝視しつつ、今回、この巡視船団の指揮を任されているトリフォーン中尉は命令を下す。

この船は外見こそ漁船のようだが、帝国海軍に所属する監視や警備に使われる巡視船パット-ラ級の一隻であり、港に停泊していた時から密かに災厄の魔女の動きを監視する為、密輸船雑草号をマークしていたのだ。

トリフォーン中尉は双眼鏡で前方の動きを観察しつつ、感心したように呟く。

「資料が本当なら、かなり厄介な相手になりそうだな」

そう言いつつも、トリフォーン中尉は嬉しそうだった。

舵を握っている操舵手が苦笑して言う。

「すごく嬉しそうじゃないですか」

その問いに、トリフォーン中尉は笑いながら答える。

「そりゃ楽しいに決まっている。手強い相手の方が、うまく言った時の喜びが違うからな。それにだ…」

そう言ってぽんと操舵手の肩を軽く叩く。

「仕事の後の酒が格別美味いからな」

その言葉に、操舵手はニタリと笑い返したのだった。


「どうやら魔女は動き出したようです。巡視船第712号から報告がありました」

艦長からの報告に、ビルスキーア少将が「うむ。わかった。作戦を遂行せよ」と命じたが、視線は前方を向けたままだ。

そして、その横にはノンナもいる。

ビルスキーア少将の視線がちらりとノンナの方を向く。

それに気が付いたのだろう。

視線を動かさないままで、ノンナが聞き返す。

「何か?」

「いや…今更ですが、本当にいいので…んんっ…いいのか?」

「はい。お任せください。少将」

ノンナは無表情のままビルスキーア少将に視線を向けるとそう答える。

「わかり…んんっ…わかった」

多分、他人からみれば変な関係に見えるだろう。

階級が上の者が部下の副官に気を使っているという構図は…。

しかし、旗艦シャルンホルストの艦橋にいる兵達は普段どおりだった。

彼らにとってみれば、それが当たり前になりつつあるからかもしれないし、階級だけでは推し量れない格差というものを感じていたのかもしれなかった。

「よしっ。各巡視船に連絡。獲物を網に誘い込め」

「はっ。各巡視船に連絡を入れます」

その受け答えを視線を動かさず聞きつつノンナは右の手首にあるブレスレットをそーっと撫でる。

それは彼女の家に代々伝わるものだ。

これを使わなければいいんだけどね…。

ノンナはそんな事を思っていた。


「くそっ。こんなにしつこいのは初めてじゃねぇか」

船長の口から愚痴が漏れる。

実際、もうすでに三時間以上、追いかけっこが続いている。

「船長、二時の方角に新たな船影見えます」

「くそっ。待ち伏せか。ただの取締り船の連中じゃねぇぞ、こりゃ…」

巡視船に比べて雑草号は図体は大きいものの、速度も機敏さも上回っている。

元々軍用の輸送艦をベースに色々手を入れたおかげでかなり頑丈な上に、搭載量は減るものの機関も他の輸送船とは比べ物にならない大出力のボイラーを設置してある。

そのおかげで最高速度は二十五ノット前後で、他の輸送船どころか下手な戦闘艦よりも早い足を持っている。

しかし、この海域を知り尽くしているのは相手方だ。

さらに、密な連絡によって複数の巡視船が連携をとって対応している。

つまり、地の利、人の和の二つを相手は押さえているといっていいだろう。

長い間密輸をやってきたがこんな事は今までになかったことだ。

だが、それ故に船長はやる気が燃え上がっていた。

それは船長だけではない。

船員たちもだ。

密輸を生業としている以上、捕まれば殺される可能性さえあるし、実際、警告なしに発砲される事は少なくない。

命がけの勝負をしている以上、そうならざるを得ないということだろう。

もっとも、今回に限っては、ここまで追い掛け回している割に発砲がないのおかしいとは思っていたが…。

だが、それでも追い詰められているという状態は変わらない

「いいかっ。いざとなったら奥の手を使うぞ」

その声に機関担当の船員が悲鳴を上げる。

「やるんですかっ?!」

「仕方ねぇだろう。文句は相手にいいな」

「わかりやしたっ。機関室聞こえるかっ。例の手を使うぞ」

「り、了解しやした」

「煙幕弾用意ーーーっ」

船員達によって慌てて雑草号の船尾にある防水布で覆われた部分が開放されるとそこには、左右に樽上のものが幾つも並べられ、外に向けて下にはレールが設置されていた。

「準備完了ですっ」

船員が手を振って合図をしつつ叫ぶ。

それを受けて船長が叫ぶ。

「よしっ。機関室、出力最大。最大船速!!」

されに答えるように雑草号の速度が上がり、ぐっと巡視船を引き離す。

そして、続けて船長が船尾の船員に合図を送る。

「スピードに乗ったぞ。いいぞっ。放てっ」

船員の一人が導火線のようなものに火をつけると、もう一人が樽の留め金を外す。

すると火が付いたまま樽が船から外に放り出され、着水した瞬間にボンっという音と共に大量の煙を噴出した。

「続けていけっ」

次々と樽が放出され、余り風の吹かない穏やかな天気という事もあり、辺りにはあっという間に黒い煙幕が広がっていく。

それは追跡していた巡視船の目眩ましとしては十分なものであった。


「なんだっ、これはっ…」

「す、すみませんっ。思ったよりも範囲が広いです。連中、移動しながら煙幕を撒いて行っているようで見失いました」

見張りの兵の声に、トリフォーン中尉はドンドンと床を踏み鳴らして悔しがり叫ぶ。

「各巡視船に報告だ。見失ったと…。それとそんなに遠くには逃げられないはずだ。近くの島影とかに潜んでいる可能性が高い。すぐに捜索を始めるぞ」

トリフォーン中尉はそう命令を下すとまだ煙に包まれている前方の空間を睨みつけることしか出来なかった。


「見失ったそうです…」

その報告に、ビルスキーア少将は渋い顔をしていたが、ノンナは楽しそうに笑っている。

そんなノンナを少し恨めしそうにみてからビルスキーア少将は口を開いた。

「ともかく、見失ったのは仕方ない。巡視船に近くを捜索させろ。それとこの海域の精密な海図を用意しろ」

ビルスキーア少将の指示で、テーブルにより詳しい海図が広げられる。

「見失ったのは…ここか…」

海図をトントンと指差すビルスキーア少将。

小島と小島、それに浅瀬が広がっており、大型艦では入りにくそうな海域だ。

ざっとみた感じ、怪しそうな場所をチェックしていく。

「おそらく、ここかここらあたりに潜伏している可能性が高いな」

「ええ。そこから先は浅瀬が広がっていますから、あの密輸船の大きさから、そちら側に向かう可能性は限りなく低いですな」

「ふむ。それにこの島の間は、岩が隆起していますからね。下手したら底に当たって沈没する恐れもありますからな…」

それぞれが意見を述べていく中、じっと海図を見ていたノンナは口を開いた。

「連中は密輸のプロだ。それを踏まえて考えるべきではないか?」

その問いに、ビルスキーア少将は聞き返す。

「それは…つまり…」

「我々の普通の常識は通用しないって事かな。それに私だったら、まずありえないと否定せずに、どうやったら相手の裏をかくことが出来るかを考えるべきではないかと思うんだがね?」

その言葉に、その場で意見を言っていた全員が黙り込む。

彼らは全員が雑草号に関する資料に目を通しており、相手が一筋縄ではいかないという事を思い出したのだ。

現に巡視船団は雑草号を見失っている。

それを考えれば、ノンナの意見は決しておかしくない。

「なら…、どこが怪しいと思いますか?」

その問いに、ノンナは答える。

「そうだな…。まず君たちが最初に否定したところだな…」


「よーしっ。重たくなりそうなもんはドンドン捨てろ。船を軽くするんだ」

船長の命令に、船員たちが聞き返す。

「いいんですかい?」

「かまうもんか。どうせ偽装の為の荷物だからな」

そう言って船長はニタリと笑う。

「それにだ。用意したのは俺らじゃねぇし、破棄したからって罰金もねぇ。つまり、俺らの懐はまったく痛まないからな」

「そういうことなら、気持ちよく捨ててしまいましょうや」

船のクレーンだけでなく、人力でもどんどん荷物を投棄していく。

それにより、船は軽くなって喫水線も上がる。

それは船の底が浅くなるという事であり、今までギリギリだったり、浅くていけない場所も行ける様になるという事だ。

「いいかっ。できるかぎり軽くして島影に寄せろ。連中もまさかこんなところに入り込んでいるとは思ってもみないだろうしな…。しばらく様子を見るぞ。見張りはしっかり立てておけよ。それと煙幕の在庫はどれくらいだ?」

「へい。今ので大体三分の一ほど使っています」

「なら、すぐに使えるように準備も忘れるな」

そして、傾く太陽を見て命令を追加する。

「後、光を外に漏らさないようしておけよ」

「了解しやしたっ」


こうして、雑草号と帝国海軍巡視船団の攻防は持久戦へと移りつつあった。

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